第43話【IF編・後編②】銀月の審判――王城に降り立つ絶望
第43話【IF編・後編②】銀月の審判――王城に降り立つ絶望
王国暦八百二十三年、秋月二十四日。
午前十時。
ルミナス王国、王城。
王国評議会議場には、異様な緊張が漂っていた。
国王アレクシス。
王太子アドリアン。
王国評議会の重臣たち。
そして、聖教会の高位聖職者。
そのすべてが、一つの扉を見つめていた。
……来る。
誰もが、そう感じていた。
黒獅子アルフォンス。
銀月の魔女エレオノーラ。
王国最強と呼ばれる夫婦。
そして。
最愛の息子を、王国によって奪われた両親。
◇◆◇
午前十時、ちょうど。
議場の扉が、ゆっくりと開いた。
ギィィ……。
そこに現れたのは、二人の人物だった。
黒い外套をまとった壮年の男。
そして、銀色のドレスを身にまとった女性。
アルフォンス・ヴァルディス。
エレオノーラ・ヴァルディス。
二人は、静かに議場へ入ってきた。
その瞬間。
空気が、変わった。
まるで、巨大な獣が目を覚ましたかのような圧迫感。
そして。
冷たい月光に包まれたような、恐ろしい静寂。
誰も、声を出せなかった。
◇◆◇
「……アルフォンス」
国王アレクシスが、静かに声をかけた。
アルフォンスは、ゆっくりと顔を上げた。
「……陛下」
その声は、驚くほど落ち着いていた。
「……我が息子の件について、お話を伺いたい」
国王は、苦しげに目を閉じた。
「……すまない」
アルフォンスは、静かに首を振った。
「……謝罪は、後で結構です」
そして。
「……まず、事実を」
その言葉に、議場が静まり返った。
◇◆◇
王国評議会議長が、震える声で説明を始めた。
「……レオンハルト・ヴァルディスは、王国の安全を脅かす可能性があり……」
その瞬間。
アルフォンスの瞳が、鋭く光った。
「……可能性?」
低い声。
議長は、言葉を詰まらせた。
「……は、はい……」
アルフォンスは、静かに続けた。
「……我が息子が、何をした?」
議長は、答えられなかった。
「……王国へ反乱を起こしたのか?」
「……い、いえ……」
「……民を虐殺したのか?」
「……それは……」
「……王家へ剣を向けたのか?」
「……いいえ……」
アルフォンスは、静かに頷いた。
「……ならば」
そして。
「……なぜ、六万の兵を向けた?」
その瞬間。
議場が、完全に静まり返った。
◇◆◇
「……それは!」
王太子アドリアンが、突然立ち上がった。
「……黒き暴君は、危険な存在だった!」
アルフォンスは、静かに彼を見た。
「……殿下」
その声には、恐ろしいほどの冷たさが宿っていた。
「……危険とは、何をもって判断された?」
アドリアンは、声を荒らげた。
「……あの力だ!」
そして。
「……あれほどの力を持つ者が、王国に従う保証などない!」
アルフォンスは、しばらく黙っていた。
そして。
「……なるほど」
静かに頷いた。
「……つまり」
その瞳が、鋭く光る。
「……強すぎるから、殺したのか」
アドリアンは、言葉を失った。
◇◆◇
そのとき。
「……ねえ」
柔らかな声が、議場へ響いた。
エレオノーラだった。
彼女は、静かに微笑んでいた。
だが。
その瞳には、涙の跡が残っていた。
「……一つ、聞いてもいいかしら?」
誰も、答えられなかった。
エレオノーラは、静かに続けた。
「……レオンちゃんは、最後まで兵士を殺さなかったそうね」
議長が、震える声で頷いた。
「……は、はい……」
「……そう」
エレオノーラは、静かに微笑んだ。
「……あの子らしいわ」
そして。
「……本当に、優しい子だったもの」
その声が、少しだけ震えた。
◇◆◇
「……でもね」
エレオノーラは、ゆっくりと顔を上げた。
その瞬間。
議場の空気が、凍りついた。
「……私は、あの子ほど優しくないの」
次の瞬間。
巨大な銀色の魔法陣が、議場の天井に浮かび上がった。
ゴゴゴゴ……!
王城全体が、大きく揺れた。
「……なっ!?」
重臣たちが、悲鳴を上げる。
宮廷魔導師たちが、慌てて防御魔法を展開した。
だが。
そのすべてが、銀色の光に触れた瞬間、消滅した。
「……馬鹿な!?」
「……魔法が、消された!?」
エレオノーラは、静かに微笑んだ。
「……安心して」
そして。
「……まだ、何もしないわ」
その言葉が、かえって恐ろしかった。
◇◆◇
アルフォンスは、静かに剣を抜いた。
銀色の刃が、議場の光を反射する。
その瞬間。
黒い闘気が、床を這うように広がった。
「……全員、聞け」
その声が、議場へ響いた。
「……我が息子は、王国を守るために戦った」
そして。
「……その息子を、王国が殺した」
アルフォンスの瞳が、鋭く光った。
「……ならば」
そして。
「……王国は、その責任を負わねばならん」
◇◆◇
国王アレクシスは、ゆっくりと立ち上がった。
「……アルフォンス」
その声には、深い後悔が宿っていた。
「……私が、すべての責任を負う」
アルフォンスは、静かに国王を見た。
「……陛下」
そして。
「……それで、レオンが戻るのですか?」
国王は、何も答えられなかった。
アルフォンスは、静かに首を振った。
「……戻らない」
その声が、わずかに震えた。
「……二度と」
そして。
「……あの子の笑顔を見ることは、できない」
◇◆◇
そのとき。
エレオノーラが、ゆっくりと右手を上げた。
銀色の魔法陣が、さらに輝きを増す。
「……ねえ、あなた」
アルフォンスが、静かに振り返った。
「……何だ」
エレオノーラは、涙を浮かべながら微笑んだ。
「……もう、いいかしら?」
アルフォンスは、しばらく黙っていた。
そして。
静かに頷いた。
「……ああ」
その瞬間。
王城全体を覆う巨大な結界が、完成した。
《銀月封鎖》。
王国最強の魔女が生み出した、絶対封鎖術式。
王城からの転移。
魔法通信。
そして。
外部からの救援。
そのすべてが、遮断された。
◇◆◇
「……何をするつもりだ!?」
王太子アドリアンが、叫んだ。
エレオノーラは、静かに微笑んだ。
「……簡単なことよ」
そして。
「……レオンちゃんが味わった絶望を」
その瞳が、銀色に輝いた。
「……少しだけ、知ってもらうの」
次の瞬間。
議場の床に、無数の銀色の鎖が現れた。
王太子。
評議会議員。
聖教会幹部。
討伐命令に関与した者たちが、次々と拘束されていく。
「……やめろ!!」
「……助けてくれ!!」
悲鳴が、議場へ響いた。
だが。
アルフォンスは、静かに剣を構えた。
「……誰も、逃がさん」
その声には、絶対的な決意が宿っていた。
◇◆◇
王城の外。
空は、銀色に染まっていた。
王都の人々は、恐怖に震えながら城を見上げていた。
「……何が起きているんだ……?」
「……黒獅子と銀月が、王城に入ったらしい……」
そして。
誰かが、小さく呟いた。
「……王国は、終わるのか……?」
――最愛の息子を奪われた両親。
その怒りが、ついに王国へ向けられた。
そして。
ルミナス王国の歴史に、決して忘れられない一日が刻まれようとしていた。




