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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第三章 運命を奪われた勇者

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第154話 奪われた運命の終着点

 王都の地下拘置施設には、昼も夜もなかった。


 厚い石壁に囲まれた独房。天井近くの小窓から差し込む光だけが、わずかに時の流れを教えてくれる。


 カイン・ヴェルナーは寝台に腰掛け、両手を見つめていた。


 かつて炎をまとい、勇者として魔物を討ち倒すはずだった手。


 今は魔力を封じる拘束具が嵌められ、右腕には黒翼の呪印が残した薄い傷痕がある。


「……何で、こうなった」


 何度繰り返したか分からない言葉だった。


 彼には、この世界の未来を知っているという確信があった。


 原作ゲーム『エターナル・レガリア』。


 勇者が仲間を集め、魔族の脅威に立ち向かい、数々の美しい少女たちから愛される物語。


 自分は、その主人公になるはずだった。


 少なくとも、カインはそう信じていた。


 だが、現実は違った。


 王女セレスティアも、天才魔法使いリゼットも、聖女エリシアも、自分を選ばなかった。


 彼女たちが信頼し、笑顔を向ける相手は、いつも同じ少年だった。


 レオンハルト・ヴァルディス。


 ゲームでは破滅するはずの悪役公爵令息。


「……あいつさえ、いなければ」


 カインが呟いたとき、独房の扉が開いた。


 入ってきたのは、王国監察官と神託院から派遣された治療術師だった。


「カイン・ヴェルナー。追加の事情聴取を行う」


「またかよ……」


「セルディオ・クロイツから受け取った指示について、確認したい」


 監察官が書類を開く。


「お前は、地下第三実験室で何を約束された?」


 カインは顔を背けた。


「……勇者の力を取り戻せるって言われた」


「そのために、何を求められた?」


「レオンハルトと戦えって。あいつに俺の力を見せつけろって……」


「王都の魔力網を暴走させる計画は知っていたか?」


「知らねえよ!」


 カインは思わず声を荒らげた。


「そんな話、聞いてねえ! 俺はただ、あいつを倒せるって言われたから……!」


 監察官は表情を変えず、記録を続けた。


「その供述は、他の証拠と照合する。知らなかったことが事実でも、学園への襲撃と禁術使用の責任は残る」


「……分かってるよ」


 カインは吐き捨てるように答えた。


 だが、胸の内では納得できていなかった。


 なぜ自分だけが裁かれるのか。


 なぜレオンハルトばかりが称賛されるのか。


 その答えを、自分の行動の中に見いだすことはできなかった。


 監察官たちが去った後、カインは再び寝台に腰を下ろした。


 独房の外から、かすかに街の鐘が聞こえてくる。


 王都では春の祭礼が始まっていた。


 自分の知らないところで、世界は何事もなかったように動いている。


「……まだ、終わってねえ」


 誰に聞かせるでもなく、カインは呟いた。


 それは決意というより、失ったものを認められない少年の意地だった。


 * * *


 同じ頃、ヴァルディス公爵邸では家族が夕食を囲んでいた。


 父アルフォンス。


 母エレオノーラ。


 そしてレオンハルト。


 食卓には春野菜を使った料理が並び、窓の向こうでは庭園の花々が夕風に揺れている。


「レオン。今日は学園で何をしていたの?」


 母が尋ねた。


「午前中は授業で、午後はリゼットと魔法研究をしていました。アーヴィン先輩たちの訓練も少し見てきましたよ」


「まあ。相変わらず忙しいのね」


「最近は、みんながいろいろ相談してくれるので」


 エレオノーラは嬉しそうに微笑んだ。


「あなたが人から頼られるのは素敵なことよ。でも、自分の時間も大切にしなさい」


「はい、母上」


 その横で、アルフォンスが静かに食器を置いた。


「レオン。黒翼事件の最終報告が届いた」


 食卓の空気が少し引き締まる。


「セルディオの関与は、ほぼすべて裏付けられた。神託院特別研究局は解体され、関係者の処分も進んでいる」


「そうですか」


「ただし、黒翼の紋章を使う者たちが他にも存在する可能性は残った。捜査は続けることになる」


 レオンは頷いた。


 あの予言が本物かどうかも、黒翼の組織が何を目指しているのかも、まだ明らかになっていない。


 それでも、今すぐ答えを出せることばかりではなかった。


「父上。カインは、どうなるんでしょうか」


「正式な審理を経て判断される。禁術の被害者という側面もあるが、彼自身が起こした事件も重い」


「……そうですね」


 レオンは静かに息を吐いた。


 カインが自分を憎んでいることは分かっている。


 だが、その憎しみに応じて戦い続けるつもりはなかった。


 彼が選んだ行動の責任は、彼自身が負わなければならない。


「レオン」


 母エレオノーラが優しく呼びかけた。


「あなたは、できることを十分にしたわ」


「……はい」


「今は、あなた自身の未来を大切にしなさい」


 その言葉に、レオンは微笑んだ。


「ありがとうございます、母上」


 * * *


 夕食後、レオンは庭園へ出た。


 春の夜風が頬を撫で、花々の香りが漂ってくる。


 そこへ、エレノアが温かい紅茶を持って現れた。


「レオン様。こちらにいらしたのですね」


「少し、風に当たりたくなって」


 エレノアは隣に立ち、紅茶を差し出した。


「ありがとうございます」


「どういたしまして」


 二人はしばらく、静かな庭園を眺めていた。


 やがてレオンが口を開く。


「エレノア。俺は、この世界に生まれてよかったと思ってる」


 エレノアは驚いたように顔を上げた。


「……どうされたのですか、急に」


「いや。いろいろあったからさ」


 レオンは夜空を見上げた。


 この世界に生まれたとき、自分が知っていた物語では、レオンハルト・ヴァルディスは破滅する悪役だった。


 誰からも理解されず、最後には大切なものを失う。


 そんな未来を変えたくて、必死に生きてきた。


 けれど、いつしか目的は変わっていた。


 ただ破滅を避けるためではない。


 家族と笑い、友人たちと学び、隣にいる人々の幸せを守るために。


「父上も母上も、叔父上も叔母様も。シャル姉もルシウスも、学園のみんなも……そして、エレノアも」


 レオンは彼女へ向き直った。


「みんながいるから、今の俺がいるんだと思う」


 エレノアの青い瞳が揺れた。


「……レオン様」


「だから、これからも大切にしたい」


 彼女は胸元に手を添えた。


「私もです」


 その声は、わずかに震えていた。


「私は、レオン様と出会えたことを、何より幸せに思っています」


 レオンが微笑むと、エレノアも柔らかく笑った。


 そして、彼女はそっと手を差し出した。


「……今夜だけ、少し甘えてもよろしいでしょうか」


「もちろん」


 レオンがその手を取る。


 エレノアは静かに彼の肩へ寄り添った。


 銀色の髪飾りが、月明かりを受けて淡く輝いていた。


 * * *


 その夜遅く。


 公爵邸の執務室へ、一羽の伝令鳥が飛び込んできた。


 アルフォンスが封書を開く。


 そこに記されていたのは、西部国境要塞からの緊急報告だった。


『帝国軍、国境沿いに大規模集結』


『複数の偵察部隊が王国領内へ侵入』


『国境村落への接近を確認』


 報告書の最後には、見慣れた署名があった。


 レオナード・ヴァルディス。


 そして、イザベラ・シルヴェイン。


 アルフォンスは静かに目を閉じた。


「……ついに動いたか」


 窓の外では、春の夜空に星々が輝いている。


 王都はまだ眠っていた。


 だが、西の国境では既に剣が抜かれようとしていた。


 運命を奪われた勇者の物語は、ここで一つの区切りを迎える。


 そして、新たな戦いの幕が上がろうとしていた。



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