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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第176話 七星の反撃――帝国軍の包囲網を砕け

 グランフェル要塞に、朝日が差し込んでいた。


 城壁の上では、王国軍の兵士たちが交代の準備を進めている。


 王都から到着した援軍によって、連日の戦闘で疲弊していた守備兵たちは、ようやくまとまった休息を取れるようになっていた。


 だが、戦争そのものが終わったわけではない。


 西の平原には、なお数万の帝国軍が陣を構えている。


 俺は作戦室の地図を見つめていた。


 その周囲には、父上、母上、叔父上、そしてイザベラ伯母様が集まっている。


「帝国軍は、正面からの総攻撃を控えるようになりました」


 王国軍の参謀が報告した。


「しかし、補給路への襲撃や避難民への妨害は続いております」


 父上は静かに頷いた。


「正面から勝てないと判断し、我々の継戦能力を削るつもりか」


「そのようです」


 叔父上が鼻を鳴らした。


「ったく。懲りねえ連中だな」


 伯母様が地図の北東を指した。


「問題は、敵の部隊が森や丘陵地帯へ分散していることですわ。発見するたびに追い払っていては、こちらの兵士たちが休めません」


 母上も頷いた。


「要塞の周囲を守るだけでは、いつまでも戦いが続いてしまいますね」


 俺は地図を見つめた。


 赤い駒が、各地に散らばっている。


 帝国軍の別働隊。


 補給拠点。


 前進基地。


 そして、それらをつなぐ連絡路。


 ……なるほど。


 俺は顔を上げた。


「父上」


「何だ、レオン?」


「敵の小部隊を一つずつ追い払うのではなく、そもそも動けなくしてしまうのはどうでしょうか?」


 父上の目が細くなる。


「……詳しく聞こう」


 俺は地図の上に指を置いた。


「帝国軍が補給路を襲撃できるのは、前線の各拠点から兵を送り出せるからです」


「そうだな」


「ならば、拠点同士の連絡を断ち、武器と物資を押さえれば、襲撃を続けることは難しくなります」


 参謀たちが顔を見合わせた。


「しかし、レオンハルト様。敵の拠点は広範囲に分散しています」


「分かっています」


 俺は頷いた。


「だからこそ、俺が行きます」


 作戦室が静まり返った。


 父上が、俺をじっと見つめた。


「……レオン」


「はい」


「昨日のことを、もう整理できたのか?」


 俺は少しだけ目を伏せた。


 北東の村。


 人質に取られた少女。


 そして、俺が初めて自分の意思で命を奪った帝国兵。


 忘れられるはずがない。


「……整理できたとは、言えません」


 俺は正直に答えた。


「でも、何もしなければ、また誰かが傷つきます」


 父上は黙って聞いていた。


「俺は、敵を殺すために戦いたいわけじゃありません」


 俺は地図を見つめた。


「……戦争を終わらせるために、戦いたいんです」


 しばらくの沈黙。


 やがて、父上が頷いた。


「よし。お前の案を採用する」


 叔父上が豪快に笑った。


「ははっ! 面白くなってきたじゃねえか!」


 母上は、俺を優しく見つめていた。


「ただし、レオン」


「はい」


「あなた一人ですべてを抱え込まないこと」


 俺は微笑んだ。


「分かっています、母上」


 * * *


 帝国軍、北東前進基地。


 丘陵地帯の奥に築かれたその基地には、約三千の兵士が駐屯していた。


 食料。


 矢。


 魔石。


 攻城用の資材。


 周辺の別働隊へ物資を供給する、重要な拠点だった。


 基地の指揮官は、天幕の中で報告書を読んでいた。


「……補給物資は予定どおり届いたか?」


「はい。明朝には南方の別働隊へ発送できます」


「よし」


 指揮官は満足げに頷いた。


「王国軍は要塞の防衛に手一杯だ。我々の拠点まで攻撃する余裕はあるまい」


 その瞬間。


 天幕の外から、兵士の叫び声が聞こえた。


「敵襲!」


「……何!?」


 指揮官は立ち上がった。


「敵の数は!?」


 伝令が飛び込んでくる。


「……ひ、一人です!」


 指揮官は目を見開いた。


「……一人?」


 * * *


 俺は、帝国軍の基地を見下ろしていた。


 周囲には木製の柵。


 見張り塔。


 そして、兵士たちが詰める天幕が並んでいる。


 魔力探知で確認した人数は、約三千。


 その中には、負傷兵や補給担当者も含まれている。


 俺は静かに息を吐いた。


「……まずは、武器と補給物資を分離しよう」


 右手を掲げる。


「――《大地封鎖》」


 巨大な岩壁が、基地の外周に沿って出現した。


 地面が震え、兵士たちが叫ぶ。


「何だ!?」


「地面が動いている!」


 俺は続けて魔法を発動した。


「――《風王結界》」


 強烈な風が基地の上空を覆い、外部との伝令魔法を妨害する。


 さらに、闇属性の魔法を展開する。


「――《魔力封印陣》」


 魔導兵たちの杖が、次々と光を失った。


「……魔法が使えない!?」


 基地全体が混乱に包まれる。


 俺は、その中心へ転移した。


「帝国軍の皆さん!」


 魔力を乗せた声が、基地全体へ響く。


「これ以上の戦闘は、無意味です。武器を捨ててください」


 指揮官が怒鳴った。


「ふざけるな! たった一人に降伏できるか!」


 兵士たちが剣を抜いた。


 俺は静かに右手を掲げた。


「……では、動けなくなってもらいます」


 七色の魔法陣が、足元へ広がる。


「――《七彩神星陣》!」


 水の鎖が兵士たちの手足を拘束する。


 雷が武器を弾き飛ばす。


 大地が盛り上がり、騎兵の進路を塞ぐ。


 風が矢を吹き飛ばす。


 数百の兵士が、一瞬で動きを封じられた。


 指揮官は、顔を青ざめさせた。


「……化け物め……!」


 俺は静かに答えた。


「……これ以上、戦う必要はありません」


 そのとき。


 後方から、一人の帝国兵が槍を構えて突撃してきた。


「うおおおっ!」


 俺は、振り返った。


 槍の穂先が、目前へ迫る。


 だが。


 俺は迷わず、魔法を発動した。


「――《雷鎖封縛》」


 雷の鎖が帝国兵を拘束し、槍を弾き飛ばした。


 兵士は地面へ倒れた。


 俺は、その姿を見つめた。


 ……殺さずに済むなら、それでいい。


 だが。


 もし、あの槍が俺ではなく、無防備な王国兵へ向けられていたなら。


 俺は、必要な判断を下さなければならない。


 その覚悟を、もう忘れるつもりはなかった。


 * * *


 一時間後。


 帝国軍北東前進基地は、完全に制圧されていた。


 武器はすべて回収され、魔導兵の杖も封印されている。


 補給物資は王国軍の管理下に置かれた。


 そして、三千名の帝国兵は、武装解除されたうえで捕虜となった。


 今回は、前回のような失敗を繰り返さない。


 俺は事前に王国軍の収容部隊と連携し、捕虜の移送経路まで確保していた。


 さらに、魔法による拘束は、収容が完了するまで維持する。


「……これで、よし」


 俺は静かに息を吐いた。


 護衛隊長が驚いた顔で俺を見つめていた。


「……レオンハルト様」


「はい?」


「三千名を、一人で制圧するとは……」


 俺は苦笑した。


「……少し、やりすぎましたかね?」


 護衛隊長は首を横に振った。


「とんでもありません!」


 そして、深く頭を下げた。


「これで、東方補給路への襲撃は大きく減るでしょう!」


 俺は静かに頷いた。


 ……よかった。


 少なくとも、今日は誰も死なずに済んだ。


 だが。


 これで戦争が終わるわけではない。


 俺は、遠方の帝国軍本陣を見つめた。


 * * *


 夕刻。


 グランフェル要塞。


 俺の報告を聞いた叔父上は、豪快に笑った。


「はははっ! 三千を一人で制圧か!」


 父上も満足げに頷いた。


「よくやった、レオン」


 母上は優しく微笑んだ。


「今回は、捕虜の移送まできちんと考えたのですね」


「はい」


 俺は頷いた。


「同じ失敗は、繰り返したくありませんから」


 伯母様も静かに微笑んだ。


「立派ですわ」


 だが、父上は続けた。


「……レオン」


「はい」


「これで、帝国軍は大きく動くだろう」


 俺は顔を上げた。


「……どういうことですか?」


「補給拠点を失えば、敵は前線の維持が難しくなる」


 父上は地図を見つめた。


「そして、追い詰められた軍ほど、予想外の行動を取ることがある」


 俺は静かに頷いた。


「……分かりました」


 その夜。


 帝国軍総司令部では、北東前進基地の陥落が報告されていた。


 総司令官は、怒りに顔を歪めた。


「……三千が、たった一人に!?」


 参謀は震える声で答えた。


「はい。しかも、ほぼ全員が捕虜となった模様です」


「……馬鹿な……!」


 総司令官は机を叩いた。


「……七星の公爵令息め!」


 その名が、帝国軍全体へ広がり始めていた。


 黒狼でもない。


 黒獅子でもない。


 白銀の女帝でも、銀月の魔女でもない。


 新たな怪物が、戦場に現れたのだ。


 そして。


 その報告を、深紅の鎧をまとった一人の少女も聞いていた。


 ヴァレリア・ローゼンベルク。


 帝国軍の若き女将軍。


 彼女は静かに呟いた。


「……レオンハルト・ヴァルディス」


 その瞳に、強い興味が宿る。


「……やはり、一度会ってみたいものだな」



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