↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
173/390

第173話 黒獅子の教え――守るために剣を振るう覚悟

 グランフェル要塞。


 夜が明ける前の訓練場に、剣がぶつかる音が響いていた。


 俺は、父上と向かい合っていた。


《黒獅子》アルフォンス・ヴァルディス。


 王国最強の剣士の一人。


 その父上が、今は木剣を構えている。


「……来い、レオン」


「……はい」


 俺は木剣を握りしめた。


 昨日の戦いが、頭から離れない。


 東方街道で倒れていた王国兵たち。


 燃え上がる荷馬車。


 そして、治癒魔法でも救えなかった命。


 俺は、深く息を吸った。


 そして、父上へ踏み込んだ。


 木剣が振るわれる。


 だが。


 父上は、その一撃を軽く受け流した。


「……遅い」


 次の瞬間、父上の木剣が俺の肩へ触れた。


「……っ!」


 俺は慌てて距離を取る。


 父上は静かに告げた。


「迷っているな」


「……はい」


 俺は正直に答えた。


「……昨日のことが、頭から離れなくて」


 父上は頷いた。


「ならば、もう一度来い」


 俺は木剣を構え直した。


 * * *


 何度目かの打ち合い。


 俺は父上の懐へ踏み込んだ。


 だが、剣を振り下ろす直前。


 ほんの一瞬、手が止まった。


 父上は、その隙を見逃さなかった。


 木剣が俺の首筋へ触れる。


「……そこまで」


 俺は息を吐いた。


「……また、負けました」


 父上は木剣を下ろした。


「技術の問題ではない」


「……分かっています」


 俺は拳を握りしめた。


「……どうしても、相手を傷つけることを考えてしまうんです」


 父上は静かに俺を見つめた。


「それは、悪いことではない」


 俺は顔を上げた。


「……え?」


「人を傷つけることに何も感じなくなれば、それこそ危険だ」


 父上は続けた。


「だが、相手がこちらの命を奪おうとしているときまで、迷っていてはならん」


 その言葉が、胸に深く響いた。


 * * *


 訓練場の入口から、豪快な笑い声が聞こえた。


「ははっ! 随分と真面目な話をしてるじゃねえか!」


 叔父上だった。


 黒い大剣を肩に担ぎ、いつものように笑っている。


「……レオナード」


 父上が小さくため息をついた。


「お前は少し静かにできんのか」


「無理だな!」


 叔父上は即答した。


 俺は思わず苦笑した。


 すると、叔父上は俺の隣へ歩いてきた。


「……レオン」


「はい」


「昨日のこと、まだ引きずってるのか?」


「……はい」


 俺は頷いた。


「……俺が、もっと上手くやっていれば……」


 叔父上は、俺の頭を軽く叩いた。


「……馬鹿野郎」


「……え?」


「お前一人で、全部背負い込むな」


 その声は、普段よりも真剣だった。


「昨日の捕虜の件は、お前だけの責任じゃねえ。収容部隊を手配できなかった俺たちにも責任がある」


 俺は目を見開いた。


「……叔父上」


「だがな」


 叔父上は続けた。


「だからって、お前が何も学ばなくていいわけじゃねえ」


 俺は静かに頷いた。


「……はい」


 * * *


 叔父上は訓練場の中央へ歩いていった。


「……レオン。ちょっと想像してみろ」


「……何をですか?」


「お前の目の前に、帝国兵がいる」


 叔父上は木剣を拾った。


「そいつは武器を持っていて、お前を殺そうとしている」


 俺は頷いた。


「……はい」


「お前なら、どうする?」


「……できるだけ、殺さずに制圧します」


「そうだな。それができるなら、それでいい」


 叔父上は頷いた。


「じゃあ、次だ」


 彼は木剣を構えた。


「その帝国兵の後ろに、王国軍の兵士がいる」


「……はい」


「帝国兵は、お前を無視して、その王国兵を殺そうとしている」


 俺は息を呑んだ。


「……それなら、すぐに止めます」


「どうやって?」


「……魔法で拘束します」


「間に合わなかったら?」


 俺は言葉に詰まった。


 叔父上は静かに続けた。


「魔法を発動するより、剣で斬った方が早いとしたら?」


「……」


「その一瞬で、味方が死ぬとしたら?」


 俺は、何も答えられなかった。


 叔父上は木剣を下ろした。


「……それが、戦場だ」


 その声には、重みがあった。


「殺さずに済むなら、殺さなくていい。だが、殺さなきゃ守れねえ命があるなら、迷うな」


 俺は拳を握りしめた。


「……はい」


 * * *


 そのとき、訓練場へ二人の女性がやってきた。


 母上と伯母上だった。


「……随分と厳しいお話をしていますね」


 母上が静かに言った。


 伯母上も頷いた。


「ですが、必要なことですわ」


 俺は二人を見た。


「……母上。伯母様」


 母上は俺の隣へ歩いてきた。


「レオン。あなたは優しい子です」


「……はい」


「その優しさを、捨てる必要はありません」


 母上は静かに微笑んだ。


「ですが、優しさだけで誰かを守れるわけではないのです」


 伯母上も続けた。


「戦場では、相手が降伏するまで待っていられないこともあります」


 俺は頷いた。


「……はい」


「ですが、だからといって、すべての敵を殺せばいいというものでもありません」


 伯母上の声が、少しだけ厳しくなる。


「武器を捨てた者を殺すことは、守るための戦いではありません」


 俺は顔を上げた。


「……分かっています」


 母上は優しく頷いた。


「それでいいのです」


 * * *


 昼過ぎ。


 俺は、要塞の医療天幕を訪れていた。


 昨日の戦いで負傷した王国兵たちが、治療を受けている。


 俺は再び光魔法を使い、彼らの傷を癒やした。


 その中に、一人の若い兵士がいた。


 年齢は、二十歳ほど。


 彼は俺を見ると、慌てて起き上がろうとした。


「レオンハルト様!」


「そのままで大丈夫です」


 俺は微笑んだ。


「傷は、もう治っていますか?」


「はい! おかげさまで!」


 兵士は嬉しそうに答えた。


 だが、その表情が少しだけ曇った。


「……ただ」


「……どうしました?」


「……昨日、一緒に戦っていた仲間が、死にました」


 俺は言葉を失った。


 兵士は続けた。


「……あいつ、故郷に婚約者がいたんです」


 その声が震えた。


「……結婚式、来月だったんですよ」


 俺は拳を握りしめた。


「……そう、ですか」


 兵士は涙を拭った。


「……レオンハルト様」


「……はい」


「お願いがあります」


 俺は顔を上げた。


「……何でしょうか」


「……もう、あんな思いをする人を増やさないでください」


 その言葉に、胸が締めつけられた。


「……俺に、できるでしょうか」


 兵士は静かに頷いた。


「……あなたなら、できると思います」


 俺は、何も言えなかった。


 * * *


 夕暮れ。


 要塞の城壁に立ち、俺は遠方の帝国軍を見つめていた。


 昨日までの俺は、ただ敵を殺したくないと思っていた。


 今も、その気持ちは変わらない。


 だが。


 それだけでは、足りないのかもしれない。


 敵を生かすこと。


 味方を守ること。


 民を救うこと。


 そのすべてを同時に叶えられるなら、どれほどいいだろう。


 俺には、圧倒的な力がある。


 七属性の魔法。


 無限の魔力。


 そして、父上や叔父上から学んだ剣技。


 それでも。


 守れない命がある。


 その現実を、俺は初めて理解し始めていた。


「……俺は」


 小さく呟く。


「……どうすればいいんだろうな」


 そのとき、背後から声がした。


「……答えは、すぐには出ませんわ」


 振り返ると、伯母上が立っていた。


「イザベラ伯母様……」


 伯母上は俺の隣へ並んだ。


「レオン。あなたは、まだ十五歳です」


「……はい」


「ですが、あなたには多くの人を守れる力があります」


 伯母上は静かに微笑んだ。


「だからこそ、これから学んでいけばよいのです」


 俺はゆっくりと頷いた。


「……はい」


 そして、遠方の帝国軍を見つめた。


 俺は、まだ答えを出せない。


 だが。


 逃げるつもりはなかった。


 誰かを守るために、何を選ぶべきなのか。


 その答えを、この戦場で見つける。


 俺は、そう決意した。


 * * *


 同じ頃。


 帝国軍総司令部では、新たな作戦が進められていた。


「……黒獅子と銀月の魔女が到着した以上、正面からの勝利は困難です」


 参謀が報告する。


 総司令官は、地図を睨みつけていた。


「……ならば、別の方法を使う」


 彼は静かに笑った。


「……あの公爵令息は、敵を殺さないらしいな」


 参謀が頷いた。


「はい。昨日も、五百名を無傷で制圧したと報告されています」


 総司令官の口元が歪んだ。


「……ならば、その優しさを利用してやる」


 そして、地図の上に赤い駒を置いた。


 その場所は、グランフェル要塞の北東。


 避難民が集まる、小さな村だった。


 帝国軍の新たな作戦が、静かに動き始めていた。



評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。