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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第163話 黒狼の怒り――守れなかった命

 南方街道。


 帝国軍の騎兵たちが、黒い鎧の男を見つめていた。


 巨大な大剣を肩に担ぎ、悠然と歩いてくる男。


《黒狼》レオナード・ヴァルディス。


 その姿を認めた瞬間、帝国軍の兵士たちの間に動揺が広がった。


「……黒狼だ」


「何で、ここに……!」


「要塞正面にいるはずじゃ……!」


 レオナードは答えなかった。


 彼の視線は、倒れた王国兵たちへ向けられていた。


 血に染まった盾。


 折れた槍。


 そして、二度と立ち上がらない若い兵士たち。


 その中には、避難民の馬車を守ろうとして倒れたエドガーの姿もあった。


「……間に合わなかったか」


 レオナードは低く呟いた。


 その声には、怒りよりも深い悔しさが滲んでいた。


 彼は強い。


 帝国軍の一個軍団を相手にしても、容易には負けない。


 だが、どれほど強くても、離れた場所で起こるすべての戦いに間に合うわけではない。


 それが、戦争だった。


 * * *


「……おい」


 レオナードは、帝国軍の騎兵たちへ声をかけた。


「お前ら、何をしようとしてた?」


 騎兵隊長が剣を構える。


「……王国の兵を討つ。それが我々の任務だ!」


「そうか」


 レオナードは静かに頷いた。


「なら、覚悟はできてるんだろうな」


 次の瞬間。


 彼の身体から、漆黒の魔力が噴き上がった。


 大地が震える。


 周囲の空気が重くなる。


 帝国兵たちは、本能的に後ずさった。


「……な、何だ、この魔力は……!」


 レオナードは大剣を構えた。


「――《黒狼烈破》」


 漆黒の衝撃波が、騎兵部隊へ襲いかかった。


 轟音。


 土煙。


 そして、兵士たちの悲鳴。


 重装騎兵の隊列が、一瞬で崩壊した。


 鎧が砕け、武器が折れ、兵士たちが次々と倒れる。


 数百騎を誇った騎兵部隊は、わずか一撃で戦闘能力を失った。


 レオナードは大剣を肩に担いだ。


「……次だ」


 彼の視線が、森の向こうに控える帝国軍本隊へ向けられた。


 * * *


 帝国軍南方部隊。


 バルド将軍は、前線から届いた報告に耳を疑った。


「……黒狼が来ただと!?」


「はい! 騎兵部隊が壊滅しました!」


「馬鹿な! 奴は要塞正面にいるはずだ!」


 副官が震える声で答える。


「正面の王国軍が、帝国中央軍を押し返したようです。その隙に黒狼が移動したものと……!」


 バルドは拳を握りしめた。


「……くそっ!」


 彼はすぐさま命令を下した。


「全軍、迎撃態勢!」


 しかし、その命令が伝わるより早く、森の向こうから黒い斬撃が飛んできた。


 轟音。


 前線の盾兵が、まとめて吹き飛ばされる。


「うわあああっ!」


「陣形が崩れます!」


 レオナードが、帝国軍本隊へ突入した。


 大剣が振るわれるたびに、兵士たちが倒れていく。


 剣を構えた者は斬り伏せられ、魔法を放とうとした者は衝撃波に飲み込まれる。


 その進撃を止められる者は、一人もいなかった。


「……化け物め!」


 バルドが叫ぶ。


 レオナードはその声を聞き、顔を上げた。


「……お前が指揮官か」


 バルドは剣を抜いた。


「帝国軍南方部隊将軍、バルド・ガイゼン! 貴様を討ち取って――!」


 その言葉が終わる前に、レオナードが踏み込んだ。


 一瞬。


 黒い斬撃が走る。


 バルドの剣が砕け、鎧が裂けた。


「……なっ……」


 将軍の身体が崩れ落ちる。


 帝国軍南方部隊の指揮官は、たった一合で討ち取られた。


 周囲の兵士たちは、呆然と立ち尽くした。


「……バルド将軍が……」


「一撃で……?」


 レオナードは静かに告げた。


「指揮官は倒した。まだ戦う奴は前へ出ろ」


 誰も動かなかった。


 やがて、一人の帝国兵が剣を地面へ落とした。


 続いて、別の兵士も武器を捨てる。


「……降伏する」


「俺たちは、もう……!」


 レオナードは彼らを見渡した。


「……分かった。武器を捨てた奴には手を出さねえ」


 その言葉に、帝国兵たちは安堵したように膝をついた。


 戦闘は終わった。


 だが、失われた命が戻ることはなかった。


 * * *


 南方街道。


 ガレスは、残った兵士たちを集めていた。


 八百人いた護衛兵は、戦死・負傷・行方不明を合わせて四百人以上の損害を受けていた。


 生き残った兵士たちは、疲れ果てた表情で座り込んでいる。


 レオナードが歩み寄る。


「……よく耐えたな」


 ガレスは敬礼した。


「申し訳ありません。多くの部下を失いました」


「謝るな」


 レオナードは静かに答えた。


「お前たちは、守るべきものを守った」


 ガレスの目が揺れた。


「……ですが、もっと早く援軍が来ていれば……」


 その言葉に、レオナードは何も答えなかった。


 自分も、同じことを考えていたからだ。


 もっと早く来ていれば。


 正面の敵を、もっと早く片付けていれば。


 別の判断をしていれば。


 だが、戦場に「もしも」はない。


 レオナードは、倒れた兵士たちへ視線を向けた。


「……あいつらの名前を、全員記録しておけ」


 ガレスが顔を上げる。


「はっ」


「家族にも、きちんと伝えろ。こいつらが何を守って死んだのかを」


 ガレスは唇を噛み、深く頭を下げた。


「……承知しました」


 * * *


 同じ頃。


 北方村落群。


 イザベラは、帝国軍一万五千を相手に防衛戦を続けていた。


 銀色の結界が村々を覆い、帝国軍の魔法攻撃を防いでいる。


 その外側では、銀色の光の刃が次々と敵軍へ降り注いでいた。


《白銀流星雨》


 魔力弾が帝国軍の隊列を貫き、前線部隊を壊滅させる。


 戦死者と負傷者が続出し、帝国軍は進軍を止めざるを得なかった。


「……これ以上、進ませませんわ」


 イザベラは静かに告げた。


 だが、そのとき。


 遠方の森から、別の帝国軍部隊が現れた。


「……まだ、いましたのね」


 彼女の銀色の瞳が細くなる。


 敵は、正面から突破するつもりではない。


 村々を取り囲み、避難路を断とうとしている。


 イザベラは通信魔法を展開した。


『レオナード。南方はどうなりました?』


 すぐに返事が届く。


『片付いた。だが、王国軍の損害が大きい』


『……そうですか』


 短い沈黙。


 イザベラは静かに目を閉じた。


『こちらも敵の増援が来ています。北方の村はまだ避難が完了していません』


『俺が向かうか?』


『いいえ。あなたは要塞へ戻ってください』


 レオナードが黙る。


『……正面の防衛線が薄くなっています。これ以上、要塞を空けるわけにはいきません』


『……分かった』


 通信が切れる。


 イザベラは、眼下の村を見つめた。


 そこには、まだ多くの民が残っている。


 そして、遠方には新たな帝国軍が迫っていた。


「……守り抜きますわ」


 彼女は静かに呟いた。


「たとえ、どれほどの軍勢が来ようとも」


 銀色の魔法陣が、再び空へ広がった。


 だが、帝国軍の攻撃は終わらない。


 北方。


 南方。


 東方。


 そして、要塞正面。


 戦場は、確実に広がり続けていた。


 黒狼と白銀の女帝は、決して負けていない。


 それでも、王国軍の兵士たちは命を落としている。


 その現実こそが、戦争の残酷さだった。


 そして、この戦いの記録は、やがて一人の少年へ伝えられることになる。


 レオンハルト・ヴァルディス。


 誰よりも優しく、誰よりも強大な力を持つ少年。


 彼が戦場へ立つとき、初めて知ることになるのだ。


 ――敵を倒す力があるだけでは、すべての命を守れないということを。



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