第120話 勇者候補の実力――炎剣に潜む慢心
王国暦八二二年、新春月十二日。
王立アストレア学園、第一実技訓練場。
「次の演習者、カイン・ヴェルナー!」
教官の声が響いた。
観客席から、いくつもの視線が注がれる。
新たに編入してきた勇者候補。
神託院から高い適性を認められた少年。
その実力を確かめようと、生徒たちが身を乗り出していた。
「……見てろよ」
カインは木剣を握り直した。
先ほど目撃した光景が、頭から離れない。
レオンハルト・ヴァルディス。
三体の戦闘用魔導人形を相手に、ほとんど動くことなく完勝した少年。
七つの属性を自在に操り、魔導核を破壊することなく停止させた。
あの戦いは、明らかに異常だった。
――だが、俺だって弱くない。
カインは、自分へ言い聞かせた。
――グランゼルじゃ、同年代に負けたことなんかほとんどない。
――勇者候補に選ばれたのは俺なんだ。
彼は、訓練場の中央へ進んだ。
◇
「カイン・ヴェルナー」
教官が、手元の記録板を確認した。
「そなたは火属性魔法と剣術の複合戦闘を得意とすると聞いている」
「ああ。どっちも自信があるぜ」
「よろしい。まずは標準出力の魔導人形一体を相手にしてもらう」
カインは眉をひそめた。
「一体?」
「そうだ」
「レオンハルトは三体だっただろ?」
教官は、落ち着いた声で答えた。
「あれは模範演習だ。通常の評価は一体から開始する。優秀な成績を収めれば、追加課題を認める」
「……なるほどな」
カインは笑った。
「じゃあ、さっさと終わらせてやるよ」
教官は、それ以上何も言わなかった。
訓練場の反対側で、魔導人形が起動する。
鋼鉄の両腕。
胸部に埋め込まれた人工魔導核。
右腕には剣型の魔力刃が形成され、左腕には小型の魔法陣が浮かんだ。
「開始!」
直後。
魔導人形が地面を蹴った。
ガンッ!
鋼鉄の足が石床を叩き、巨体が前方へ滑り出す。
その速度は、見た目以上に速かった。
「おっと!」
カインは右足を引き、振り下ろされた魔力刃を斜めに受け流した。
ギィン!
木剣の表面を覆う保護魔力が火花を散らす。
衝撃が腕を伝わった。
――重い!
だが、カインは踏みとどまった。
相手の剣が地面へ向かう瞬間、左足を前へ滑らせる。
腰を回転させ、下段から斜め上へ斬り上げた。
「はあっ!」
赤い魔力が木剣を包む。
《紅蓮斬》。
剣の軌道に沿って炎が伸び、魔導人形の右肩へ叩きつけられた。
ドンッ!
衝撃で鋼鉄の巨体が横へ傾く。
「おおっ!」
観客席が沸いた。
「今のは速い!」
「魔力の乗せ方も上手いな!」
カインは口元を吊り上げた。
――どうだ。
――俺だって、やれるんだよ!
しかし。
魔導人形は停止していなかった。
胸部の魔導核が青く明滅する。
左腕が持ち上がった。
「……っ!」
カインが気づいたときには、三つの風弾が放たれていた。
一発目を剣で弾く。
二発目を身体をひねって避ける。
だが、三発目が右肩をかすめた。
バシッ!
「ぐっ!」
訓練用に威力を抑えた魔法とはいえ、鈍い痛みが走った。
カインは後方へ跳び、距離を取った。
――くそっ。
――まだ動けるのかよ!
◇
観客席。
俺は、カインの戦いを見つめていた。
「……なかなかやるな」
隣にいたカイルが頷く。
「ああ。あいつ、口は悪いけど剣の腕は本物だな」
「そうだな」
カインの踏み込みは鋭い。
炎を剣にまとわせる速度も速く、斬撃の威力は同年代の平均を大きく超えている。
ただ、一つ気になることがあった。
「……攻撃した後、相手を見ていない」
「ん?」
カイルが俺を見た。
「今の《紅蓮斬》だよ。肩に当たった瞬間、勝ったと思って視線を外した」
「ああ……確かに」
「相手が動けるかどうか、最後まで確認しないと危険だ」
俺がそう言うと、近くにいたシャル姉が小さく笑った。
「レオンらしい意見ね」
「そうかな?」
「ええ。相手を倒すことより、戦いを確実に終わらせることを考えているもの」
シャル姉は、少しだけ真剣な表情になった。
「でも、カイン君にも才能はあるわ。あの年齢で炎剣をあそこまで扱えるのは立派よ」
俺も頷いた。
「うん。だからこそ、惜しいんだ」
◇
訓練場では、戦闘が続いていた。
魔導人形が剣を水平に振るう。
カインは身を低くして、その下へ潜り込んだ。
剣先が頭上を通り過ぎる。
髪が風圧で揺れた。
「……遅い!」
カインは地面を蹴った。
右足で踏み込み、左肩を前へ出す。
木剣を腰の位置から引き上げ、鋼鉄の胴へ向けて突き込んだ。
だが、魔導人形は左腕を差し出して防御した。
ガキンッ!
剣先が弾かれる。
その瞬間、カインは手首を返した。
突きから横薙ぎへ。
さらに炎を上乗せする。
「――《紅蓮斬》!」
ゴウッ!
炎が弧を描き、魔導人形の左腕を包み込んだ。
関節部から火花が散る。
魔導人形の左腕が、力なく垂れ下がった。
「よしっ!」
だが、今度のカインは止まらなかった。
相手の右腕が動くより早く、剣を引き戻す。
胸部へ踏み込む。
そして、魔力を一点へ集中させた。
「――《炎牙突》!」
鋭い炎をまとった突きが、魔導人形の胸へ命中する。
ズガンッ!
爆発音。
鋼鉄の胸板が大きくへこみ、内部の魔導核が明滅した。
魔導人形の身体が後方へ倒れる。
ガシャァン!
石床に巨体が横たわった。
数秒後。
魔導核の光が消えた。
「……演習終了!」
教官が声を上げた。
「カイン・ヴェルナー、課題達成!」
歓声が響く。
「すげえ!」
「最後の連続攻撃、見たか!?」
「勇者候補っていうだけはあるな!」
カインは荒い息を吐きながら笑った。
「……当然だろ」
だが、その表情はすぐに曇った。
――一体倒すのに、こんなに手間取った。
――なのに、レオンハルトは三体を……。
カインは、その考えを振り払った。
「先生!」
教官へ向き直る。
「追加課題を頼む!」
教官は少し考えた。
「……よろしい。ただし、二体同時ではなく、次の一体と連戦してもらう。先ほどの被弾も評価対象だ」
「分かったよ」
カインは剣を構え直した。
――次こそ、完璧に勝ってやる。
◇
二体目の魔導人形は、水属性だった。
開始直後、青い魔法陣が地面へ広がる。
水が蛇のようにうねり、カインの足元へ絡みついた。
「……何っ!?」
カインは跳躍して逃れようとした。
だが、水流は足首を追って伸びる。
水の帯が左足へ巻きついた。
着地の姿勢が崩れる。
そこへ、魔導人形の剣が迫った。
「くそっ!」
カインは木剣を両手で握り、辛うじて受け止めた。
ガァン!
衝撃で膝が沈む。
足元の水が、さらに絡みついた。
――動けねえ!
魔導人形の胸部で、次の魔法陣が輝いた。
三つの水弾。
距離は、わずか数歩。
避ける余裕はない。
「……《炎壁》!」
カインは咄嗟に火属性魔法を展開した。
炎の壁が立ち上がり、水弾と衝突する。
激しい蒸気が噴き上がった。
視界が白く染まる。
その隙に、カインは足元の水を熱で蒸発させ、後方へ転がるように逃れた。
「はあっ……はあっ……!」
息が荒い。
腕が痺れている。
それでも、目の前の敵は動きを止めない。
魔導人形が、蒸気の向こうから歩み出た。
――何でだよ。
――何で、こんなに面倒なんだ!
カインは、苛立ちに任せて魔力を練り上げた。
剣身を包む炎が、先ほどより大きく膨らむ。
「……だったら!」
炎が渦を巻く。
熱気が訓練場の石床を赤く照らした。
「まとめて吹き飛ばしてやる!」
教官の表情が変わった。
「カイン! 出力を抑えろ!」
だが、カインは止まらない。
「――《紅蓮爆刃》!」
振り下ろされた剣から、巨大な炎の斬撃が放たれた。
炎は魔導人形へ命中する。
ドォォン!
爆風が訓練場を駆け抜けた。
魔導人形の装甲が砕け、内部の魔導核が破損する。
同時に、制御を失った炎の一部が横方向へ広がった。
観客席の手前。
防御結界へ、火炎が叩きつけられる。
バァン!
透明な障壁が激しく揺れた。
「きゃっ!」
前列の生徒たちが身を引いた。
結界は正常に作動し、誰にも怪我はなかった。
だが。
教官の怒声が響いた。
「カイン・ヴェルナー! 演習中止!」
炎が消えた。
カインは、肩で息をしながら振り返った。
「……は?」
「出力制限を超えた攻撃を確認した! 追加課題は失格とする!」
「何でだよ! 倒しただろ!」
「倒せばいいというものではない!」
教官の声が、訓練場に響き渡った。
「周囲への被害を抑えることも、実技評価の一部だ!」
カインは唇を噛んだ。
「……ちっ」
◇
演習終了後。
俺は、訓練場の出口でカインとすれ違った。
彼は、ひどく不機嫌そうだった。
「……何だよ」
「お疲れさま」
俺は、普通に声をかけた。
「最初の戦い、見事だったよ」
カインが、こちらを睨んだ。
「……馬鹿にしてんのか?」
「いや、本当に」
俺は首を振った。
「炎剣の切り返しは速かったし、二撃目へ繋ぐ判断もよかった」
「……」
「ただ、二体目は少し魔力を使いすぎたと思う」
その瞬間。
カインの顔が歪んだ。
「……説教かよ」
「そういうつもりじゃない」
「だったら、余計なこと言うな!」
カインは、俺の横を通り過ぎた。
肩がぶつかりそうになったが、俺は半歩だけ身体を引いた。
……。
カイルが、後ろから近づいてきた。
「……お前、よく怒らねえな」
「怒る理由もないだろ?」
「いや、普通はあると思うぞ」
俺は苦笑した。
「……あいつ、才能はあるんだ」
「それは分かるけどよ」
「ただ、今のままだと危ない」
俺は、カインが去った方向を見つめた。
強さを証明することばかり考えている。
その結果、周囲が見えなくなっている。
……昔の俺も、ゲームの知識だけを頼りにしていたら、似たような考え方になっていたのだろうか。
そんなことを、ふと思った。
だが。
俺は、まだ知らなかった。
カインが抱いている対抗心が。
単なる競争心では済まなくなり始めていることを。




