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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第162話 南方街道の死闘――八百の盾

 ルミナス王国西部、南方街道。


 森を切り開いて造られた街道には、数百台の馬車が長い列を作っていた。


 荷台に身を寄せ合う老人たち。


 幼い子供を抱き締める母親。


 そして、何度も故郷の方角を振り返る村人たち。


 彼らは戦争から逃れてきた、ごく普通の人々だった。


 だが、その平穏な暮らしを奪った帝国軍が、今まさに森の向こうから押し寄せていた。


「盾兵、前へ!」


 王国軍南方護衛隊長、ガレス・オルディンの怒号が響く。


 四十二歳。


 幾度もの国境紛争を経験してきた歴戦の騎士だった。


 彼の率いる護衛兵は八百。


 対する帝国軍は一万。


 兵力差は十二倍以上。


 まともにぶつかれば、勝ち目などない。


 それでも、ガレスは剣を抜いた。


「ここから先には、王国の民がいる!」


 彼は背後の馬車を振り返った。


「我々が退けば、あの者たちは逃げられん!」


 兵士たちが盾を構える。


「ならば、この街道を我らの最後の防壁とする!」


「おおおおっ!」


 王国軍の雄叫びが森に響き渡った。


 * * *


 帝国軍南方部隊。


 指揮官のバルド将軍は、前方に展開する王国軍を見て鼻で笑った。


「……八百か」


 副官が頷く。


「はい。こちらは一万。正面から押し潰せます」


「よし。第一陣三千を投入しろ」


 バルドは馬上から街道を眺めた。


「避難民の馬車は押さえろ。連中を確保すれば、黒狼も白銀の女帝も自由には動けまい」


「抵抗する護衛兵は?」


「排除しろ」


 その命令は冷酷だった。


 やがて、帝国軍の進軍太鼓が鳴り響く。


 三千の歩兵が、森の出口から一斉に姿を現した。


「突撃!」


 地面が震えた。


 帝国軍の兵士たちが、盾と槍を構えて押し寄せる。


 ガレスは剣を掲げた。


「弓兵、放て!」


 王国軍の矢が一斉に放たれた。


 先頭の帝国兵が倒れる。


 続いて、魔導兵たちが炎と雷の魔法を放った。


 爆発が起こり、帝国軍の隊列が乱れる。


 しかし、敵の進軍は止まらなかった。


「第二射!」


「撃て!」


 再び矢が降り注ぐ。


 だが、倒れた兵士の後ろから、次々と新たな帝国兵が現れる。


 ガレスは歯を食いしばった。


「……やはり、数が違いすぎるか」


 それでも、退くわけにはいかなかった。


 * * *


 最初の衝突は、凄まじいものだった。


 帝国軍の槍兵が王国軍の盾へ突撃する。


 金属音。


 悲鳴。


 剣と槍が激しくぶつかり合う。


「押し返せ!」


「盾を崩すな!」


 王国軍の兵士たちは必死に耐えた。


 だが、帝国軍は次々と兵を投入してくる。


 盾兵の一人が槍に貫かれ、倒れた。


「ロイド!」


 隣の兵士が叫ぶ。


 倒れた若い兵士は、震える手で仲間の腕を掴んだ。


「……後ろを……頼む……」


 その言葉を最後に、彼の手から力が抜けた。


 仲間の兵士は唇を噛み、再び盾を構えた。


「……絶対に、通さねえ!」


 彼の目には涙が浮かんでいた。


 だが、剣を握る手は震えていなかった。


 * * *


 街道の後方。


 避難民たちは、戦闘の音を聞きながら必死に馬車を進めていた。


「急いで!」


「車輪がぬかるみに!」


 荷馬車の一台が泥にはまり、動けなくなっていた。


 若い母親が、幼い娘を抱き締める。


「お母さん……怖い……」


「大丈夫よ。兵隊さんたちが守ってくれているから」


 母親はそう答えた。


 だが、その声は震えていた。


 娘は母親の胸に顔を埋める。


「……おうちに帰りたい」


 その言葉に、母親は何も答えられなかった。


 彼女たちの故郷は、既に帝国軍の進軍経路に入っていた。


 もう、以前のような日常へ戻れる保証などなかった。


 * * *


 戦闘開始から一時間。


 王国軍の防衛線は、徐々に押し込まれていた。


「隊長! 左翼が突破されそうです!」


「予備兵を回せ!」


「予備兵は、もう……!」


 副官の言葉に、ガレスは顔を歪めた。


 八百人いた兵士は、既に五百人を下回っていた。


 戦死者。


 負傷者。


 行方不明者。


 戦場には、数え切れないほどの犠牲が出ていた。


 それでも、帝国軍の兵力はまだ十分に残っている。


「……くそっ」


 ガレスは剣を握り直した。


「あと少し……あと少しで、民が逃げ切れる……!」


 そのとき、帝国軍の新たな部隊が森から現れた。


 重装騎兵。


 数百騎の騎兵が、王国軍の左翼へ向かって突撃してくる。


「騎兵だ!」


「左翼が持ちません!」


 ガレスは即座に叫んだ。


「槍兵、前へ!」


 だが、槍兵は既に多くが倒れていた。


 残った兵士たちが必死に隊列を組む。


 しかし、重装騎兵の突撃は凄まじかった。


 盾が砕ける。


 兵士たちが吹き飛ばされる。


 防衛線に、大きな穴が開いた。


「突破された!」


 帝国軍の騎兵が、避難民の馬車へ向かって駆け出す。


 ガレスは叫んだ。


「止めろ!」


 だが、間に合わない。


 騎兵たちは、既に馬車の列へ迫っていた。


 * * *


 そのとき。


 一人の若い王国兵が、騎兵の前へ飛び出した。


 名はエドガー。


 まだ十八歳の新兵だった。


 彼は槍を構え、馬車の前に立ちはだかった。


「……ここは、通さない!」


 騎兵が剣を振り上げる。


 エドガーは必死に槍を突き出した。


 だが、重装騎兵の勢いを止めることはできなかった。


 剣が振り下ろされる。


 エドガーの身体が地面へ倒れた。


 その背後で、母親が悲鳴を上げる。


「いやあああっ!」


 幼い娘が泣き叫ぶ。


 騎兵は、さらに馬車へ迫った。


 その瞬間。


 遠方から、黒い光が空を裂いた。


 轟音。


 漆黒の衝撃波が、騎兵部隊の前方へ叩き込まれた。


 大地が裂け、馬が悲鳴を上げる。


 騎兵たちが次々と吹き飛ばされた。


「な、何だ!?」


 帝国軍の兵士たちが顔を上げる。


 森の向こう。


 黒い魔力をまとった男が、ゆっくりと歩いてきた。


 巨大な大剣。


 漆黒の鎧。


 そして、獰猛な笑み。


「……悪いな」


 男は低く呟いた。


「ちょっと遅れちまった」


 ガレスの目が大きく見開かれる。


「……レオナード様……!」


《黒狼》レオナード・ヴァルディス。


 王国最強の剣士の一角が、南方街道へ到着したのだった。



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