第23話 聖女の故郷と、七つの星に隠された秘密
第23話 聖女の故郷と、七つの星に隠された秘密
王国暦八百二十一年、夏月三日。
王都から北東へ馬車で三時間。
小さな村、リーベル。
緑豊かな丘陵地帯に囲まれたその村には、古い石造りの教会と、数十軒の家が並んでいた。
俺は馬車の窓から村を眺めながら、静かに息を吐いた。
「……ここが、エリシアの故郷か」
隣には、エレノアが座っている。
そして、向かいの席には聖女エリシア本人。
今日は、彼女の過去を調べるために村を訪れていた。
もちろん、勝手に連れ出したわけではない。
教会の正式な許可を得て、王国監察官の護衛も同行している。
「……懐かしいです」
エリシアが、小さく呟いた。
「……覚えているのか?」
「はい。少しだけ」
彼女は、窓の外を見つめた。
「……あの丘で、よく遊んでいました」
俺は、彼女の横顔を見た。
どこか寂しそうで、それでも温かい表情。
……ここには、彼女の大切な記憶が残っているんだな。
◇◆◇
星灯りの家。
それが、エリシアの育った孤児院の名前だった。
小さな木造の建物。
庭には、色とりどりの花が咲いている。
そして、玄関の前には、一人の老女が立っていた。
「……エリシア?」
老女が、震える声で呟いた。
「……エリシアなのかい?」
エリシアの瞳が、大きく見開かれた。
「……マリア先生!」
次の瞬間。
彼女は、老女へ駆け寄った。
「……先生!」
老女は、エリシアを強く抱きしめた。
「……大きくなったねぇ……」
その声には、深い愛情が宿っていた。
「……立派な聖女様になったって、聞いていたよ」
エリシアの頬を、涙が伝った。
「……先生……」
俺は、少し離れた場所でその様子を見守っていた。
……よかったな。
エレノアも、静かに微笑んでいる。
◇◆◇
しばらくして。
俺たちは、孤児院の応接室へ案内された。
マリア先生は、温かいお茶を用意してくれた。
「……それで、今日はどうしたんだい?」
エリシアは、少しだけ迷った後、口を開いた。
「……先生」
「……何だい?」
「……私が、ここへ来たときのことを覚えていますか?」
マリア先生の表情が、わずかに変わった。
「……ああ」
その声は、静かだった。
「……覚えているよ」
エリシアは、息を呑んだ。
「……本当ですか?」
「……もちろんさ」
マリア先生は、ゆっくりと頷いた。
「……あんたは、まだ小さな赤ん坊だった」
そして、静かに続けた。
「……ある雨の日の夜、孤児院の前に置かれていたんだよ」
エリシアの瞳が、揺れた。
「……誰が、置いていったんですか?」
マリア先生は、首を振った。
「……わからない」
そして、少しだけ目を伏せた。
「……でも、一つだけ覚えていることがある」
俺は、静かに目を細めた。
「……何でしょう?」
マリア先生は、俺を見た。
「……あの子の胸元に、小さなペンダントがあったんだよ」
……やっぱり。
俺は、静かに頷いた。
「……七つの星の紋章ですか?」
その瞬間。
マリア先生の顔色が変わった。
「……どうして、それを……?」
俺は、穏やかに答えた。
「エリシアが、今も持っています」
マリア先生は、しばらく黙っていた。
そして。
小さく呟いた。
「……そうかい」
その声には、どこか安堵が混じっていた。
◇◆◇
「……マリア先生」
エリシアが、静かに尋ねた。
「……そのペンダントには、何か意味があるんですか?」
老女は、しばらく考えた。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……昔、この村には七つの星を祀る小さな祠があったんだよ」
……祠?
俺は、静かに目を細めた。
「……今も残っていますか?」
「……ああ」
マリア先生は、窓の外を指差した。
「……村の北にある丘の上さ」
俺は、静かに頷いた。
……なるほど。
調べる価値はありそうだ。
◇◆◇
午後一時。
リーベル村、北の丘。
俺たちは、古い祠の前に立っていた。
小さな石造りの建物。
長い年月を経て、壁には苔が生えている。
だが。
入口の上には、はっきりと紋章が残っていた。
七つの星。
そして、その中央に描かれた円。
……同じだ。
俺は、静かに目を細めた。
黒幕が使っていた古代紋章と、ほとんど同じ構造。
ただし、こちらは星の配置が少し違う。
「……レオンハルト様」
エレノアが、小さく声をかけた。
「……何か感じます」
俺は、静かに頷いた。
「……ああ」
祠の奥から、微かな魔力が漂ってくる。
だが、その魔力は攻撃的ではない。
むしろ。
……何かを守っているような。
俺は、ゆっくりと扉へ手を伸ばした。
その瞬間。
エリシアのペンダントが、淡く光った。
「……っ!」
彼女が、驚いたように胸元へ手を当てた。
そして。
祠の扉が、静かに開いた。
◇◆◇
祠の内部。
そこには、小さな祭壇があった。
祭壇の上には、古い石板が置かれている。
俺は、慎重に近づいた。
石板には、古代文字が刻まれていた。
『七星の加護を受けし者よ』
『魂を縛る闇を、光で解き放て』
……なるほど。
俺は、静かに息を吐いた。
七つの星。
魂。
そして、光。
……やっぱり、関係している。
「……レオンハルト様」
エリシアが、震える声で呟いた。
「……私、この場所を知っています」
俺は、彼女を見た。
「……覚えているのか?」
「……はい」
彼女は、ゆっくりと祭壇へ近づいた。
「……小さい頃、夢の中で見た場所です」
その瞳には、涙が浮かんでいた。
「……ここで、誰かが私に言ったんです」
そして。
静かに続けた。
「……『あなたは、誰かを救うために生まれた』と」
俺は、しばらく黙っていた。
……誰かを救うため。
原作ゲームでは、聖女エリシアは勇者アルベルトを支える存在だった。
だが。
今の彼女は、自分の意思で動いている。
……なら。
その言葉の意味も、変わるかもしれない。
◇◆◇
そのとき。
突然、祠の床が光り始めた。
「……っ!?」
エレノアが、咄嗟に剣を抜いた。
俺は、右手を上げた。
《万有引力》。
周囲の魔力の流れを、慎重に抑える。
だが。
次の瞬間。
祭壇の中央から、淡い光が立ち上った。
そして。
空中に、一人の女性の姿が浮かび上がった。
白い衣。
長い金色の髪。
そして、優しい青い瞳。
……幻影?
俺は、静かに目を細めた。
女性は、エリシアを見つめていた。
『……よく、ここまで来ましたね』
その声は、柔らかかった。
エリシアの瞳が、大きく見開かれた。
「……あなたは……?」
女性は、静かに微笑んだ。
『……私は、七星の守護者』
そして。
ゆっくりと続けた。
『……あなたの魂に、封じられた記憶を守る者です』
その瞬間。
エリシアの身体が、震えた。
「……私の、記憶……?」
女性は、静かに頷いた。
『……あなたは、選ばれた鍵ではありません』
俺は、思わず目を細めた。
……鍵ではない?
黒幕は、エリシアを鍵だと言っていた。
だが。
この幻影は、それを否定している。
『……あなたは、扉を閉じる者』
女性の声が、静かに響いた。
『……魂縛りの儀式を、終わらせるために生まれた存在なのです』
エリシアの瞳から、涙が零れた。
「……私が……?」
女性は、優しく微笑んだ。
『……恐れることはありません』
そして。
俺へ視線を向けた。
『……黒き星を宿す少年よ』
……俺?
女性は、静かに続けた。
『……あなたの力は、世界の理から外れています』
俺の心臓が、わずかに跳ねた。
……まさか。
俺の《無限神力》に気づいているのか?
『……ですが、その力だけでは、魂を救うことはできません』
その言葉に、俺は静かに息を呑んだ。
『……必要なのは、力ではなく、繋がりです』
女性は、エリシアへ視線を戻した。
『……あなたたちが互いを信じるなら、運命は変えられるでしょう』
そして。
淡い光となって消えていった。
◇◆◇
祠に、静寂が戻った。
エリシアは、しばらく祭壇を見つめていた。
「……レオンハルト様」
「……ん?」
「……私、少しだけ思い出しました」
その声は、震えていた。
「……幼い頃、誰かが私を守ってくれたんです」
俺は、静かに頷いた。
「……誰か、わかるか?」
彼女は、首を振った。
「……まだ、はっきりとは」
そして。
俺を見つめた。
「……でも」
その瞳には、確かな決意が宿っていた。
「……私は、もう逃げません」
俺は、穏やかに微笑んだ。
「……ああ」
そして、静かに続けた。
「……一緒に、真実を探そう」
エリシアは、嬉しそうに頷いた。
「……はい!」
その笑顔は、まるで陽光のように明るかった。
◇◆◇
その日の夕方。
ヴァルディス公爵家王都別邸。
俺は、父と母へ祠での出来事を報告していた。
「……七星の守護者?」
父が、眉をひそめた。
「……はい」
俺は頷いた。
「古代の記録を保存した幻影のようでした」
母は、興味深そうに微笑んだ。
「……面白いわね」
そして、静かに続けた。
「……魂を縛る術式を、解き放つための存在」
俺は、静かに頷いた。
「……はい」
母は、少しだけ考えた。
「……なら、黒幕が準備している儀式にも対抗できるかもしれないわ」
父の瞳が、鋭く光った。
「……儀式の場所は?」
「……まだ不明です」
俺は正直に答えた。
「ですが、七つの星の紋章が手掛かりになると思います」
父は、ゆっくりと頷いた。
「……よし」
そして、静かに続けた。
「……王国の古い記録を調べよう」
俺は、静かに微笑んだ。
……原作では、誰も知らなかった秘密。
それが、少しずつ明らかになっている。
◇◆◇
同じ夜。
王都の地下。
黒衣の男は、祭壇の前で報告を受けていた。
「……聖女が、リーベル村の祠へ?」
「……はい」
男の表情が、険しくなった。
「……七星の守護者が、目覚めたか」
部下が、不安そうに尋ねた。
「……儀式に影響は?」
男は、しばらく黙っていた。
そして。
冷たく微笑んだ。
「……問題ない」
その声には、奇妙な確信が宿っていた。
「……むしろ、好都合だ」
男は、祭壇の中央へ手をかざした。
黒い結晶が、淡く光る。
「……聖女が真実を知れば、必ずここへ来る」
そして。
静かに続けた。
「……そのときこそ、魂縛りの儀式を完成させる」
――七つの星に導かれた聖女は、知らぬ間に運命の中心へ近づいていた。




