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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第179話 帝国皇女の決断――戦争を終わらせるために

 ヴァルガルド帝国、帝都ヴァルガリア。


 巨大な城壁に囲まれた帝都は、帝国の繁栄を象徴する都市だった。


 白い石造りの宮殿。


 整然と並ぶ貴族の屋敷。


 そして、帝国の威光を示す巨大な広場。


 だが、その華やかさとは裏腹に、帝都の空気は重く沈んでいた。


 西方戦線から届く報告が、日に日に悪化していたからだ。


 王国への侵攻。


 開戦時の兵力、八万。


 しかし、黒狼と白銀の女帝による防衛によって、帝国軍は甚大な損害を受けた。


 さらに。


 黒獅子。


 銀月の魔女。


 そして、七星の公爵令息。


 王国最強の者たちが、次々と戦場へ集結した。


 帝国軍の敗北は、もはや時間の問題だと囁かれ始めていた。


 * * *


 帝国宮殿。


 第一皇女アナスタシア・ヴァルガルドは、執務室で一通の報告書を読んでいた。


 十七歳。


 白金色の長い髪。


 紫水晶のような瞳。


 そして、気品に満ちた美しい容姿。


 帝国第一皇女として、多くの国民から慕われる少女だった。


 だが、今。


 その表情には、深い憂いが浮かんでいた。


「……また、ですか」


 アナスタシアは、報告書を机へ置いた。


 そこには、西方戦線での損害が記されている。


 戦死者。


 負傷者。


 行方不明者。


 そして、捕虜となった兵士たち。


 その数は、彼女の想像を遥かに超えていた。


「……何故、ここまでして戦争を続けるのですか」


 小さな呟きが、静かな部屋へ響く。


 侍女が心配そうに声をかけた。


「……殿下」


「……大丈夫です」


 アナスタシアは、静かに微笑んだ。


 だが、その笑みには力がなかった。


「……ただ、少し考えていたのです」


 侍女は何も言わなかった。


 アナスタシアは窓の外を見つめた。


 帝都の街並み。


 行き交う人々。


 笑い合う子供たち。


 その光景を見ながら、彼女は静かに呟いた。


「……この人たちにも、大切な家族がいるのですよね」


 * * *


 その日の午後。


 アナスタシアは、皇帝への謁見を求めた。


 帝国宮殿、玉座の間。


 巨大な柱が並ぶ広間の奥に、皇帝が座っていた。


 アナスタシアは、静かに頭を下げた。


「……お父様」


 皇帝は、娘を見つめた。


「……何用だ、アナスタシア」


 彼女は顔を上げた。


「西方戦線について、お話があります」


 皇帝の表情が、わずかに厳しくなった。


「……戦争のことか」


「はい」


 アナスタシアは頷いた。


「……どうか、これ以上の侵攻をおやめください」


 玉座の間が静まり返った。


 皇帝は、しばらく娘を見つめていた。


「……理由を聞こう」


 アナスタシアは、静かに答えた。


「既に、多くの兵士たちが命を落としています」


 その声は、震えていなかった。


「王国軍にも、帝国軍にも、数え切れないほどの犠牲者が出ています」


 皇帝は黙って聞いていた。


「これ以上戦争を続けても、得られるものはありません」


 アナスタシアは続けた。


「……どうか、和平交渉をお考えください」


 皇帝は、深く息を吐いた。


「……簡単に言うな」


「……お父様」


「帝国は既に、多くの兵を失っている」


 皇帝の声が低くなる。


「ここで撤退すれば、その犠牲は何のためだったのかと、国民から問われるだろう」


 アナスタシアは静かに答えた。


「……だからこそ、これ以上増やしてはならないのです」


 皇帝の瞳が揺れた。


「……何?」


「既に失われた命を、取り戻すことはできません」


 アナスタシアは、まっすぐ父を見つめた。


「ですが、これから失われる命は、まだ守れるかもしれません」


 玉座の間に、長い沈黙が流れた。


 * * *


 皇帝は、しばらく考え込んでいた。


 やがて、静かに口を開いた。


「……アナスタシア」


「……はい」


「お前の言うことは、理解できる」


 彼女の瞳が、わずかに明るくなる。


「……では!」


「だが、帝国には帝国の事情がある」


 皇帝は続けた。


「軍部の強硬派。貴族たちの利権。そして、国境問題」


 アナスタシアは黙って聞いていた。


「戦争を止めるには、ただ命令を出せばよいというものではない」


 その言葉に、彼女は静かに頷いた。


「……分かっています」


 そして、顔を上げた。


「……だからこそ、私にお任せください」


 皇帝が眉をひそめた。


「……何をだ?」


「王国との交渉です」


 玉座の間が静まり返った。


「……お前が?」


「はい」


 アナスタシアは頷いた。


「私が、王国へ向かいます」


 皇帝は目を見開いた。


「……馬鹿な!」


 その声が広間に響いた。


「戦場へ行くつもりか!」


「……はい」


「危険すぎる!」


 アナスタシアは静かに微笑んだ。


「……危険なのは、今も戦場で戦っている兵士たちです」


 皇帝は、言葉を失った。


「私は皇女です」


 アナスタシアは続けた。


「国民を守る責任があります」


 その紫水晶の瞳には、揺るぎない決意が宿っていた。


 * * *


 その夜。


 アナスタシアは、自室で一通の書簡を書いていた。


 宛先は、王国の外交担当者。


 内容は、停戦交渉の提案だった。


 侍女が心配そうに問いかける。


「……殿下。本当に、戦場へ向かわれるのですか?」


 アナスタシアは、静かに頷いた。


「ええ」


「……ですが、危険です」


「分かっています」


 彼女は微笑んだ。


「それでも、行かなければなりません」


 侍女は、何も言えなかった。


 アナスタシアは、窓の外を見つめた。


 夜空には、無数の星が輝いている。


 その星を見つめながら、彼女は静かに呟いた。


「……レオンハルト・ヴァルディス」


 最近、帝都でも噂になり始めた名前。


 七属性すべてを操る少年。


 たった一人で、数千の帝国兵を制圧したという公爵令息。


 そして、敵兵をできる限り殺さずに戦おうとする人物。


 アナスタシアは、静かに微笑んだ。


「……どのような方なのでしょう」


 その瞳には、わずかな期待が宿っていた。


「……もし、お会いできるのなら」


 彼女は、静かに呟いた。


「……戦争を終わらせるために、お力を貸していただきたいです」


 * * *


 一方。


 グランフェル要塞。


 俺は、父上とともに北西方面へ向かう準備をしていた。


 帝国軍が、再び民間人の集落へ迫っている。


 今度は、父上も同行する。


「……レオン」


 父上が声をかけた。


「はい」


「準備はできたか?」


「はい」


 俺は頷いた。


「……今度こそ、誰も傷つけさせません」


 父上は、静かに微笑んだ。


「……その意気だ」


 そして、黒い外套を翻した。


「行くぞ」


「はい!」


 俺たちは、要塞を出発した。


 その先で待っているのは、帝国軍の新たな作戦。


 そして。


 紅蓮の女将軍ヴァレリアとの、再びの邂逅。


 だが、俺はまだ知らなかった。


 遠く離れた帝都で、一人の皇女が戦争を終わらせるために動き始めていることを。


 王国の七星。


 帝国の紅蓮。


 そして、帝国第一皇女。


 三人の運命が、少しずつ交わり始めていた。



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