第33話 第一王女の覚悟と、王太子を操る影
第33話 第一王女の覚悟と、王太子を操る影
王国暦八百二十一年、夏月十日。
王城、第一王女執務室。
セレスティア・ルミナスは、机の上に広げられた書類を見つめていた。
昨日の王国評議会。
兄アドリアンによる、レオンハルトへの追及。
そして、証拠のない疑惑。
……どうして、お兄様は。
セレスは、静かに息を吐いた。
昔の兄は、今ほど頑なではなかった。
少なくとも、幼い頃は優しく接してくれた。
だが、王太子としての立場が強くなるにつれ、周囲の言葉に過敏になっていった。
特に。
……レオンのことになると。
セレスは、少しだけ眉をひそめた。
兄は、レオンハルトを異常なほど警戒している。
その理由が、どうしても理解できなかった。
◇◆◇
「……殿下」
侍女が、静かに声をかけた。
「……王国監察官ルドルフ・ヘインズ様がお見えです」
セレスは、顔を上げた。
「……お通しして」
「承知いたしました」
しばらくして。
ルドルフが、執務室へ入ってきた。
「……第一王女殿下」
彼は、深々と頭を下げた。
「……お時間をいただき、ありがとうございます」
「……こちらこそ」
セレスは、静かに微笑んだ。
「……昨日の評議会について、お話を伺いたいのです」
ルドルフは、ゆっくりと頷いた。
「……承知いたしました」
◇◆◇
「……お兄様は、誰から情報を得たのでしょうか?」
セレスが尋ねた。
ルドルフは、少しだけ考えた。
「……現時点では、特定できておりません」
「……そうですか」
セレスは、静かに頷いた。
だが。
ルドルフは、続けた。
「……ただし」
セレスが顔を上げる。
「……王太子殿下の執務室へ、匿名の報告書が届いていたことは確認しております」
セレスの瞳が、鋭く光った。
「……匿名?」
「……はい」
ルドルフは、静かに頷いた。
「……差出人は不明です」
セレスは、しばらく考えた。
そして。
「……その報告書を、調べることはできますか?」
ルドルフは、慎重に答えた。
「……正式な手続きが必要ですが、可能です」
セレスは、静かに頷いた。
「……では、陛下へ調査をお願いしましょう」
その声には、確かな決意が宿っていた。
◇◆◇
同じ頃。
ヴァルディス公爵家王都別邸。
俺は、セバスティアンから報告を受けていた。
「……王太子殿下の周囲に、不審な動きが?」
「はい」
老執事は、静かに頷いた。
「……最近、王太子執務室へ出入りする人物が増えております」
俺は、少しだけ眉をひそめた。
「……誰だ?」
「……主に、王宮内務局の職員です」
……内務局。
俺は、静かに考えた。
王宮内務局は、王城内の事務や管理を担当する部署だ。
王太子執務室へ出入りしていても、不自然ではない。
だが。
……今の状況では、気になるな。
「……特に、不審な人物は?」
セバスティアンは、一枚の書類を差し出した。
「……この人物です」
そこには、一人の男の名前が記されていた。
『ベルナール・クロイツ』
……また、こいつか。
俺は、静かに目を細めた。
以前から、何度も名前が出ている人物。
軍務省の物資調達。
魔導学院の研究資金。
そして、王太子の側近。
……偶然にしては、出来すぎている。
「……この男を、重点的に調べてくれ」
「承知いたしました」
セバスティアンは、深々と頭を下げた。
◇◆◇
午後。
王立魔導学院。
俺は、リゼット・クローディアの研究室を訪れていた。
「……レオンハルト様!」
リゼットは、俺の姿を見ると驚いたように立ち上がった。
「……どうされたのですか?」
「……少し、相談がある」
俺は、机の上に書類を置いた。
それは、ベルナール・クロイツの署名が記された研究資金の契約書の写しだった。
「……この署名について、覚えていることはないか?」
リゼットは、書類を見つめた。
そして、少しだけ眉をひそめた。
「……これですか」
俺は頷いた。
「……ああ」
リゼットは、静かに答えた。
「……実は、少し気になることがあります」
俺は、彼女を見た。
「……何だ?」
「……この署名」
彼女は、書類の一部を指差した。
「……他の契約書と、筆跡が違うんです」
俺の瞳が、わずかに動いた。
「……違う?」
「……はい」
リゼットは、静かに頷いた。
「……同じ名前なのに、文字の癖が違います」
……なるほど。
俺は、静かに考えた。
……偽造の可能性があるな。
「……他の書類も確認できるか?」
「……もちろんです」
リゼットは、すぐに棚へ向かった。
「……全部、比較してみましょう」
その表情には、研究者としての真剣さが宿っていた。
◇◆◇
しばらくして。
俺たちは、複数の契約書を並べていた。
リゼットは、筆跡を比較しながら小さく呟いた。
「……やっぱり」
俺は、彼女を見た。
「……何かわかったか?」
「……はい」
彼女は、一枚の書類を指差した。
「……この二つ、明らかに違います」
俺は、静かに頷いた。
……確かに。
片方は、筆圧が強い。
もう片方は、細く流れるような文字だ。
……同じ人物が書いたとは、考えにくい。
「……ただし」
リゼットは、静かに続けた。
「……本人が書き分けた可能性もあります」
俺は、少しだけ驚いた。
……なるほど。
慎重だな。
「……その通りだ」
俺は、穏やかに微笑んだ。
「……だから、証拠を揃えよう」
リゼットは、嬉しそうに頷いた。
「……はい!」
◇◆◇
その頃。
王城、王太子執務室。
アドリアン・ルミナスは、険しい表情で窓の外を見つめていた。
昨日の評議会。
父からの叱責。
そして、妹セレスティアの発言。
……なぜだ。
彼は、拳を握りしめた。
……なぜ、誰も私を理解しない。
そのとき。
「……殿下」
背後から、静かな声が響いた。
ベルナール・クロイツだった。
「……何だ」
アドリアンが、振り返る。
ベルナールは、穏やかに微笑んだ。
「……昨日の件、残念でございました」
アドリアンは、不機嫌そうに鼻を鳴らした。
「……わかっている」
ベルナールは、静かに続けた。
「……ですが、殿下は間違っておりません」
アドリアンの瞳が、わずかに動いた。
「……何?」
「……王国の未来を案じることは、王太子として当然の責務です」
その言葉に、アドリアンの表情が少しだけ緩んだ。
「……そうだ」
ベルナールは、さらに続けた。
「……問題は、証拠が不足していたことです」
アドリアンは、静かに頷いた。
「……確かに」
ベルナールは、薄く微笑んだ。
「……ならば、証拠を用意すればよろしいのです」
その瞬間。
アドリアンの瞳が、鋭く光った。
「……どういう意味だ?」
ベルナールは、静かに答えた。
「……王都の地下に、まだ調査されていない古代施設がございます」
そして。
「……そこに、ヴァルディス公爵家と関係する記録が残されているかもしれません」
アドリアンは、しばらく考えた。
そして。
「……場所は?」
ベルナールは、静かに微笑んだ。
「……ご案内いたします」
◇◆◇
その夜。
ヴァルディス公爵家王都別邸。
俺は、セバスティアンから新たな報告を受けていた。
「……レオンハルト様」
「……何だ?」
「……王太子殿下が、今夜、王城を出られる予定です」
俺は、静かに眉をひそめた。
「……こんな時間に?」
「……はい」
そして。
「……同行者は、ベルナール・クロイツ」
俺は、静かに息を吐いた。
……なるほど。
ついに、動いたか。
俺は、窓の外を見つめた。
夜の王都。
その地下には、まだ多くの秘密が眠っている。
……アドリアン殿下。
あなたは、誰に利用されているのか。
俺は、静かに立ち上がった。
「……セバスティアン」
「……はい」
「……父上へ連絡を」
そして。
「……今夜、何かが起きるかもしれない」
――王太子が向かう先には、王国の歴史を揺るがす新たな秘密が待ち受けていた。




