第28話 消された七星王家と、十七歳の死の予言
第28話 消された七星王家と、十七歳の死の予言
王国暦八百二十一年、夏月五日。
王城の最深部には、一般の貴族どころか王族でさえ自由に立ち入れない書庫が存在する。
通称、封王書庫。
歴代国王の命令書、国家機密、そして公的な歴史書から削除された記録が保管される場所だ。
その扉の前に、俺は立っていた。
「ここから先で見聞きしたことは、当面、外部へ漏らさぬよう頼む」
国王アレクシス陛下が、重々しく告げる。
同行者は、父アルフォンス、母エレオノーラ、そして王国監察官ルドルフ。
エレノアは書庫の外で警備を担当している。
国王自らが立ち会う調査など、滅多にあるものではない。
それだけ、今回の問題は重大なのだろう。
「承知いたしました」
俺が答えると、陛下は静かに頷いた。
そして、王家の指輪を扉へ押し当てた。
ゴゴゴゴ……。
巨大な石扉が、ゆっくりと開く。
その先には、天井まで届く書架が並んでいた。
無数の古文書。
封印された魔導記録。
そして、壁に刻まれた古い紋章。
七つの星。
……やはり、ここにもあるのか。
俺は、静かに目を細めた。
◇◆◇
「七星王家について、現在の王国史はほとんど触れていない」
国王は、古い書物を机へ置いた。
「だが、王国成立以前、この地には七つの領域を治める王族が存在していた」
俺は、書物へ視線を向けた。
「……七星王家、ですか」
「ああ」
陛下は頷いた。
「彼らは魔法だけでなく、魂に関する技術を持っていたと伝えられている」
母エレオノーラが、静かに口を開いた。
「……魂を治療する術式も、存在したのですか?」
「記録によれば、そうだ」
国王は、古い頁を開いた。
そこには、複雑な魔法陣と、七つの星を囲む円が描かれていた。
『七星魂環術式』
その下には、古代文字で説明が記されている。
母が、それを読み上げた。
「……魂の損傷を修復し、記憶の断片を繋ぎ直す術式」
俺は、静かに息を呑んだ。
……魂の修復。
なるほど。
魂縛りの儀式は、この技術を悪用したものなのかもしれない。
だが。
国王は、険しい表情で続けた。
「七星王家は、ある事件をきっかけに滅亡したとされている」
「……何があったのですか?」
俺が尋ねる。
国王は、しばらく黙っていた。
そして。
「……王家の内乱だ」
その声は、重かった。
「魂の技術を、人を救うために使おうとする者たち」
そして。
「魂を支配するために使おうとする者たち」
二つの派閥が争い、七星王家は崩壊したという。
……なるほど。
俺は、静かに頷いた。
今回の黒幕は、後者の思想を継いでいるのかもしれない。
◇◆◇
調査を進めるうちに、俺は一冊の古い書物へ目を留めた。
黒い革表紙。
そこには、奇妙な題名が刻まれていた。
『黒星の観測記録』
……黒星?
俺は、静かに手を伸ばした。
だが。
「……レオンハルト」
父が、静かに声をかけた。
「……どうした?」
「……この書物、気になります」
父は、俺の手元を見た。
そして、わずかに眉をひそめた。
「……黒星の観測記録?」
俺は頷いた。
……原作ゲームでは、こんな書物は登場しなかった。
だが。
その名前には、妙な既視感がある。
俺は、ゆっくりと頁を開いた。
そこには、古代文字がびっしりと記されていた。
母が、隣から覗き込む。
「……レオンちゃん、読める?」
「……少しだけ」
俺は、静かに答えた。
そして、最初の頁へ目を落とした。
『黒星は、十七の巡りを経て目覚める』
『その力は、世界の理を超える』
『ゆえに、王国は備えねばならない』
……十七。
俺は、静かに息を呑んだ。
……まさか。
原作でレオンハルトが死亡する年齢。
十七歳。
そして。
黒幕が持っていた記録にも、同じ数字があった。
……偶然ではないな。
◇◆◇
「……陛下」
俺は、静かに顔を上げた。
「……この書物は、いつ書かれたものですか?」
国王は、監察官ルドルフへ視線を向けた。
ルドルフは、すぐに封印記録を確認した。
「……およそ三百年前のものです」
俺は、静かに頷いた。
……三百年前。
なら、俺の名前が書かれているはずはない。
だが。
次の頁を開いた瞬間。
俺は、思わず目を見開いた。
『黒星の器は、時代を超えて現れる』
『その名は、運命の記録へ刻まれる』
……名前?
俺は、静かに頁をめくった。
そこには、いくつもの名前が記されていた。
だが。
最後の頁だけ、明らかに筆跡が違っていた。
新しいインク。
そして。
『レオンハルト・ヴァルディス』
俺は、息を呑んだ。
……何だ、これ。
国王も、父も、母も、驚いたように書物を見つめた。
「……レオンハルトの名前が?」
父の声が、低くなる。
母の表情から、笑みが消えた。
「……誰が、こんなことを」
俺は、静かに頁を見つめた。
……未来を知っている者がいる?
それとも。
……原作ゲームの筋書きを、誰かが利用しているのか?
◇◆◇
調査の結果、最後の頁に使われたインクは、比較的新しいものだと判明した。
古代の予言ではない。
誰かが、後から書き加えたものだ。
……やっぱり。
俺は、静かに息を吐いた。
国王は、険しい表情で告げた。
「……この書物への接触記録を調べよ」
ルドルフが、深々と頭を下げた。
「承知いたしました」
父アルフォンスは、静かに拳を握っていた。
「……我が息子の名を、勝手に記録へ刻むとは」
その声には、抑えた怒りが滲んでいた。
母も、静かに微笑んだ。
だが。
その瞳は、まったく笑っていなかった。
「……レオンちゃんを、何かの器にするつもりなら」
銀色の魔力が、わずかに揺らめく。
「……絶対に、許さないわ」
俺は、二人を見つめた。
……父上。
……母上。
原作では、二人は俺の死を知らないまま、遠い国へ送られていた。
そして。
戻ったときには、すべてが終わっていた。
……そんな未来には、絶対にしない。
俺は、静かに拳を握った。
◇◆◇
午後四時。
王城の庭園。
調査を終えた俺は、少しだけ外の空気を吸っていた。
すると。
「……レオン!」
聞き慣れた声が響いた。
振り返ると、銀色の髪を揺らしながら一人の少女が駆け寄ってきた。
第一王女セレスティア・ルミナス。
幼い頃からの友人。
そして、原作では俺を嫌っていたはずの少女だ。
「……セレス」
俺は、穏やかに微笑んだ。
「……久しぶりだな」
彼女は、少しだけ頬を膨らませた。
「……久しぶり、じゃないわよ」
「……え?」
「……最近、全然会いに来てくれないじゃない」
俺は、思わず苦笑した。
「……色々あってな」
「……知ってるわ」
セレスは、静かに頷いた。
「……だから、心配してたの」
その声には、確かな優しさが宿っていた。
俺は、少しだけ驚いた。
……そうか。
彼女も、俺を心配してくれていたのか。
「……ありがとう」
俺がそう言うと、セレスは少しだけ顔を赤くした。
「……べ、別に」
そして。
小さく呟いた。
「……幼馴染なんだから、当然でしょ」
俺は、静かに微笑んだ。
◇◆◇
その夜。
王都の地下。
一人の男が、古い書物の写しを見つめていた。
「……封王書庫へ、辿り着いたか」
その声には、奇妙な満足感が宿っていた。
「……予想より、早い」
そして。
机の上に置かれた黒い羊皮紙へ、静かに指を置いた。
『黒星の器――レオンハルト・ヴァルディス』
男は、冷たく微笑んだ。
「……だが、まだ時間はある」
そして。
「……十七歳の運命は、変えられん」
その言葉と共に、部屋の灯りが静かに消えた。
――消された歴史と、書き換えられた予言。
レオンハルトの運命を巡る陰謀は、さらに深い闇へと繋がっていた。




