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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第167話 守るべきもの――黒狼と白銀の決断

 グランフェル要塞。


 帝国軍の侵攻が始まってから、四日目の朝。


 要塞の空には、薄い雲が広がっていた。


 城壁の上では、王国軍の兵士たちが交代で見張りを続けている。


 しかし、その表情には明らかな疲労が浮かんでいた。


「……昨日も、ほとんど眠れなかったな」


「ああ。夜中に三回も敵襲警報が鳴った」


「しかも、どれも小部隊だったらしい」


 兵士たちは苦笑した。


 帝国軍は、正面からの大規模攻撃を控えるようになっていた。


 その代わり、夜間の偵察。


 補給路への小規模襲撃。


 村の周辺での威嚇。


 そして、要塞への断続的な魔法攻撃。


 そのすべてが、王国軍の兵士たちから休息を奪っていた。


 * * *


 要塞の作戦室。


 レオナードは報告書を眺めながら、眉をひそめていた。


「……夜間襲撃が七回、補給路への攻撃が四回、村の周辺で敵影が確認されたのが九回か」


 イザベラが静かに頷く。


「ええ。敵は、私たちを休ませないつもりですわ」


「俺たちは別に構わねえがな」


 レオナードは笑った。


「この程度でへばるほど、鍛え方は甘くねえ」


「問題は、兵士たちです」


 イザベラは地図を見つめた。


「私たちと同じように戦い続けられるわけではありません」


 その言葉に、王国軍の指揮官が頷いた。


「既に、疲労による判断ミスが増えています。昨夜も、見張りの兵士が交代直前に倒れました」


「……そうか」


 レオナードの表情が引き締まる。


「休ませてやれ」


「しかし、警戒兵を減らせば……」


「その分は俺が見ておく」


 指揮官が目を見開いた。


「レオナード様が、ですか?」


「ああ」


 レオナードは当然のように答えた。


「俺一人で、あの程度の偵察部隊なら十分だろ?」


 イザベラは小さく微笑んだ。


「でしたら、私は結界の監視範囲を広げますわ」


「……お前も働きすぎんなよ」


「それは、こちらの台詞です」


 二人は顔を見合わせ、小さく笑った。


 * * *


 昼過ぎ。


 北方の村から、緊急の伝令が届いた。


「イザベラ様!」


 若い伝令兵が、息を切らして駆け込んでくる。


「北方第三村の避難が、まだ完了していません!」


「……何がありました?」


「橋が破壊されました! 帝国軍の工作兵によるものと思われます!」


 作戦室が騒然となった。


 北方第三村。


 そこには、まだ三百人ほどの村人が残っている。


 避難路となる橋が破壊されれば、彼らは村から出られない。


 イザベラは即座に立ち上がった。


「私が向かいます」


 だが、その瞬間。


 別の伝令が飛び込んできた。


「緊急報告! 南方街道に帝国軍の騎兵部隊!」


 レオナードの目が細くなる。


「……今度は南か」


「さらに、東方補給路にも敵の魔導兵が現れました!」


 報告が重なる。


 北方。


 南方。


 東方。


 帝国軍は、再び複数の場所で同時に動き始めていた。


 レオナードは地図を睨んだ。


「……狙ってやがるな」


 イザベラが頷く。


「ええ。私たちを分散させ、守りきれない場所を作るつもりです」


 * * *


 王国軍の指揮官が、険しい表情で口を開いた。


「……北方の村人三百人を救うために、要塞の守備兵を動かす余裕はありません」


 その言葉に、作戦室が静まり返った。


「南方街道にも避難民がいます。東方補給路が断たれれば、要塞の兵士たちが飢えることになります」


 指揮官は唇を噛んだ。


「……すべてを守ることは、できません」


 レオナードは何も言わなかった。


 イザベラも、静かに目を伏せている。


 その沈黙は、決して諦めではなかった。


 彼らは、どうすれば一人でも多く救えるのかを考えていた。


 やがて、レオナードが口を開いた。


「……イザベラ」


「はい」


「北方の村は、お前に任せる」


「承知しました」


「南方は俺が行く。東方は、要塞の精鋭を回す」


 指揮官が慌てて口を開く。


「しかし、それでは要塞の守備が……!」


 レオナードは笑った。


「心配すんな」


 彼は大剣を肩に担いだ。


「要塞の前には、俺の剣が届くようにしておく」


 イザベラも微笑んだ。


「私の結界も、要塞へ残していきますわ」


 王国軍の指揮官は驚いた顔をした。


「……遠隔で、結界を維持されるのですか?」


「ええ。私の魔力なら可能です」


 イザベラは静かに答えた。


「ただし、広範囲を完全に守ることはできません。結界の外側には、必ず兵士たちの警戒が必要です」


 レオナードが頷いた。


「つまり、俺たちだけじゃ駄目ってことだ」


 彼は将校たちを見渡した。


「……お前らの力を貸してくれ」


 将校たちは一斉に敬礼した。


「はっ!」


 * * *


 北方第三村。


 村人たちは、壊れた橋の前で立ち尽くしていた。


 川は増水し、激しい流れが渦を巻いている。


「……どうすればいいんだ」


「帝国軍が来る前に、逃げなきゃ……!」


 老人たちが震える声で呟く。


 そのとき、空から銀色の光が降り注いだ。


「……ご安心なさい」


 優しい声が響いた。


 村人たちが顔を上げる。


 銀色の髪をなびかせた女性が、空に浮かんでいた。


《白銀の女帝》イザベラ。


「私が、皆様をお連れします」


 彼女が右手を掲げる。


《白銀架橋》


 巨大な銀色の橋が、川の上へ形成された。


 村人たちが歓声を上げる。


「橋だ!」


「助かった!」


 イザベラは微笑んだ。


「慌てずに渡ってください。お子様とご年配の方を先に」


 村人たちは、次々と橋を渡り始めた。


 だが、そのとき。


 遠方の森から、帝国軍の騎兵部隊が姿を現した。


「……敵だ!」


 村人たちが悲鳴を上げる。


 イザベラの瞳が、静かに冷たくなった。


「……また、民を狙うおつもりですのね」


 彼女は左手を掲げた。


《白銀封鎖》


 銀色の鎖が地面から伸び、騎兵たちの進路を塞ぐ。


 先頭の騎兵が落馬し、後続が急停止する。


 指揮官が叫んだ。


「魔導兵! 結界を破れ!」


 魔法が放たれる。


 しかし、イザベラの結界は微動だにしなかった。


 彼女は静かに告げた。


「……武器を捨てて退きなさい」


 騎兵たちは顔を見合わせた。


 だが、指揮官は剣を掲げた。


「攻撃を続けろ!」


 その瞬間。


 銀色の光が、帝国軍の前線へ降り注いだ。


 武器を構えて突撃した兵士たちが、次々と倒れる。


 鎧が砕け、地面が赤く染まった。


 イザベラは、静かに目を伏せた。


「……これが、戦争ですわ」


 その声には、悲しみが混じっていた。


 * * *


 南方街道。


 レオナードは、帝国軍の騎兵部隊を前に立っていた。


「……お前らも、懲りねえな」


 彼は大剣を肩に担ぎ、笑った。


 帝国軍の指揮官が叫ぶ。


「黒狼を包囲しろ!」


 数百の騎兵が、一斉に動き出す。


 だが、レオナードは動じなかった。


「……包囲ねえ」


 彼は大剣を構えた。


「俺を囲めば勝てると思ってんなら、大間違いだぜ」


《黒狼震天斬》


 漆黒の衝撃波が、騎兵部隊を真正面から薙ぎ払った。


 轟音。


 土煙。


 そして、兵士たちの悲鳴。


 騎兵の隊列が崩壊し、進軍が止まる。


 レオナードは悠然と歩き出した。


「……さあ、次はどいつだ?」


 その姿を見た帝国兵たちは、恐怖に震えた。


 * * *


 夕暮れ。


 グランフェル要塞には、各地から報告が届いていた。


「北方第三村、住民三百名の避難完了!」


「南方街道、帝国軍騎兵部隊を撃退!」


「東方補給路、王国軍精鋭部隊が防衛に成功!」


 将校たちが歓声を上げた。


 しかし、その直後。


 別の報告が届いた。


「……東方補給路の防衛部隊に、戦死者が出ています」


 作戦室が静まり返った。


「敵を撃退しましたが、輸送隊を守るために、三十七名が命を落としました」


 レオナードは静かに目を閉じた。


 イザベラも、何も言わなかった。


 勝った。


 守った。


 それでも、失われた命がある。


 その現実は、変わらなかった。


 レオナードは低く呟いた。


「……くそっ」


 イザベラが、そっと彼の肩へ手を置いた。


「……レオナード」


「ああ。分かってる」


 彼は静かに頷いた。


「俺たちが全部背負い込んでも、死んだ奴らは戻らねえ」


 そして、地図を見つめる。


「……だからこそ、次はもっと上手くやる」


 イザベラは微笑んだ。


「ええ。私たちには、まだ守るべき人々がいますもの」


 そのとき。


 作戦室へ、一通の伝令が届けられた。


 王都からの、王家の紋章が押された書簡だった。


 レオナードは封を切り、中身に目を通した。


 そして、口元を吊り上げた。


「……ようやくか」


 イザベラが顔を上げる。


「何が書かれていましたの?」


 レオナードは笑った。


「……アルフォンスたちが、動き始めたらしい」


 イザベラの表情が、わずかに和らいだ。


「……それは、心強いですわね」


 だが、レオナードはすぐに真剣な表情へ戻った。


「まだ到着までは時間がかかる。ここからが正念場だ」


 彼は大剣を肩に担いだ。


「……それまで、何があっても要塞を守り抜くぜ」


 イザベラは静かに頷いた。


「ええ。私たちの大切な家族が来るまで」


 西の空が、ゆっくりと赤く染まっていく。


 帝国軍の侵攻は、まだ終わらない。


 そして、黒狼と白銀の女帝の戦いも、続いていくのだった。



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