第32話 王国評議会の罠と、黒き公爵令息の反撃
第32話 王国評議会の罠と、黒き公爵令息の反撃
王国暦八百二十一年、夏月九日。
王都ルミナス、王城。
その朝、王国評議会の臨時会議が招集された。
議題は、ヴァルディス公爵家による王城地下遺構の調査について。
そして、俺――レオンハルト・ヴァルディスが、王家の禁忌に不当に接触した疑惑についてだった。
……まったく。
また、面倒なことになったな。
俺は、評議会議場へ向かう廊下を歩きながら、小さく息を吐いた。
隣には父アルフォンス。
そして、母エレオノーラ。
少し後ろには、護衛としてエレノアが控えている。
「……レオンハルト」
父が、静かに声をかけた。
「心配するな」
「……はい」
「事実を述べればいい」
父の声は、いつも通り落ち着いていた。
だが。
その瞳には、明らかな怒りが宿っている。
……父上。
俺が疑われていることが、よほど気に入らないらしい。
母も、穏やかに微笑んでいた。
「……レオンちゃん」
「……はい」
「もし誰かが、理不尽なことを言ってきたら」
母は、にっこりと笑った。
「……お母様が、優しくお話ししてあげるわ♡」
……怖い。
俺は、思わず苦笑した。
「……母上」
「……なあに?」
「……できれば、魔法は使わない方向でお願いします」
母は、少しだけ残念そうに頬を膨らませた。
「……わかったわ」
……本当に?
俺は、少しだけ不安になった。
◇◆◇
午前十時。
王国評議会議場。
巨大な円形の議場には、王国の重臣たちが集まっていた。
軍務大臣。
財務大臣。
宮廷魔導師長。
そして、各地の有力貴族たち。
議場の最上段には、国王アレクシス陛下が座っている。
その右側には、王太子アドリアン。
そして、左側には第一王女セレスティアがいた。
……セレスもいるのか。
俺が視線を向けると、彼女は小さく頷いた。
その表情は、いつもの柔らかなものではない。
第一王女としての、凛とした表情だった。
……なるほど。
今日は、彼女も覚悟を決めているらしい。
◇◆◇
「……では、始めよう」
国王の声が、議場へ響いた。
「本日の議題は、ヴァルディス公爵家による王城地下遺構の調査についてだ」
その言葉に、議場が静まり返る。
そして。
王太子アドリアンが、ゆっくりと立ち上がった。
「……父上」
その声には、強い自信が宿っていた。
「私は、重大な懸念を抱いております」
国王が、静かに頷く。
「……述べよ」
アドリアンは、俺へ視線を向けた。
「ヴァルディス公爵家は、王家の許可なく古代遺構へ接触し、その力を独占しようとしている疑いがあります」
……は?
俺は、思わず眉をひそめた。
許可なく?
……陛下本人が許可しただろ。
だが。
アドリアンは、さらに続けた。
「しかも、その中心にいるのは、レオンハルト・ヴァルディスです」
議場に、ざわめきが広がった。
「……黒き暴君と呼ばれる少年が、王家の禁忌へ接触している」
アドリアンは、声を強めた。
「これは、王国の安全保障に関わる問題です!」
……なるほど。
俺は、静かに息を吐いた。
相変わらず、印象操作が好きらしい。
◇◆◇
「……発言を許可していただけますか?」
俺は、静かに手を上げた。
国王が、頷く。
「……許可する」
俺は、ゆっくりと立ち上がった。
「まず、王城地下遺構の調査についてですが」
俺は、アドリアンへ視線を向けた。
「……正式な許可を得ています」
議場が、静まり返った。
「……何?」
アドリアンの眉が動く。
俺は、穏やかに続けた。
「調査は、国王陛下の許可のもと、王国監察官ルドルフ・ヘインズ殿の立ち会いで実施されました」
そして。
「記録も、すべて残っています」
俺は、セバスティアンから受け取った書類を掲げた。
「……こちらが、調査許可書です」
議場に、ざわめきが広がった。
アドリアンの表情が、わずかに歪んだ。
「……そんなもの、後から作った可能性もある!」
……おいおい。
俺は、思わず苦笑した。
国王本人が、目の前にいるんだぞ。
「……父上!」
アドリアンが、国王へ向き直る。
「この許可書は、本物なのですか!?」
国王は、静かに答えた。
「……本物だ」
その一言で、議場が静まり返った。
「……私が許可した」
アドリアンの顔色が、変わった。
「……なっ!?」
国王は、険しい表情で続けた。
「王国の安全に関わる禁忌の儀式が確認されたため、調査を命じたのだ」
そして。
「ヴァルディス公爵家は、その命令に従ったにすぎぬ」
……これで、終わりか。
俺は、静かに息を吐いた。
だが。
アドリアンは、まだ諦めていなかった。
◇◆◇
「……しかし!」
アドリアンが、叫んだ。
「レオンハルトが、古代の力を手に入れようとしている可能性は否定できません!」
その瞬間。
議場の空気が、変わった。
父アルフォンスが、ゆっくりと立ち上がったのだ。
「……殿下」
低い声。
それだけで、周囲の貴族たちが息を呑んだ。
「……何だ、ヴァルディス公爵」
アドリアンが、強がるように答える。
父は、静かに続けた。
「……可能性だけで、我が息子を罪人扱いするおつもりか?」
その声には、凄まじい威圧感が宿っていた。
「……私は、王国の安全を……!」
「……ならば」
父は、静かに言った。
「……証拠を示していただきたい」
議場が、完全に静まり返った。
アドリアンは、言葉を失った。
……父上。
やっぱり、強いな。
◇◆◇
そのとき。
「……私からも、発言してよろしいでしょうか?」
澄んだ声が、議場へ響いた。
全員の視線が、一斉に向けられる。
第一王女セレスティア。
彼女が、静かに立ち上がっていた。
「……セレスティア?」
アドリアンが、驚いたように呟いた。
セレスは、兄へ視線を向けた。
「……お兄様」
その声は、穏やかだった。
だが。
瞳には、確かな強さが宿っていた。
「……レオンハルトを疑うのであれば、事実に基づいて判断すべきです」
アドリアンの表情が、険しくなる。
「……お前は、あの男の味方をするのか?」
セレスは、静かに首を振った。
「……違います」
そして。
「……私は、王国の公正さを守りたいのです」
その言葉に、議場が静まり返った。
「……誰であっても、証拠なく罪を問われるべきではありません」
セレスは、真っ直ぐに兄を見つめた。
「……それが、王族の責任ではありませんか?」
俺は、思わず彼女を見た。
……セレス。
いつの間に、こんなに立派になったんだ。
◇◆◇
国王アレクシスは、静かに頷いた。
「……セレスティアの言う通りだ」
そして。
アドリアンへ視線を向けた。
「……アドリアン」
「……はい」
「……今回の申し立てについて、根拠となる証拠はあるか?」
アドリアンは、しばらく黙っていた。
そして。
「……現在、調査中です」
国王の表情が、険しくなった。
「……ならば、結論を急ぐべきではない」
その声には、厳しさが宿っていた。
「……本件は、正式な監察記録に基づいて判断する」
そして。
「……ヴァルディス公爵家への疑惑については、現時点で根拠なしとする」
議場に、静かなざわめきが広がった。
……よし。
俺は、静かに息を吐いた。
◇◆◇
評議会終了後。
王城の廊下。
俺は、セレスと顔を合わせた。
「……レオン」
彼女は、少しだけ緊張した様子で微笑んだ。
「……大丈夫だった?」
「ああ」
俺は頷いた。
「……助かったよ」
セレスの頬が、少しだけ赤くなる。
「……べ、別に」
そして。
「……王女として、当然のことをしただけよ」
俺は、静かに微笑んだ。
「……それでも、ありがとう」
その瞬間。
セレスは、嬉しそうに笑った。
◇◆◇
その夜。
王都の地下。
黒衣の男は、評議会の報告書を読んでいた。
「……失敗か」
部下が、恐る恐る頭を下げた。
「……申し訳ございません」
男は、静かに首を振った。
「……構わん」
そして。
「……王太子が、さらに孤立しただけだ」
その声には、冷たい計算が宿っていた。
「……孤立した者ほど、操りやすい」
男は、静かに微笑んだ。
「……次は、もっと深く入り込む」
――王国評議会での疑惑は退けられた。
だが、王宮内部の陰謀は、まだ終わっていなかった。




