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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第175話 守るための刃――七星が背負った命

 時間が、止まったように感じた。


 泣き叫ぶ少女。


 震える母親。


 そして、少女の首元へ剣を突きつける帝国兵。


 俺は、そのすべてを見ていた。


 帝国兵の剣が、わずかに動く。


 その瞬間。


 俺は、漆黒の刃を振り抜いた。


 ――《黒星閃》。


 黒い光が、一瞬だけ走る。


 帝国兵の身体が、静かに崩れ落ちた。


 剣が地面へ落ちる。


 少女は、その場に座り込んだ。


「……あ……」


 俺は、すぐに少女を抱き上げた。


「……大丈夫ですか?」


 少女は震えながら頷いた。


「……う、うん……」


 俺は少女を母親のもとへ運んだ。


 母親は、涙を流しながら娘を抱き締めた。


「……ありがとうございます……!」


 何度も頭を下げる。


「……本当に、ありがとうございます……!」


 俺は静かに頷いた。


「……無事で、よかったです」


 だが。


 胸の奥には、重いものが残っていた。


 俺は、今。


 自分の意思で、人を殺した。


 * * *


 村の広場では、まだ戦闘が続いていた。


 帝国兵たちが、王国軍の護衛兵へ襲いかかる。


 俺は、静かに振り返った。


 七色の魔力が、身体を包み込む。


「……これ以上、誰も傷つけさせない」


 右手を掲げる。


「――《七彩神星陣》!」


 巨大な魔法陣が、村全体を覆った。


 大地が盛り上がり、帝国兵の進路を塞ぐ。


 風が矢を吹き飛ばす。


 水の鎖が兵士たちの手足を拘束する。


 雷が武器を弾き飛ばす。


 そして、闇の魔力が敵の魔法を封じた。


 帝国軍の兵士たちが、次々と地面へ倒れる。


 だが、俺は必要以上に攻撃しなかった。


 武器を捨てた者。


 降伏した者。


 戦意を失った者。


 そのすべてを、生かした。


 しかし。


 なおも王国兵へ剣を振るう者には、容赦しなかった。


 黒い斬撃が、戦場を駆け抜ける。


 攻撃を続ける帝国兵たちが、次々と倒れた。


 俺は、もう迷わなかった。


 * * *


 帝国軍の指揮官は、遠方からその光景を見つめていた。


「……馬鹿な……」


 少年が、戦場を支配している。


 圧倒的な魔力。


 圧倒的な剣技。


 そして、必要なときには命を奪う覚悟。


 それは、総司令官が想定していた少年とは違っていた。


「……あいつは、敵を殺せないんじゃなかったのか……!」


 指揮官は震える声で叫んだ。


「撤退だ! 撤退しろ!」


 帝国軍の兵士たちが、森へ逃げ始める。


 だが。


 俺は、その退路へ魔法を展開した。


「――《大地封鎖》」


 巨大な岩壁が、森の出口を塞いだ。


 帝国兵たちが立ち止まる。


 俺は静かに告げた。


「……武器を捨ててください」


 その声は、冷たくも、怒りに満ちてもいなかった。


「これ以上、戦う必要はありません」


 帝国兵たちは、顔を見合わせた。


 そして。


 一人。


 また一人と。


 武器を地面へ置き始めた。


 やがて、帝国軍の残存部隊は全員が降伏した。


 * * *


 夕刻。


 グランフェル要塞。


 俺は、作戦室で父上たちへ報告していた。


「……北東の村は、守り抜きました」


 父上が頷いた。


「よくやった」


「避難民四百名は、全員無事です」


 母上が安堵したように微笑んだ。


「……よかった」


 だが。


 俺は、拳を握りしめた。


「……父上」


「……何だ?」


「……俺は、今日」


 言葉が詰まった。


 それでも、続けた。


「……初めて、自分の意思で人を殺しました」


 作戦室が静まり返った。


 父上は、俺を見つめた。


「……そうか」


 俺は頷いた。


「……少女を人質に取った帝国兵です」


 声が震えた。


「……あのままでは、少女が殺されると思いました」


 父上は静かに頷いた。


「……それで?」


「……俺は、剣を振りました」


 俺は、父上を見つめた。


「……間違っていたでしょうか」


 父上は、すぐには答えなかった。


 やがて、静かに口を開く。


「……レオン」


「……はい」


「お前は、その少女を守りたかったのだな?」


「……はい」


「そして、他に確実な方法がないと判断した」


「……はい」


 父上は静かに頷いた。


「ならば、その判断を背負え」


 俺は目を見開いた。


「……背負う?」


「ああ」


 父上は続けた。


「人を殺した事実は、消えない。どれだけ正しい理由があってもな」


 その言葉に、胸が締めつけられた。


「だが、守った命もまた、消えない」


 俺は顔を上げた。


「……はい」


「お前が救った少女は、明日も生きる。母親と笑い合い、いつか大人になるだろう」


 父上は静かに続けた。


「その未来を守ったことまで、否定する必要はない」


 俺は、何も言えなかった。


 * * *


 そのとき、叔父上が口を開いた。


「……レオン」


「……はい」


「今日のことを、忘れるなよ」


 俺は頷いた。


「……はい」


「だが、後悔だけで自分を潰すな」


 叔父上は静かに続けた。


「俺だって、初めて人を斬った日のことは覚えてる」


 俺は目を見開いた。


「……叔父上も?」


「ああ」


 叔父上は苦笑した。


「……今でも、たまに夢に見る」


 その言葉に、胸が締めつけられた。


 あの豪快な叔父上ですら。


 戦場で奪った命を、忘れていない。


 母上が、俺の隣へ歩いてきた。


「レオン」


「……母上」


 母上は、俺を優しく抱き締めた。


「……辛かったですね」


 その言葉に、涙がこぼれそうになった。


「……はい」


 母上は、俺の背中をそっと撫でた。


「ですが、あなたは間違っていません」


 そして、静かに続けた。


「誰かを守るために戦うことと、人を殺すことを楽しむことは、まったく違います」


 俺は頷いた。


「……はい」


 伯母上も、優しく微笑んだ。


「レオン。あなたの優しさは、失われていませんわ」


「……伯母様」


「今日、あなたは多くの敵兵を生かしました」


 伯母上は静かに続けた。


「ですが、少女を守るためには、剣を振るわなければならなかった」


 俺は頷いた。


「……はい」


「それが、戦場で判断を下すということです」


 その言葉が、胸に深く残った。


 * * *


 夜。


 俺は、要塞の城壁に立っていた。


 遠方には、帝国軍の野営地が見える。


 数え切れないほどの篝火。


 その一つ一つの下に、兵士たちがいる。


 俺は、静かに左手首の腕輪へ触れた。


 リゼットがくれた、銀色の腕輪。


 紫色の宝石が、月明かりを受けて輝いている。


「……リゼット」


 小さく呟く。


 王都には、俺を待っている人たちがいる。


 セレスティア。


 エレノア。


 リゼット。


 エリシア。


 そして、大切な家族。


 俺は、彼女たちの笑顔を思い浮かべた。


 ……守りたい。


 心から、そう思った。


 だが。


 そのためには、時として誰かを傷つけなければならない。


 俺は、今日それを知った。


「……俺は」


 静かに呟く。


「……もう、逃げない」


 誰も殺さずに済むなら、それが一番だ。


 だが。


 誰かの命を守るために、剣を振るわなければならないなら。


 俺は、迷わない。


 その覚悟を、胸に刻んだ。


 * * *


 同じ頃。


 帝国軍の野営地。


 深紅の鎧をまとった少女が、報告書を読んでいた。


 ヴァレリア・ローゼンベルク。


 帝国軍の若き女将軍。


 その隣には、副官ディルクが立っている。


「……北東方面の作戦が失敗したそうです」


 ディルクが告げた。


 ヴァレリアは眉をひそめた。


「……避難民を狙ったという、あの作戦か」


「はい」


 彼女は拳を握りしめた。


「……愚かなことを」


 ディルクは続けた。


「ですが、興味深い報告があります」


「……何だ?」


「七星の公爵令息が、初めて敵兵を殺したそうです」


 ヴァレリアの目が細くなる。


「……ほう」


「しかも、人質に取られた少女を救うためだったとか」


 ヴァレリアは、しばらく黙っていた。


 そして、静かに呟いた。


「……レオンハルト・ヴァルディス」


 その名を、初めて口にする。


「……どんな男なのだろうな」


 ディルクは答えなかった。


 ヴァレリアは、遠方のグランフェル要塞を見つめた。


 黒狼を相手に、圧倒的な敗北を喫した自分。


 そして、その黒狼をも超える力を持つという少年。


 だが。


 彼女が興味を抱いたのは、その強さだけではなかった。


 敵を殺さずに戦おうとし。


 それでも、誰かを守るために剣を振るった。


 その少年の心だった。


「……いつか、会ってみたいものだ」


 ヴァレリアは、静かに呟いた。


 帝国と王国。


 二つの国の運命を変える出会いが、少しずつ近づいていた。



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