第127話 魔剣に選ばれし者――勇者候補と悪役公爵令息の再会
王国暦八二二年、新春月十八日。
《忘却の神殿》、最深部。
巨大な円形の広間。
崩れた石柱。
砕け散った黒い甲冑。
そして、床一面に刻まれた赤黒い魔法陣。
その中央に、一人の少年が立っていた。
カイン・ヴェルナー。
右手には、漆黒の魔剣。
《グリムヴェイン》。
刀身から、赤黒い炎が揺らめいている。
……。
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、その姿を見つめた。
「……カイン」
声をかけると、少年がゆっくりと振り返った。
「……あ?」
金色だった瞳の奥に、赤い光が混じっている。
右腕には、黒い紋様。
そして、身体から漏れ出す魔力は、明らかに不安定だった。
……まずいな。
あの剣に、かなり侵食されている。
「……レオンハルト?」
カインの表情が、歪んだ。
「……何で、お前がここにいる」
「神殿の異常を調べに来たんだ」
俺は、静かに答えた。
「君こそ、どうしてここに?」
「……決まってるだろ」
カインは、魔剣を持ち上げた。
「……力を手に入れるためだ」
……。
俺は、剣へ視線を向けた。
《魔剣グリムヴェイン》。
間違いない。
原作ゲームで、勇者が手に入れることのできる隠し装備。
だが。
今の剣は、ゲームで見たものとは違っていた。
赤黒い炎。
不規則に脈打つ宝石。
そして、持ち主の魔力回路へ食い込むように伸びる黒い紋様。
……これは、危険だ。
「カイン」
俺は、静かに呼びかけた。
「その剣を、いったん置いた方がいい」
……。
カインの眉が、跳ね上がった。
「……は?」
「魔力が、君の身体へ逆流している」
「……何言ってんだ?」
「そのまま使い続ければ、魔力回路が傷つく可能性がある」
……。
カインは、しばらく俺を見つめていた。
そして。
突然、笑い出した。
「……ははっ」
「……カイン?」
「……そういうことかよ」
彼は、魔剣を握り締めた。
「……お前、怖いんだろ?」
……。
俺は、眉をひそめた。
「……何が?」
「俺が、強くなったことが!」
赤黒い炎が、激しく燃え上がる。
「今までみたいに、余裕ぶってられなくなるからな!」
……。
俺は、静かに息を吐いた。
「……違うよ」
「黙れ!」
カインが、叫んだ。
「お前は、全部持ってる!」
……。
「名誉も!」
「力も!」
「セレスティアも、リゼットも、エリシアも!」
……。
彼の声が、広間に響き渡った。
「……本来なら、全部俺のものだったんだ!」
……。
その言葉に、俺は違和感を覚えた。
――本来なら?
どういう意味だ?
だが、今は問い詰めている場合ではなかった。
カインの魔力が、さらに膨れ上がっている。
エレノアが、静かに前へ出た。
「……カイン様」
その声は、冷静だった。
「レオン様への無礼は、お控えください」
……。
カインが、彼女を睨んだ。
「……誰だよ、お前」
「エレノア・シルヴェイン」
彼女は、剣を構えた。
「レオン様の専属メイドであり、護衛騎士です」
……。
カインは、鼻で笑った。
「……メイド?」
そして。
「……邪魔するなら、まとめて相手してやるよ!」
……。
その瞬間。
カインが、地面を蹴った。
◇
赤黒い炎が、一直線に迫った。
「――《黒炎紅蓮斬》!」
魔剣が、斜め上から振り下ろされる。
剣の軌道に沿って、巨大な炎の刃が伸びた。
熱気が、広間の空気を歪ませる。
だが。
俺は、動かなかった。
右手を軽く上げる。
「……《水鏡障壁》」
青い魔法陣が、目の前に展開された。
薄い水の膜。
しかし。
その内部には、高密度の魔力が循環していた。
赤黒い炎が、障壁へ激突する。
ジュウウッ!
激しい蒸気。
だが、炎は消えなかった。
水の表面へ、黒い魔力が絡みつく。
……なるほど。
普通の火属性魔法とは違う。
闇属性が、魔法の構造へ干渉している。
俺は、指先を少し動かした。
「……《光浄》」
水の膜へ、白い光が混ざる。
その瞬間。
黒い魔力が、弾けるように消えた。
炎が、完全に霧散する。
……。
カインが、目を見開いた。
「……何っ!?」
「……カイン」
俺は、静かに言った。
「その剣は、危険だ」
「……うるせえ!」
カインは、再び踏み込んだ。
魔剣を水平に振るう。
赤黒い炎が、横方向へ広がった。
俺は、半歩だけ後ろへ下がる。
炎の刃が、目の前を通り過ぎた。
その瞬間。
カインが、さらに距離を詰めてきた。
剣先が、胸元へ向かう。
……速い。
以前より、明らかに速くなっている。
だが。
動きが、大きすぎる。
俺は、剣を斜めに立てた。
キィン!
魔剣の軌道を、わずかに逸らす。
そのまま、左足を前へ滑らせる。
カインの右側へ回り込む。
そして。
剣の柄で、彼の手首を軽く叩いた。
カンッ!
「……ぐっ!」
カインの握りが、わずかに緩む。
だが。
魔剣の紋様が、赤く輝いた。
黒い魔力が、彼の腕へ巻きつく。
「……離すかよ!」
カインは、無理やり剣を振り回した。
俺は、距離を取った。
……。
エレノアが、横から踏み込む。
「――《銀閃》!」
銀色の斬撃が、カインの剣へ向かって走った。
狙いは、彼の身体ではない。
魔剣の軌道を変えるための一撃。
キィン!
二本の剣が、激突する。
エレノアは、衝撃を正面から受けず、手首を返して流した。
そのまま、カインの側面へ回り込む。
「……レオン様!」
「分かってる!」
俺は、左手を向けた。
「――《光鎖》!」
白い光の鎖が、床から立ち上がる。
カインの右腕へ巻きついた。
「……何だ、これ!」
彼は、必死に振りほどこうとした。
だが。
光の鎖は、魔剣の黒い魔力を抑え込んでいた。
「……カイン」
俺は、静かに近づいた。
「もう、やめよう」
……。
カインは、歯を食いしばった。
「……ふざけんな」
「君を傷つけたいわけじゃない」
「……黙れ!」
その瞬間。
魔剣の宝石が、激しく脈打った。
ドクンッ!
赤黒い魔力が、カインの身体から噴き上がる。
「……っ!?」
俺は、すぐに足を止めた。
……まずい。
魔剣が、持ち主の魔力を強制的に引き出している。
「エレノア、下がって!」
「はい!」
彼女は、素早く後方へ跳んだ。
直後。
カインの周囲で、赤黒い炎が爆発した。
ドォォン!
光の鎖が、激しく揺れる。
だが、俺はすぐに魔力を追加した。
「――《七彩神星陣》!」
七つの魔法陣が、瞬時に展開される。
火。
水。
風。
土。
雷。
光。
闇。
七属性が、俺の周囲で回転した。
そして。
巨大な星形の魔法陣が、広間を包み込んだ。
……。
カインが、目を見開いた。
「……何だよ、それ」
俺は、静かに答えた。
「……君を助けるための魔法だ」
七属性の魔力が、互いに干渉することなく循環する。
そのうち、光と闇の魔法陣が前方へ移動した。
「――《双極封魔》」
白と黒の魔力が、螺旋を描いて魔剣へ伸びた。
二つの属性が、互いを打ち消すのではなく、魔剣の魔力循環だけを挟み込む。
赤黒い炎が、急速に弱まった。
「……なっ!?」
カインが、叫んだ。
「……俺の力が!」
「……違う」
俺は、静かに言った。
「これは、君の力じゃない」
そして。
「君の身体を壊してまで、引き出している力だ」
……。
カインは、言葉を失った。
だが。
その瞬間。
神殿の奥から、低い笑い声が響いた。
『……見事だ』
……。
俺は、顔を上げた。
「……誰だ?」
『……七つの属性を統べる者よ』
広間の奥。
崩れた封印の向こうから、黒い霧が立ち上がった。
その霧が、ゆっくりと人の形を作っていく。
巨大な黒い甲冑。
赤く輝く双眸。
そして。
その背後に浮かぶ、巨大な魔法陣。
……。
俺は、眉をひそめた。
――これは。
ゲームには、こんな存在は……。
『……ようやく、目覚めることができた』
低い声が、広間を震わせた。
『……我が名は、ヴァルグリム』
……。
『……忘却の神殿に封じられし、古代の魔将』
……。
カインが、震える声で呟いた。
「……魔将?」
ヴァルグリムは、ゆっくりと笑った。
『……愚かな勇者候補よ』
そして。
『……その剣を抜いたこと、感謝する』
……。
その瞬間。
カインの表情が、凍りついた。
「……は?」
『……お前の渇望が、我が封印を解いたのだ』
……。
俺は、静かに剣を構えた。
エレノアも、隣へ立つ。
「……レオン様」
「……ああ」
俺は、頷いた。
「……どうやら、本当の敵が出てきたみたいだ」
……。
ヴァルグリムの周囲で、黒い魔力が渦を巻く。
神殿全体が、激しく震え始めた。
そして。
古代の魔将が、ゆっくりと剣を持ち上げた。
『……さあ』
……。
『……我が復活を、祝うがよい』
……。
俺は、静かに息を吐いた。
「……悪いけど」
剣を構え直す。
「……そのつもりはないよ」
七つの魔法陣が、再び輝いた。




