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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第三章 運命を奪われた勇者

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第120話 勇者候補の実力――炎剣に潜む慢心

王国暦八二二年、新春月十二日。


王立アストレア学園、第一実技訓練場。


「次の演習者、カイン・ヴェルナー!」


教官の声が響いた。


観客席から、いくつもの視線が注がれる。


新たに編入してきた勇者候補。


神託院から高い適性を認められた少年。


その実力を確かめようと、生徒たちが身を乗り出していた。


「……見てろよ」


カインは木剣を握り直した。


先ほど目撃した光景が、頭から離れない。


レオンハルト・ヴァルディス。


三体の戦闘用魔導人形を相手に、ほとんど動くことなく完勝した少年。


七つの属性を自在に操り、魔導核を破壊することなく停止させた。


あの戦いは、明らかに異常だった。


――だが、俺だって弱くない。


カインは、自分へ言い聞かせた。


――グランゼルじゃ、同年代に負けたことなんかほとんどない。


――勇者候補に選ばれたのは俺なんだ。


彼は、訓練場の中央へ進んだ。


     ◇


「カイン・ヴェルナー」


教官が、手元の記録板を確認した。


「そなたは火属性魔法と剣術の複合戦闘を得意とすると聞いている」


「ああ。どっちも自信があるぜ」


「よろしい。まずは標準出力の魔導人形一体を相手にしてもらう」


カインは眉をひそめた。


「一体?」


「そうだ」


「レオンハルトは三体だっただろ?」


教官は、落ち着いた声で答えた。


「あれは模範演習だ。通常の評価は一体から開始する。優秀な成績を収めれば、追加課題を認める」


「……なるほどな」


カインは笑った。


「じゃあ、さっさと終わらせてやるよ」


教官は、それ以上何も言わなかった。


訓練場の反対側で、魔導人形が起動する。


鋼鉄の両腕。


胸部に埋め込まれた人工魔導核。


右腕には剣型の魔力刃が形成され、左腕には小型の魔法陣が浮かんだ。


「開始!」


直後。


魔導人形が地面を蹴った。


ガンッ!


鋼鉄の足が石床を叩き、巨体が前方へ滑り出す。


その速度は、見た目以上に速かった。


「おっと!」


カインは右足を引き、振り下ろされた魔力刃を斜めに受け流した。


ギィン!


木剣の表面を覆う保護魔力が火花を散らす。


衝撃が腕を伝わった。


――重い!


だが、カインは踏みとどまった。


相手の剣が地面へ向かう瞬間、左足を前へ滑らせる。


腰を回転させ、下段から斜め上へ斬り上げた。


「はあっ!」


赤い魔力が木剣を包む。


《紅蓮斬》。


剣の軌道に沿って炎が伸び、魔導人形の右肩へ叩きつけられた。


ドンッ!


衝撃で鋼鉄の巨体が横へ傾く。


「おおっ!」


観客席が沸いた。


「今のは速い!」


「魔力の乗せ方も上手いな!」


カインは口元を吊り上げた。


――どうだ。


――俺だって、やれるんだよ!


しかし。


魔導人形は停止していなかった。


胸部の魔導核が青く明滅する。


左腕が持ち上がった。


「……っ!」


カインが気づいたときには、三つの風弾が放たれていた。


一発目を剣で弾く。


二発目を身体をひねって避ける。


だが、三発目が右肩をかすめた。


バシッ!


「ぐっ!」


訓練用に威力を抑えた魔法とはいえ、鈍い痛みが走った。


カインは後方へ跳び、距離を取った。


――くそっ。


――まだ動けるのかよ!


     ◇


観客席。


俺は、カインの戦いを見つめていた。


「……なかなかやるな」


隣にいたカイルが頷く。


「ああ。あいつ、口は悪いけど剣の腕は本物だな」


「そうだな」


カインの踏み込みは鋭い。


炎を剣にまとわせる速度も速く、斬撃の威力は同年代の平均を大きく超えている。


ただ、一つ気になることがあった。


「……攻撃した後、相手を見ていない」


「ん?」


カイルが俺を見た。


「今の《紅蓮斬》だよ。肩に当たった瞬間、勝ったと思って視線を外した」


「ああ……確かに」


「相手が動けるかどうか、最後まで確認しないと危険だ」


俺がそう言うと、近くにいたシャル姉が小さく笑った。


「レオンらしい意見ね」


「そうかな?」


「ええ。相手を倒すことより、戦いを確実に終わらせることを考えているもの」


シャル姉は、少しだけ真剣な表情になった。


「でも、カイン君にも才能はあるわ。あの年齢で炎剣をあそこまで扱えるのは立派よ」


俺も頷いた。


「うん。だからこそ、惜しいんだ」


     ◇


訓練場では、戦闘が続いていた。


魔導人形が剣を水平に振るう。


カインは身を低くして、その下へ潜り込んだ。


剣先が頭上を通り過ぎる。


髪が風圧で揺れた。


「……遅い!」


カインは地面を蹴った。


右足で踏み込み、左肩を前へ出す。


木剣を腰の位置から引き上げ、鋼鉄の胴へ向けて突き込んだ。


だが、魔導人形は左腕を差し出して防御した。


ガキンッ!


剣先が弾かれる。


その瞬間、カインは手首を返した。


突きから横薙ぎへ。


さらに炎を上乗せする。


「――《紅蓮斬》!」


ゴウッ!


炎が弧を描き、魔導人形の左腕を包み込んだ。


関節部から火花が散る。


魔導人形の左腕が、力なく垂れ下がった。


「よしっ!」


だが、今度のカインは止まらなかった。


相手の右腕が動くより早く、剣を引き戻す。


胸部へ踏み込む。


そして、魔力を一点へ集中させた。


「――《炎牙突》!」


鋭い炎をまとった突きが、魔導人形の胸へ命中する。


ズガンッ!


爆発音。


鋼鉄の胸板が大きくへこみ、内部の魔導核が明滅した。


魔導人形の身体が後方へ倒れる。


ガシャァン!


石床に巨体が横たわった。


数秒後。


魔導核の光が消えた。


「……演習終了!」


教官が声を上げた。


「カイン・ヴェルナー、課題達成!」


歓声が響く。


「すげえ!」


「最後の連続攻撃、見たか!?」


「勇者候補っていうだけはあるな!」


カインは荒い息を吐きながら笑った。


「……当然だろ」


だが、その表情はすぐに曇った。


――一体倒すのに、こんなに手間取った。


――なのに、レオンハルトは三体を……。


カインは、その考えを振り払った。


「先生!」


教官へ向き直る。


「追加課題を頼む!」


教官は少し考えた。


「……よろしい。ただし、二体同時ではなく、次の一体と連戦してもらう。先ほどの被弾も評価対象だ」


「分かったよ」


カインは剣を構え直した。


――次こそ、完璧に勝ってやる。


     ◇


二体目の魔導人形は、水属性だった。


開始直後、青い魔法陣が地面へ広がる。


水が蛇のようにうねり、カインの足元へ絡みついた。


「……何っ!?」


カインは跳躍して逃れようとした。


だが、水流は足首を追って伸びる。


水の帯が左足へ巻きついた。


着地の姿勢が崩れる。


そこへ、魔導人形の剣が迫った。


「くそっ!」


カインは木剣を両手で握り、辛うじて受け止めた。


ガァン!


衝撃で膝が沈む。


足元の水が、さらに絡みついた。


――動けねえ!


魔導人形の胸部で、次の魔法陣が輝いた。


三つの水弾。


距離は、わずか数歩。


避ける余裕はない。


「……《炎壁》!」


カインは咄嗟に火属性魔法を展開した。


炎の壁が立ち上がり、水弾と衝突する。


激しい蒸気が噴き上がった。


視界が白く染まる。


その隙に、カインは足元の水を熱で蒸発させ、後方へ転がるように逃れた。


「はあっ……はあっ……!」


息が荒い。


腕が痺れている。


それでも、目の前の敵は動きを止めない。


魔導人形が、蒸気の向こうから歩み出た。


――何でだよ。


――何で、こんなに面倒なんだ!


カインは、苛立ちに任せて魔力を練り上げた。


剣身を包む炎が、先ほどより大きく膨らむ。


「……だったら!」


炎が渦を巻く。


熱気が訓練場の石床を赤く照らした。


「まとめて吹き飛ばしてやる!」


教官の表情が変わった。


「カイン! 出力を抑えろ!」


だが、カインは止まらない。


「――《紅蓮爆刃》!」


振り下ろされた剣から、巨大な炎の斬撃が放たれた。


炎は魔導人形へ命中する。


ドォォン!


爆風が訓練場を駆け抜けた。


魔導人形の装甲が砕け、内部の魔導核が破損する。


同時に、制御を失った炎の一部が横方向へ広がった。


観客席の手前。


防御結界へ、火炎が叩きつけられる。


バァン!


透明な障壁が激しく揺れた。


「きゃっ!」


前列の生徒たちが身を引いた。


結界は正常に作動し、誰にも怪我はなかった。


だが。


教官の怒声が響いた。


「カイン・ヴェルナー! 演習中止!」


炎が消えた。


カインは、肩で息をしながら振り返った。


「……は?」


「出力制限を超えた攻撃を確認した! 追加課題は失格とする!」


「何でだよ! 倒しただろ!」


「倒せばいいというものではない!」


教官の声が、訓練場に響き渡った。


「周囲への被害を抑えることも、実技評価の一部だ!」


カインは唇を噛んだ。


「……ちっ」


     ◇


演習終了後。


俺は、訓練場の出口でカインとすれ違った。


彼は、ひどく不機嫌そうだった。


「……何だよ」


「お疲れさま」


俺は、普通に声をかけた。


「最初の戦い、見事だったよ」


カインが、こちらを睨んだ。


「……馬鹿にしてんのか?」


「いや、本当に」


俺は首を振った。


「炎剣の切り返しは速かったし、二撃目へ繋ぐ判断もよかった」


「……」


「ただ、二体目は少し魔力を使いすぎたと思う」


その瞬間。


カインの顔が歪んだ。


「……説教かよ」


「そういうつもりじゃない」


「だったら、余計なこと言うな!」


カインは、俺の横を通り過ぎた。


肩がぶつかりそうになったが、俺は半歩だけ身体を引いた。


……。


カイルが、後ろから近づいてきた。


「……お前、よく怒らねえな」


「怒る理由もないだろ?」


「いや、普通はあると思うぞ」


俺は苦笑した。


「……あいつ、才能はあるんだ」


「それは分かるけどよ」


「ただ、今のままだと危ない」


俺は、カインが去った方向を見つめた。


強さを証明することばかり考えている。


その結果、周囲が見えなくなっている。


……昔の俺も、ゲームの知識だけを頼りにしていたら、似たような考え方になっていたのだろうか。


そんなことを、ふと思った。


だが。


俺は、まだ知らなかった。


カインが抱いている対抗心が。


単なる競争心では済まなくなり始めていることを。



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