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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第172話 優しさの代償――救えなかった命

 グランフェル要塞、東方補給路。


 翌朝。


 王国軍の伝令が、血相を変えて作戦室へ飛び込んできた。


「緊急報告!」


 父上が顔を上げる。


「どうした?」


「昨日、レオンハルト様が制圧された帝国軍の一部が、拘束を破って逃走しました!」


 俺は目を見開いた。


「……え?」


 伝令は続けた。


「夜間に帝国軍の別働隊が接近し、拘束されていた兵士たちを救出した模様です!」


 作戦室が静まり返った。


 俺は拳を握りしめた。


「……そんな」


 昨日、俺は五百名を制圧した。


 魔力を封じ、身体を拘束した。


 だが、捕虜として要塞へ連行するところまでは確認していなかった。


 後続部隊が来れば大丈夫だと、そう思っていた。


 父上が静かに尋ねた。


「……捕虜の収容部隊は?」


 将校が答えた。


「予定していた部隊は、別方面の警戒任務へ回されていました。到着が遅れたようです」


 俺は唇を噛んだ。


 ……俺が、最後まで確認していれば。


 そのとき。


 さらに別の伝令が飛び込んできた。


「東方街道で、帝国軍の襲撃!」


「……何だと?」


「補給用の小規模輸送隊が攻撃を受けています!」


 俺は即座に立ち上がった。


「俺が行きます!」


 父上は静かに頷いた。


「……行け。ただし、状況をよく見ろ」


「はい!」


 俺は転移魔法を発動した。


 * * *


 東方街道。


 そこには、既に戦闘の跡が広がっていた。


 横倒しになった荷馬車。


 燃え上がる積荷。


 折れた槍。


 そして、地面に倒れた王国兵たち。


「……っ!」


 俺は息を呑んだ。


 王国軍の護衛兵たちは、必死に帝国軍の攻撃を防いでいた。


 敵の数は、およそ百五十。


 その中には、昨日俺が拘束した兵士たちも混じっていた。


「……どうして」


 俺は呟いた。


「……どうして、また戦うんだ……!」


 その瞬間。


 一人の帝国兵が、倒れた王国兵へ剣を振り下ろそうとしていた。


「やめろ!」


 俺は右手を掲げた。


《雷鎖封縛》


 雷の鎖が帝国兵の腕を拘束し、剣を弾き飛ばす。


 兵士は地面へ倒れた。


 俺はすぐに王国兵へ駆け寄った。


「大丈夫ですか!?」


 だが。


 その兵士は、既に動かなかった。


 胸には、深い傷があった。


 俺は光魔法を発動した。


「――《神聖治癒》!」


 柔らかな光が、兵士の身体を包む。


 だが。


 何も起こらなかった。


「……嘘だろ」


 俺は魔力をさらに注いだ。


「……頼む」


 しかし。


 兵士の胸は、二度と上下しなかった。


 俺は、震える手を見つめた。


 ……間に合わなかった。


 * * *


 そのとき、背後から声がした。


「……レオンハルト様」


 振り返ると、負傷した護衛隊長が立っていた。


「……申し訳ありません」


「……何が、ですか?」


「……我々が、敵の襲撃を防ぎきれず……」


 俺は首を横に振った。


「違います」


 声が震えた。


「……俺が、昨日ちゃんと捕虜を連行していれば……」


 護衛隊長は、何も言わなかった。


 その沈黙が、何よりも重かった。


 俺は周囲を見渡した。


 倒れた兵士たち。


 燃える荷馬車。


 血に染まった街道。


 昨日、俺は誰も殺さずに戦いを終えたつもりだった。


 だが。


 その判断の先で、今日、王国兵が死んでいる。


 俺は拳を握りしめた。


「……こんなはずじゃ……」


 * * *


 帝国軍の指揮官は、遠方からレオンハルトの姿を見つめていた。


「……あの少年か」


 昨日、五百名を制圧したという公爵令息。


 その少年が、今は動揺している。


 指揮官は冷たく笑った。


「……なるほど」


 そして、部下へ命じた。


「撤退するぞ。ただし、後方の負傷兵は置いていけ」


 部下が驚いた顔をした。


「……負傷兵を、ですか?」


「ああ。あの少年は、敵を殺せないらしい」


 指揮官は笑った。


「ならば、負傷兵を助けようとしている間に、我々は逃げられる」


 帝国軍は、負傷兵たちを残して撤退を始めた。


 俺は、その光景を見つめていた。


 逃げる帝国兵。


 地面に倒れた負傷者。


 そして、助けを求める声。


「……助けてくれ……」


 俺は、反射的に駆け寄った。


 光魔法を発動する。


 負傷した帝国兵たちの傷が、次々と癒えていく。


 だが。


 その間に、帝国軍の主力は森の奥へ消えていった。


 * * *


 夕刻。


 グランフェル要塞。


 俺は、作戦室で父上と叔父上の前に立っていた。


 報告書には、東方街道での損害が記されている。


 王国兵、戦死十二名。


 重傷者二十一名。


 輸送用の荷馬車、六台焼失。


 そして、医薬品の一部を喪失。


 俺は、何も言えなかった。


 父上が静かに口を開いた。


「……レオン」


「……はい」


「今日の戦いで、何を学んだ?」


 俺は唇を噛んだ。


「……俺が、甘かったんだと思います」


 叔父上は何も言わなかった。


 俺は続けた。


「……昨日、敵を殺さずに済んだことが嬉しかったんです」


 声が震えた。


「でも、ちゃんと捕虜として連行していなかった。逃げられる可能性を、考えていなかった」


 父上は静かに頷いた。


「……そうだ」


 俺は顔を上げた。


「……俺が、あのとき敵を殺していれば、今日の十二人は死ななかったのでしょうか」


 父上は、すぐには答えなかった。


 やがて、静かに口を開く。


「……それは、分からん」


 俺は目を見開いた。


「……え?」


「敵を殺していれば、別の部隊が襲撃していたかもしれん。逆に、捕虜を確実に収容していれば、今日の戦いは防げたかもしれん」


 父上は俺を見つめた。


「大切なのは、殺すか殺さないかだけではない」


 叔父上も口を開いた。


「……レオン」


「……はい」


「お前が昨日やったこと自体は、間違いじゃねえ」


 俺は顔を上げた。


「……叔父上?」


「敵を殺さずに制圧できるなら、それが一番だ」


 叔父上は静かに続けた。


「だが、制圧した敵を放置して、また戦える状態に戻しちまったら意味がねえ」


 その言葉が、胸に刺さった。


「……はい」


 父上は続けた。


「そして、もう一つ覚えておけ」


「……何でしょうか」


「戦場には、降伏する敵もいれば、最後まで武器を振るう敵もいる」


 父上の声が、低くなる。


「その二つを、同じように扱ってはならん」


 俺は静かに頷いた。


「……はい」


 だが。


 頭では理解できても、心はまだ追いつかなかった。


 俺は、誰も殺したくない。


 できることなら、敵も味方も救いたい。


 その気持ちは、今も変わらない。


 しかし。


 その優しさだけで、本当に誰かを守れるのだろうか。


 俺は初めて、自分の信じてきた正しさに迷いを感じていた。


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