第48話 廃修道院の亡霊――黒き星を待つ七つの棺
第48話 廃修道院の亡霊――黒き星を待つ七つの棺
王国暦八百二十一年、夏月十六日。
午前五時四十分。
王都北部、聖オルディス廃修道院。
朝霧の向こうに、崩れかけた尖塔が見えた。
かつて七星王家の祈祷所として使われていたという古い修道院。百年以上前に閉鎖され、今では王都の住民でさえ近づかない場所になっている。
周囲には背の高い雑草が生い茂り、石造りの外壁は蔦に覆われていた。
俺は木立の陰から建物を見上げた。
「……思ったより広いな」
隣にいたリゼットが、測定器を確認する。
「地上部分だけで王宮礼拝堂の三倍近い面積があります。地下はさらに広いはずです」
「しかも、魔力反応がほとんどない」
アリシアが眉をひそめた。
「こんな場所に七星の中継点があるなんて、本当なの?」
「あるわ」
リゼットは即答した。
「正確には、反応がないように偽装されているの。周辺の魔力を吸収して、外部からの探知を妨害する結界が張られている」
俺は小さく頷いた。
昨日、監察院で立てた作戦は単純だった。
第一に、周辺住民を避難させる。
第二に、修道院の地下にある中継点を特定する。
第三に、囚われた魂が存在する場合は救出し、その後に中継網を破壊する。
問題は、敵がこちらの動きを読んでいる可能性が高いことだ。
「セレス、周辺の状況は?」
通信魔石へ声をかけると、すぐに返答があった。
『王宮警備局と監察院の合同部隊が、半径一キロの避難を完了したわ。民間人の立ち入りも止めている』
「ありがとう。父上たちは?」
『アルフォンス公爵は東側の街道、エレオノーラ様は上空の監視を担当してくださっているわ』
通信の向こうで、セレスが少し声を落とした。
『レオン。約束、覚えているわよね』
「ああ。一人で突っ込まない」
『それならいいわ』
少し安心したような声だった。
俺は通信を切り、仲間たちを見渡した。
アリシア。
エレノア。
リゼット。
エリシア。
そして俺。
五人での潜入だ。
「じゃあ、行こうか」
◇◆◇
午前六時。
修道院、正面礼拝堂。
扉を開けると、ひんやりした空気が流れ出した。
割れたステンドグラス。
朽ちた長椅子。
埃を被った祭壇。
見た目は、ただの廃墟だった。
だが、一歩足を踏み入れた瞬間、俺は違和感を覚えた。
……魔力の流れがおかしい。
通常、魔力は大気中をゆっくり循環している。
ところがこの建物では、空気中の魔力が床へ吸い込まれていた。
「リゼット」
「気づきました?」
彼女は測定器を掲げた。
「地下へ向かって魔力が流れています。しかも、自然現象ではありません」
「術式か」
「ええ。かなり大規模なものです」
そのとき。
カツン。
奥の廊下から、小さな音が響いた。
アリシアが即座に剣へ手をかける。
「誰かいる」
エレノアも、俺の斜め後ろへ移動した。
「レオンハルト様、下がってください」
「いや、まずは確認しよう」
俺は右手を上げた。
《万有引力》。
床に落ちていた小石が、音もなく浮かび上がる。
その石を、廊下の奥へゆっくり送り込んだ。
次の瞬間。
バシュッ!
石が通過した場所を、黒い刃が横切った。
壁から飛び出した魔力の刃だった。
「……なるほど」
俺は眉を上げた。
「侵入者を感知して攻撃する罠か」
リゼットが、慌てて術式を確認する。
「しかも、普通の感知魔法ではありません。魂の波長に反応しています」
「魂の波長?」
「はい。生きている人間の魂そのものを検知しているんです」
俺は廊下を見つめた。
……厄介だな。
単純に魔力を消しても、通過できないということか。
「リゼット、解除できる?」
「少し時間をいただければ」
「頼む」
俺は右手を掲げ、周囲の瓦礫を浮かせた。
罠の射程を確認するため、石を順番に送り込む。
黒い刃が飛び出すたびに、軌道を記録する。
その横で、リゼットが素早く術式を解析していった。
「……わかりました!」
彼女が、床へ小さな魔法陣を描いた。
「魂の波長を一時的に遮断する結界です。これなら、罠を起動させずに進めます」
「さすがだな」
俺が笑うと、リゼットは少しだけ頬を赤くした。
「べ、別に……研究者として当然のことです」
アリシアが、小さく笑った。
「はいはい。先に進みましょう」
◇◆◇
午前六時二十分。
修道院地下、第一層。
階段を下りると、そこには巨大な回廊が広がっていた。
壁には古い壁画が描かれている。
七人の王。
七つの星。
そして、中央に立つ一人の少年。
黒髪。
赤い瞳。
俺は、その壁画を見て足を止めた。
「……これ」
エリシアが、息を呑んだ。
「レオン様に、似ていますね」
「似ているどころじゃないわ」
リゼットが、壁画へ近づいた。
「髪の色も瞳の色も、ほとんど同じです」
俺は、壁画の下に刻まれた文字を読んだ。
『七星は黒き星を迎え、失われし王を再び地上へ導く』
その言葉に、背筋が冷たくなった。
……黒き星。
ルナリアも、俺をそう呼んでいた。
ゲームの原作でも、レオンハルトは黒き暴君と呼ばれていた。
だが、三百年前の壁画に、なぜ俺と同じ姿の少年が描かれている?
「リゼット。年代は?」
「石材の劣化から見て、少なくとも二百年以上前です」
彼女は、真剣な表情で続けた。
「後から描き直された痕跡はありません」
俺は、壁画を見上げた。
……つまり。
俺が生まれるずっと前から、黒き星という存在が想定されていた。
その事実が、妙に気にかかった。
◇◆◇
午前六時四十分。
地下第二層。
回廊の先に、巨大な円形の部屋が現れた。
中央には、七つの石棺。
それぞれの棺には、異なる色の魔石が埋め込まれている。
赤。
青。
緑。
黄。
紫。
白。
そして、黒。
リゼットが、測定器を確認した。
「……これは」
その声が、震えた。
「七星魂環術式の中継装置です」
俺は、石棺へ近づいた。
「中に何がある?」
「……魂の反応があります」
エリシアが、静かに答えた。
彼女の胸元のペンダントが、淡く輝いていた。
「七つの棺すべてに、誰かの魂が封じられています」
その瞬間。
部屋の空気が、急激に冷たくなった。
石棺の表面に、黒い文字が浮かび上がる。
『七つの魂を捧げよ』
『黒き星を迎えよ』
『失われし王を復活させよ』
アリシアが、剣を抜いた。
「……嫌な予感しかしないわね」
俺も頷いた。
「同感だ」
そのとき。
黒い石棺から、かすかな声が聞こえた。
『……たす……けて……』
俺たちは、同時に顔を上げた。
「……今の声」
エリシアが、石棺へ駆け寄る。
「誰か、いるんです!」
俺は、ゆっくりと黒い石棺へ手を伸ばした。
その瞬間。
頭の奥へ、直接声が響いた。
『……レオンハルト……ヴァルディス……』
聞き覚えのある声だった。
王太子の側近。
地下遺跡で、黒幕の操り人形となっていた男。
「……ベルナール?」
石棺の中で、赤い光が揺れた。
『……そうだ……』
そして。
『……頼む……』
声が、震えた。
『……私を……殺してくれ……』
◇◆◇
俺は、思わず手を止めた。
「……どういうことだ?」
ベルナールの声が、途切れ途切れに響く。
『……私は……利用された……』
『……王太子を……操るために……』
『……そして……今は……』
その声が、突然苦しげに歪んだ。
『……やめろ……!』
次の瞬間。
石棺の表面に、黒い魔法陣が浮かび上がった。
リゼットが叫ぶ。
「レオン様! 離れてください!」
俺は咄嗟に《万有引力》を発動し、仲間たちを後方へ引き寄せた。
直後。
七つの石棺が、一斉に開いた。
黒い霧が噴き上がる。
その中から、七体の人影が現れた。
古代の鎧をまとった騎士たち。
だが、その瞳には光がない。
魂を縛られ、意思を奪われた亡霊兵だった。
「……なるほど」
俺は、ゆっくりと剣を抜いた。
「歓迎されているわけじゃなさそうだな」
アリシアが、隣へ並んだ。
「上等よ」
エレノアも、剣を構える。
「レオンハルト様。今度は、私たちも戦います」
エリシアは、七星のペンダントを握りしめた。
「魂を解放する方法を、必ず見つけます」
リゼットが、測定器を起動した。
「術式の解析は、私に任せてください!」
俺は、仲間たちを見渡した。
そして、静かに笑った。
「……よし」
剣先を、七体の亡霊兵へ向ける。
「全員で、突破するぞ」
――七つの棺。
――七つの魂。
そして、黒き星を待ち続ける古代の禁術。
レオンハルトたちは、ついに七星王家の闇の核心へ足を踏み入れた。




