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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第158話 紅蓮の女将軍――黒狼への挑戦

 ヴァルガルド帝国軍、中央本陣。


 開戦から半日も経たないうちに、帝国軍の作戦は大きく狂い始めていた。


 正面の第一軍団は壊滅的な損害を受け、北方へ進出した騎兵部隊は降伏。


 さらに、後方に配置していた大規模魔導砲部隊までもが《白銀の女帝》によって撃破された。


 八万という圧倒的な兵力を誇りながら、帝国軍は要塞の城壁にすら近づけていない。


「第一軍団の戦死者、推定千二百。負傷者は二千を超えます」


「北方騎兵隊のうち、約六百が捕虜となりました」


「魔導砲部隊は再建不能。砲兵の戦死者と負傷者については、現在も確認中です」


 参謀たちの報告が続く。


 総司令官は地図を睨みつけたまま、低く唸った。


「……たった二人のために、これほどの損害を出したというのか」


 誰も答えなかった。


 答えられる者など、いなかった。


 その沈黙を破ったのは、深紅の髪を持つ若き女将軍だった。


「閣下。中央軍を前進させます」


 ヴァレリア・ローゼンベルク。


 十九歳にして帝国軍の将軍位を得た、剣と炎の使い手。


 その実力は、決して家柄だけで得たものではなかった。


「……勝てるのか?」


 総司令官の問いに、ヴァレリアは静かに答えた。


「勝利を保証することはできません。ですが、敵の実力を測らぬまま兵を送り続ければ、損害は増える一方です」


「つまり、お前が黒狼と戦うと?」


「はい」


 周囲の将校たちがざわめいた。


「ヴァレリア将軍、危険です!」


「黒狼は第一軍団を単独で壊滅させた男です!」


 だが、ヴァレリアは動じなかった。


「だからこそ、私が行くのです」


 彼女は腰の剣に手を添えた。


「兵に死地へ進めと命じる以上、将である私が後方に隠れているわけにはいきません」


 総司令官はしばらく彼女を見つめていた。


 やがて、冷たく笑う。


「……よかろう。中央軍の精鋭三千を預ける」


「感謝いたします」


「ただし、無駄死には許さん。黒狼の足を止めるだけでも構わん」


 その言葉に、ヴァレリアの眉がわずかに動いた。


 足を止める。


 その間に別の部隊を動かすつもりなのだろう。


 しかし、彼女にはまだ、総司令官の本当の狙いまでは見えていなかった。


「……承知しました」


 ヴァレリアは敬礼し、本陣を後にした。


 * * *


 グランフェル要塞前方。


 黒い鎧の男が、戦場に立っていた。


 レオナード・ヴァルディス。


《黒狼》の異名を持つ、王国屈指の剣士。


 彼は帝国軍の動きを眺めながら、大剣を肩に担いでいた。


「……ん?」


 遠方の帝国軍陣地から、一隊の騎兵が現れた。


 その先頭に立つのは、深紅の鎧をまとった女将軍。


 赤い髪が風になびき、金色の瞳が真っ直ぐこちらを見据えている。


「……ほう」


 レオナードは口元を吊り上げた。


「今度は、少し骨のある奴が来たみてえだな」


 女将軍は部隊を停止させると、一人で前へ進み出た。


「王国の黒狼、レオナード・ヴァルディス殿とお見受けする!」


 よく通る声だった。


 レオナードは笑う。


「そういうお前さんは?」


「ヴァルガルド帝国軍将軍、ヴァレリア・ローゼンベルク!」


 彼女は剣を抜いた。


 刃が赤い炎をまとい、周囲の空気が揺らめく。


「帝国軍の将として、貴殿に一騎討ちを申し込む!」


 レオナードは一瞬だけ目を丸くした。


 そして、豪快に笑った。


「はははっ! 八万も連れてきて、一騎討ちとは面白え!」


「……卑怯な手段で貴殿を討つつもりはない」


「いいねえ。その心意気は嫌いじゃねえぜ」


 レオナードは大剣を構えた。


「来な。若いの」


 ヴァレリアの瞳が鋭くなる。


「……参る!」


 次の瞬間。


 彼女の姿が消えた。


 いや、消えたように見えるほどの速度で踏み込んだのだ。


《紅蓮閃》


 炎をまとった剣が、一直線にレオナードの首筋へ迫る。


 帝国軍の兵士たちが息を呑んだ。


 だが。


 ――ガキィィン!


 鋭い金属音が響いた。


 レオナードは大剣を片手で動かし、その一撃を受け止めていた。


「……悪くねえ」


 彼は笑った。


「踏み込みも、剣筋も、かなりいい」


「……っ!」


 ヴァレリアは即座に距離を取る。


 そして、連続して剣を振るった。


《紅蓮連舞》


 炎の斬撃が幾重にも重なり、黒狼へ襲いかかる。


 しかし、レオナードは動じなかった。


 大剣を軽く振るうだけで、すべての斬撃を弾き返していく。


 炎が散る。


 火花が舞う。


 地面が抉れる。


 それでも、黒狼の足はほとんど動かなかった。


「……そんな」


 ヴァレリアの額に汗が浮かぶ。


 自分の剣は、帝国でも屈指の速度を誇る。


 これまで数多くの強敵を倒してきた。


 だが、目の前の男には届かない。


 まるで、剣の軌道を最初から知っているかのようだった。


「どうした?」


 レオナードが笑う。


「まだ本気じゃねえだろ?」


 その言葉に、ヴァレリアの瞳が燃え上がった。


「……ならば!」


 彼女は剣を天へ掲げた。


 炎の魔力が一気に膨れ上がる。


《紅蓮覇王斬》


 巨大な炎の刃が形成され、レオナードへ振り下ろされた。


 帝国軍の兵士たちが歓声を上げる。


「将軍の奥義だ!」


「これなら……!」


 だが。


 レオナードは大剣をゆっくりと持ち上げた。


「……なるほど」


 黒い魔力が刃へ集まる。


「若いわりには、よく鍛えてやがる」


 そして。


「――《黒狼閃》」


 一閃。


 漆黒の斬撃が、炎の巨刃を真正面から切り裂いた。


 紅蓮の炎が左右へ弾け飛ぶ。


「なっ……!」


 ヴァレリアの瞳が大きく見開かれた。


 彼女の奥義が、たった一撃で破られたのだ。


 さらに、黒い衝撃波が彼女の目前へ迫る。


「くっ!」


 ヴァレリアは剣を盾にして受け止めた。


 しかし、衝撃は凄まじかった。


 地面を削りながら後方へ押し戻され、数十歩も後退する。


 ようやく踏みとどまったとき、彼女の両腕は痺れていた。


「……これが」


 ヴァレリアは荒い息を吐く。


「……黒狼の力……!」


 レオナードは肩に大剣を戻した。


「悪くねえぞ、お嬢ちゃん」


 その声には、明確な評価があった。


「だがな。戦場で剣を振るうってのは、技の強さだけじゃねえ」


 彼の視線が、ヴァレリアの背後に控える帝国軍へ向く。


「お前が負けたら、後ろの連中はどうなる?」


「……!」


「将ってのは、自分の命だけ賭けりゃいいわけじゃねえんだ」


 ヴァレリアは唇を噛んだ。


 その言葉は、剣よりも深く胸に刺さった。


 彼女の背後には三千の兵士がいる。


 自分を信じて、この戦場へ来た者たちが。


 だが、ここで退けば帝国軍はさらに不利になる。


 進めば、彼らを死地へ送ることになる。


 ヴァレリアは剣を握り直した。


「……私は」


 その瞳には、まだ炎が宿っていた。


「私は、帝国の将軍です!」


 再び紅蓮の魔力が燃え上がる。


 レオナードは静かに笑った。


「……いい覚悟だ」


 そして、大剣を構える。


「なら、その覚悟ごと受け止めてやる」


 黒狼と紅蓮。


 二人の剣士の戦いは、さらに激しさを増していく。



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