第146話 七つの星が王都を守る
王都の鐘が、一斉に鳴り響いた。
それは火災でも、敵襲でもない。王都の防衛結界そのものに異常が発生したことを知らせる、最高位の警戒鐘だった。
学園の第三訓練場では、地面に拘束されたカインの胸元から黒い光が立ち上っていた。
その光に呼応するように、王都の各所で漆黒の魔法陣が浮かび上がる。
「王都北区、魔力炉の出力が急上昇!」
「西門の防壁が逆流しています! このままでは結界の支柱が破裂します!」
駆け込んできた学園職員の報告に、周囲の生徒たちが青ざめた。
レオンハルトは空を見上げた。
七色の光を帯びた瞳には、肉眼では捉えられない無数の魔力の糸が映っている。
黒い魔法陣は独立していなかった。王都の地下を走る古い魔力導管を通じて互いに接続され、都市全体を巨大な術式へと変えようとしていたのだ。
しかも、その中心には、カインの身体に刻まれた黒翼の紋章がある。
「……なるほど。最初から俺をここへ呼び出すための仕掛けか」
レオンは小さく呟いた。
敵はカインが自分に勝てないことを承知していた。むしろ、カインを制圧する際にレオンの魔力が接触することこそ、計画の本命だったのだ。
「レオン様!」
エレノアが駆け寄る。
「アルフォンス様への連絡は済ませました。王宮にも緊急伝令を送っています」
「ありがとう、エレノア。君はこの場の指揮を頼む。カインを絶対に動かさないでくれ」
「承知しました。ですが、レオン様は……」
「王都の術式を止める」
その言葉に迷いはなかった。
フィオナが状況を察して一歩前へ出る。
「学園内の避難は私が引き受けます。必要な指示を」
「リゼット、学園の防護結界を外側から固定できる?」
「できます。ただ、王都の魔力炉と接続したままだと……」
「接続は俺が切り離す。君は学園側の魔力が逆流しないようにしてほしい」
「はい!」
「エリシアは負傷者の治療を。セレスティアは王宮と連絡を取り続けてくれ」
「任せて、レオン」
「ええ。あなたが動きやすいように、こちらは私たちで守ります」
シャルロットも進み出た。
「レオン、私にも何かさせて」
レオンは従姉の顔を見た。
先日の事故で傷めた魔力回路は回復に向かっているが、医師から本格的な戦闘の許可はまだ出ていない。
「シャル姉はルシウスと一緒に避難誘導を頼む。戦わなくてもできることは多い」
「……分かった。無茶はしない。だから、あなたもね」
「もちろん」
レオンが微笑んだ直後、王都の西方から巨大な爆音が響いた。
空に走った黒い亀裂が、城壁の上空へ広がっていく。
その光景を見たカインが、拘束されたまま笑い声を漏らした。
「は……ははっ! どうだ、レオン! 俺の力はまだ終わってねえ!」
「違う」
レオンは静かに言った。
「これはお前の力じゃない。お前の身体に埋め込まれた術式が、王都を人質にしているだけだ」
「何……?」
「お前を利用した人間は、最初からお前が負けると分かっていたんだよ」
カインの笑みが消えた。
そのとき、王都上空に銀色の巨大な結界が展開された。
夜空に満月が浮かんだかのような、美しい光。
「――《銀月天蓋》」
母エレオノーラの声が、魔力を通じて響く。
銀の光が城壁の上を覆い、暴走しかけていた防壁の魔力を一時的に安定させた。
続いて、王都の南門から黒い獅子を象った魔力の波動が立ち上がる。
「レオン! こちらは私が引き受ける!」
父アルフォンスの声だった。
さらに東区では《黒狼》レオナード、西区では《白銀の女帝》イザベラの魔力が動き始める。
四人が、それぞれ異なる場所で都市の崩壊を食い止めていた。
「父上たちが時間を稼いでくれている……」
レオンは目を閉じ、王都全体へ意識を広げた。
地下の魔力導管。
古代の封印陣。
防壁の制御核。
魔力炉の安全弁。
無数の術式が、頭の中で立体的な地図へと組み上がっていく。
そして、もう一つ。
黒い魔法陣の奥から、王都の外へ向かって伸びる細い魔力の糸を見つけた。
「……見つけた」
それは観測用の術式だった。
何者かが、この混乱の中でレオンの魔力を測定しようとしている。
レオンは薄く笑った。
「俺の力を調べたいのか。それなら、少しだけ付き合ってやるよ」
右手を掲げる。
銀色の腕輪が淡く輝いた。
「――《七彩神星陣》」
火、水、風、土、雷、光、闇。
七つの光輪が、レオンの周囲に静かに現れた。
だが、その魔力は王都全体を吹き飛ばすような荒々しいものではない。
一本一本の魔力導管を識別し、正常な流れと汚染された流れを選り分ける、極限まで精密な制御。
水が逆流を鎮め、土が導管を固定し、風が余剰魔力を逃がす。
雷が暴走する術式の連結を断ち、火が黒い呪印だけを焼き払う。
光が防壁の正常な機能を回復させ、闇が汚染された魔力を隔離していく。
七属性が互いを邪魔することなく、王都という巨大な魔法機構の内部で同時に働き始めた。
王都の人々は、空を見上げた。
黒く染まっていた魔法陣が、一つ、また一つと七色の光へ変わっていく。
「すごい……」
リゼットが息を呑んだ。
彼女には分かっていた。
あれほど巨大な魔法を発動していながら、レオンは学園の防護結界に一滴の余計な魔力さえ流していない。
単なる魔力量ではない。
制御の精度そのものが、常識から外れていた。
やがて、王都全域を覆っていた黒い光が消えた。
魔力炉の出力が正常値へ戻り、防壁の亀裂も閉じていく。
警戒鐘が、ようやく鳴りやんだ。
だが、レオンは術式を解かなかった。
黒い観測の糸が、まだ一本だけ残っていたからだ。
「さて……」
彼は、その糸の向こうにいる相手へ向けて囁いた。
「今度は、こっちの番だ」
七色の光の中で、一本の黒い糸が逆方向へ走り始めた。




