第37話 公爵家の晩餐会と、五人の乙女たちの想い
第37話 公爵家の晩餐会と、五人の乙女たちの想い
王国暦八百二十一年、夏月十三日。
ヴァルディス公爵家、王都別邸。
夕暮れの光が大広間の窓を赤く染める頃、屋敷は普段とは違う賑わいに包まれていた。
銀の燭台。
磨き上げられた食器。
季節の花を飾った長い食卓。
厨房からは、香ばしい肉料理と焼きたてのパンの匂いが漂ってくる。
……ずいぶん本格的だな。
俺は広間を見渡しながら、少しだけ首を傾げた。
母エレオノーラが企画した晩餐会。
招待客は、セレスティア、エリシア、リゼット、アリシア。
そして、母の強い希望でエレノアも同じ食卓につくことになっていた。
……これ、何の集まりなんだ?
「レオンちゃーん♡」
背後から、楽しそうな声が響いた。
振り返ると、母が銀色のドレスをまとって立っていた。
「……母上」
「どう? 素敵でしょう?」
「ええ。ですが、何のための晩餐会なんですか?」
母は、にっこりと微笑んだ。
「決まってるじゃない」
そして、俺の肩へ手を置いた。
「レオンちゃんのお友達と、ゆっくりお話しするためよ♡」
……本当に、それだけか?
俺が疑いの目を向けると、母は楽しそうに笑った。
「それにね、最近レオンちゃん、女の子たちと仲良しでしょう?」
「……まあ、友人ですから」
「あらあら♡」
母は、何かを確信したように頷いた。
「本当に、うちの息子は鈍感なんだから」
……何がですか。
◇◆◇
最初に到着したのは、第一王女セレスティアだった。
淡い青色のドレス。
銀色の髪には、先日俺が贈った髪飾りが輝いている。
「こんばんは、レオン」
「ようこそ、セレス」
俺が微笑むと、彼女は少しだけ頬を赤くした。
「……この髪飾り、どう?」
「やっぱり似合ってるな」
「……ありがとう」
その瞬間。
背後から、母の楽しそうな声が聞こえた。
「あらあら♡ その髪飾り、レオンちゃんが選んだの?」
「……っ!?」
セレスの顔が、一気に赤くなる。
「エ、エレオノーラ様!」
「ふふ♡ 可愛いわね」
……母上。
楽しみすぎではありませんか。
◇◆◇
次に到着したのは、聖女エリシアだった。
白を基調とした清楚なドレス。
金色の髪が、柔らかな灯りを受けて輝いている。
「こんばんは、レオンハルト様」
「ようこそ、エリシア」
俺が迎えると、彼女は穏やかに微笑んだ。
「……今日は、お招きいただきありがとうございます」
「こちらこそ、来てくれて嬉しいよ」
その言葉に、エリシアの頬が少しだけ赤くなった。
だが。
彼女の視線が、セレスの髪飾りへ向かった。
「……素敵な髪飾りですね」
セレスが、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとう。レオンが選んでくれたの」
エリシアの表情が、一瞬だけ固まった。
「……レオンハルト様が?」
「ああ」
俺は頷いた。
「街で見つけたんだ」
エリシアは、静かに微笑んだ。
「……そうなのですね」
だが。
その笑顔の奥に、何か別の感情が見えた気がした。
……気のせいか?
◇◆◇
続いて、リゼットとアリシアが到着した。
リゼットは、淡い紫色のドレス。
普段は研究室で無造作にまとめている髪も、今日は丁寧に整えられている。
「……レオンハルト様」
彼女は、少し恥ずかしそうに微笑んだ。
「……変ではありませんか?」
「いや。よく似合ってる」
その瞬間。
リゼットの顔が真っ赤になった。
「……っ!」
そして。
「……あ、ありがとうございます……」
その隣で、アリシアが腕を組んでいた。
赤い髪に、深紅のドレス。
剣を持つ姿とは違う、華やかな雰囲気だった。
「……レオンハルト」
「ん?」
「……私には、何も言わないの?」
俺は、少しだけ驚いた。
「……いや、似合ってるぞ」
アリシアは、ふいっと顔を逸らした。
「……そ、そう」
だが。
その耳は、真っ赤だった。
……何なんだ、この空気。
俺は、少しだけ困惑した。
◇◆◇
晩餐会が始まった。
父アルフォンスが、静かに杯を掲げる。
「本日は、よく来てくれた」
その声には、普段の威厳と温かさが混じっていた。
「我が息子と親しくしてくれていること、父として感謝する」
少女たちは、丁寧に頭を下げた。
そして。
母エレオノーラが、楽しそうに口を開いた。
「さて♡」
……嫌な予感がする。
「皆さん、レオンちゃんのどんなところが好きなのかしら?」
その瞬間。
食卓が、完全に静まり返った。
……母上!?
俺は、思わず母を見た。
だが。
母は、満面の笑みを浮かべていた。
「だって、気になるじゃない♡」
……完全に、楽しんでるな。
◇◆◇
最初に口を開いたのは、セレスだった。
「……私は」
彼女は、少しだけ頬を赤くした。
「……レオンの、優しいところが好きです」
俺は、思わず彼女を見た。
セレスは、静かに続けた。
「……強いのに、弱い人を見捨てないところ」
その言葉に、母は嬉しそうに頷いた。
「……素敵ね♡」
次に、エリシアが口を開いた。
「……私は」
彼女は、俺を見つめた。
「……誰かのために、迷わず手を差し伸べられるところです」
その瞳には、深い感謝が宿っていた。
「……私が、何もかも失いかけたとき」
そして。
「……レオンハルト様が、助けてくださいました」
俺は、静かに息を吐いた。
……エリシア。
あのときのことを、今も大切にしてくれているんだな。
◇◆◇
リゼットは、少しだけ迷った後、口を開いた。
「……私は、レオンハルト様の考え方が好きです」
母が、興味深そうに首を傾げた。
「……考え方?」
「……はい」
リゼットは、静かに頷いた。
「……どんなに難しい問題でも、諦めずに考えるところです」
そして。
「……私の研究を、馬鹿にせずに認めてくださった」
その声には、確かな感情が宿っていた。
アリシアは、少しだけ腕を組んだ。
「……私は」
そして。
「……強いところ、かな」
俺は、思わず苦笑した。
……アリシアらしいな。
だが。
彼女は、静かに続けた。
「……でも、それだけじゃない」
その瞳が、真っ直ぐに俺を捉えた。
「……強いのに、驕らないところ」
そして。
「……誰かを守るために、その強さを使うところ」
その言葉に、俺は少しだけ驚いた。
……そんなふうに、見てくれていたのか。
◇◆◇
最後に。
母エレオノーラが、エレノアへ視線を向けた。
「……エレノアちゃんは?」
エレノアは、少しだけ驚いた。
「……わ、私ですか?」
「もちろん♡」
母は、楽しそうに微笑んだ。
「……あなたも、レオンちゃんのことが大好きでしょう?」
その瞬間。
エレノアの顔が、真っ赤になった。
「……お、奥様!?」
俺は、思わず苦笑した。
……母上。
もう少し、手加減してください。
だが。
エレノアは、しばらく黙った後、静かに口を開いた。
「……私は」
その声は、少しだけ震えていた。
「……レオンハルト様の、すべてを尊敬しております」
そして。
「……六年前、私を救ってくださったあの日から」
彼女は、真っ直ぐに俺を見つめた。
「……ずっと、お傍にいたいと思っています」
その言葉に、食卓が静まり返った。
俺は、少しだけ息を呑んだ。
……エレノア。
彼女の気持ちが、胸へ真っ直ぐ届いた気がした。
◇◆◇
晩餐会の後。
俺は、屋敷の庭園へ出ていた。
夜風が、少しだけ涼しい。
……まったく。
母上には、困ったものだ。
だが。
今日の晩餐会は、悪くなかった。
皆が笑っていた。
それだけで、十分だと思えた。
すると。
「……レオン」
背後から、声がした。
振り返ると、セレスが立っていた。
「……少し、いい?」
「ああ」
彼女は、俺の隣へ歩いてきた。
そして、夜空を見上げた。
「……今日は、楽しかった」
「俺もだよ」
セレスは、少しだけ微笑んだ。
だが。
次の瞬間。
真剣な表情になった。
「……ねえ、レオン」
「ん?」
「……私、もっと強くなりたい」
俺は、彼女を見た。
「……強く?」
「……そう」
セレスは、静かに頷いた。
「……王女として、あなたを支えられるくらいに」
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
俺は、静かに微笑んだ。
「……十分、助けられてるよ」
セレスは、少しだけ驚いた。
「……本当?」
「ああ」
俺は頷いた。
「……評議会のときも、助かった」
その瞬間。
セレスは、嬉しそうに微笑んだ。
◇◆◇
その頃。
王都の地下。
黒衣の男は、静かに報告書を読んでいた。
「……ヴァルディス公爵家で、晩餐会?」
部下が、頷いた。
「はい。第一王女、聖女、魔導学院の研究者、軍務大臣の令嬢が集まっていたようです」
男は、しばらく黙っていた。
そして。
「……なるほど」
静かに微笑んだ。
「……あの少年の周囲には、多くの者が集まる」
その声には、冷たい計算が宿っていた。
「……ならば」
そして。
「……その絆を、試してやろう」
男は、机の上へ一枚の古い地図を広げた。
そこには、王都西部の地下水路が描かれていた。
そして、赤い印が一つ。
「……次の舞台は、ここだ」
――穏やかな晩餐会の夜。
その裏で、黒幕は新たな罠を仕掛けようとしていた。




