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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第169話 黒狼は退かず、白銀は折れず

 グランフェル要塞正面。


 黒い斬撃が、帝国軍の前線を切り裂いた。


《黒狼烈破》


 轟音とともに、重装歩兵の盾陣が崩壊する。


 レオナード・ヴァルディスは、たった一人で帝国軍の大部隊を押し返していた。


 その剣が振るわれるたび、敵兵が倒れる。


 それでも、帝国軍の攻撃は止まらない。


「第三波、前進!」


「黒狼を包囲しろ!」


 後方から新たな兵士たちが投入される。


 だが、レオナードは動じなかった。


「……何度来ても同じだぜ」


 大剣を構え直す。


「俺を倒したきゃ、もう少しまともな策を持ってきな!」


 黒い魔力が爆発した。


《黒狼震天斬》


 巨大な斬撃が、帝国軍の中央部隊へ叩き込まれる。


 大地が裂け、兵士たちが次々と倒れた。


 帝国軍の前線は、再び後退を余儀なくされた。


 * * *


 帝国軍総司令部。


 総司令官は、次々と届く報告に顔を歪めていた。


「第一波、戦闘不能!」


「第二波も大損害!」


「第三波、進軍停止!」


「……何故だ!」


 総司令官が怒鳴る。


「奴は一人だぞ!」


 参謀が震える声で答えた。


「……閣下。あれは、通常の戦力計算が通用する相手ではありません」


「黙れ!」


 総司令官は机を叩いた。


「攻撃を続けろ!」


 だが、その命令に従う将校たちの顔には、もはや戦意よりも恐怖が浮かんでいた。


 彼らは理解し始めていた。


 黒狼を倒すために兵を送り込むことは、兵を失うことと同じなのだと。


 * * *


 北方避難民集結地点。


 イザベラは、迫り来る帝国軍の小部隊を見下ろしていた。


 眼下には、避難民の馬車が並んでいる。


 子供たちの泣き声。


 負傷者の呻き声。


 そして、彼らを守ろうとする王国兵の怒号。


 イザベラは静かに右手を掲げた。


「――《白銀天幕》」


 銀色の結界が、避難民の上空へ広がった。


 帝国軍の魔法攻撃が、次々と結界へ激突する。


 しかし、結界は微動だにしない。


「……この先へは、通しませんわ」


 イザベラは静かに告げた。


 帝国軍の指揮官が叫ぶ。


「魔導兵! 結界を破れ!」


 炎と雷の魔法が、一斉に放たれる。


 だが、すべて銀色の光に阻まれた。


 イザベラの瞳が冷たくなる。


「……忠告は、もう十分でしょう」


 左手を掲げる。


《白銀流星雨》


 無数の銀色の光弾が、帝国軍の前線へ降り注いだ。


 武器を構えて攻撃を続ける兵士たちが、次々と倒れていく。


 指揮官は恐怖に顔を歪めた。


「……ば、化け物だ……!」


 イザベラは静かに答えた。


「いいえ。私は、ただ守るべきものを守っているだけです」


 そして、再び魔法陣を展開した。


 * * *


 午後。


 グランフェル要塞の作戦室では、緊急の会議が開かれていた。


「レオナード様が正面を抑えてくださっています!」


「イザベラ様も北方を防衛中!」


 将校たちは報告を続ける。


 だが、その表情は明るくなかった。


「……問題は、こちらの兵士たちです」


 王国軍の指揮官が口を開いた。


「連日の戦闘で、疲労が限界に近づいています」


「治癒薬も不足しています」


「負傷者を後方へ送る馬車も足りません」


 作戦室が静まり返った。


 敵を倒す力はある。


 要塞を守る力もある。


 だが、戦争はそれだけでは終わらない。


 兵士たちは眠らなければならない。


 食事を取らなければならない。


 負傷すれば、治療が必要になる。


 そして、守るべき民間人たちもまた、食料と安全な場所を必要としている。


 そのすべてが、王国軍の負担となっていた。


 * * *


 夕刻。


 レオナードは、帝国軍の前線を押し返しながら、要塞へ向かって歩いていた。


 黒い鎧には、敵兵の血と土埃が付着している。


 だが、その足取りは力強かった。


「……ようやく、少し静かになったな」


 彼は大剣を肩に担ぎ直した。


 そのとき、銀色の光が隣へ降り立つ。


 イザベラだった。


「お疲れ様ですわ」


「おう。そっちも片付いたか?」


「ええ。北方の避難民は無事です」


「そいつはよかった」


 二人は並んで要塞へ向かった。


 その背後では、帝国軍の兵士たちが戦死者と負傷者を収容している。


 帝国軍は、またしても大きな損害を受けた。


 だが、王国軍も無傷ではなかった。


 要塞の城壁には、負傷兵たちが座り込んでいる。


 その姿を見たレオナードは、静かに息を吐いた。


「……よく耐えてくれたな」


 イザベラも頷いた。


「ええ。本当に」


 * * *


 夜。


 グランフェル要塞の作戦室へ、一通の伝令が届いた。


 王家の紋章が押された、正式な軍令だった。


 レオナードは封を切り、中身を読んだ。


 その瞬間。


 彼の口元に、笑みが浮かんだ。


「……ははっ」


 イザベラが顔を上げる。


「どうなさいました?」


「……来るぞ」


「……?」


 レオナードは書簡を掲げた。


「アルフォンスたちだ!」


 作戦室が静まり返った。


 次の瞬間、将校たちが一斉に立ち上がる。


「……黒獅子様が!?」


「銀月の魔女様も!?」


 レオナードは頷いた。


「ああ。それに……」


 彼は口元を吊り上げた。


「……レオンも一緒らしい」


 その名前に、イザベラの表情が柔らかくなった。


「……あの子が」


 レオナードは豪快に笑った。


「こいつは、帝国軍にとっちゃ最悪の知らせだな!」


 だが、イザベラは静かに目を伏せた。


「……レオンには、辛いものを見せることになりますわね」


 レオナードの笑みが、わずかに消えた。


「ああ」


 彼は要塞の外を見つめた。


「……だが、あいつもいつかは知るべきことだ」


 イザベラは頷いた。


「ええ。優しいままで、強くなるために」


 その夜。


 王国軍の兵士たちは、久しぶりに希望を口にした。


 黒獅子が来る。


 銀月の魔女が来る。


 そして、七星の公爵令息が来る。


 それは、王国軍にとって最大の援軍だった。


 * * *


 翌朝。


 東の空が、ゆっくりと白み始めた。


 要塞の見張り兵が、遠方の街道に目を凝らす。


 そこに、何かが見えた。


 黒い旗。


 銀色の紋章。


 そして、整然と進む王国軍の騎士たち。


「……あれは……!」


 見張り兵が息を呑む。


 次の瞬間、彼は声の限り叫んだ。


「援軍だああああっ!」


 要塞中に、歓声が広がった。


 レオナードとイザベラは、城壁の上からその光景を見つめていた。


「……ようやく来やがったか」


 レオナードが笑う。


 イザベラも、静かに微笑んだ。


「ええ。待ちわびましたわ」


 東の街道。


 その先頭には、三つの人影があった。


 黒獅子。


 銀月の魔女。


 そして、七星の公爵令息。


 王国の運命を変える者たちが、ついに戦場へ到着したのだった。


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