第26話 王城地下の決戦と、黒獅子公爵の怒り
第26話 王城地下の決戦と、黒獅子公爵の怒り
王国暦八百二十一年、夏月四日。
王城地下、旧封印区画。
銀色の魔法陣が暗い石畳を照らし、俺たちは中央聖堂から王城へと転移した。
母エレオノーラの転移魔法だ。
到着した瞬間、肌を刺すような冷気が流れてきた。
いや、冷気ではない。
これは魔力の流れを乱す、異質な力だ。
「……レオンちゃん」
母の声から、普段の柔らかさが消えていた。
「この先、普通の結界じゃないわ」
「わかっています」
俺は前方を見つめた。
王城地下に広がる円形の大広間。
その中央にある七星の祭壇から、黒い光が天井へ伸びている。
そして祭壇の周囲には、黒い鎧をまとった騎士たちが並んでいた。
数は二十四。
全員が、同じ紋章を胸に刻んでいる。
七つの星を囲む黒い円。
……例の組織か。
「侵入者だ!」
先頭の騎士が叫んだ。
「ヴァルディス公爵家の者を通すな!」
次の瞬間、二十四人が一斉に剣を抜いた。
父アルフォンスが、ゆっくりと前へ出る。
「……レオンハルト」
「はい」
「お前は祭壇へ向かえ」
父は腰の大剣を抜いた。
鈍い銀色の刃が、地下の光を反射する。
「ここは父が引き受ける」
俺は頷いた。
「お願いします」
その直後。
先頭の騎士が、父へ斬りかかった。
「死ねええっ!」
だが。
ガキィン!
激しい金属音が響いた。
父は片手で大剣を振り、相手の剣を弾き飛ばした。
「……遅い」
そして。
ドンッ!
剣の腹で相手の胸当てを打ち、床へ叩きつけた。
騎士は、そのまま意識を失った。
「……なっ!?」
残りの騎士たちが、驚愕する。
父は、静かに剣を構えた。
「我が息子へ剣を向けたこと、後悔するがいい」
その声には、戦場を支配する将軍の威圧感が宿っていた。
黒獅子公爵。
アルフォンス・ヴァルディス。
王国最強の剣士の一人。
その本領が、今まさに発揮されようとしていた。
◇◆◇
父が騎士たちを引き受ける一方、俺と母、エリシアは祭壇へ向かっていた。
エレノアは少し後ろから、俺たちの周囲を警戒している。
「……レオンハルト様」
エリシアが、小さく声をかけてきた。
「……怖くはありませんか?」
俺は、少しだけ考えた。
「……怖いよ」
彼女は驚いたように俺を見た。
「……え?」
「大切な人が傷つくのは、怖い」
俺は、穏やかに微笑んだ。
「だから、そうならないようにする」
エリシアは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
「……はい」
小さく頷いた。
その表情には、先ほどまでの不安が少しだけ薄れていた。
◇◆◇
祭壇の前。
黒い外套をまとった男が、ゆっくりと振り返った。
顔の上半分を、黒い仮面で覆っている。
「……来たか」
その声は、低く落ち着いていた。
「レオンハルト・ヴァルディス」
俺は、静かに足を止めた。
「……お前が、この儀式を動かしているのか?」
男は、薄く笑った。
「そうだ」
そして、エリシアへ視線を向けた。
「……聖女も連れてきたか」
エリシアが、静かに前へ出た。
「……あなたは、何者ですか?」
男は、少しだけ首を傾げた。
「……知る必要はない」
そして。
祭壇へ手をかざした。
黒い結晶が、強く光る。
「……儀式を完成させる。それだけだ」
次の瞬間。
床に刻まれた七つの星が、一斉に輝いた。
そして。
ゴゴゴゴ……!
巨大な魔法陣が、広間全体へ広がった。
「……っ!」
俺は、咄嗟に右手を上げた。
《万有引力》。
空間へ作用する重力を調整し、俺たちの周囲を固定する。
だが。
その瞬間。
……何だ?
身体ではなく、意識そのものが引っ張られる感覚。
……魂への干渉か。
俺は、静かに目を細めた。
黒い鎖が、足元から伸びてくる。
だが、それは物質ではない。
魔力でもない。
魂へ直接作用する、古代の術式。
……なるほど。
これが、魂縛りの儀式。
◇◆◇
「……レオンちゃん!」
母が、叫んだ。
銀色の魔力が、俺の周囲へ広がる。
「……《銀月封鎖》!」
次の瞬間。
黒い鎖の動きが、わずかに鈍った。
だが。
完全には止まらない。
「……っ!」
母の表情が、険しくなった。
「……やっぱり、通常の封印魔法じゃ足りないわね」
黒衣の男が、冷たく笑った。
「……当然だ」
そして。
「……この術式は、魂そのものへ干渉する」
俺は、静かに息を吐いた。
……なら。
俺も、本気で解析するしかないな。
《無限神力》。
神力を、意識の奥へ広げる。
その瞬間。
世界の見え方が変わった。
空気。
魔力。
重力。
そして。
目には見えない、魂の輪郭。
……見えた。
俺へ伸びる黒い鎖。
その先には、七つの星を結ぶ巨大な術式が存在している。
しかも。
その中心には、エリシアの魂へ繋がる光の線があった。
……そういうことか。
黒幕は、エリシアの力を利用して儀式を完成させようとしている。
「……エリシア」
「……はい!」
「……この術式、君の力を必要としている」
彼女の瞳が、大きく見開かれた。
「……私の?」
「ああ」
俺は、静かに頷いた。
「……だが、君の意思までは支配できないはずだ」
エリシアは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
小さく頷いた。
「……わかりました」
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
「……私も、戦います」
◇◆◇
その頃。
広間の反対側。
父アルフォンスは、二十四人の黒鎧騎士を相手にしていた。
だが、戦況は一方的だった。
ガキィン!
ドゴンッ!
剣が弾かれ、鎧が砕け、騎士たちが次々と倒れていく。
「……化け物か!」
一人の騎士が叫んだ。
父は、静かに答えた。
「……違う」
そして。
大剣を振り抜いた。
「……私は、父親だ」
その一撃で、三人の騎士がまとめて吹き飛ばされた。
騎士たちは、完全に戦意を失い始めていた。
だが。
そのとき。
床から、黒い魔法陣が現れた。
「……っ!?」
父の足元へ、黒い鎖が伸びる。
……魂縛りか。
父は、静かに目を細めた。
そして。
大剣を地面へ突き立てた。
「……くだらん」
次の瞬間。
凄まじい闘気が、父の身体から噴き上がった。
黒い鎖が、激しく震える。
「……私の魂を縛るだと?」
父の瞳が、鋭く光った。
「……息子を守るという、この意思まで奪えると思うな!」
そして。
ドォン!!
強烈な闘気が、周囲へ広がった。
黒い鎖が、粉々に砕け散った。
……父上。
俺は、思わず笑った。
……やっぱり、凄いな。
◇◆◇
祭壇の前。
黒衣の男は、明らかに動揺していた。
「……馬鹿な」
その声には、焦りが滲んでいた。
「……魂縛りの術式を、力で破るだと!?」
俺は、静かに答えた。
「……魂は、そんなに単純じゃない」
そして。
エリシアへ視線を向けた。
「……頼む」
彼女は、静かに頷いた。
「……はい!」
次の瞬間。
エリシアの身体から、金色の光が溢れ出した。
……《聖光解放》。
聖女の光が、七星陣へ広がっていく。
黒い鎖が、次々と消えていった。
「……なっ!?」
黒衣の男が、叫ぶ。
「……聖女が、儀式を逆転させている!?」
俺は、静かに微笑んだ。
「……そういうことだ」
そして。
右手を上げた。
《無限神力》。
神力を、エリシアの光へ重ねる。
その瞬間。
七つの星が、一斉に白く輝いた。
――禁忌の儀式は、ついに崩壊を始めた。




