第14話 封印された地下遺構と、銀月の魔女の本領
王国暦八百二十一年、春月二十五日。
王都から北へ馬車で半日。
深い森と険しい山々に囲まれた場所に、その施設は存在していた。
旧王国転移中継所。
十年前に閉鎖され、現在は公式な運用認可を失っている魔導施設だ。
「……思っていたより、立派だな」
俺は馬車から降り、石造りの建物を見上げた。
高さはおよそ三十メートル。
巨大な円形の塔を中心に、複数の建物が連なっている。
壁には古代魔導文字が刻まれ、中央の塔には巨大な魔法陣が埋め込まれていた。
……なるほど。
これだけの施設なら、地下に何かが隠されていても不思議じゃない。
「レオンちゃん!」
背後から、明るい声が響いた。
振り返ると、母エレオノーラが嬉しそうに手を振っていた。
「見て見て! この魔法陣、古いけど面白い構造をしているわ!」
「……母上」
「普通の転移術式とは違うのよ。空間座標の固定方法が特殊なの!」
母の瞳は、完全に研究者のものになっていた。
……楽しそうだな。
昨日まで俺の心配ばかりしていた人と、同一人物とは思えない。
「エレオノーラ」
父アルフォンスが、静かに声をかけた。
「調査を始める前に、安全確認だ」
「あら、そうだったわね」
母は、にっこりと微笑んだ。
「じゃあ、お母様が確認してあげる♡」
その瞬間。
銀色の魔力が、母の周囲に広がった。
……うわ。
凄い魔力量だ。
母は、六属性の魔法を高次元で操る伝説級の魔法使い。
銀月の魔女。
その異名は、伊達ではない。
◇◆◇
今回の調査には、王国監察官三名と王国魔導院の調査官五名が同行していた。
さらに、公爵家からは父、母、俺、エレノア、そして騎士団長ガルディオを含む護衛部隊。
総勢三十名ほどの調査隊だ。
ただし、俺たちは勝手に施設を捜索しているわけではない。
国王アレクシス陛下の正式な命令に基づき、旧転移中継所の安全性と違法な魔導具搬入の疑惑を調べている。
調査責任者は、王国監察官のルドルフ・ヘインズ。
五十歳前後の、厳格そうな男だった。
「ヴァルディス公爵閣下」
ルドルフが父へ頭を下げた。
「これより施設内部の調査を開始いたします」
「承知した」
父は静かに頷いた。
「ただし、不審な魔導具を発見した場合は、むやみに触れるな」
「心得ております」
「そして、何か異変があれば即座に撤退する」
父の声が、低く響いた。
「今回の目的は証拠の保全だ。命を賭けた探索ではない」
……さすが父上。
こういう判断は、やはり経験が違う。
俺は、隣に立つエレノアへ視線を向けた。
「エレノア」
「はい、レオンハルト様」
「何か感じるか?」
彼女は周囲を見渡した。
「……人の気配が、少なすぎます」
「……やっぱり、そう思うか」
ここには最近まで物資が運び込まれていた。
大型の魔力遮断結晶が十二基。
それほどの荷物を搬入するなら、作業員や護衛がいたはずだ。
だが、現在の施設は静まり返っている。
……逃げたのか。
それとも。
まだ、どこかに隠れているのか。
俺は静かに目を細めた。
◇◆◇
施設内部。
巨大な転移魔法陣の周囲には、十二本の石柱が並んでいた。
その一部には、新しい金属製の固定具が取り付けられている。
「……これですね」
魔導院の調査官が、石柱を指差した。
「魔力遮断結晶の設置台です」
俺は近づき、慎重に観察した。
……確かに。
石柱の内部に、魔力の流れを阻害する術式が組み込まれている。
だが、少し奇妙だ。
「……母上」
「なあに、レオンちゃん?」
「これ、単純な魔力遮断装置じゃありませんよね?」
母の瞳が、鋭く光った。
「……よく気づいたわね」
そして、石柱へ手をかざした。
「この術式、魔力を消しているわけじゃないの」
「……では?」
「特定の方向へ、流れを変えているのよ」
……流れを変える?
俺は、もう一度魔法陣を見つめた。
十二本の石柱。
中央の転移陣。
そして、地下へ伸びる魔力導線。
……なるほど。
「……魔力を、地下へ送っている?」
母が、嬉しそうに微笑んだ。
「正解♡」
……やっぱりか。
つまり、この施設は単なる通信妨害装置ではない。
魔力を集め、地下へ送り込む仕組みになっている。
「……何のために?」
俺が呟くと、母は静かに答えた。
「それを、これから調べるのよ」
◇◆◇
調査開始から一時間。
地下へ続く階段が発見された。
それは、中央の転移魔法陣の真下に隠されていた。
「……随分と巧妙に隠してあるな」
父が低く呟いた。
階段の入口には、複雑な封印術式が施されている。
魔導院の調査官たちが、慎重に解析を始めた。
だが。
「……これは……」
一人の調査官が、困惑した声を漏らした。
「……通常の解除術式では、開きません」
「……どういうことだ?」
ルドルフ監察官が尋ねる。
「封印が、古代魔導文明の術式で構成されております」
……なるほど。
俺は、静かに目を細めた。
古代魔導文明。
原作ゲームでも、重要な要素だった。
現代の魔法体系とは異なる理論。
そして、失われた技術。
だが。
俺には、一つ気になることがあった。
……この術式。
見覚えがある。
俺は、ゆっくりと魔法陣へ近づいた。
「……レオンハルト様?」
エレノアが、不安そうに声をかけた。
「……大丈夫だ」
俺は、静かに右手を伸ばした。
そして。
《無限神力》。
ほんのわずかに、力を流し込む。
次の瞬間。
魔法陣が、淡く光った。
「……なっ!?」
調査官たちが、驚愕する。
封印術式が、ゆっくりと回転を始めた。
そして。
ゴゴゴゴ……。
重い音と共に、地下への扉が開いた。
「……開いた……?」
ルドルフ監察官が、呆然と呟いた。
俺は、静かに微笑んだ。
「……術式の流れを、少し整えただけです」
……まあ。
嘘ではない。
実際には、神力を使って封印の認証部分へ干渉しただけだ。
だが、細かい説明は必要ないだろう。
母が、嬉しそうに俺へ抱きついてきた。
「レオンちゃん、凄いわ!」
「……母上!」
「お母様でも、少し時間がかかる術式だったのに!」
「……ちょっと、苦しいです!」
父が、豪快に笑った。
「ははは! さすが我が息子だ!」
……いや。
ここ、危険な遺構の入口なんですけど。
少しは緊張感を持ちましょうよ。
◇◆◇
地下遺構。
そこは、地上の施設とはまるで違う空間だった。
巨大な石造りの通路。
壁に刻まれた古代文字。
そして、青白く光る魔導灯。
……まるで、別の時代へ迷い込んだみたいだな。
「……これは、凄い」
魔導院の調査官たちが、興奮した声を上げた。
「古代文明の保存状態が、これほど良いとは……!」
だが。
俺は、別のことが気になっていた。
……魔力の流れ。
通路の奥から、異様な魔力が漂ってくる。
しかも。
その魔力には、どこか不自然な感触があった。
……まるで、生き物みたいだ。
「……レオンハルト」
父が、静かに声をかけた。
「……はい」
「……何か感じるか?」
「……奥に、強い魔力反応があります」
父は、ゆっくりと頷いた。
「……やはりな」
その瞬間。
通路の奥から、低い音が響いた。
ゴゴゴゴ……。
「……何だ!?」
護衛騎士たちが、一斉に剣を抜いた。
そして。
巨大な石像が、ゆっくりと動き始めた。
「……ゴーレム!?」
魔導院の調査官が叫んだ。
石像の高さは、五メートルほど。
全身に古代文字が刻まれ、胸部には巨大な魔石が埋め込まれている。
……なるほど。
遺構の防衛装置か。
だが。
次の瞬間。
ゴーレムの瞳が、赤く光った。
そして。
巨大な腕を振り上げた。
「……全員、下がれ!」
父の声が響いた。
護衛騎士たちが、調査官を守るように後退する。
俺は、静かに右手を上げた。
《万有引力》。
次の瞬間。
ゴーレムの身体が、空中で停止した。
「……なっ!?」
調査官たちが、驚愕する。
俺は、静かに微笑んだ。
「……少し、重力を調整しました」
……さて。
どうするか。
破壊するのは簡単だ。
だが、古代文明の貴重な資料でもある。
できれば、壊したくない。
そのとき。
「……レオンちゃん」
母が、静かに声をかけた。
「……はい?」
「……お母様に、任せてくれる?」
俺は、少しだけ驚いた。
「……母上?」
母は、柔らかく微笑んだ。
「……壊さずに、止めてあげる」
そして。
ゆっくりと右手を上げた。
銀色の魔力が、周囲に広がる。
……凄い。
俺は、思わず息を呑んだ。
母の魔力が、ゴーレムの身体へ絡みついていく。
そして。
「……《銀月封鎖》」
その瞬間。
ゴーレムの全身に、銀色の魔法陣が浮かび上がった。
巨大な身体が、ゆっくりと停止する。
赤く光っていた瞳も、静かに消えた。
「……終わりよ♡」
母は、にっこりと微笑んだ。
……いや。
本当に凄いな。
俺は、素直に感心した。
「……お見事です、母上」
その瞬間。
母の顔が、ぱあっと明るくなった。
「レオンちゃんに褒められた!」
……あ。
また始まった。
母は、嬉しそうに俺へ抱きついてきた。
「お母様、もっと頑張っちゃう♡」
「……母上!」
父が、豪快に笑った。
「ははは! よかったな、エレオノーラ!」
……この二人。
本当に、緊張感がないな。
◇◆◇
その頃。
地下遺構のさらに奥。
黒い外套をまとった男たちが、魔導装置の前に立っていた。
「……侵入者が、第一防衛線を突破しました」
部下が、震える声で報告した。
黒衣の男は、静かに頷いた。
「……予想通りだ」
「……ですが、ゴーレムまで停止させられました」
「……問題ない」
男は、ゆっくりと笑った。
「……本命は、まだ奥にある」
そして。
巨大な魔導装置へ視線を向けた。
そこには、複雑な古代文字が刻まれていた。
『魔力吸収機構』
男は、静かに呟いた。
「……黒き暴君」
その声には、冷たい期待が宿っていた。
「……どこまで耐えられるか、見せてもらおう」
◇◆◇
地下遺構、第二層。
俺たちは、巨大な扉の前へ到着していた。
扉には、古代文字が刻まれている。
その中央には、奇妙な紋章。
……これは。
俺は、静かに目を細めた。
原作ゲームで見たことがある。
古代対魔法兵器。
その研究施設に使われていた紋章だ。
「……レオンハルト様」
エレノアが、小さく声をかけた。
「……どうなさいましたか?」
「……いや」
俺は、静かに首を振った。
「……少し、気になることがあってな」
そのとき。
母が、扉へ手をかざした。
「……この先」
その声が、わずかに低くなる。
「……かなり危険ね」
父の瞳が、鋭く光った。
「……何がある?」
母は、静かに答えた。
「……魔力を吸収する仕組みがあるわ」
その瞬間。
俺の心臓が、大きく跳ねた。
……やっぱり。
原作で、レオンハルトを追い詰めた兵器。
その技術が、ここに眠っている。
俺は、静かに拳を握った。
……なら。
今度こそ。
その正体を、暴いてやる。
――封印された地下遺構の奥で、黒き暴君を討つための古代兵器が、静かに目覚めようとしていた。




