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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第三章 運命を奪われた勇者

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第148話 黒翼の逃亡者

 王都の空から黒い魔法陣が消えた頃、神託院の地下では激しい足音が響いていた。


 セルディオ・クロイツは、研究室から続く古い脱出通路を走っていた。


 右手には、黒翼の紋章が刻まれた小さな記録結晶。研究室に残してきた資料の大半は王国の監察官に押収されるだろう。だが、この結晶だけは渡すわけにはいかなかった。


「七属性の構造解析は失敗……。しかし、共鳴反応そのものは確認できた」


 セルディオは荒い息の合間に呟く。


「やはり、あの少年こそが鍵だ。七つの星を従える者……」


 通路の奥には、王都の旧地下水路へ通じる鉄扉があった。


 その先には協力者が待機している手筈だった。


 だが、セルディオが扉へ手を伸ばした瞬間、足元に七色の光が走った。


「……っ!」


 石畳に浮かび上がったのは、小さな七芒星の魔法陣。


 その中心から、穏やかな少年の声が響いた。


『そちらは行き止まりですよ』


「レオンハルト・ヴァルディス……!」


 セルディオは反射的に後退した。


『王都の魔力網を使っていた以上、逃走経路にも同じ古い導管が残っています。あなたがどこへ向かうか、ある程度は予測できます』


「私を捕らえたところで、何も変わらん!」


『それは、捕まえてから判断します』


 七色の光が鉄扉を包み込む。


 セルディオは舌打ちすると、懐から黒い札を取り出した。


「《影渡り》!」


 黒い煙が身体を包み、彼の姿が一瞬で消える。


 しかし、次の瞬間。


「――残念だったな」


 低い声が響いた。


 セルディオが転移した先は、地下水路の広間。


 そこには黒い外套をまとった長身の男が立っていた。


《黒狼》レオナード・ヴァルディス。


 その背後には、王国騎士団の精鋭たちが整然と並んでいる。


「なぜ、ここに……!」


「甥っ子から連絡があってな。逃げ道を塞いでおいてくれってよ」


 レオナードは肩に担いだ剣をゆっくり下ろした。


「大人しく捕まるなら、痛い目を見ずに済むぞ」


「貴様らに、我らの大願が理解できるものか!」


 セルディオが黒い結晶を掲げる。


 結晶から濁った魔力が噴き出し、巨大な黒い獣の形を取った。


 四本の腕を持ち、背中に不完全な翼を生やした異形。


 その姿は、かつてレオンが討ち滅ぼした魔将ヴァルグリムを思わせた。


 だが、あくまで残留魔力を寄せ集めた模造品にすぎない。


「ほう。随分と趣味の悪い番犬だな」


 レオナードは剣を構えた。


 異形が咆哮し、四本の腕を振り下ろす。


 石床が砕け、濁流が跳ね上がった。


 だが、その中心にいたレオナードは一歩も退いていなかった。


「――《黒狼閃》」


 鋭い斬撃が闇を切り裂く。


 異形の四本の腕が、一瞬で切断された。


 続けざまの一閃が胴体を貫き、黒い魔力を霧散させる。


 セルディオの顔から血の気が引いた。


「ば、馬鹿な……!」


「こんなもので王国をどうにかできると思ったのか?」


 レオナードは呆れたように言った。


「うちの甥っ子を相手にする以前の問題だな」


 その瞬間、広間の天井に銀色の魔法陣が展開された。


「まったく。あなたは少し乱暴すぎますわ、レオナード」


 涼やかな声とともに、イザベラ・シルヴェインが姿を現す。


 銀色の魔力が広間全体を包み、セルディオの足元から細い拘束鎖が伸びた。


「――《白銀封鎖》」


「ぐっ……!」


 セルディオの両腕が背中へ固定される。


 しかし、彼はなおも笑った。


「くく……。残念だったな。私を捕らえたところで、既に情報は外へ送られている!」


 イザベラの眉がわずかに動く。


「情報?」


「七属性の共鳴反応……。王都の防壁構造……。そして、ヴァルディス家の力!」


 セルディオは狂気を帯びた目で二人を睨みつけた。


「すべては、次なる時代のために!」


 その言葉と同時に、彼の手の中の記録結晶が赤く点滅した。


 レオナードが動くより早く、結晶から黒い光が放たれる。


 だが――。


「それは困りますね」


 第三の声が響いた。


 七色の光が空間に広がり、記録結晶を包み込む。


 転送されかけた魔力が停止した。


 光の中から姿を現したのは、レオンハルトだった。


 その隣には、銀髪の護衛騎士エレノアが控えている。


「レオン様。転送術式の封鎖を確認しました」


「ありがとう、エレノア」


 レオンは結晶を指先で摘まみ上げた。


「情報の送信先も分かりました。もっとも、向こうに届いたのは偽の記録だけですが」


「……何だと?」


 セルディオの声が震えた。


「あなたが王都で観測した俺の魔力は、最初から解析できないようにしてありました。それでも転送を試みると思ったので、送信先だけ追わせてもらいました」


 レオンは穏やかに続けた。


「本当の七属性の構造は、一つも渡していません」


 セルディオの表情が崩れた。


 自分が積み重ねた計画は、最初から最後まで少年の掌の上だったのだ。


「……化け物め」


「人を実験材料にしたあなたに、そう呼ばれる筋合いはありません」


 レオンの声音が冷たくなった。


「カインだけじゃない。王都の住民全員を危険にさらした。その責任は、きちんと取ってもらいます」


 セルディオは何も言えなかった。


 イザベラが拘束を強め、レオナードが王国騎士団へ引き渡しを命じる。


 こうして、神託院を揺るがした黒翼事件の主犯格は、ついに王国の手に落ちた。


 しかし、レオンの視線は別の場所へ向けられていた。


 記録結晶に残されていた、たった一つの暗号化された通信先。


 その方角は、王国の外。


 西方の国境を越えた先にあった。


「……帝国方面、か」


 レオンは小さく呟いた。


 エレノアがその横顔を見つめる。


「レオン様?」


「いや。まだ確かなことは言えない」


 少年は結晶を封印箱へ収めた。


「でも、この事件は王都だけで終わらないのかもしれないね」


 地下水路の奥で、冷たい風が吹いた。


 黒翼の陰謀は、ひとまず断たれた。


 だが、その残した影は、王国の国境の向こうへ伸びていた。



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