第22話 聖女の失われた記憶と、禁忌の魂縛り
第22話 聖女の失われた記憶と、禁忌の魂縛り
王国暦八百二十一年、夏月二日。
ヴァルディス公爵家、王都別邸。
王立魔導学院での魔力暴走事件から、一夜が明けた。
俺は執務室の窓辺に立ち、セバスティアンから届いた報告書を読んでいた。
学院の実験装置に組み込まれていた不正な魔導回路。
旧転移中継所で発見された魔力吸収機構。
そして、軍務省の封印保管庫から回収された黒い指輪。
三つの装置には、共通する特徴があった。
使用者の魔力へ、外部から干渉できること。
しかも、干渉対象は魔力の流れだけではない。
「……精神への干渉か」
俺は報告書の一文を見つめた。
通常の魔法は、魔力を使って物理現象を引き起こす。
炎を生み、水を操り、傷を癒す。
だが、古代魔導文明には、それとは異なる技術が存在していたらしい。
魂。
記憶。
そして、意思。
そうした目に見えないものへ、直接作用する術式だ。
……嫌な予感がする。
原作ゲームでも、精神干渉系の魔法は非常に厄介だった。
特に、聖女に関係するイベントでは。
「レオンハルト様」
エレノアが紅茶を運んできた。
「エリシア様から、お手紙が届いております」
「……エリシアから?」
俺は封筒を受け取った。
白い封蝋。
そこには教会の紋章が刻まれていた。
手紙を開く。
『レオンハルト様へ。
突然のお手紙をお許しください。
最近、幼い頃の夢を繰り返し見るようになりました。
夢の中で、誰かが私を呼んでいるのです。
そして、目が覚めると、いつも同じ言葉が頭に残っています。
――七つの星が揃うとき、扉は開かれる。
この言葉に、何か意味があるのでしょうか。
もしお時間がございましたら、一度お会いできませんか。
エリシア・フィオーレ』
……七つの星。
俺は、静かに目を細めた。
昨夜、押収された古代資料の一部にも、七つの星を描いた紋章があった。
偶然だろうか。
……いや。
ここまで重なると、偶然とは考えにくい。
「エレノア」
「はい」
「エリシアに返事を。今日、会いに行く」
「承知いたしました」
俺は、もう一度手紙を見つめた。
……魂縛りの儀式。
敵が準備しているという禁忌の術式。
もし、それがエリシアと関係しているなら。
……急いだ方がいい。
◇◆◇
午前十一時。
王都中央聖堂。
白い大理石で造られた巨大な聖堂には、柔らかな陽光が差し込んでいた。
ステンドグラスを通った光が、床へ七色の模様を描いている。
その奥に、一人の少女が立っていた。
長い金色の髪。
澄んだ青い瞳。
そして、清らかな白い修道服。
聖女エリシア・フィオーレ。
彼女は俺に気づくと、ほっとしたように微笑んだ。
「レオンハルト様」
「久しぶりだな、エリシア」
「お越しいただき、ありがとうございます」
彼女は丁寧に頭を下げた。
だが、その表情には疲労が見えた。
「……眠れていないのか?」
俺が尋ねると、エリシアは少しだけ驚いた。
「……わかりますか?」
「ああ。顔色がよくない」
彼女は困ったように笑った。
「最近、夢を見るたびに目が覚めてしまうんです」
「……どんな夢だ?」
俺たちは、聖堂の奥にある小さな応接室へ移動した。
エレノアは入口付近で控えている。
エリシアは、温かいお茶を両手で包みながら話し始めた。
「幼い頃の夢です」
その声は、少し震えていた。
「暗い部屋にいて、誰かが私の名前を呼んでいます」
「……誰が?」
「わかりません」
彼女は首を振った。
「でも、とても懐かしい声なんです」
俺は黙って続きを待った。
「そして、部屋の壁には七つの星が描かれています」
……七つの星。
「その星が光ると、誰かが言うんです」
エリシアは、ゆっくりと顔を上げた。
「……『この子は鍵になる』と」
俺の背筋に、冷たいものが走った。
……鍵?
魂縛りの儀式。
七つの星。
そして、聖女。
……まさか。
「エリシア」
「……はい」
「幼い頃のことを、どこまで覚えている?」
彼女は、少しだけ目を伏せた。
「……ほとんど、覚えていません」
そして、静かに続けた。
「私は、孤児院で育ちました」
◇◆◇
エリシアが育ったのは、王都から少し離れた小さな孤児院だった。
教会の保護施設。
そこで彼女は、物心つく前から暮らしていたという。
両親の名前も、出身地も知らない。
ただ、幼い頃から強い光魔法の適性を持っていた。
その才能を見出され、中央聖堂へ引き取られた。
そして、聖女として育てられた。
……原作でも、そんな設定だったな。
だが、気になることがある。
「エリシア。その孤児院の名前は?」
「……星灯りの家、です」
俺は、その名前を覚えた。
「場所は?」
「王都北東のリーベル村です」
……リーベル村。
俺は、静かに頷いた。
「一度、調べてみよう」
エリシアは、不安そうに俺を見た。
「……何か、わかるのでしょうか?」
「まだわからない」
俺は正直に答えた。
「でも、君が何度も同じ夢を見るなら、何か理由があるかもしれない」
彼女は、少しだけ微笑んだ。
「……ありがとうございます」
そのとき。
突然、エリシアの身体が揺れた。
「……っ!」
「エリシア!?」
俺は、咄嗟に彼女を支えた。
彼女の額に、冷たい汗が浮かんでいる。
「……大丈夫か?」
「……はい」
だが、その声は弱々しかった。
次の瞬間。
彼女の胸元から、淡い光が漏れ始めた。
……何だ?
俺は、静かに目を細めた。
エリシアの胸元。
そこには、小さな銀色のペンダントがあった。
七つの星を象った紋章。
……これは。
俺が手を伸ばしかけた、その瞬間。
ペンダントが、強く光った。
『……鍵を、返せ』
頭の中へ、直接声が響いた。
……っ!?
俺は、咄嗟に周囲へ魔力障壁を展開した。
だが。
声は、障壁をすり抜けてくる。
『……七つの星が揃うとき、扉は開かれる』
……精神干渉か。
俺は、静かに右手を上げた。
《無限神力》。
神力を薄く広げ、エリシアの周囲を包み込む。
すると。
ペンダントの光が、ゆっくりと弱まった。
「……レオンハルト様?」
エリシアが、ぼんやりと俺を見上げた。
「……今、何が……?」
「……大丈夫だ」
俺は、穏やかに微笑んだ。
「少し、休もう」
彼女は、小さく頷いた。
だが。
俺の胸には、強い疑念が残っていた。
……このペンダント。
普通の聖遺物じゃない。
何かの術式が、組み込まれている。
しかも。
それは、魔力ではなく魂へ干渉するものだった。
◇◆◇
午後三時。
ヴァルディス公爵家王都別邸。
俺は、父アルフォンスと母エレオノーラへ事情を説明していた。
「……魂へ干渉するペンダント?」
父が、眉をひそめた。
「……はい」
俺は頷いた。
「エリシアの身につけていたものです」
母の表情が、真剣になった。
「……レオンちゃん」
「……はい」
「そのペンダント、今どこにあるの?」
「エリシアが持っています。ただし、本人の同意を得て、聖堂の保護結界内で保管してもらっています」
母は、静かに頷いた。
「……賢明ね」
そして、少し考えた。
「魂へ直接干渉する術式は、現代の魔法体系ではほとんど研究されていないわ」
「……やはり、古代魔導文明ですか?」
「可能性は高いわね」
父が、静かに口を開いた。
「……教会との関係は?」
「まだ不明です」
俺は正直に答えた。
「ですが、エリシアが育った孤児院と、古代の七星紋章を調べる必要があります」
父は頷いた。
「なら、正式に調査を進めよう」
母も微笑んだ。
「お母様も協力するわ」
その声は、いつもより真剣だった。
「魂へ干渉する術式は危険よ。下手に触れれば、記憶や人格まで傷つける可能性がある」
俺は、静かに頷いた。
……やっぱり。
簡単な相手じゃない。
◇◆◇
その日の夜。
王都の地下。
黒衣の男は、古い祭壇の前に立っていた。
祭壇には、七つの星を象った紋章が刻まれている。
そして、その中央には、黒い結晶が置かれていた。
「……聖女の反応は?」
男が尋ねる。
「……確認されました」
部下が答えた。
「ペンダントが、一時的に起動したようです」
男は、静かに頷いた。
「……よろしい」
「……ですが、レオンハルト・ヴァルディスが干渉したため、反応が途絶えました」
男の表情が、わずかに険しくなった。
「……また、あの少年か」
そして、静かに笑った。
「……だが、構わん」
男は、祭壇へ手をかざした。
黒い結晶が、淡く光る。
「……聖女は鍵だ」
その声には、冷たい確信が宿っていた。
「……そして、あの少年は器となる」
部下が、恐る恐る尋ねた。
「……儀式は、いつ?」
男は、静かに答えた。
「……三日後だ」
その瞬間。
祭壇の七つの星が、一つずつ光り始めた。
――聖女の失われた記憶は、王国の地下に眠る禁忌の儀式へと繋がっていた。




