第38話 偽りの密告と、七星の地下水路
第38話 偽りの密告と、七星の地下水路
王国暦八百二十一年、夏月十四日。
午前八時。
王国監察院の執務室には、朝から重苦しい空気が漂っていた。
長机の中央に置かれているのは、一通の封書。
黒い封蝋には、七つの星を囲む古い紋章が刻まれている。
「差出人は不明。昨夜、監察院の受付へ届けられました」
王国監察官ルドルフ・ヘインズが、慎重に説明した。
俺は封書へ目を向ける。
父アルフォンス、母エレオノーラ、そしてセバスティアンも同席していた。
「内容は?」
俺が尋ねると、ルドルフは書類を読み上げた。
「王都西部の地下水路に、七星王家の失われた記録が保管されている。そこには、黒星の器に関する真実が記されている……とのことです」
……ずいぶん親切な密告だな。
俺は、静かに息を吐いた。
昨日、リゼットが術式の中継点を二つ特定したばかりだ。
その直後に、同じ場所を示す匿名の手紙が届く。
偶然とは考えにくい。
「……罠でしょうね」
母が、穏やかな声で言った。
だが、その紫色の瞳には鋭い光が宿っていた。
「ええ」
俺は頷いた。
「ただ、無視するわけにもいきません」
父が腕を組む。
「敵がこちらを誘い込もうとしているなら、逆に利用する手もある」
「はい。ただし、今回は相手の術式が特殊です」
俺は、机の上に置かれた地図を指差した。
「魂への干渉を前提に準備している可能性があります。力任せに突入するのは避けたい」
父は、満足そうに頷いた。
「よく考えているな」
……父上に褒められると、少し嬉しいな。
だが、今回は慎重すぎるくらいでちょうどいい。
敵は俺の力を研究している。
そして、こちらの行動まで予測している可能性があるのだから。
◇◆◇
午前十時。
ヴァルディス公爵家、王都別邸。
俺は、今回の調査に参加する仲間たちと作戦を確認していた。
エレノア。
エリシア。
リゼット。
アリシア。
そして、第一王女セレスティア。
……最後の一人については、正直予想外だった。
「セレス、本当に参加するつもりか?」
俺が尋ねると、彼女は真っ直ぐに俺を見つめた。
「もちろんよ」
「危険な場所だぞ」
「わかってる」
セレスは、静かに頷いた。
「だからこそ、王家の人間として確認する必要があるの」
俺は、少しだけ考えた。
確かに、地下水路には王家の封印が存在する可能性がある。
だが。
「……無理はしないでくれ」
俺がそう言うと、セレスは小さく微笑んだ。
「それ、レオンにも言えることよ?」
……一本取られたな。
その隣で、アリシアが腕を組んだ。
「私は前衛を担当するわ。接近戦なら任せて」
リゼットが、すぐに口を開く。
「私は術式解析を担当します。今回の目的は、敵を倒すことだけではありませんから」
エリシアも、静かに頷いた。
「魂に関する術式なら、私の力が役立つはずです」
そして。
エレノアが、俺の隣へ立った。
「レオンハルト様の護衛は、私が務めます」
……頼もしいな。
俺は、皆を見渡した。
「ありがとう。だが、最優先は全員の無事だ」
そして。
「危険だと判断したら、必ず撤退する。いいな?」
少女たちは、それぞれ頷いた。
◇◆◇
午後一時。
王都西部、旧地下水路。
古い石造りの入口は、街の外れにある廃倉庫の地下に隠されていた。
階段を下りると、湿った空気が肌へまとわりつく。
壁には苔が生え、遠くから水の流れる音が響いていた。
「……思ったより、広いわね」
アリシアが、周囲を見渡した。
「古い王都の排水設備を利用して、後から増築されたようです」
リゼットが、地図を確認しながら答える。
俺は、静かに魔力感知を広げた。
……いるな。
複数の魔力反応。
だが、どれも不自然に弱い。
……囮か?
「……全員、警戒してくれ」
俺が告げた瞬間。
足元の石畳が、淡く光った。
「……っ!?」
リゼットが、即座に叫ぶ。
「術式反応! 足元です!」
次の瞬間。
地下水路全体に、黒い魔法陣が浮かび上がった。
ゴゴゴゴ……!
重い振動。
そして。
壁から、無数の黒い鎖が伸びてきた。
「……来たか!」
俺は、右手を上げた。
《万有引力》。
重力場を展開し、鎖の動きを停止させる。
だが。
……やはり。
鎖の一部が、重力場をすり抜けた。
魂へ直接作用する術式。
以前と同じ系統だ。
「エリシア!」
「はい!」
彼女が両手を掲げる。
《聖光障壁》。
白い光が、仲間たちを包み込んだ。
黒い鎖が障壁へ触れた瞬間、激しい火花が散った。
……よし。
以前より、明らかに強くなっている。
◇◆◇
だが。
敵の狙いは、別にあった。
突然、地下水路の奥から声が響いた。
『……黒き星を宿す者よ』
低く、冷たい声。
『……よく来たな』
俺は、静かに目を細めた。
「……誰だ?」
『……名乗る必要はない』
声は、壁全体から響いている。
『……お前に見せたいものがある』
その瞬間。
地下水路の奥に、巨大な水晶板が浮かび上がった。
そこに映し出されたのは。
……王都?
いや。
燃え上がる王都だった。
崩れ落ちる建物。
逃げ惑う人々。
そして。
ヴァルディス公爵家の屋敷が、炎に包まれていた。
「……っ!?」
俺は、思わず息を呑んだ。
……これは。
原作ゲームで見た光景に、よく似ている。
十七歳のレオンハルト。
六万の軍勢。
そして、公爵家の滅亡。
……まさか。
『……見えるか』
声が、静かに続けた。
『……これがお前の未来だ』
俺は、静かに拳を握った。
……ふざけるな。
そんな未来。
……絶対に、認めない。
◇◆◇
「……レオン!」
セレスの声が、響いた。
俺は、はっと顔を上げた。
彼女が、俺の腕を掴んでいた。
「……大丈夫?」
その瞳には、強い心配が宿っていた。
俺は、静かに頷いた。
「……ああ」
だが。
水晶板の映像は、さらに変化した。
今度は、黒い鎧をまとった少年が映し出された。
黒髪。
深紅の瞳。
そして。
血に染まった剣。
……俺だ。
いや。
原作のレオンハルト。
その姿だった。
『……十七歳』
声が、冷たく響く。
『……その年齢に達したとき、黒き星は完全に覚醒する』
そして。
『……王国は、お前を排除する』
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
敵は、俺の運命を知っている。
少なくとも。
……そう思わせたいらしい。
◇◆◇
「……リゼット」
俺は、静かに声をかけた。
「……この映像、解析できるか?」
彼女は、すぐに水晶板へ視線を向けた。
「……はい」
そして。
魔力を集中させた。
「……これは、未来予知ではありません」
俺の瞳が、わずかに動いた。
「……何?」
「……記録映像です」
リゼットは、静かに続けた。
「……誰かが、意図的に作成した魔力映像です」
……やっぱり。
俺は、静かに頷いた。
だが。
次の瞬間。
エリシアが、突然胸元を押さえた。
「……っ!」
俺は、すぐに彼女へ視線を向けた。
「……エリシア!?」
彼女の胸元。
七星のペンダントが、白く輝いていた。
「……聞こえます」
エリシアが、震える声で呟いた。
「……何が?」
俺が尋ねる。
彼女は、ゆっくりと顔を上げた。
「……誰かが、助けを求めています」
その声には、確かな悲しみが宿っていた。
「……この地下水路の、もっと奥から」
俺は、静かに目を細めた。
……なるほど。
敵の罠の中に。
……本当に、何かがあるのかもしれない。
◇◆◇
その瞬間。
地下水路の奥にある巨大な石扉が、ゆっくりと開いた。
ゴゴゴゴ……。
扉の向こうから、白い光が漏れ出す。
そして。
聞き覚えのない、幼い少女の声が響いた。
『……助けて』
俺は、静かに息を呑んだ。
『……お願い』
その声は、かすれていた。
『……もう、誰も傷つけたくないの』
エリシアが、俺を見つめた。
「……レオンハルト様」
俺は、静かに頷いた。
「……わかってる」
そして。
剣を握り直した。
「……行こう」
――偽りの未来を映し出す水晶。
そして、地下水路の奥から響く少女の声。
その先には、七星王家の失われた秘密が眠っていた。




