第25話 聖女を守る黒き暴君と、魂を縛る禁忌の儀式
第25話 聖女を守る黒き暴君と、魂を縛る禁忌の儀式
王国暦八百二十一年、夏月四日。
王都中央聖堂。
礼拝堂を、黒い光が覆っていた。
エリシア・フィオーレは、必死に後退していた。
目の前には、黒い魔石を握った修道女。
その瞳には、先ほどまでの穏やかさがなかった。
「……どうして、こんなことを……!」
エリシアが叫ぶ。
修道女は、冷たく微笑んだ。
「……あなたには、役目があるのです」
「……役目?」
「……七つの星を揃えるための、最後の鍵」
その言葉に、エリシアの胸が締めつけられた。
……鍵。
また、その言葉。
だが。
彼女は、静かに首を振った。
「……私は、誰かの道具ではありません!」
その声には、確かな意志が宿っていた。
修道女の表情が、わずかに歪んだ。
「……ならば、力ずくで」
次の瞬間。
黒い魔石が、強く光った。
そして。
無数の黒い鎖が、空中に現れた。
「……っ!?」
エリシアは、咄嗟に光魔法を展開した。
「……《聖光障壁》!」
金色の光が、彼女の周囲を包み込む。
だが。
黒い鎖は、障壁をすり抜けてきた。
……そんな!
彼女の瞳が、大きく見開かれる。
魔力ではなく、魂へ干渉する術式。
通常の防御魔法では、防げない。
そして。
黒い鎖が、彼女へ迫った。
その瞬間。
「……そこまでだ」
低い声が、礼拝堂へ響いた。
次の瞬間。
黒い鎖が、空中で停止した。
「……なっ!?」
修道女が、驚愕する。
礼拝堂の入口。
そこには、黒髪と深紅の瞳を持つ少年が立っていた。
レオンハルト・ヴァルディス。
そして、その背後には。
黒獅子公爵アルフォンス。
銀月の魔女エレオノーラ。
王国最強と謳われる公爵夫妻が、静かに立っていた。
◇◆◇
「……レオンハルト様!」
エリシアの声が、震えた。
俺は、穏やかに微笑んだ。
「……遅くなった」
そして、静かに右手を上げた。
《万有引力》。
黒い鎖へ作用する力を調整し、エリシアから引き離す。
だが。
その瞬間。
……妙だな。
鎖の先端から、魔力とは異なる感覚が伝わってきた。
……魂への干渉。
やっぱり、普通の魔法じゃない。
俺は、静かに息を吐いた。
……なら。
別の方法で止める。
《無限神力》。
神力を薄く広げ、黒い鎖の術式を包み込む。
すると。
鎖が、ゆっくりと崩れ始めた。
「……馬鹿な!?」
修道女が、驚愕する。
「……魂縛りの鎖が、消えるだと!?」
俺は、静かに微笑んだ。
「……悪いな」
そして。
「……その程度では、彼女には触れられない」
次の瞬間。
黒い鎖が、完全に消滅した。
◇◆◇
修道女は、必死に後退した。
「……あり得ない……!」
その声には、恐怖が宿っていた。
「……魂縛りの術式は、通常の魔法では防げないはず……!」
俺は、静かに答えた。
「……確かに、通常の魔法ならな」
修道女の瞳が、大きく見開かれた。
「……何者だ、貴様……!」
その瞬間。
父アルフォンスが、静かに前へ進んだ。
「……我が息子へ、無礼な口を利くな」
低い声。
その一言で、空気が凍りついた。
修道女が、思わず後退する。
そして。
母エレオノーラが、穏やかに微笑んだ。
「……そうね」
銀色の魔力が、周囲に広がる。
「……私のレオンちゃんを、何者だなんて」
……あ。
まずい。
俺は、思わず額に手を当てた。
「……父上、母上」
俺は、静かに告げた。
「……まずは、拘束しましょう」
父と母は、同時に俺を見た。
そして。
「……そうだな」
「……そうね♡」
……よし。
何とか、落ち着いてくれた。
◇◆◇
母の銀色の魔力が、修道女を包み込んだ。
「……《銀月封鎖》」
次の瞬間。
修道女の身体が、完全に動きを止めた。
「……っ!?」
彼女は、必死に抵抗しようとした。
だが。
銀月の魔女の拘束魔法を破ることは、できなかった。
父が、静かに近づく。
「……名前は?」
修道女は、唇を噛んだ。
「……答えるものか」
父の瞳が、鋭く光った。
「……ならば、王国監察官に話してもらおう」
その声には、冷たい威厳が宿っていた。
俺は、エリシアへ歩み寄った。
「……大丈夫か?」
彼女は、ゆっくりと頷いた。
「……はい」
だが、その瞳には涙が浮かんでいた。
「……怖かったです」
俺は、静かに頷いた。
「……そうだろうな」
そして、穏やかに微笑んだ。
「……もう、大丈夫だ」
その瞬間。
エリシアは、俺の胸へ飛び込んできた。
「……っ!?」
……おい。
また、この展開か。
だが。
彼女の身体は、小さく震えていた。
俺は、そっと背中へ手を回した。
「……よく頑張ったな」
エリシアは、涙を流しながら頷いた。
「……ありがとうございます……」
◇◆◇
そのとき。
礼拝堂の床が、突然光り始めた。
「……っ!?」
俺は、咄嗟に顔を上げた。
七つの星。
黒い円。
そして、複雑な古代文字。
……七星陣!?
母の表情が、険しくなった。
「……レオンちゃん!」
「……はい!」
「……これ、まだ終わっていないわ!」
その瞬間。
床から、巨大な黒い柱が立ち上がった。
そして。
空中に、黒い光の球体が現れた。
「……何だ、あれは……!」
父が、剣を抜いた。
俺は、静かに目を細めた。
……なるほど。
修道女は、単なる起動役だったのか。
本当の儀式は、別の場所から制御されている。
……なら。
その制御を、断ち切る。
俺は、静かに右手を上げた。
《万有引力》。
黒い光の球体を、空間ごと固定する。
そして。
《無限神力》。
神力を流し込み、術式の構造を解析する。
……見えた。
七つの星。
七つの魔力導線。
そして、その中心へ繋がる一本の黒い線。
……王城地下か。
俺は、静かに息を吐いた。
「……父上」
「……何だ?」
「……儀式の本体は、王城地下です」
父の瞳が、鋭く光った。
「……やはりな」
母も、静かに頷いた。
「……なら、戻りましょう」
だが。
その瞬間。
エリシアが、静かに口を開いた。
「……待ってください」
俺は、彼女を見た。
「……エリシア?」
彼女は、胸元へ手を当てた。
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
「……私も、行きます」
俺は、少しだけ眉をひそめた。
「……危険だぞ」
「……わかっています」
彼女は、静かに頷いた。
「……でも」
そして。
真っ直ぐに俺を見つめた。
「……私が、儀式を終わらせる者なら」
その声には、強い意志が宿っていた。
「……逃げるわけには、いきません」
俺は、しばらく彼女を見つめていた。
そして。
静かに微笑んだ。
「……わかった」
エリシアの瞳が、大きく見開かれた。
「……レオンハルト様?」
「……一緒に行こう」
俺は、穏やかに続けた。
「……ただし、絶対に無理はするな」
彼女は、嬉しそうに頷いた。
「……はい!」
◇◆◇
王城地下。
七星の祭壇。
黒い外套の男が、祭壇の前に立っていた。
「……聖女の拘束、失敗」
部下が、震える声で報告した。
男は、静かに頷いた。
「……予想通りだ」
「……ですが、レオンハルトが術式を破壊しました」
男は、薄く笑った。
「……問題ない」
そして。
祭壇の中央へ手をかざした。
黒い結晶が、強く光る。
「……魂縛りの儀式は、すでに始まっている」
その声には、冷たい確信が宿っていた。
「……聖女が来れば、最後の段階へ進める」
部下が、恐る恐る尋ねた。
「……本当に、あの少年を封じられるのでしょうか?」
男は、静かに笑った。
「……魔力は奪えなかった」
そして。
「……だが、魂ならばどうだ?」
その瞬間。
祭壇の七つの星が、一斉に黒く光った。
――王国の地下で、禁忌の儀式がついに本格的に動き始めた。




