第135話 学園序列戦開幕――無順位の公爵令息と上級生たちの挑戦
王国暦八二二年、新春月二十三日。
王立アストレア学園。
朝の中央広場は、異様な熱気に包まれていた。
普段なら授業へ向かう生徒たちが、巨大な掲示板の前に集まっている。
その中央に、金色の文字が浮かび上がっていた。
《王立アストレア学園・春季序列戦》
――全学年合同、公式戦闘序列決定大会。
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、その文字を見上げていた。
……序列戦か。
ゲーム『エターナル・レガリア』にも存在した、学園の大型イベント。
学年や身分に関係なく、剣術と魔法を用いた模擬戦で順位を競う。
ただし、原作では主人公が二年次に初めて参加するイベントだったはずだ。
……また、時期が変わってるな。
「レオン!」
背後から声がした。
振り向くと、カイルが手を振っていた。
「お前、今年は出るんだろ?」
「……どうしようかな」
「はあ!?」
カイルが目を見開いた。
「お前が出なかったら、誰が盛り上げるんだよ!」
……。
いや、別に俺が出なくても盛り上がるだろう。
そう思っていると。
「レオンハルト様」
生徒会長フィオナ・エルグランデが、こちらへ歩いてきた。
その手には、分厚い書類。
「少し、お時間をいただけますか?」
「はい」
フィオナは、静かに頷いた。
「今回の序列戦について、ご説明したいことがあります」
◇
生徒会室。
フィオナは、机の上へ大会要項を広げた。
「今回の序列戦は、例年より規模が大きくなっています」
「……そうなんですか?」
「はい」
彼女は、書類の一枚を指差した。
「上級生の実力者が、ほぼ全員参加を表明しています」
……。
俺は、名簿へ目を向けた。
そこには、学園でも有名な名前が並んでいた。
序列第一位。
アーヴィン・グランフェルト。
三年生。
剣術と雷属性魔法を得意とする、学園最強の生徒。
序列第二位。
クラウディア・ヴェルナーゼ。
三年生。
氷属性魔法を極めた、天才魔導士。
序列第三位。
レオナルド・バルフェルト。
三年生。
巨大な両手剣を使う、重装剣士。
……。
なるほど。
確かに、強そうな顔ぶれだ。
「……それで」
フィオナが、少しだけ表情を和らげた。
「レオンハルト様にも、ぜひ参加していただきたいのです」
……。
俺は、首を傾げた。
「……俺に、ですか?」
「はい」
フィオナは、真っ直ぐこちらを見た。
「あなたは、これまで公式序列戦へ参加されていません」
……。
「そのため、現在の序列は無順位です」
……。
俺は、頷いた。
「……そうですね」
「ですが」
フィオナは、続けた。
「学園内では、あなたの実力について様々な噂が広がっています」
……。
七属性の使い手。
魔将を討伐した公爵令息。
王国七星功労章の受章者。
……。
確かに、最近はそういう話を耳にする。
「……そこで」
フィオナは、微笑んだ。
「公式の場で、あなたの実力を示していただきたいのです」
……。
俺は、少し考えた。
……序列戦。
確かに、悪くない。
普段は、同年代の相手と本気で戦う機会が少ない。
上級生の実力者たちと戦えるなら、いい経験になるだろう。
それに。
学園の生徒たちが、どんな技術を使うのかも興味がある。
……。
俺は、静かに頷いた。
「……分かりました」
フィオナの表情が、明るくなる。
「……では!」
「参加します」
……。
その瞬間。
フィオナは、嬉しそうに微笑んだ。
「ありがとうございます」
そして。
「……きっと、素晴らしい大会になりますね」
……。
俺は、少し笑った。
「……そうだといいですね」
◇
昼休み。
学園の中庭。
序列戦の話題は、すでに学園中へ広がっていた。
「レオン様が、序列戦に参加されるんですか!?」
エリシアが、驚いたように声を上げた。
「うん」
俺は、頷いた。
「せっかくだからね」
……。
リゼットが、少し心配そうにこちらを見る。
「……危険では、ありませんか?」
「大丈夫。公式戦だから、安全結界もあるし」
……。
セレスティアが、微笑んだ。
「レオンなら、きっと素晴らしい戦いを見せてくれるわ」
……。
シャル姉も、嬉しそうに頷いた。
「私も、早く見たいわ」
……。
俺は、少し笑った。
「シャル姉は、まだ無理しちゃ駄目だよ」
「……分かってるわよ」
彼女は、少し頬を膨らませた。
「今回は、応援に専念するわ」
……。
そのときだった。
「――失礼、セレスティア殿下」
低く、落ち着いた声が響いた。
振り向くと、背の高い青年が立っていた。
金髪。
整った顔立ち。
そして、胸元には学園序列上位者の証である銀色の徽章。
……。
「……アーヴィン先輩」
セレスティアが、少し驚いたように声を上げた。
……。
序列第一位。
アーヴィン・グランフェルト。
……。
彼は、優雅に一礼した。
「殿下。少し、お時間をいただけますか?」
……。
セレスティアは、静かに頷いた。
「……何でしょうか?」
……。
アーヴィンは、真っ直ぐ彼女を見た。
「……以前から、お伝えしたいことがありました」
……。
そして。
「私は、あなたに好意を抱いています」
……。
その瞬間。
中庭の空気が、止まった。
……。
周囲の生徒たちが、一斉にこちらを見る。
……。
アーヴィンは、続けた。
「もし、よろしければ」
……。
「今度の休日、私と二人でお出かけいただけませんか?」
……。
セレスティアは、少しだけ目を見開いた。
そして。
静かに首を振った。
「……申し訳ありません」
……。
「私には、大切に想っている方がいます」
……。
アーヴィンの表情が、わずかに変わった。
「……それは」
……。
セレスティアは、俺の方を見た。
そして。
柔らかく微笑んだ。
「……レオンです」
……。
中庭が、ざわめいた。
……。
アーヴィンは、ゆっくりと俺へ視線を向けた。
……。
「……レオンハルト・ヴァルディス」
……。
俺は、軽く頭を下げた。
「……初めまして」
……。
アーヴィンは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
「……なるほど」
静かに微笑んだ。
「噂の七属性使いか」
……。
俺は、頷いた。
「……はい」
……。
彼は、少しだけ目を細めた。
「……序列戦に参加すると聞いた」
「はい」
……。
アーヴィンは、笑った。
「……楽しみにしている」
……。
そして。
「君の実力を、ぜひ見せてもらいたい」
……。
その声には。
明らかな闘志が込められていた。
◇
その日の午後。
学園の廊下。
リゼットは、魔導書を抱えて歩いていた。
すると。
「……クローディア嬢」
一人の上級生が、声をかけてきた。
三年生の魔導士。
序列第八位、フェリクス・ローゼンベルク。
青い髪。
知的な眼差し。
そして、胸元には魔導研究会の徽章。
「……少し、お話を」
……。
リゼットは、少し緊張したように頷いた。
「……はい」
フェリクスは、微笑んだ。
「以前から、あなたの魔法理論に興味がありました」
……。
「よろしければ、私の研究会へ参加しませんか?」
……。
リゼットは、少し考えた。
「……ありがとうございます」
……。
「ですが、今はレオン様と研究を進めていますので……」
……。
フェリクスは、少しだけ驚いた。
「……レオンハルト殿と?」
「……はい」
リゼットは、嬉しそうに微笑んだ。
「……とても、楽しいんです」
……。
フェリクスは、しばらく彼女を見つめていた。
そして。
「……なるほど」
小さく笑った。
「……どうやら、私の入る余地はなさそうですね」
……。
リゼットは、慌てて頭を下げた。
「……す、すみません!」
……。
フェリクスは、首を振った。
「……謝る必要はありません」
……。
「ただ」
……。
彼は、少しだけ目を細めた。
「……序列戦では、ぜひ彼と戦ってみたいものです」
……。
その言葉に。
リゼットは、静かに頷いた。
「……きっと、驚かれると思います」
……。
フェリクスは、笑った。
「……楽しみですね」
◇
夕方。
学園の中央掲示板。
序列戦の参加者名簿が、正式に公開された。
そこには。
数百人の名前が並んでいた。
そして。
最後に追加された、一つの名前。
《レオンハルト・ヴァルディス》
……。
その名前を見た瞬間。
周囲の生徒たちが、ざわめき始めた。
「……本当に出るのか!」
「七属性の公爵令息が……!」
「今年の序列戦、どうなるんだ!?」
……。
俺は、少し離れた場所から、その光景を眺めていた。
……。
「……レオン様」
隣に立つエレノアが、静かに声をかけた。
「……楽しみでございますね」
……。
俺は、笑った。
「……うん」
……。
「でも、少し緊張するかな」
……。
エレノアは、少し驚いたように俺を見た。
「……レオン様が、ですか?」
「……まあね」
俺は、苦笑した。
「初めての公式序列戦だから」
……。
エレノアは、静かに微笑んだ。
「……大丈夫です」
……。
「私は、レオン様の強さを誰よりも知っております」
……。
俺は、彼女を見た。
「……ありがとう」
……。
そのとき。
掲示板の前で、一人の上級生が呟いた。
「……今年は、面白くなりそうだ」
……。
そして。
学園の頂点に立つ者たちが。
静かに、動き始めていた。
◇
同じ頃。
神託院の監察室。
カイン・ヴェルナーは、窓の外を見つめていた。
学園の序列戦。
レオンハルトの初参戦。
そして。
上級生たちの注目。
……。
その噂は、すでに彼の耳にも届いていた。
「……また、あいつか」
カインは、拳を握り締めた。
……。
その背後で。
セルディオ・クロイツが、静かに微笑んだ。
「……焦る必要はありません」
……。
「あなたには、あなたの道があります」
……。
カインは、振り返った。
「……本当に、強くなれるのか?」
……。
セルディオは、静かに頷いた。
「……もちろんです」
……。
「ただし、そのためには」
……。
彼は、懐から一枚の書類を取り出した。
……。
「……特別な試練を受けていただきます」
……。
カインの金色の瞳が、揺れた。
……。
そして。
「……分かった」
低い声で、答えた。
……。
「……やってやる」
……。
セルディオの口元に。
薄い笑みが浮かんだ。
……。
その笑みの意味を。
カインは、まだ知らなかった。




