↓ ↑ページトップへ
表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第四章 黒獅子の戦旗――七星の公爵令息と帝国戦争

この作品ページにはなろうチアーズプログラム参加に伴う広告が設置されています。詳細はこちら

PR
156/390

第156話 黒狼咆哮――一騎、万軍を退ける

 ルミナス王国西部、グランフェル要塞前方。


 春の朝霧が晴れた平原に、帝国軍の軍旗が果てしなく連なっていた。


 重装歩兵、騎兵、魔導兵、攻城兵器。


 八万の大軍を誇るヴァルガルド帝国は、開戦初日から圧倒的な物量を投入していた。


 その先鋒に立つ第一軍団は、既に予想外の損害を受けていた。


 原因は、たった一人。


 黒い鎧をまとい、巨大な剣を肩に担ぐ男。


《黒狼》レオナード・ヴァルディス。


 帝国軍の進軍を阻むように立つその姿は、巨大な軍勢を前にしても微動だにしなかった。


「……どうした。もう来ねえのか?」


 レオナードの声が戦場に響く。


 その足元には、折れた槍や砕けた盾が散乱していた。


 そして、その向こうには、先ほどの戦闘で倒れた帝国兵たちの姿がある。


 負傷して動けない者。


 仲間に肩を貸されて後退する者。


 そして、二度と立ち上がることのない者。


 ここは訓練場ではない。


 互いの命を懸けた戦場だった。


「敵は一人だぞ! 何を怯んでいる!」


 帝国軍第一軍団の指揮官が怒鳴る。


 しかし、前線の兵士たちは容易に動けなかった。


 彼らは見てしまったのだ。


 黒狼の一振りが、どれほど多くの命を奪うのかを。


 * * *


「第二波、前進!」


 指揮官の命令で、数千の重装歩兵が一斉に動き出した。


 巨大な盾を並べ、その隙間から長槍を突き出す。


 後方の魔導兵が防御結界を重ね、騎兵が左右から包囲を狙う。


 単独の敵を相手にするには、過剰ともいえる陣形だった。


 だが、レオナードは口元を吊り上げた。


「……なるほど。少しは考えたな」


 大剣を両手で握る。


 黒い魔力が刃を包み込み、周囲の空気が震え始めた。


「だがよ」


 レオナードは一歩踏み込んだ。


「俺を止めるには――まだ足りねえ!」


《黒狼震天斬》


 漆黒の斬撃が、大地を裂くように走った。


 最前列の盾が砕け散る。


 重装歩兵の隊列が崩れ、衝撃波がその後方へ突き抜けた。


 防御結界は次々と破壊され、騎兵部隊の進路まで巻き込まれる。


 轟音とともに土煙が舞い上がった。


「ぐあああっ!」


「盾陣が……!」


「後退しろ! 後退――!」


 命令は最後まで届かなかった。


 斬撃が通過した場所では、多くの帝国兵が倒れ、第一軍団の第二波は一瞬で戦闘能力を失った。


 戦死者と負傷者が続出し、指揮系統も混乱する。


 レオナードは静かに大剣を下ろした。


「……戦争を仕掛けてきた以上、覚悟はしてもらうぜ」


 その声には、先ほどまでの豪快な笑みとは違う冷たさがあった。


 彼は敵を殺すことに喜びを感じる男ではない。


 だが、敵軍が王国へ侵攻し、家族や民を脅かすなら、迷わず剣を振るう。


 それが、戦場を知る男の覚悟だった。


 * * *


 帝国軍後方。


「第一軍団第二波、壊滅!」


「戦死者多数! 負傷者の収容が追いつきません!」


「魔導兵部隊も半数以上が戦闘不能です!」


 報告を受けた指揮官は、信じられないという表情を浮かべた。


「……たった一人で?」


 参謀が青ざめた顔で頷く。


「はい。敵は、黒狼レオナードただ一人です」


 指揮官は震える手で地図を握りしめた。


 八万の大軍。


 圧倒的な兵力差。


 それなのに、先鋒の一角がわずかな時間で崩壊した。


「……化け物め」


 その言葉は、誰にも否定できなかった。


 * * *


 グランフェル要塞の城壁。


 王国軍の兵士たちは、目の前の光景に息を呑んでいた。


「……あれが、黒狼」


「帝国軍の重装歩兵が、あんなに簡単に……」


「レオナード様がいる限り、正面は突破されないぞ!」


 兵士たちの士気が一気に高まる。


 その様子を見つめながら、イザベラ・シルヴェインは静かに微笑んだ。


「当然ですわ。あの人は昔から、戦場では誰よりも頼りになりますもの」


 銀色の髪が風に揺れる。


 しかし、彼女の視線はすぐに北方へ向けられた。


 そこには、帝国軍の騎兵部隊が密かに移動する姿があった。


「……やはり、別働隊を動かしましたわね」


 イザベラは小さく息を吐く。


「正面で勝てないなら、他を狙う。予想どおりです」


 彼女は指先に銀色の魔法陣を展開した。


『レオナード。北方の丘陵地帯に敵の騎兵が向かっています』


 すぐに返事が届く。


『分かった。俺が行くか?』


『いいえ。正面はあなたにお任せします。北側は私が対処しますわ』


『……了解。頼んだぜ』


『ええ。そちらもお気をつけて』


 通信が切れる。


 イザベラは城壁の兵士たちへ向き直った。


「皆さん。北方の避難路を守りに行きます」


「はっ!」


 その声には、迷いがなかった。


 * * *


 帝国軍本陣。


 総司令官の前には、次々と損害報告が積み上げられていた。


「第一軍団、損害甚大!」


「先鋒の再編には時間を要します!」


「要塞正面の突破は、現状では不可能です!」


 総司令官は拳を握りしめた。


「……八万の兵を集めて、たった一人に止められるだと?」


 その声には、怒りよりも困惑が滲んでいた。


 そこへ、一人の女性将軍が進み出た。


 深紅の長髪。


 金色の瞳。


 帝国軍若手将軍、ヴァレリア・ローゼンベルク。


「閣下。これ以上の正面攻撃は、兵を無駄に失うだけです」


「……ならば、どうしろと言う?」


「まずは態勢を立て直すべきです。黒狼の戦闘能力は、事前の想定を遥かに上回っています」


 総司令官は彼女を睨んだ。


「お前なら勝てるのか?」


 ヴァレリアは静かに答えた。


「……勝利を約束することはできません」


 その言葉に、周囲の将軍たちがざわめいた。


 だが、ヴァレリアは続けた。


「だからこそ、無策で兵を失わせるべきではないのです」


 総司令官はしばらく黙っていたが、やがて冷たく言った。


「ならば、次の攻撃ではお前が前線を指揮しろ」


「……承知しました」


 ヴァレリアは頭を下げた。


 その瞳には、恐怖ではなく覚悟が宿っていた。


 * * *


 戦場の中央。


 帝国軍が後退していく。


 レオナードは大剣を肩に担ぎ、その背中を見送った。


 追撃すれば、さらに多くの敵を討てるだろう。


 だが、要塞の防衛線を離れすぎれば、敵の別働隊に隙を与える。


「……まったく。面倒な戦争を始めやがって」


 レオナードは低く呟いた。


 その足元には、激戦の痕跡が広がっていた。


 帝国軍は確かに兵力を失った。


 しかし、八万という大軍は、まだその大半を残している。


 そして敵は、黒狼を倒すことだけを考えているわけではなかった。


「……来るなら来い」


 レオナードは要塞の背後に広がる王国領を振り返った。


「俺たちの守るものには、指一本触れさせねえ」


 黒狼の戦いは、まだ始まったばかりだった。


評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。