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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第一章 運命を覆す者

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第5話 悪役公爵令息は、勇者の逃げ道を塞ぐ

王国暦八百二十一年、春月十五日。


 王都南西部、エルグランの森。


 王女襲撃事件が終結してから、およそ三十分。


 俺は現在、少々面倒な状況に陥っていた。


「……レオン」


「……何だ?」


「もう一度聞くわ」


 目の前には、腕を組んだ銀髪の美少女。


 ルミナス王国第一王女、セレスティア・ルミナスが立っている。


 その背後には護衛騎士たち。


 そして俺の隣には、何やら楽しそうなエレノア。


 ……何だ、この状況。


「あなた、本当に偶然ここを通りかかったの?」


「……まあ、偶然と言えば偶然だな」


「嘘ね」


 即答だった。


 いや、少しは迷ってくれよ。


「どうしてそう思う?」


「だって、ヴァルディス公爵領からここまで、普通の馬車なら半日以上かかるでしょう?」


「……そうだな」


「それなのに、あなたは王女の馬車が襲撃される場所に、ちょうど居合わせた」


「……まあな」


「しかも、盗賊たちの動きを最初から把握していたように見えたわ」


 ……鋭い。


 さすがは第一王女。


 ただの箱入り娘ではないらしい。


「……セレス」


「何?」


「世の中には、知らない方がいいこともあるんだぞ?」


「それ、答えになっていないわ」


「……だよな」


 思わず苦笑する。


 すると、セレスティアは少しだけ表情を和らげた。


「……でも」


「ん?」


「助けてくれたことには、感謝しているわ」


 彼女は静かに頭を下げた。


「本当に、ありがとう。レオン」


 ……おっと。


 これは予想外だった。


 王族が公爵家の令息に対して、こうして素直に頭を下げることは珍しい。


 ましてや、周囲に護衛騎士たちがいる状況で。


「……気にするな」


 俺は小さく笑った。


「昔みたいに、セレスが泣くところなんて見たくないしな」


「……っ!」


 セレスティアの頬が、わずかに赤く染まった。


「な、泣いてなんかいないわ!」


「そうか?」


「そうよ!」


 ……いや、そんなに強く否定しなくても。


 すると、隣から小さな笑い声が聞こえた。


「……ふふっ」


「エレノア?」


「いえ。お二人は、昔から仲がよろしかったのですね」


 その言葉に、セレスティアが目を丸くした。


「……あなたは?」


「申し遅れました。レオンハルト様の専属メイド兼護衛騎士、エレノア・シルヴェインと申します」


 エレノアは優雅に一礼した。


 その所作は、王宮の侍女にも劣らないほど美しい。


「……エレノア・シルヴェイン」


 セレスティアは、何かを思い出したように呟いた。


「確か、ヴァルディス公爵家の若き天才騎士……」


「恐れ入ります」


「先ほどの剣技、見事だったわ」


「ありがとうございます」


 エレノアは柔らかく微笑んだ。


 そして、さらりと言った。


「ですが、私などレオンハルト様の足元にも及びません」


「……そう、なの?」


「はい。レオンハルト様は、私が知る限り最も強く、最もお優しい方ですから」


 ……おい。


 最後の部分、盛りすぎじゃないか?


 俺が内心で突っ込んでいると、セレスティアは不思議そうに俺を見つめた。


「……優しい?」


「はい」


 エレノアは迷いなく頷いた。


「領地の民を守り、家臣を大切になさるお方です」


「…………」


 セレスティアは黙り込んだ。


 王都で聞いてきた噂とは、まるで違う。


 だが、目の前の少女が嘘をついているようには見えなかった。


 むしろ、心の底からレオンハルトを敬愛していることが伝わってくる。


「……そう」


 セレスティアは小さく呟いた。


 そして、俺を見つめる。


「……私、あなたのことを何も知らなかったのかもしれないわね」


 その言葉に、俺は少しだけ驚いた。


 ……なるほど。


 この子は、思っていた以上に素直らしい。


 自分の認識が間違っていたかもしれないと、ちゃんと考えられる。


 それは、簡単なようで難しいことだ。


「……別に、今から知ればいいだろ」


 俺は軽く肩をすくめた。


「どうせ来月から、同じ学院に通うんだしな」


「……そうね」


 セレスティアは小さく微笑んだ。


 その笑顔は、幼い頃の彼女を思い出させるものだった。


 ◇◆◇


 そんな穏やかな空気を壊したのは、一人の護衛騎士だった。


「レオンハルト様!」


 若い騎士が、慌てた様子で駆け寄ってくる。


「どうした?」


「捕縛した盗賊の一人が、突然苦しみ始めました!」


「……何?」


 俺は表情を引き締めた。


「案内してくれ」


「はっ!」


 騎士に案内され、俺たちは街道脇の広場へ向かった。


 そこには、縄で拘束された盗賊たちが並んでいる。


 その一角で、一人の男が地面を転げ回っていた。


「ぐっ……あああっ!」


 男の口元から、黒い血が流れている。


 明らかに普通ではない。


「……毒か?」


 俺が呟くと、エレノアが首を振った。


「いえ。魔力の乱れを感じます」


 ……なるほど。


 俺は男の身体へ意識を集中させた。


 すると、すぐに異常が見つかった。


 胸の奥。


 心臓の近くに、奇妙な魔法陣が刻まれている。


 しかも、その魔法陣が急速に活性化していた。


「……口封じか」


 思わず呟く。


 原作でも、アルベルトは証拠隠滅のために様々な手段を使っていた。


 だが、まさかここまで早く動くとは。


「レオンハルト様!」


 騎士が叫ぶ。


「このままでは、男が……!」


「大丈夫だ」


 俺は男の前にしゃがみ込んだ。


 右手を、その胸へかざす。


 ――《無限神力》。


 白銀の光が、静かに灯った。


 次の瞬間。


 男の身体を蝕んでいた黒い魔力が、まるで煙のように消え始める。


「……なっ!?」


 周囲の騎士たちが息を呑んだ。


 だが、俺は気にせず神力を流し続ける。


 魔法陣の構造を解析し、発動の根幹となる部分を破壊する。


 さらに、損傷した身体組織を治癒。


 数秒後。


 男の苦しみは、完全に消えていた。


「……はぁ……はぁ……」


 盗賊は荒い息をつきながら、呆然と俺を見上げた。


「……た、助かった……?」


「ああ」


 俺は小さく頷いた。


「もう大丈夫だ」


 男の目から、涙が溢れた。


「……ありがとう……ございます……」


 ……いや、礼を言われるとは思わなかったな。


 もっとも、これで一つわかった。


 アルベルトは、すでに証拠隠滅を始めている。


 ならば、こちらも急ぐ必要がある。


「エレノア」


「はい」


「他の盗賊たちも確認してくれ。同じ魔法陣が刻まれている可能性がある」


「承知いたしました」


 俺は立ち上がった。


 そして、周囲の盗賊たちへ視線を向ける。


「……聞こえてるか?」


 全員が、怯えたようにこちらを見た。


「お前たちを雇った連中は、失敗したお前たちを消そうとしている」


 ざわめきが広がる。


「今の男を見ただろう?」


 俺は静かに続けた。


「黙っていれば助かると思っているなら、それは間違いだ」


 盗賊たちの顔色が変わった。


 その中で、首領のグレッグだけが険しい表情をしていた。


「……何が言いたい」


「簡単な話だ」


 俺は彼を見つめた。


「生きたければ、知っていることを全部話せ」


 ◇◆◇


 同じ頃。


 王都の高級宿。


 アルベルト・レイフォードは、苛立たしげに部屋の中を歩き回っていた。


「……どうして、こんなことに……!」


 王女襲撃事件。


 その計画は、完璧だったはずだ。


 護衛の人数。


 馬車の通行時間。


 襲撃地点。


 すべて事前に把握していた。


 それなのに。


「……レオンハルト……!」


 あの男が現れたせいで、すべてが台無しになった。


 しかも、盗賊団は全員生け捕り。


 このままでは、自分の関与が明らかになる可能性がある。


「……あの連中は、どうなっている?」


 アルベルトが尋ねると、黒衣の男が頭を下げた。


「すでに、口封じの術式を発動させました」


「……そうか」


 アルベルトは、ようやく安堵の息を吐いた。


「なら、問題ないな」


 だが、黒衣の男は続けた。


「ただし……」


「……何だ?」


「術式が、途中で消滅しました」


「…………は?」


 アルベルトの動きが止まった。


「……どういう意味だ?」


「わかりません。発動した直後、魔法陣との接続が完全に断たれました」


「……そんな馬鹿な!」


 アルベルトは机を叩いた。


「教会の上級術式だぞ!? 普通の治癒魔法では解除できないはずだ!」


「その通りでございます」


 黒衣の男は、青ざめた顔で答えた。


「ですが、実際に術式は消滅しております」


 沈黙。


 アルベルトは、ゆっくりと椅子へ腰を下ろした。


「……レオンハルト」


 その名を、低く呟く。


 そして、初めて理解した。


 あの少年は、単に戦闘能力が高いだけではない。


 自分の計画を読み、先回りし、証拠隠滅まで阻止している。


「……何なんだ、あいつは……」


 アルベルトの額に、冷たい汗が浮かんだ。


 ◇◆◇


 街道脇の広場。


 俺は、グレッグと向かい合っていた。


「……さて」


 静かに声をかける。


「もう一度聞くぞ」


 グレッグは、しばらく黙っていた。


 だが、やがて重い口を開いた。


「……俺たちは、ある男から依頼を受けた」


「名前は?」


「……知らねえ」


 俺は眉をひそめた。


「本当か?」


「ああ。顔も隠してやがった」


「……なるほど」


 まあ、そうだろうな。


 アルベルトが直接姿を見せるほど、馬鹿ではないはずだ。


「だが……」


 グレッグは続けた。


「一つだけ、覚えていることがある」


「……何だ?」


「そいつ、教会の人間が使う印章を持っていた」


 ……やはり。


 俺は小さく頷いた。


「それと、もう一つ」


 グレッグは、周囲を警戒するように見回した。


「……依頼の内容が、妙だった」


「妙?」


「ああ。王女を殺すなと言われた」


「……それは聞いている」


「だが、それだけじゃねえ」


 グレッグは声を潜めた。


「……ある男が現れるまで、王女を逃がすなと言われたんだ」


 俺は目を細めた。


「……ある男?」


「ああ」


 グレッグは頷いた。


「金髪で、青い目をした若い男だそうだ」


 ……来たな。


 俺は内心で笑った。


 原作の勇者。


 アルベルト・レイフォード。


 その特徴と、完全に一致する。


「……その男が現れたら?」


「俺たちは、適当に負ける手筈だった」


 グレッグは苦々しく吐き捨てた。


「王女を助けた英雄に仕立て上げるためにな」


 ……なるほど。


 やはり、そういうことか。


 俺は静かに頷いた。


「……よく話してくれた」


 グレッグは顔を上げた。


「……俺たちは、どうなる?」


「それは法に従って裁かれる」


 俺は淡々と答えた。


「王女を襲撃した罪が消えるわけじゃない」


「……そうか」


「ただし」


 俺は続けた。


「証言に協力するなら、その事実はきちんと伝える」


 グレッグは、しばらく黙っていた。


 そして、深く頭を下げた。


「……頼む」


 ◇◆◇


 その日の夕方。


 王都の王宮では、緊急会議が開かれていた。


 第一王女襲撃事件。


 しかも、襲撃犯の背後に教会関係者が存在する可能性。


 その報告は、王国上層部に衝撃を与えていた。


 だが、最も注目を集めたのは、別の事実だった。


「……レオンハルト・ヴァルディスが、盗賊団を制圧しただと?」


 王国の宰相が、信じられないという表情で呟く。


「はい。王女殿下の証言によれば、ほぼ単独で八十名近い武装集団を無力化したとのことです」


「……あり得ん」


 別の貴族が首を振った。


「いくらヴァルディス家の天才とはいえ、十五歳の少年だぞ?」


「しかし、王女殿下の護衛騎士たちも同様の証言をしております」


 会議室がざわめいた。


 そのとき。


 上座に座る一人の男が、静かに口を開いた。


「……それで、レオンハルトは何を要求している?」


 ルミナス王国国王。


 アレクシス・ルミナス。


 威厳ある中年の王は、鋭い眼差しで臣下たちを見渡した。


「……要求、でございますか?」


「ああ」


 国王は静かに頷いた。


「王女を救ったのだ。何らかの褒賞を求めても不思議ではあるまい」


 だが、報告を担当していた騎士は、少し困ったような表情を浮かべた。


「……それが」


「……何だ?」


「レオンハルト様は、褒賞について何もおっしゃっておりません」


「……ほう?」


「ただ、襲撃犯の背後関係を徹底的に調査するよう求めておられます」


 国王は、しばらく黙っていた。


 そして、口元に薄い笑みを浮かべた。


「……なるほど」


 その目が、わずかに鋭くなる。


「やはり、あの少年は面白い」


 ◇◆◇


 夜。


 ヴァルディス公爵家の王都別邸。


 俺は、セバスティアンから届いた報告書を読んでいた。


「……なるほどな」


 盗賊団への資金提供。


 教会関係者の印章。


 そして、金髪碧眼の青年を英雄に仕立て上げる計画。


 ここまで揃えば、アルベルトが関与している可能性は極めて高い。


 だが、まだ決定的な証拠はない。


 グレッグの証言だけでは、いくらでも言い逃れができる。


「……もう一押し、必要だな」


 俺は報告書を机に置いた。


 そのとき。


 コンコン。


「レオンハルト様」


 エレノアの声が聞こえた。


「入ってくれ」


 扉が開き、銀髪の少女が姿を現す。


「セバスティアン様より、追加の報告が届いております」


「……追加?」


「はい」


 エレノアは、一枚の紙を差し出した。


 俺はそれを受け取る。


 そして、目を細めた。


「……これは」


 そこには、ある人物の名前が記されていた。


 教会の司祭。


 そして、アルベルト・レイフォードの支援者。


 ――マルクス・エルディン。


「……なるほど」


 俺は小さく笑った。


 原作でも、アルベルトを陰から支えていた人物だ。


 だが、ゲームでは序盤にほとんど登場しない。


 そのため、詳しい行動までは把握していなかった。


「……エレノア」


「はい」


「明日、少し出かけるぞ」


「どちらへ?」


 俺は報告書を机に置いた。


 そして、静かに答えた。


「……教会だ」


 エレノアの目が、わずかに細くなる。


「……承知いたしました」


 俺は窓の外へ視線を向けた。


 王都の夜景。


 遠くには、巨大な大聖堂がそびえている。


 勇者アルベルト。


 そして、彼を支援する教会。


 お前たちが何を企んでいるのか、まだすべてはわからない。


 だが、一つだけ確かなことがある。


 ――俺の大切な人間を利用しようとするなら、容赦はしない。


「……さて」


 口元に笑みが浮かぶ。


「今度は、こっちから挨拶に行こうか」


 そのとき。


 俺はまだ知らなかった。


 翌日訪れる大聖堂で、後に俺の運命を大きく変えることになる一人の少女と出会うことを。


 そして、その少女こそ――。


 原作で勇者アルベルトに最も深く心酔していた、聖女エリシア・フィオーレであることを。

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