第142話 学園の新たなる王者――敗者たちの敬意と五人の乙女
王国暦八二二年、新春月二十八日。
王立アストレア学園。
朝の中央広場は、普段とは明らかに違う雰囲気に包まれていた。
「おはようございます、レオンハルト様!」
「序列第一位、おめでとうございます!」
「昨日の試合、感動しました!」
……。
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、校門をくぐったところで足を止めた。
……何だ、これは。
昨日までも声をかけられることはあったが、今日は明らかに人数が違う。
一年生だけではない。
二年生も、三年生も。
普段ならすれ違うだけだった上級生たちが、次々と頭を下げてくる。
「……レオン様」
隣を歩くエレノアが、楽しそうに微笑んだ。
「随分と人気者になられましたね」
「……からかわないでよ」
「ふふ。事実でございます」
彼女の銀髪には、俺が贈った小さな髪飾りが輝いている。
その姿を見ると、昨日の祝勝会を思い出した。
父上も母上も、叔父上も叔母様も、本当に喜んでくれた。
……勝ったことより、相手を尊重したことを褒めてくれたのが嬉しかったな。
「レオン様!」
一人の一年生が駆け寄ってきた。
剣術科の男子生徒だ。
「昨日の最後の一撃、どうやったんですか!?」
「……光と風の魔力を合わせただけだよ」
「それができないんです!」
……。
確かに。
言われてみれば、そうかもしれない。
俺は少し考えた。
「まずは一つの属性を安定させるところから始めるといいよ。二つを同時に動かそうとすると、どちらも乱れやすいから」
「な、なるほど!」
少年は嬉しそうに頭を下げた。
「ありがとうございます!」
その背中を見送りながら、エレノアが小さく笑う。
「……レオン様らしいですね」
「何が?」
「序列第一位になられても、何も変わらないところです」
……。
俺は、少しだけ肩をすくめた。
「順位が変わっただけだからね」
◇
午前の授業が終わった頃。
俺は、カイルに連れられて第三訓練場へ向かっていた。
「レオン、ちょっと付き合えよ」
「何かあるの?」
「行けば分かる」
……。
何だか嫌な予感がする。
だが、訓練場の扉を開けた瞬間、その予感は外れた。
「――来たか、レオンハルト!」
そこにいたのは、三人の上級生。
アーヴィン・グランフェルト。
クラウディア・ヴェルナーゼ。
レオナルド・バルフェルト。
昨日までの学園序列上位者たちだった。
「……皆さん?」
俺が驚くと、レオナルド先輩が豪快に笑った。
「昨日の今日で悪いな!」
「いえ。それで、何か?」
アーヴィン先輩が一歩前へ出た。
「君に頼みがある」
その表情は、真剣だった。
「……私たちと、合同訓練をしてくれないか?」
……。
俺は目を瞬かせた。
「合同訓練、ですか?」
「ああ」
アーヴィン先輩は頷いた。
「昨日の敗北で、よく分かった。私たちは自分たちの強さに満足していたんだ」
クラウディア先輩が静かに続ける。
「私は魔法理論なら誰にも負けないつもりでした。ですが、あなたの術式を見て、自分の知識がどれほど狭かったか思い知らされました」
レオナルド先輩も大剣を肩へ担いだ。
「俺は力で押し切ることばかり考えてた。お前の剣を見て、まだまだ工夫できると分かったんだよ」
……。
俺は、三人の顔を見た。
そこには、悔しさが残っている。
だが、それ以上に。
新しい目標を見つけた人間の、強い輝きがあった。
「……もちろんです」
俺は微笑んだ。
「俺も、皆さんと練習できるなら嬉しいです」
「本当か!?」
レオナルド先輩が声を上げる。
「はい。ただ、俺も教えるのが上手いかは分かりませんけど」
「問題ない」
アーヴィン先輩が笑った。
「私たちも、ただ教わるつもりはない。君に一つでも新しい発見を与えられるよう努力する」
……。
いいな。
こういう関係。
ゲームでは、学園の序列上位者は主人公が倒すための強敵だった。
だが今、目の前にいるのは。
一緒に強くなろうとする、仲間たちだった。
◇
その日の昼休み。
学園中庭。
「レオン!」
セレスティアが手を振っていた。
隣にはリゼットとエリシア。
少し離れたベンチには、回復途中のシャル姉が座っている。
俺が近づくと、セレスティアが微笑んだ。
「今日は大変だったみたいね」
「……もう聞いたの?」
「ええ。上級生たちから合同訓練を頼まれたのでしょう?」
「うん」
リゼットの瞳が輝いた。
「……クラウディア先輩も参加されるんですか?」
「そうだよ」
「……私も、魔法理論のお話を聞いてみたいです」
「じゃあ、今度一緒にどう?」
「……はい!」
リゼットが嬉しそうに微笑んだ。
そのとき。
「――レオンハルト様!」
背後から、聞き慣れない声がした。
振り向くと、三人の女子生徒が立っていた。
いずれも上級生らしい。
「昨日の試合、とても素敵でした!」
「もしよろしければ、今度お茶をご一緒しませんか?」
「私たち、ずっとお話ししてみたかったんです!」
……。
俺は、少し困った。
「ありがとうございます。でも、今は約束がいくつかあるので……」
「そ、そうですか……」
三人は残念そうにしながらも、丁寧に頭を下げて去っていった。
……。
何だか、妙な空気になった。
セレスティアが、じっと俺を見ている。
リゼットも。
エリシアも。
そしてシャル姉まで。
「……レオン」
セレスティアが、静かに微笑んだ。
「随分、人気者になったわね?」
「……そうかな」
「そうよ」
シャル姉が腕を組んだ。
「今朝なんて、三年生の女子がレオンの話ばかりしていたんだから」
……。
俺は、苦笑した。
「試合の話じゃないの?」
「それだけじゃないわよ」
エリシアが、少し頬を赤くした。
「……レオン様は、とても優しいですから」
リゼットも、小さく頷いた。
「……それに、強くて、何でもできて……」
……。
セレスティアが、俺の袖を軽く引いた。
「……でも、レオン」
「うん?」
「王宮の温室へ行く約束、忘れていないでしょうね?」
……。
俺は、頷いた。
「もちろん」
……。
その瞬間。
エリシアが、少し慌てたように声を上げた。
「……わ、私とのお出かけも!」
「うん。覚えてるよ」
……。
リゼットが、小さな声で呟く。
「……私も、また一緒に研究したいです」
「もちろん」
……。
シャル姉が、楽しそうに笑った。
「……じゃあ、私は次の庭園散歩を予約しておこうかしら」
「身体が完全に治ってからね」
「もう。分かってるわよ」
……。
四人が顔を見合わせた。
そして。
小さく笑った。
……。
俺は、その様子を見ながら思った。
……何だか、最近ますます賑やかになってきたな。
◇
放課後。
ヴァルディス公爵邸。
俺が自室で資料を読んでいると、扉が静かに叩かれた。
「レオン様。お茶をお持ちしました」
「ありがとう、エレノア」
銀髪の少女が、温かな紅茶を机へ置く。
そして、俺の隣へ立った。
「本日は、お疲れさまでございました」
「……うん。色々あったよ」
「ふふ。学園の王者ですもの」
……。
俺は、苦笑した。
「その呼び方は、やめてほしいな」
エレノアは、静かに微笑んだ。
「では、いつも通りに」
……。
彼女は、少しだけ身を屈めた。
「……私の、大切なレオン様」
……。
俺は、思わず彼女を見た。
……。
エレノアの頬が、ほんのり赤く染まっていた。
「……エレノア?」
「……何でもございません」
彼女は、慌てて姿勢を正した。
……。
俺は、少し笑った。
「……ありがとう」
……。
その言葉に。
エレノアは、嬉しそうに微笑んだ。
◇
同じ頃。
神託院地下特別研究局。
……。
セルディオ・クロイツは、机の上に置かれた報告書を読んでいた。
《学園序列第一位》
《七属性完全統御》
《外部魔力供給なし》
……。
彼は、静かに笑った。
「……やはり、想定以上ですね」
……。
机の上には、黒い結晶。
魔剣グリムヴェインから採取された残留魔力を封じたものだった。
……。
その結晶が、かすかに赤く脈打つ。
……。
「……ですが」
セルディオは、低く呟いた。
「……どれほど強大な力でも、運命の歯車を狂わせれば……」
……。
彼は、結晶へ手を伸ばした。
……。
「……いずれ、代償を支払うことになる」
……。
その背後。
黒い翼の紋章が刻まれた魔法陣が、静かに輝いた。
……。
そして。
……。
セルディオは、薄く笑った。
「……準備を進めましょう」




