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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第一章 運命を覆す者

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第19話 燃え上がる軍務省と、紅蓮の騎士令嬢の誓い

第19話 燃え上がる軍務省と、紅蓮の騎士令嬢の誓い


 王国暦八百二十一年、春月二十九日。


 王都の空は、朝から厚い雲に覆われていた。


 ヴァルディス公爵家王都別邸。


「……軍務省の保管庫に、不審な動き?」


 俺はセバスティアンの報告を聞き、眉をひそめた。


「はい。昨夜、封印保管庫の警備担当者が突然交代しております」


「交代理由は?」


「設備点検に伴う配置変更とのことです」


 俺は報告書を見つめた。


 ……設備点検、ね。


 それだけなら珍しくない。


 だが、監察官が二年前の指輪について照会を始めた直後となれば話は別だ。


「警備変更を指示したのは?」


「軍務省の補給管理官、ダリウス・フェルナーでございます」


「……ベルナールとの関係は?」


「同じ調達部門に勤務していた経歴がございます」


 ……繋がりが多いな。


 ただし、同僚だっただけで共犯とは言えない。


 俺は立ち上がった。


「父上に相談しよう。保管庫の証拠を正式に保全してもらいたい」


「すでにアルフォンス様へ報告しております」


 ……仕事が早い。


 セバスティアンは、さらに続けた。


「本日午後、軍務卿グラディウス閣下の立ち会いで、監察官が現物を確認する予定です」


「……なら、俺たちも同行できるか?」


「公爵家に関係する過去の事件として、立ち会いを申請しております」


 俺は頷いた。


 ……これで一歩進める。


 だが、胸の奥には嫌な予感が残っていた。


 ◇◆◇


 午後二時。


 王国軍務省。


 石造りの巨大な建物には、武装した衛兵が配置されていた。


 俺は父アルフォンス、エレノア、そして王国監察官ルドルフと共に、地下の封印保管庫へ向かっていた。


 母エレオノーラは、別件の魔導院調査に協力している。


 ……母上がいないと、少し静かだな。


 そんなことを考えていると、廊下の向こうから声がした。


「レオンハルト!」


 赤い髪の少女が駆け寄ってくる。


「アリシア?」


「どうしてここに?」


「二年前の試合で使われた指輪を調べに来たんだ」


 アリシアの表情が引き締まった。


「……兄上の?」


「ああ」


 彼女は少し考えた後、父グラディウスへ視線を向けた。


 軍務卿は、静かに頷いた。


「アリシア。関係者として話を聞くことは許す。ただし、調査の妨げになるな」


「……はい!」


 アリシアは真剣な表情で答えた。


 ……なるほど。


 昨日までとは、ずいぶん違うな。


 ◇◆◇


 地下三階。


 封印保管庫の前には、二人の衛兵が立っていた。


「軍務卿閣下!」


 衛兵たちは直立した。


 グラディウスが尋ねる。


「異常はないか?」


「はい。特に問題はございません」


 その返答を聞いた瞬間、俺は違和感を覚えた。


 ……妙だな。


 廊下の奥から、微かな魔力の流れを感じる。


 しかも、その流れは保管庫の扉へ向かっていた。


「……父上」


 俺は小さな声で呼びかけた。


「……何だ?」


「この先に、何か仕掛けられています」


 父の表情が変わった。


「……確かか?」


「はい」


 俺は目を細めた。


 魔力の流れ。


 その性質は、以前見た黒い魔石に似ている。


 ……爆発系の術式か。


「全員、扉から離れてください」


 俺が告げた、その瞬間。


 カチリ。


 保管庫の内部から、小さな音が響いた。


 ……来る!


「伏せろ!」


 父の声と同時に、俺は右手を上げた。


 《万有引力》。


 扉の内側にある爆発の中心へ、強烈な重力場を形成する。


 次の瞬間。


 ドォン!!


 鈍い爆発音が響いた。


 だが、爆風は外へ広がらなかった。


 俺の作った重力場が、爆発の圧力を一点へ押し込めたのだ。


 それでも、保管庫の扉は激しく震えた。


「……なっ!?」


 衛兵たちが、驚愕する。


 俺は静かに息を吐いた。


 ……危なかった。


 あと数秒遅れていたら、保管庫ごと吹き飛んでいたかもしれない。


「レオンハルト!」


 アリシアが駆け寄ってきた。


「大丈夫なの!?」


「ああ。問題ない」


 俺が答えると、彼女はほっとしたように胸を撫で下ろした。


「……よかった」


 その声には、心からの安堵が宿っていた。


 ◇◆◇


 爆発後。


 保管庫の扉は、慎重に開かれた。


 内部には、焼け焦げた魔導具の残骸が散乱している。


 だが、被害は限定的だった。


「……よく抑えたな、レオンハルト」


 父が静かに言った。


「……ありがとうございます」


 俺は、少しだけ笑った。


 だが、まだ安心はできない。


「……ルドルフ監察官」


「はい」


「保管庫の証拠品を、すべて確認してください」


「承知いたしました」


 監察官たちが、慎重に調査を始める。


 しばらくして。


「……ありました!」


 一人の調査官が声を上げた。


 金属製の小箱。


 その中には、黒い指輪が収められていた。


 ……これか。


 俺は、静かに目を細めた。


 指輪には、複雑な魔導文字が刻まれている。


 そして、その術式の一部は、旧転移中継所で見たものと似ていた。


「……なるほど」


 俺は小さく呟いた。


「……何かわかったの?」


 アリシアが尋ねてくる。


「ああ」


 俺は指輪を見つめた。


「この指輪は、単なる身体強化魔導具じゃない」


「……どういうこと?」


「使った人間の魔力を、外部から干渉できる構造になっている」


 アリシアの顔色が変わった。


「……それって」


「誰かが遠隔操作して、魔力を暴走させることもできる」


 ……つまり。


 二年前の試合で、ローデリックの魔力が暴走したのは、偶然ではなかった可能性がある。


 俺は静かに息を吐いた。


「……兄上は」


 アリシアが震える声で呟いた。


「……誰かに、利用されたの?」


「可能性はある。ただ、まだ証明できたわけじゃない」


 俺は彼女を見た。


「調査で明らかにしよう」


 アリシアは、ゆっくりと頷いた。


「……うん」


 ◇◆◇


 そのとき。


 廊下の奥から、慌ただしい足音が響いた。


「軍務卿閣下!」


 衛兵が駆け込んでくる。


「補給管理官ダリウス・フェルナーが、所在不明です!」


 グラディウスの表情が険しくなった。


「……何だと?」


「本日午後から、執務室に戻っておりません!」


 ……なるほど。


 俺は静かに目を細めた。


 証拠隠滅を仕掛けた人物が、逃げた可能性がある。


 だが。


 それだけとは限らない。


「……父上」


「……何だ?」


「逃亡経路を確認した方がいいと思います」


 父は頷いた。


「ガルディオへ連絡しろ。王都の主要門を監視させる」


「承知しました」


 そのとき。


 エレノアが、静かに声をかけてきた。


「……レオンハルト様」


「……ん?」


「……一つ、気になることがございます」


 彼女は、廊下の奥へ視線を向けた。


「……先ほどから、同じ人物がこちらを見ています」


 ……何?


 俺は、静かに振り返った。


 廊下の奥。


 灰色の外套をまとった男が、一瞬だけ姿を見せた。


 そして。


 こちらの視線に気づくと、すぐに角を曲がった。


「……エレノア」


「……はい」


「……追えるか?」


 彼女は、静かに微笑んだ。


「……もちろんです」


 ◇◆◇


 軍務省の裏通路。


 灰色の外套の男は、足早に歩いていた。


 ……まずい。


 男は、心の中で呟いた。


 爆発が失敗した。


 証拠も残っている。


 このままでは、組織に消される。


 男は、懐から小さな魔石を取り出した。


 ……連絡しなければ。


 だが。


「……動かないでください」


 背後から、静かな声が響いた。


 男が振り返る。


 そこには、銀髪の少女が立っていた。


 エレノア・シルヴェイン。


 その手には、細身の剣が握られている。


「……何者だ!」


「ヴァルディス公爵家の者です」


 エレノアは、静かに答えた。


「……あなたに、お話を伺いたいことがございます」


 男は、短剣を抜いた。


「……邪魔をするな!」


 次の瞬間。


 男が、地面を蹴った。


 だが。


 キィン!


 一瞬で、短剣が弾き飛ばされた。


「……なっ!?」


 エレノアの剣先が、男の喉元へ突きつけられる。


「……抵抗は、おやめください」


 その声は、冷たかった。


 男は、完全に動きを止めた。


 そこへ。


「……エレノア」


 俺が、ゆっくりと歩いてきた。


「……レオンハルト様」


 彼女は、静かに一礼した。


「……確保いたしました」


「……よくやった」


 俺は、穏やかに微笑んだ。


 エレノアの頬が、ほんのり赤くなった。


「……ありがとうございます」


 ……本当に。


 頼もしいな。


 ◇◆◇


 男は王国監察官へ引き渡された。


 身元を確認すると、軍務省の臨時職員だった。


 そして。


 その男の所持品から、一通の密書が発見された。


『封印保管庫の証拠を処分せよ』


 その文面の下には、黒い封蝋の紋章があった。


 ……やっぱり。


 俺は、静かに目を細めた。


 王女襲撃事件。


 聖女監禁事件。


 旧転移中継所。


 そして、今回の証拠隠滅。


 すべてに、同じ影がちらついている。


 父アルフォンスも、険しい表情で密書を見つめていた。


「……レオンハルト」


「……はい」


「……どう思う?」


 俺は、静かに答えた。


「……少なくとも、複数の事件を繋ぐ組織が存在する可能性は高いです」


 父は、ゆっくりと頷いた。


「……ああ」


 その瞳には、戦場で幾多の敵を打ち破ってきた将軍の鋭さが宿っていた。


「……だが、黒幕はまだ見えん」


「……はい」


 俺は、静かに拳を握った。


 ……なら。


 見つけるまでだ。


 ◇◆◇


 その日の夕方。


 王都の公園。


 俺は、アリシアと共に歩いていた。


 彼女は、少しだけ俯いていた。


「……レオンハルト」


「……ん?」


「……今日は、ありがとう」


 俺は、少しだけ笑った。


「……何が?」


「……兄上の指輪を、守ってくれたこと」


 アリシアは、静かに続けた。


「……あれがなかったら、兄上が利用されていたかもしれないってことも、わからなかった」


「……まだ、調査はこれからだよ」


「……それでも」


 彼女は、真っ直ぐに俺を見つめた。


「……私は、あなたに感謝してる」


 その瞳には、昨日までの敵意はなかった。


 俺は、静かに頷いた。


「……なら、これから一緒に真実を確かめよう」


 アリシアは、少しだけ目を見開いた。


「……一緒に?」


「ああ」


 俺は微笑んだ。


「……お前の兄のことだからな」


 その瞬間。


 アリシアの頬が、ほんのり赤くなった。


「……わかった」


 そして。


 彼女は、小さく微笑んだ。


「……よろしくね、レオンハルト」


 ◇◆◇


 その頃。


 王都の地下。


 黒い外套の男が、報告を受けていた。


「……封印保管庫の証拠隠滅、失敗しました」


 部下が、震える声で告げた。


 男は、しばらく黙っていた。


「……そうか」


 その声は、驚くほど静かだった。


「……ダリウスは?」


「……現在、所在不明です」


「……なるほど」


 男は、ゆっくりと椅子から立ち上がった。


 そして、机の上に置かれた地図を見つめた。


 王都。


 王国軍務省。


 そして、ヴァルディス公爵家。


「……レオンハルト・ヴァルディス」


 男は、静かに呟いた。


「……想像以上に厄介だな」


 だが。


 その口元には、冷たい笑みが浮かんでいた。


「……ならば」


 男は、地図の別の場所へ指を置いた。


 そこには、王立魔導学院の名前が記されていた。


「……次は、別の場所から攻めるとしよう」


 そして。


 静かに続けた。


「……あの少年の力そのものを、調べる必要がある」


 ――黒き暴君を巡る陰謀は、ついに彼自身の力へと狙いを定め始めていた。

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