第3話 第一王女は暴君を嫌う
王国暦八百二十一年、春月十三日。
ルミナス王国の王都、その中心にそびえる白亜の王城。
王族専用の庭園では、色とりどりの花が春風に揺れていた。
その美しい光景を前に、一人の少女が深いため息をつく。
「……気が重いわ」
セレスティア・ルミナス。
ルミナス王国第一王女にして、王位継承権を持つ王族の一人。
腰まで届く銀色の髪。
澄み渡る青空を閉じ込めたような瞳。
陶器を思わせる白い肌。
まだ十五歳という若さながら、その美貌と気品は王国中に知れ渡っていた。
だが、今の彼女の表情は晴れない。
「殿下、またレオンハルト様のことをお考えですか?」
傍らに控えていた侍女が、遠慮がちに尋ねた。
「……違うわ」
「本当でございますか?」
「違うと言っているでしょう」
少しだけ強い口調で答えてしまい、セレスティアは小さく息を吐いた。
「……ごめんなさい。あなたに当たることではなかったわね」
「いいえ、殿下」
侍女は静かに頭を下げる。
セレスティアは再び庭園へ視線を向けた。
レオンハルト・ヴァルディス。
王国最強の公爵家、その嫡男。
そして、彼女が最も苦手とする人物の一人だった。
いや。
正確には、苦手になってしまった人物、と言うべきだろう。
幼い頃のレオンハルトは、今とはまるで違っていた。
いつも穏やかで、誰に対しても分け隔てなく接する少年。
王族である自分にも必要以上に媚びず、かといって無礼な態度を取ることもない。
剣術でも魔法でも天才と呼ばれながら、決してその力をひけらかさなかった。
七歳の頃。
王宮の庭園で転んでしまったセレスティアに、彼は手を差し伸べてくれた。
『大丈夫か、セレス?』
『……痛い』
『そっか。じゃあ、少し待ってろ』
幼いレオンハルトは、覚えたばかりの治癒魔法を使って、彼女の膝の傷を治してくれた。
『ほら、もう痛くないだろ?』
『……うん!』
『よかった』
そう言って笑った少年の顔を、セレスティアは今でも覚えている。
だが、その笑顔は、ある日を境に消えてしまった。
ヴィオレッタ・ローゼンベルク。
レオンハルトの元婚約者。
彼女との婚約が破棄されてから、レオンハルトは別人のように変わった。
人前ではほとんど笑わなくなり、気に入らない貴族を容赦なく罵倒するようになった。
王宮で開かれた舞踏会では、ある伯爵家の令息が彼を侮辱したことで決闘騒ぎに発展した。
結果は一瞬。
レオンハルトは相手を完膚なきまでに叩きのめした。
それ以来、王都では彼を恐れる者が増えていった。
――黒き暴君。
そんな異名までつけられた。
「……どうして、あんな人になってしまったのかしら」
セレスティアは小さく呟く。
もちろん、婚約破棄が原因であることは知っている。
だが、その詳細までは知らなかった。
ヴィオレッタは王宮で、レオンハルトの異常な独占欲に耐えられなくなったのだと説明していた。
彼の暴力的な振る舞いが怖くなり、婚約を解消したのだと。
セレスティアも、最初は半信半疑だった。
しかし、その後のレオンハルトの態度を見るうちに、次第に彼女の言葉を信じるようになってしまった。
――昔のレオンは、もういない。
そう思うたびに、胸の奥が少しだけ痛んだ。
「殿下」
侍女の声で、セレスティアは我に返った。
「本日の午後、アルベルト・レイフォード様がご挨拶にいらっしゃるそうです」
「……アルベルト様が?」
「はい。王立学院への入学に先立ち、殿下にご挨拶を申し上げたいとのことです」
セレスティアは少し考え、頷いた。
「わかったわ。午後の予定を調整してちょうだい」
「かしこまりました」
アルベルト・レイフォード。
最近、王都で評判になっている青年。
平民出身ながら優れた剣術と光属性魔法の才能を持ち、教会からも期待されているという。
困っている人々を助け、身分によって態度を変えない好青年。
そんな噂を、セレスティアも耳にしていた。
「……少しは、気分転換になるかしら」
彼女はそう呟いた。
このときのセレスティアは、まだ知らない。
その青年が、自分を手に入れるために何を企んでいるのかを。
◇◆◇
一方、その頃。
ヴァルディス公爵領では、俺が朝から頭を抱えていた。
「……多すぎるだろ」
目の前に積まれた書類。
その数、ざっと百枚以上。
内容は領内の税収報告、道路整備、商業組合からの陳情、騎士団の装備更新など、多岐にわたっている。
「これ、全部俺が確認するのか?」
「はい。若様が直接ご判断される案件でございます」
セバスティアンが、涼しい顔で答えた。
「……十五歳の仕事量じゃないぞ」
「若様はすでに、領内の重要案件の大半を取り仕切っておられますので」
そうだった。
レオンハルトは単に戦闘能力が高いだけではない。
内政にも優れ、十二歳の頃から父親に代わって領地経営の一部を任されていた。
しかも、実績まで残している。
灌漑設備の整備。
交易路の拡張。
魔物討伐による農地の安全確保。
その結果、ヴァルディス領は王国内でも屈指の豊かさを誇っていた。
……何だ、この完璧超人。
前世の俺なら、間違いなく過労死している。
「……仕方ない。やるか」
俺は書類を一枚手に取った。
内容を確認する。
そして、驚いた。
(……読める)
いや、当然と言えば当然だ。
レオンハルトの記憶があるのだから。
だが、それだけではない。
書類に記された数字を見ただけで、問題点が自然と浮かび上がってくる。
資材の単価。
輸送費。
人件費。
各地域の税収。
すべてが頭の中で整理され、最適な判断が導き出される。
「……この道路補修費、少し高くないか?」
俺が尋ねると、セバスティアンが目を細めた。
「お気づきになられましたか」
「資材の輸送距離を考えても、三割ほど割高だ」
「はい。現在、商業組合を通じて調査を進めております」
「なら、支払いは一旦保留だな。代替業者も探しておいてくれ」
「承知いたしました」
セバスティアンは満足そうに頷いた。
……なるほど。
レオンハルトの頭脳、想像以上だな。
俺は次々と書類を処理していった。
そして、気づけば一時間ほどで、山のように積まれていた書類の大半が片づいていた。
「……終わった」
「お見事でございます」
セバスティアンが静かに頭を下げる。
「若様のご判断は、相変わらず的確ですな」
「まあ、元々俺の仕事だしな」
「……ですが」
老人は、少しだけ表情を和らげた。
「以前よりも、ずいぶんと穏やかにお仕事をなさるようになりました」
「そうか?」
「はい。ここしばらくは、書類を見るたびに不機嫌そうなお顔をなさっておりましたので」
……ああ。
元婚約者の件か。
あの事件以来、レオンハルトは常に苛立っていた。
能力が落ちたわけではない。
ただ、心に余裕がなくなっていたのだ。
「……これからは、もう少し楽しくやるさ」
俺がそう言うと、セバスティアンは深々と頭を下げた。
「それを聞けただけでも、長生きした甲斐がございます」
「大げさだな」
「いいえ。私にとっては、それほど嬉しいことなのですよ」
その言葉に、俺は少しだけ照れくさくなった。
◇◆◇
昼過ぎ。
俺は屋敷の地下にある魔法訓練施設へ向かった。
目的はもちろん、神級スキルの検証だ。
昨日は燭台を浮かせただけだったが、今日はもう少し本格的に試してみたい。
とはいえ、無茶をするつもりはない。
まずは《万有引力》からだ。
「……さて、どこまでできるかな」
広い訓練室の中央に立ち、右手を前へ伸ばす。
目の前には、魔法耐性を持つ金属製の標的が並んでいた。
俺は、その一つに意識を集中させる。
――重くなれ。
次の瞬間。
ズンッ!
金属製の標的が、床へめり込んだ。
「……おお」
さらに力を強める。
ミシミシッ!
標的の表面に亀裂が走った。
そして――。
バキンッ!
金属の塊が、まるで薄い菓子のように砕け散った。
「……いや、強すぎるだろ」
思わず苦笑する。
これでも、ほんの少し力を込めただけだ。
次に、周囲の重力を操作してみる。
床に転がっていた金属片が、ふわりと浮き上がった。
一つ。
二つ。
十個。
二十個。
やがて、数十の金属片が俺の周囲を回り始める。
「……なるほど」
それぞれに異なる方向の重力を与える。
すると、金属片は複雑な軌道を描きながら飛び回った。
まるで、俺を中心に小さな惑星が公転しているようだった。
「……これ、応用次第で何でもできるな」
敵の動きを封じる。
飛来する矢や魔法を逸らす。
空を飛ぶ。
巨大な物体を持ち上げる。
さらには、相手の武器だけを奪うこともできるだろう。
攻撃、防御、移動、拘束。
そのすべてを一つの能力でこなせる。
しかも、これだけではない。
「……次は、無限神力か」
俺は右手に意識を集中させた。
白銀の光が、静かに灯る。
昨日と同じだ。
だが、今日は少し違うことを試す。
神力を魔力へ変換する。
すると、身体の奥から膨大な魔力が湧き上がってきた。
「……すごいな」
元々、レオンハルトの魔力総量は規格外だった。
だが、今はその比ではない。
使っても使っても、次々と補充される。
まるで、底のない泉のようだった。
試しに、炎属性魔法を発動する。
「《炎槍》」
右手の前に、巨大な炎の槍が出現した。
その大きさは、通常の魔法使いが放つものの数倍。
しかも、魔力の消費をほとんど感じない。
「……これ、連発できるのか?」
試しにもう一本。
さらに一本。
十本。
二十本。
気づけば、訓練室の天井近くに、数十本の炎槍が浮かんでいた。
「……うん。これは危ない」
慌てて魔法を解除する。
もしこのまま放っていたら、訓練施設が消し飛んでいたかもしれない。
だが、収穫は大きかった。
神力は、魔力へ変換できる。
そして、万有引力と組み合わせれば、魔法の軌道すら自在に操れる。
例えば、敵を重力で拘束しながら、全方位から魔法を撃ち込む。
あるいは、巨大な魔法を重力で圧縮し、威力を高める。
……想像するだけで恐ろしいな。
「……まあ、使い方は慎重に考えよう」
俺は小さく笑った。
何しろ、今の俺は世界最強クラスの悪役公爵令息。
そこへ、神級スキルが二つも追加されている。
下手に本気を出せば、敵どころか周囲の地形まで変えてしまいそうだ。
◇◆◇
その日の午後。
王城の応接室では、セレスティアが一人の青年と向かい合っていた。
「本日はお時間をいただき、ありがとうございます。セレスティア殿下」
アルベルト・レイフォードは、爽やかな笑みを浮かべて頭を下げた。
「こちらこそ。わざわざご足労いただき、ありがとうございます」
セレスティアも丁寧に応じる。
目の前の青年は、噂通りの好青年に見えた。
物腰は柔らかく、言葉遣いも丁寧。
平民出身とは思えないほど、礼儀作法が身についている。
「王立学院では、殿下と同じ学年になると伺いました」
「ええ。そうですね」
「光栄です。僕のような者が、王女殿下と共に学べるなんて」
「身分は関係ありませんわ。学院では、皆が同じ学生ですもの」
アルベルトは感心したように微笑んだ。
「素晴らしいお考えです。さすがはセレスティア殿下」
その言葉に、セレスティアは少しだけ頬を緩めた。
……悪い人ではなさそうね。
少なくとも、初対面の印象は良かった。
だが、その後の会話で、アルベルトはある人物の名前を口にした。
「そういえば、ヴァルディス公爵家のレオンハルト様も入学されるそうですね」
「……ええ」
セレスティアの表情が、わずかに曇った。
それを見逃さず、アルベルトは心配そうな顔をする。
「何か、ご心配でも?」
「……いえ。ただ、少し気難しい方ですので」
「なるほど……」
アルベルトは、しばらく考え込むような仕草を見せた。
「実は、僕も彼について少し噂を耳にしているんです」
「……噂?」
「ええ。ですが、あまり良い内容ではなくて……」
彼は言い淀んだ。
まるで、話すべきか迷っているかのように。
セレスティアは小さく眉を寄せた。
「構いません。お話しください」
「……わかりました」
アルベルトは静かに息を吐く。
「彼は、自分より弱い人間を見下し、逆らう者には容赦しないと聞きました」
「…………」
「以前、ある貴族の令息を決闘で半殺しにしたこともあるとか」
セレスティアの胸が、ちくりと痛んだ。
その事件は、彼女も知っている。
確かに、レオンハルトは相手を一方的に叩きのめした。
だが、なぜ決闘になったのかまでは知らなかった。
「……残念ながら、そのような話は耳にしています」
セレスティアが答えると、アルベルトは悲しそうに目を伏せた。
「強い力を持つ人間ほど、弱い人々を守るべきだと思うのですが……」
「……そうですね」
「僕は、そういう人間にはなりたくありません」
彼は真っ直ぐにセレスティアを見つめた。
「どれほど強くなっても、誰かを傷つけるためではなく、守るために力を使いたい」
その言葉に、セレスティアは静かに頷いた。
「……立派なお考えです」
アルベルトは照れたように笑った。
「ありがとうございます」
だが、その内心では――。
(……よし)
彼は確かな手応えを感じていた。
レオンハルトへの悪印象。
それを少しずつ強めていけばいい。
そして、二日後。
自分が王女を救えば、彼女の心は自然とこちらへ向くだろう。
(……簡単なものだな)
アルベルトは心の中で笑った。
王女という立場にありながら、ずいぶんと純粋な少女だ。
だからこそ、利用しやすい。
もちろん、そんな本心を表に出すことはない。
彼は最後まで、誠実な青年を演じ続けた。
◇◆◇
夜。
ヴァルディス公爵家の執務室に、セバスティアンが一枚の報告書を持って現れた。
「若様。ご依頼の件ですが、少々興味深い情報が入りました」
「……早いな」
「お褒めにあずかり、光栄です」
老人は静かに微笑んだ。
いや、まだ褒めてないんだけど。
……まあ、いいか。
「それで?」
「王都南西部を拠点とする盗賊団が、最近になって大量の武器と馬を購入しております」
「……ほう」
「さらに、数日前から王都周辺の宿場町に不審な男たちが出入りしているとのこと」
俺は報告書を受け取った。
そこには、盗賊団の名前や活動範囲、武器の購入記録などが詳細に記されていた。
……さすがだな。
この短時間で、ここまで調べるとは。
「資金の出所は?」
「現在調査中ですが、一つ気になる点がございます」
「何だ?」
「盗賊団への支払いに使われた金貨の一部が、教会関係者を通じて流通したものと一致しております」
俺は目を細めた。
……なるほど。
やはり、教会も絡んでいるのか。
原作では、アルベルトは教会から強い支援を受けていた。
光属性魔法の才能。
勇者としての素質。
そして、民衆からの人気。
教会にとっても、彼を英雄に仕立て上げることには大きな利益がある。
「……面白くなってきたな」
俺が呟くと、セバスティアンが静かに尋ねた。
「若様。今回の件、単なる盗賊による襲撃ではないとお考えですかな?」
「ああ」
俺は報告書を机に置いた。
「王女を狙った、計画的な襲撃だと思っている」
「……王女殿下を?」
「そうだ」
セバスティアンの表情が険しくなる。
「もし事実であれば、国家を揺るがす大事件ですな」
「だからこそ、証拠が必要なんだ」
俺は椅子から立ち上がった。
「襲撃犯を捕らえ、背後にいる人間を暴く」
「……承知いたしました」
セバスティアンは深々と頭を下げた。
「我らの情報網を総動員いたしましょう」
「頼む」
俺は窓の外へ視線を向けた。
王都の方角。
そこでは今頃、アルベルトが自分の計画の成功を確信しているのだろう。
……残念だったな。
今回は、原作通りにはいかないぞ。
◇◆◇
王国暦八百二十一年、春月十四日。
王女襲撃事件の前日。
セレスティアは、自室で旅支度を整えていた。
翌朝、彼女は王都郊外にある王家の離宮へ向かう予定だった。
王立学院への入学前に、母方の親族と面会するためである。
護衛騎士は十二名。
馬車は二台。
警備体制としては、決して手薄ではない。
だが、彼女はなぜか落ち着かなかった。
「……嫌な予感がするわ」
窓の外を見つめながら、呟く。
すると、侍女が心配そうに尋ねた。
「殿下、いかがなさいましたか?」
「……何でもないわ」
セレスティアは小さく首を振った。
ただの気のせいだろう。
そう自分に言い聞かせる。
だが、その夜。
彼女は奇妙な夢を見た。
暗い森。
燃え上がる馬車。
倒れていく護衛騎士たち。
そして、自分へ迫る無数の刃。
『助けて……!』
必死に叫ぶ。
だが、誰も来ない。
そのとき。
暗闇の向こうから、一人の少年が現れた。
漆黒の髪。
深紅の瞳。
そして、幼い頃に見たことのある、懐かしい笑顔。
『大丈夫か、セレス?』
「……レオン?」
少女が手を伸ばした瞬間。
夢は途切れた。
「……っ!」
セレスティアは勢いよく身体を起こした。
額には、冷たい汗が浮かんでいる。
窓の外は、まだ暗い。
「……どうして、あの人が……」
彼女は胸元に手を当てた。
夢の中で自分を助けようとしてくれた少年。
それは、今の傲慢なレオンハルトではなかった。
幼い頃の、優しかったレオンハルトだった。
「……もう、昔のレオンはいないのに」
そう呟き、再び目を閉じる。
だが、その胸の奥には、説明できない小さな期待が残っていた。
◇◆◇
同じ頃。
ヴァルディス公爵家の屋敷では、俺が最後の準備を整えていた。
「レオンハルト様。装備の確認が完了いたしました」
エレノアが、腰に剣を佩きながら報告する。
「ありがとう」
「馬車の準備も整っております。明朝、いつでも出発可能です」
「ああ。予定通り、日の出前に出よう」
俺は机の上に広げた地図を見つめた。
王都南西部。
森に囲まれた街道。
そこが、原作で王女の馬車が襲撃される場所だ。
すでにセバスティアンの情報網によって、盗賊団の動きはほぼ把握できている。
あとは、現場で証拠を押さえるだけ。
「……楽しみだな」
思わず呟くと、エレノアが苦笑した。
「レオンハルト様。襲撃事件を楽しみにされるのは、いかがなものかと……」
「いや、違う違う」
俺は慌てて手を振った。
「人が襲われるのを楽しみにしてるわけじゃない」
「では?」
「悪いことを企んでる連中の、驚く顔を見るのが楽しみなんだよ」
エレノアは一瞬きょとんとした後、小さく笑った。
「……ふふっ。なるほど」
そして、静かに頭を下げる。
「では、私も精一杯お手伝いいたします」
「ああ。頼りにしてる」
俺は窓の外を見た。
夜空には、無数の星が輝いている。
明日。
いよいよ、原作最初の大きなイベントが始まる。
第一王女セレスティア。
彼女は今、俺を嫌っている。
それで構わない。
別に、好かれるために助けるわけじゃないのだから。
ただ――。
「……誰かの不幸を利用して英雄になろうなんて、気に入らないんだよな」
俺は小さく笑った。
勇者アルベルト。
お前がどれほど巧妙な計画を立てようと、関係ない。
今回は、俺が先に動く。
そして、すべてをひっくり返してやる。
「……さて、勇者様」
静かな夜の中、俺は呟いた。
「明日は、楽しい一日になりそうだな」
――運命の春月十五日まで、あと数時間。
王女と悪役公爵令息。
本来なら交わるはずのなかった二人の運命が、今、動き始めようとしていた。




