第13話 悪役公爵令息、運命の罠を逆手に取る
王国暦八百二十一年、春月二十三日。
ヴァルディス公爵家、王都別邸。
昨夜の建国記念舞踏会から、一夜が明けた。
王都は、朝から大騒ぎだった。
『王太子殿下、舞踏会で公爵令息を公開糾弾』
『元婚約者、過去の証言を撤回』
『国王陛下、王太子府に対する調査を命令』
新聞の見出しを眺めながら、俺は小さくため息をついた。
「……目立ちたくないんだけどな」
「そのお言葉、最近よく耳にいたしますね」
背後から声がした。
振り返ると、エレノアが紅茶を運んできたところだった。
「……実際、そう思ってるんだよ」
「ですが、王女殿下を救い、聖女様を救い、昨日は王太子殿下の告発まで退けられました」
エレノアは、カップを置きながら微笑んだ。
「目立たない方が難しいかと」
「……それを言われると困る」
俺は苦笑した。
彼女の言う通りだ。
ただ、俺が本当に気にしているのは新聞ではない。
昨夜、セバスティアンから受け取った情報。
ヴァルディス公爵夫妻を国外へ派遣する計画。
それが、原作ゲームで起きた悲劇と酷似していることだった。
◇◆◇
『エターナル・レガリア』。
俺が転生する前に知っていたゲームでは、レオンハルト・ヴァルディスは最終的に王国の敵として討伐される。
十七歳。
まだ少年と呼ばれる年齢だった。
六万の軍勢。
王国の精鋭騎士。
教会の聖騎士。
そして、古代の対魔法兵器。
それらが一斉に公爵家へ押し寄せた。
原作のレオンハルトは、逃げなかった。
使用人たちを守るため、たった一人で戦った。
三日間。
圧倒的な敵を相手に戦い続け、最後は力尽きた。
その間、父と母は国外にいた。
外交任務。
王命による派遣。
そして、帰国を阻む通信の遮断。
原作の物語では、それらは単なる背景事情として扱われていた。
だが。
今の俺には、別のものに見える。
……最初から、両親を遠ざけるための仕組みだったんじゃないか?
もちろん、まだ断定はできない。
今回の計画が原作と同じ結末へ直結するとも限らない。
だが、偶然として見過ごすには危険すぎる。
「……レオンハルト様」
エレノアの声で、俺は現実へ引き戻された。
「……ん?」
「昨夜から、何かお考えですね」
……鋭いな。
「少し、気になることがあってな」
「……旦那様と奥様に関することでしょうか?」
俺は思わず彼女を見た。
エレノアは静かに微笑んだ。
「レオンハルト様は、ご自身の危険についてはあまり表情を変えられません」
「……そうか?」
「ですが、ご家族に関することでは違います」
彼女は俺の前に立った。
「私にも、お手伝いさせてください」
その真っ直ぐな瞳を見て、俺はしばらく黙った。
……隠し通せる相手じゃないな。
「……わかった」
俺は机の引き出しから一枚の報告書を取り出した。
「父上と母上を、国外へ派遣しようとしている連中がいる」
エレノアの表情が引き締まった。
「……王命で、ですか?」
「まだ正式な王命じゃない。王太子府の周辺で、そういう案が動いているらしい」
「……不自然ですね」
「ああ」
俺は頷いた。
「父上は軍事貴族の当主だ。国境問題で派遣されること自体はあり得る。だが、母上まで同時に必要なのか?」
「……外交魔法顧問という名目なら、可能ではあります」
「そうだな。だからこそ厄介なんだ」
合法的に見える理由を作り、二人を遠ざける。
それが相手の狙いなら、単に反対しただけでは解決しない。
俺は報告書を指先で叩いた。
「必要なのは、計画の出所と、本当の目的を調べることだ」
エレノアは静かに頷いた。
「……承知いたしました」
そして、少しだけ微笑んだ。
「ですが、一つだけお願いがございます」
「何だ?」
「お一人で、すべてを背負わないでください」
俺は言葉に詰まった。
「……私は、あなたに守られるだけの存在ではありません」
その声には、確かな強さがあった。
「あなたをお守りするために、ここにいるのです」
……まったく。
頼もしい護衛だ。
「……わかったよ」
俺は笑った。
「一緒にやろう、エレノア」
「……はい!」
彼女は、心から嬉しそうに微笑んだ。
◇◆◇
午前十時。
公爵家の執務室。
「……セバスティアン」
「はい、レオンハルト様」
「外交任務の件、どこまでわかった?」
老執事は、机に数枚の書類を並べた。
「現在、王太子府の一部官吏が、北方のグランヴェル王国との国境協議を提案しております」
「……グランヴェル王国?」
「はい。数年前から通商路の通行税を巡る交渉が続いている国でございます」
なるほど。
実際に外交上の懸案が存在するわけか。
「……それなら、任務自体に不自然さはないな」
「おっしゃる通りです」
セバスティアンは次の書類を差し出した。
「ですが、今回の提案書には奇妙な点がございます」
「……どこだ?」
「交渉代表としてアルフォンス様、魔法顧問としてエレオノーラ様を指名しております」
「……二人とも、か」
「さらに、派遣期間は三か月。必要に応じて延長可能と記載されております」
俺は目を細めた。
三か月。
……長いな。
国境協議として不可能な期間ではない。
だが、両親を同時に長期間不在にする理由としては、少し強引だ。
「提案した官吏は?」
「王太子府外交補佐官、ベルナール・クロイツでございます」
「……聞いたことがない名前だな」
「最近、王太子殿下の側近として登用された人物です」
セバスティアンは、さらに続けた。
「そして、ベルナールには一つ、気になる接点がございます」
「……何だ?」
「マルクス司祭が関係していた慈善団体へ、過去に寄付を行っております」
……なるほど。
少しずつ繋がってきたな。
ただし、寄付だけで共犯とは言えない。
慈善団体への寄付など、貴族社会では珍しくもない。
「寄付の時期と金額は?」
「三か月前から計四回。総額は金貨二百枚でございます」
「……かなりの額だな」
「しかも、本人の公的な収入とは釣り合いません」
俺は書類を見つめた。
……資金の出所が別にある。
その可能性は高そうだ。
「セバスティアン。寄付をしたという事実だけで騒ぐな。まずは金の流れを確認しよう」
「承知しております」
「それと、提案書の原本を勝手に持ち出したりするなよ」
老執事が、わずかに微笑んだ。
「ご安心ください。今回の資料は、正規に公開された会議記録と、提出者の同意を得た写しでございます」
……さすがだ。
こういうところが、セバスティアンの頼もしい部分なんだよな。
「じゃあ、次は……」
俺が言いかけたとき。
扉が開いた。
「……レオンハルト」
父アルフォンスだった。
……あ。
その後ろには、母エレオノーラもいる。
「……父上、母上」
「おはよう、レオンちゃん♡」
母はいつも通りの笑顔だった。
だが、父の表情は真剣だ。
「少し話をしようか」
……どうやら、隠し事は終わりらしい。
◇◆◇
「……つまり」
父は、机に並べられた書類を見つめた。
「私とエレオノーラを国外へ派遣する計画が、王太子府で検討されていると」
「……はい」
俺は頷いた。
「まだ正式決定ではありません。ただ、時期と提案者が気になって」
父は黙って資料を読み進めた。
その隣で、母も書類を確認している。
……意外だ。
母は普段、俺のことになるとすぐ抱きついてくる。
だが今は、王国有数の魔法使いらしい鋭い目をしていた。
「……この転移中継所」
母が指差した。
「グランヴェルへ向かう途中で使う予定になっているわね」
「……はい」
「ここ、十年前に廃止された施設よ」
「……え?」
俺は思わず顔を上げた。
母は書類を机に置いた。
「正確には、王国魔導院の認可が失効しているの」
「……では、使えない?」
「通常の転移術式ではね。特殊な座標を知っていれば、別だけれど」
父の目が細くなる。
「……その施設を経由させる理由は?」
「記載されていないわ」
母は静かに微笑んだ。
……あ。
その笑顔。
嫌な予感しかしない。
「レオンちゃん」
「……はい」
「お母様たちを、どこかに閉じ込めようとしている人がいるのかしら?」
「……まだ、わかりません」
「そう」
母は頷いた。
「じゃあ、確かめましょうね」
その声が、妙に優しい。
父もゆっくりと頷いた。
「レオンハルト」
「……はい」
「なぜ、昨夜のうちに相談しなかった?」
……うっ。
「……まだ情報が不確かでしたので」
「それは理由の一つだろう」
父は俺を真っ直ぐに見た。
「お前は、私たちを心配させまいとしていたのではないか?」
……図星だ。
俺が黙っていると、父は小さく息を吐いた。
「息子に心配されるのは嬉しい。だが、父親としては少々寂しいな」
「……父上」
「家族を守るための戦いなら、家族を頼れ」
父は俺の肩に手を置いた。
「お前一人の戦いではない」
母も反対側から俺を抱きしめた。
「そうよ、レオンちゃん。お母様たちはそんなに弱くないんだから」
……知ってます。
むしろ王国でも最強クラスでしょう。
「……すみませんでした」
俺が素直に謝ると、父は満足そうに頷いた。
「よし」
母は嬉しそうに笑った。
「じゃあ、仲直りのぎゅーっ!」
「……もう抱きしめてますよね!?」
エレノアが、少し離れた場所で口元を押さえていた。
……笑うな。
助けてくれ。
◇◆◇
昼過ぎ。
王宮外交庁。
ベルナール・クロイツは、机に向かっていた。
三十代後半。
細身の身体に、整えられた黒髪。
貴族出身ではないが、優秀な実務官として王太子府へ抜擢された男だった。
彼は、外交任務の提案書を何度も読み返していた。
「……これで、問題はないはずだ」
そのとき。
扉が叩かれた。
「……入れ」
現れたのは、黒い外套をまとった男だった。
「……進捗は?」
「予定通りだ」
ベルナールは書類を閉じた。
「王太子殿下の承認は得た。あとは外交庁の審議を通せばよい」
「……国王陛下は?」
「まだ知らん」
黒衣の男は、静かに頷いた。
「……よろしい」
ベルナールは不安そうに眉をひそめた。
「本当に、問題は起きないのだろうな?」
「何の問題です?」
「……ヴァルディス公爵夫妻だ」
ベルナールは声を潜めた。
「黒獅子と銀月の魔女を、国外へ連れ出すのだぞ」
黒衣の男は、静かに笑った。
「心配は無用です。これは正式な外交任務なのですから」
「……だが」
「ベルナール殿」
男の声が、わずかに低くなった。
「ご家族の借金を肩代わりしたのは、どなたでしたかな?」
ベルナールの顔から血の気が引いた。
「……っ!」
「それとも、返済の話を改めていたしましょうか?」
「……わかった」
ベルナールは、震える声で答えた。
「……指示通りに進める」
黒衣の男は満足そうに頷いた。
「賢明なご判断です」
そして、静かに部屋を後にした。
残されたベルナールは、机に両手をついた。
「……私は、何をしているんだ……」
その呟きは、誰にも届かなかった。
◇◆◇
午後三時。
王都南区。
俺は、エレノアと共に一軒の小さな商会を訪れていた。
表向きは、輸送業を営む普通の商会。
だが、セバスティアンの調査によれば、ベルナールの家族が抱えていた借金の債権者と取引があるらしい。
……金の流れを辿るには、ここが良さそうだ。
「……レオンハルト様」
エレノアが、小さく声をかけた。
「……ん?」
「……本当に、こちらへ直接いらしてよろしかったのですか?」
「正式な商談として来てるからな」
俺は軽く笑った。
「ヴァルディス領の物資輸送について、相談したいことがある」
……というのは、半分本当だ。
実際、領地の輸送網を見直す計画はある。
そして、相手がどんな商会なのか、自分の目で確かめたい。
俺たちは受付へ向かった。
「ヴァルディス公爵家のレオンハルトと申します。商会長との面会をお願いできますか」
受付の女性は、目を丸くした。
「……こ、公爵家の……!?」
……やっぱり、こうなるよな。
数分後。
俺たちは応接室へ案内された。
そこへ現れたのは、四十代ほどの商人だった。
「お待たせいたしました。商会長のオルド・ハインツでございます」
「急な訪問ですまない」
「とんでもございません!」
オルドは、慌てて頭を下げた。
「ヴァルディス公爵家のご子息にお越しいただけるとは、光栄の極みでございます!」
……そんなに緊張しなくてもいいのに。
俺は穏やかに微笑んだ。
「今日は、輸送契約について相談したくてね」
そこからしばらく、商談が続いた。
輸送費。
護衛費。
荷物の保険。
そして、王都とヴァルディス領を結ぶ街道の状況。
オルドの説明は、意外なほど的確だった。
……なるほど。
商人としての腕は悪くない。
俺は資料を確認しながら、ある項目に目を止めた。
「……この北方経由の輸送路」
「……はい」
「最近、利用が増えているのか?」
オルドは頷いた。
「ええ。ここ一か月ほど、北方の旧転移中継所へ向かう荷物が増えておりまして」
……来たな。
「旧転移中継所?」
「はい。以前は使われていなかった施設です」
俺は何気ない口調で尋ねた。
「どんな荷物が運ばれている?」
「……それが」
オルドは少しだけ困った顔をした。
「契約上、詳しい内容は申し上げられません」
……当然だ。
俺は頷いた。
「失礼した。商会の信用に関わることだからな」
その言葉に、オルドはほっとしたようだった。
だが、次の一言で表情が変わった。
「ただ、あの施設は認可が失効していると聞いた。危険な魔導具が運ばれていないか、気をつけた方がいい」
「……っ!」
オルドの指が、わずかに震えた。
……反応したな。
「……何か、心当たりが?」
俺が尋ねると、オルドはしばらく黙った。
そして、ゆっくりと口を開いた。
「……レオンハルト様」
「……何だ?」
「……もし、私どもが知らずに危険な取引へ関わっていた場合」
その声は、震えていた。
「……正直に申し出れば、調査していただけるのでしょうか?」
俺は、静かに頷いた。
「もちろんだ。ただし、事実関係を確認する必要はある」
オルドは、深く息を吐いた。
「……実は」
彼は、机の引き出しから一枚の控えを取り出した。
「先日、北方へ運んだ荷物の受領証です」
俺は、それを受け取った。
そして。
そこに記された品目を見て、目を細めた。
『魔力遮断結晶――大型十二基』
……魔力遮断結晶。
魔法の発動や通信を妨げる特殊な鉱石。
通常は、危険な魔導具を封印するために使われる。
だが、大型のものを複数組み合わせれば、広範囲の魔力通信を遮断できる。
……まさか。
原作で、父と母への連絡が途絶えた理由。
それが、これなのか?
俺は静かに息を吐いた。
「……この受領証、正式な調査で提出してもらえるか?」
オルドは、少し迷った。
だが、やがて頷いた。
「……はい」
その瞳には、不安と決意が入り混じっていた。
「私どもは、商売をしているだけです。王国を危険に晒すつもりなどございません」
「……わかっている」
俺は穏やかに微笑んだ。
「協力に感謝する」
◇◆◇
商会を出た後。
俺とエレノアは、王都の街道を歩いていた。
「……レオンハルト様」
「……ん?」
「……魔力遮断結晶が十二基」
「ああ」
俺は頷いた。
「ただの外交任務には、必要のない数だ」
エレノアの表情が険しくなる。
「……旦那様と奥様を、外部から隔離するためでしょうか?」
「可能性はある」
俺は静かに答えた。
「ただ、まだ決めつけるわけにはいかない」
……証拠は少しずつ集まっている。
だが、相手の最終目的は不明だ。
父と母を遠ざけた後、何をするつもりなのか。
原作では、俺を討伐するための大軍が動いた。
だが、今はまだ十五歳。
あの事件までは二年ある。
……計画が早まっているのか?
それとも。
原作とは違う形で、俺を排除しようとしているのか?
俺は空を見上げた。
……どちらにせよ。
好きにはさせない。
そのとき。
エレノアが、そっと俺の袖を掴んだ。
「……レオンハルト様」
「……どうした?」
「……先ほどから、少し怖いお顔をされています」
俺は思わず目を瞬かせた。
「……そうか?」
「はい」
彼女は、少しだけ微笑んだ。
「……ですが」
その瞳は、真っ直ぐだった。
「私は、どのようなことがあっても、あなたのお側におります」
……まったく。
本当に、頼もしいな。
「……ありがとう、エレノア」
俺がそう言うと、彼女は嬉しそうに微笑んだ。
◇◆◇
夕刻。
ヴァルディス公爵家別邸。
俺は、父と母へ調査結果を報告していた。
「……魔力遮断結晶が十二基?」
父の眉が動いた。
「……はい」
俺は受領証の写しを差し出した。
「北方の旧転移中継所へ運ばれたそうです」
母は、それを確認すると静かに目を細めた。
「……なるほどね」
「……母上?」
「この数なら、中継所全体を魔力遮断領域に変えられるわ」
……やっぱり。
俺は小さく息を吐いた。
父は、しばらく黙っていた。
そして、静かに口を開く。
「……レオンハルト」
「……はい」
「お前は、この計画をどうしたい?」
俺は、少しだけ考えた。
単純に中止させることはできる。
父が国王へ報告すれば、外交任務は再検討されるだろう。
だが、それでは黒幕が姿を隠すだけだ。
……なら。
「……逆に、計画を利用できませんか?」
父の瞳が、鋭く光った。
「……ほう?」
「相手は、父上と母上を国外へ出したい」
俺は静かに続けた。
「なら、その計画を進めようとする人物と資金の流れを、正式に追えばいい」
父は、ゆっくりと頷いた。
「……なるほど」
「ただし、実際にお二人を危険な場所へ送り込む必要はありません」
母が、少し残念そうな顔をした。
「えー? お母様、ちょっと行ってみたかったのに」
「……母上!?」
「だって、誰が私たちを閉じ込めようとしているのか、直接聞いてみたいじゃない?」
……怖い。
この人、本当に怖い。
父は、そんな母を見て小さく笑った。
「エレオノーラ。レオンハルトの言う通りだ」
「……あなたまで?」
「相手の罠に、わざわざ入る必要はない」
そして、俺へ視線を向けた。
「だが、計画を表向き進めさせるという発想は悪くない」
俺は頷いた。
「……はい」
「ただし」
父の声が、少しだけ低くなった。
「これは王国の外交と安全保障に関わる。陛下の承認が必要だ」
「……もちろんです」
父は満足そうに頷いた。
「よし。明日、陛下へ進言しよう」
母も微笑んだ。
「それなら、お母様は魔力遮断結晶の配置を調べるわね」
……頼もしい。
俺は、心からそう思った。
◇◆◇
その日の夜。
王都の地下。
黒い外套の男が、報告を受けていた。
「……ベルナールは?」
「……予定通り、提案書を提出いたしました」
「……よろしい」
男は静かに頷いた。
「旧転移中継所の準備は?」
「魔力遮断結晶十二基、すべて搬入済みです」
「……結界術師は?」
「すでに現地へ配置しております」
男は、満足そうに微笑んだ。
「……順調だな」
だが。
部下が、少しだけ表情を曇らせた。
「……ただ、一つ問題が」
「……何だ?」
「……ヴァルディス公爵家のレオンハルトが、王都南区の商会を訪れたようです」
その瞬間。
男の笑みが、消えた。
「……何?」
「……輸送契約について相談していたとのことですが……」
「…………」
男は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと笑った。
「……なるほど」
その声には、冷たい興味が宿っていた。
「……やはり、あの少年は侮れん」
部下が、恐る恐る尋ねる。
「……計画を中止いたしますか?」
「……いや」
男は、静かに首を振った。
「……むしろ、好都合だ」
「……好都合?」
「ああ」
男は、机の上に置かれた地図を広げた。
そこには、旧転移中継所と王都を結ぶ街道が描かれていた。
「……あの少年が調べに来るなら、迎えてやればいい」
そして。
冷たく微笑んだ。
「……罠を一つ、増やすだけだ」
◇◆◇
翌朝。
王城、国王執務室。
父アルフォンスは、国王アレクシスへ報告書を提出していた。
その場には、母エレオノーラと俺も同席している。
国王は、書類を読み終えると深く息を吐いた。
「……また王太子府か」
その声には、疲労が滲んでいた。
「……陛下」
父が静かに口を開いた。
「現時点で、王太子殿下ご本人が不正な意図を持っていたと断定はできません」
「……わかっている」
国王は頷いた。
「だが、疑惑が続きすぎている」
そして、俺へ視線を向けた。
「レオンハルト」
「……はい」
「そなたは、どう考える?」
俺は一礼した。
「……計画を即座に中止させれば、相手は証拠を隠すでしょう」
「……ほう」
「ですので、外交任務の提案は審議中のままにし、その間に旧転移中継所と関係者を調査していただきたいのです」
国王は、しばらく考えた。
そして、ゆっくりと頷いた。
「……よかろう」
その声には、王としての決断が宿っていた。
「ただし、外交任務を承認するわけではない。安全確認が終わるまで、派遣は保留とする」
「……承知いたしました」
「王国監察官と魔導院の調査官を派遣する。ヴァルディス公爵家も協力せよ」
父が一礼した。
「……はっ」
国王は、さらに続けた。
「ベルナール・クロイツについても、正式に事情を聴取する」
……よし。
これで、合法的に調査を進められる。
だが。
俺は、まだ安心していなかった。
相手は、すでに罠を準備している可能性がある。
……なら。
こちらも、万全の準備をしなければ。
◇◆◇
王城を出た後。
俺は、父と母と共に馬車へ向かっていた。
「……レオンちゃん」
母が、静かに声をかけてきた。
「……はい?」
「……今日は、頑張ったわね」
俺は、少しだけ笑った。
「……ありがとうございます」
すると、母は嬉しそうに微笑んだ。
「じゃあ、ご褒美に……」
「……抱きしめるんですよね?」
「……あら」
母が、目を丸くした。
「……どうしてわかったの?」
「……毎回ですから!」
父が、豪快に笑った。
「ははは! さすが我が息子だ!」
……何がですか。
俺は、深くため息をついた。
だが。
そのとき。
セバスティアンから通信が入った。
『……レオンハルト様』
「……どうした?」
『……旧転移中継所について、新たな情報が入りました』
俺の表情が、引き締まる。
「……何だ?」
『……施設の地下に、古代魔導文明の遺構が存在する可能性がございます』
……古代魔導文明?
俺は、思わず目を細めた。
『……そして、その遺構には』
セバスティアンの声が、わずかに低くなる。
『……王国の記録から抹消された、特殊な対魔法兵器の研究資料が残されているようです』
その瞬間。
俺の心臓が、大きく跳ねた。
……対魔法兵器。
その言葉には、覚えがあった。
原作ゲーム。
レオンハルトを討伐するために使用された、古代の兵器。
魔法を封じ、魔力を奪い、強大な魔法使いを無力化するための装置。
……まさか。
俺は、静かに拳を握った。
……ここに、繋がっていたのか。
父が、俺の表情を見て眉をひそめた。
「……レオンハルト?」
「……父上」
俺は、静かに顔を上げた。
「……どうやら、今回の事件は想像以上に大きいようです」
父の瞳が、鋭く光った。
「……何がわかった?」
俺は、ゆっくりと答えた。
「……旧転移中継所の地下に、古代の対魔法兵器が眠っている可能性があります」
その瞬間。
父の表情が、変わった。
母も、静かに目を細めた。
「……対魔法兵器?」
母の声が、わずかに低くなる。
俺は頷いた。
「……はい」
そして。
静かに続けた。
「……おそらく、これが相手の本当の狙いです」
父は、しばらく黙っていた。
そして、ゆっくりと微笑んだ。
「……なるほど」
その笑みは、戦場で幾多の敵を打ち破ってきた将軍のものだった。
「……面白い」
母も、静かに微笑んだ。
「……そうね」
その瞳には、銀色の魔力が宿っていた。
「……レオンちゃんを狙うための兵器なら、先に壊してしまいましょうか」
「……母上!」
俺は、思わず声を上げた。
「……まだ、証拠として必要です!」
母は、少しだけ頬を膨らませた。
「……えー」
……本当に。
この両親は、頼もしいやら恐ろしいやら。
俺は、思わず苦笑した。
だが。
胸の奥では、確かな決意が燃えていた。
……原作では。
あの兵器が、レオンハルトを追い詰めた。
だが、今は違う。
その存在を、事前に知ることができた。
そして。
俺には、家族と仲間がいる。
……なら。
運命の罠ごと、ひっくり返してやる。
――黒き暴君と呼ばれた少年は、原作の悲劇へ繋がる最初の鎖を、ついに掴んだのだった。




