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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

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第157話 白銀の女帝――千の魔導砲を沈黙させる

 グランフェル要塞の北方。


 緩やかな丘陵が続くその地域には、小さな農村が点在していた。


 春の収穫を控えた畑。


 石造りの家々。


 そして、村の中央に立つ古い鐘楼。


 戦争とは無縁に見えるその風景へ、帝国軍の騎兵部隊が迫っていた。


「急げ! 王国軍が来る前に街道を押さえろ!」


 帝国軍騎兵隊長が叫ぶ。


 彼らの任務は、要塞北方の避難路を封鎖することだった。


 正面では黒狼レオナードが圧倒的な戦闘力を見せつけている。


 ならば、別の場所を狙う。


 それが帝国軍総司令官の考えだった。


 しかし、彼らはまだ知らなかった。


 この国境には、黒狼に匹敵するもう一人の怪物がいることを。


 * * *


 丘陵の上。


 銀色の髪を風になびかせ、一人の女性が立っていた。


 イザベラ・シルヴェイン。


《白銀の女帝》。


 彼女の周囲には、幾重もの銀色の魔法陣が静かに浮かんでいる。


「……予想どおりですわね」


 イザベラは眼下の騎兵部隊を見つめた。


 その進路の先には、避難を始めたばかりの村がある。


 馬車には老人や子供たちが乗り、村人たちが慌ただしく荷物を運んでいた。


「民間人を狙うなど、愚かなことを」


 彼女は静かに右手を上げた。


「――《白銀封鎖》」


 瞬間。


 丘陵一帯に巨大な銀色の魔法陣が展開された。


 帝国軍の騎兵たちが驚いて顔を上げる。


「な、何だ!?」


「魔法陣だと!?」


 次の瞬間、銀色の光の鎖が地面から伸びた。


 馬の進路を封じ、騎兵の武器を絡め取る。


 逃れようとした兵士たちは、次々と拘束された。


「う、動けない!」


「魔力が……! 魔法が発動しない!」


 騎兵隊長は必死に剣を抜こうとしたが、鞘から引き抜くことすらできなかった。


 イザベラは静かに歩み寄った。


「ここから先は、王国の村です」


 その声は穏やかだった。


 だが、逆らうことを許さない威厳があった。


「武器を捨て、降伏なさい」


「……貴様が、白銀の女帝か!」


 騎兵隊長が叫ぶ。


 イザベラは小さく微笑んだ。


「ええ。ご存じなら、話は早いですわね」


 その瞬間、帝国兵たちの顔から血の気が引いた。


 だが、騎兵隊長はなおも抵抗を選んだ。


「弓兵! あの女を射抜け!」


 後方に残っていた弓兵たちが、一斉に矢を放つ。


 しかし、イザベラは微動だにしなかった。


「……愚かな」


 彼女の指先がわずかに動く。


 銀色の光が弓兵隊を包み込んだ。


 次の瞬間、鋭い魔力の刃が地面を走り、弓兵たちを薙ぎ払った。


 悲鳴が上がる。


 武器が砕け、兵士たちが倒れる。


 その一撃で、弓兵隊は壊滅した。


 イザベラは静かに告げる。


「私は降伏した者を殺しません。ですが、戦い続ける者にまで手加減するつもりはありませんわ」


 その言葉を聞いた騎兵隊長は、ようやく剣から手を離した。


「……降伏する」


 イザベラは小さく頷いた。


「賢明な判断です」


 * * *


 同じ頃。


 帝国軍後方では、大規模な魔導砲部隊が展開していた。


「白銀の女帝が北方へ向かった!」


「今だ! 丘陵地帯ごと吹き飛ばせ!」


 砲兵指揮官が叫ぶ。


 数百門の魔導砲が、一斉に魔力を蓄え始めた。


 砲身の先端に赤い光が集まる。


 魔石が唸りを上げ、大気が震えた。


「第一斉射、準備完了!」


「撃て!」


 轟音が響いた。


 数百発の魔導光弾が空へ放たれ、丘陵地帯へ向かって飛翔する。


 二度、三度と斉射が続き、放たれた光弾の総数は瞬く間に千を超えた。


 空が赤い光に染まる。


 王国軍の兵士たちが叫んだ。


「イザベラ様! 砲撃です!」


「村が巻き込まれます!」


 しかし、イザベラは動じなかった。


 彼女は空を見上げ、静かに息を吐いた。


「……数だけは立派ですこと」


 右手を掲げる。


 銀色の魔法陣が、彼女の背後に幾重にも重なった。


「――《白銀天幕・千重結界》」


 瞬間。


 丘陵地帯の上空に、巨大な銀色の光の膜が広がった。


 薄い魔力の層を幾重にも重ねた、多重防御魔法。


 千を超える魔導光弾が、その結界へ次々と激突する。


 轟音。


 爆炎。


 大気を震わせる衝撃。


 だが、銀色の結界は揺らぐことすらなかった。


 すべての砲撃が、空中で無力化されたのだ。


「……嘘だろ」


 帝国軍の砲兵が呟いた。


「千発以上、撃ったんだぞ……?」


 砲兵指揮官は顔を青ざめさせた。


「ば、馬鹿な……! 魔導砲部隊の一斉射撃を、たった一人で……!」


 イザベラは遠くの砲兵陣地へ視線を向けた。


「……では、こちらからもお返しを」


 彼女の周囲に、無数の銀色の光球が浮かび上がった。


「――《白銀流星雨》」


 銀色の光が空を駆け抜ける。


 流星のような魔力弾が、帝国軍の砲兵陣地へ降り注いだ。


 今度の攻撃は、兵器だけを狙ったものではなかった。


 砲台。


 魔力供給装置。


 そして、それらを操作する砲兵部隊。


 戦闘を続ける敵軍の陣地全体が、白銀の光に包まれた。


 轟音が連続して響く。


 砲台が砕け、魔石炉が爆発し、砲兵たちが次々と倒れていく。


「うわあああっ!」


「砲台が! 全部……!」


「撤退しろ! これ以上は――!」


 砲兵指揮官の命令は、最後まで届かなかった。


 わずか数十秒。


 帝国軍の大規模魔導砲部隊は、甚大な死傷者を出して壊滅した。


 数百門の魔導砲は、もはや一門たりとも戦闘に使用できない。


 イザベラは静かに手を下ろした。


「……これで、しばらくは静かになるでしょう」


 その表情には、疲労の色すらなかった。


 * * *


 グランフェル要塞の城壁。


 王国軍の兵士たちは、北方の空に広がる銀色の光を見上げていた。


「……あれが、白銀の女帝」


「黒狼だけでも十分恐ろしいのに……」


「二人とも、桁が違う……!」


 兵士たちの声には、驚愕と尊敬が入り混じっていた。


 そのとき、レオナードが城壁へ戻ってきた。


「おう。北はどうなった?」


 将校が慌てて報告する。


「イザベラ様が敵の騎兵部隊を制圧し、魔導砲部隊を壊滅させました!」


「……ははっ!」


 レオナードは豪快に笑った。


「相変わらず派手だな、あいつ!」


 その直後、銀色の通信魔法が現れる。


『聞こえていますわよ、レオナード』


「おっと」


『あなたの方こそ、敵の先鋒軍を一人で壊滅させたそうですわね』


「俺は普通に戦ってただけだ!」


『それを普通とは申しません』


 通信越しに、イザベラの呆れた声が響く。


 周囲の兵士たちは思わず笑ってしまった。


 戦場の緊張が、ほんの少しだけ和らぐ。


 * * *


 しかし、帝国軍本陣では笑う者などいなかった。


「北方騎兵部隊、降伏!」


「魔導砲部隊、壊滅! 戦死者・負傷者多数!」


「要塞正面の先鋒軍も再編が必要です!」


 次々と届く報告に、総司令官は拳を握りしめた。


「……ふざけるな」


 彼は地図を睨みつけた。


「八万の軍勢が、たった二人に止められているだと……!」


 参謀たちは誰も答えられなかった。


 そのとき、一人の将校が静かに進み出た。


「閣下。正面からの突破は不可能です」


「分かっている!」


「ならば、戦場そのものを変えるべきです」


 将校は地図の上へ、いくつもの駒を置いた。


 北方の村。


 南側の街道。


 東へ続く補給路。


 そして、要塞の背後にある避難拠点。


「黒狼と白銀の女帝は、確かに強大です。しかし、彼らが守るべき場所は一つではありません」


 総司令官の目が細くなる。


「……続けろ」


「こちらは軍を分散させ、複数の地点へ同時に圧力をかけます。彼らが一方を守れば、別の場所へ進む」


 将校は冷たく笑った。


「どれほど強くとも、二人の身体は二つしかありません」


 総司令官はゆっくりと頷いた。


「……よし」


 その声には、冷酷な響きがあった。


「次の作戦では、要塞を直接攻める必要はない」


 地図の上に、赤い駒が次々と置かれていく。


「奴らが守ろうとするものを、すべて戦場に引きずり出せ」


 こうして帝国軍は、戦術を大きく変更した。


 黒狼と白銀の女帝を倒すためではない。


 彼らが守るべき人々を利用し、戦場全体を揺さぶるために。


 そして、その非情な作戦こそが、長い国境防衛戦の本当の始まりとなるのだった。



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