第119話 七属性の支配者――勇者候補が見た絶望的な実力差
第119話 七属性の支配者――勇者候補が見た絶望的な実力差
王国暦八二二年、新春月十二日。
王立アストレア学園。
第一実技訓練場。
巨大な円形闘技場には、数百人の生徒が集まっていた。
今日は、上級生と特別編入生を対象とした合同実技演習。
剣術、魔法、そして複合戦闘技術を評価する重要な授業だった。
訓練場の周囲には、複数の防御結界が展開されている。
観客席には、セレスティア、リゼット、エリシア、シャルロットの姿もあった。
そして。
カイン・ヴェルナー。
新たな勇者候補として編入した少年も、参加者の一人だった。
「……今日は、いい機会だな」
カインは、木剣を握り締めた。
――ここで実力を見せれば、皆の評価も変わる。
――レオンハルトなんかより、俺の方が強いって証明してやる。
そのとき。
訓練場の中央へ、一人の少年が歩み出た。
黒髪。
整った顔立ち。
そして、静かな佇まい。
レオンハルト・ヴァルディス。
その姿を見た瞬間。
観客席から、歓声が上がった。
「レオンハルト様だ!」
「今日は、どんな魔法を見せてくださるんだろう!」
「七属性を同時に扱えるって、本当なのかな?」
カインは、眉をひそめた。
「……ちっ」
――何で、あいつばっかり。
だが。
次の瞬間。
彼は、思い知ることになる。
その歓声が、決して根拠のないものではないことを。
◇
「……それでは」
実技担当教官が、中央へ進み出た。
「本日の演習では、複数属性への対応能力と、実戦における判断力を評価する」
教官は、巨大な魔導装置を指差した。
そこには、三体の戦闘用魔導人形が並んでいた。
鋼鉄の身体。
魔力を循環させる内部回路。
そして、複数の攻撃魔法を使用する人工魔導核。
「この魔導人形は、王国騎士団の実戦訓練にも使用されている」
教官は、説明を続けた。
「通常、一体を相手にする場合でも、複数人での連携が推奨される」
……。
生徒たちが、ざわめいた。
「……そんなに強いのか?」
「魔導人形って、攻撃しても止まらないんだろ?」
「内部の魔導核を破壊しないと、動き続けるらしいぞ」
教官は、静かに頷いた。
「ただし、今回の演習では出力を制限している」
そして。
「まずは、模範演習として、レオンハルト・ヴァルディスに挑戦してもらう」
……。
観客席から、大きな歓声が上がった。
カインは、鼻で笑った。
「……模範演習?」
――どうせ、貴族だから特別扱いされてるんだろ。
だが。
レオンハルトは、静かに訓練場の中央へ進んだ。
「……よろしくお願いします」
教官へ頭を下げる。
そして。
三体の魔導人形を見つめた。
◇
俺――レオンハルト・ヴァルディスは、三体の魔導人形を観察していた。
……なるほど。
右の個体は、火属性。
左は、雷属性。
中央は、土属性を中心に構成されている。
それぞれの魔導核は、胸部の奥にある。
だが。
ただ破壊するだけでは、演習として意味がない。
……なら。
できるだけ、無駄な魔力を使わずに停止させよう。
「……準備はいいか?」
教官の声が響いた。
「はい」
俺は、静かに頷いた。
「……始め!」
その瞬間。
右側の魔導人形が、動いた。
鋼鉄の腕が持ち上がる。
赤い魔法陣が、三重に展開された。
「――《炎弾連射》!」
六つの火球が、一直線に飛来する。
だが。
俺は、動かなかった。
右手の指先を、わずかに動かす。
「……《水鏡障壁》」
青い魔法陣が、目の前に展開された。
薄い水の膜。
一見すると、頼りない防御魔法。
しかし。
火球が触れた瞬間。
ジュッ!
激しい蒸気が、周囲へ広がった。
六つの火球が、次々と消滅する。
……。
観客席が、ざわめいた。
「……今の、初級水魔法だよな?」
「何で、あんなに簡単に消せるんだ?」
リゼットが、静かに口を開いた。
「……魔力の密度が違うんです」
セレスティアが、彼女を見た。
「……密度?」
「はい」
リゼットは、真剣な表情で続けた。
「レオンハルト様は、水の膜を極限まで薄くして、必要な場所だけに魔力を集中させています」
……。
「だから、ほとんど魔力を無駄にせず、火球の熱を奪えるんです」
シャルロットが、微笑んだ。
「……相変わらず、器用ね」
そのとき。
左側の魔導人形が、動いた。
黄色い魔法陣。
雷光が、腕へ収束する。
「――《雷槍》!」
鋭い雷の槍が、空気を裂いて迫った。
俺は、半歩だけ身体をずらした。
雷槍が、頬の横を通り過ぎる。
……。
その瞬間。
俺は、左手を軽く振った。
「……《風刃》」
透明な風の刃が、地面すれすれを走る。
狙ったのは、魔導人形の足元。
鋼鉄の脚を破壊するためではない。
足首の可動部へ、正確に衝撃を与えるためだった。
ガキン!
金属音。
魔導人形の体勢が、わずかに崩れた。
その隙に。
俺は、地面を蹴った。
……。
一歩。
ただ、それだけだった。
しかし。
次の瞬間。
俺の身体は、魔導人形の懐へ入り込んでいた。
「……《雷閃穿孔》」
指先に、青白い雷光が集まる。
そして。
胸部の魔導核へ向けて、細い雷を放った。
バチッ!
小さな音。
魔導人形の動きが、停止した。
……。
観客席が、静まり返った。
「……え?」
「……今、何が起きた?」
教官が、目を見開いた。
「……魔導核の制御回路だけを、停止させたのか?」
……。
俺は、静かに頷いた。
「はい」
「……破壊せずに?」
「その方が、修理が楽ですから」
……。
教官は、言葉を失った。
◇
残る二体。
中央の土属性魔導人形が、両腕を地面へ叩きつけた。
「――《岩槍陣》!」
地面が、激しく隆起する。
無数の岩槍が、俺の足元から突き出した。
同時に。
右側の火属性魔導人形が、再び魔法陣を展開する。
「――《炎竜咆哮》!」
巨大な炎の竜が、咆哮とともに迫った。
上下からの同時攻撃。
回避経路を塞ぐ、連携魔法。
……なるほど。
よくできている。
だが。
俺は、静かに息を吐いた。
「……《土流転》」
足元に、茶色い魔法陣が展開された。
次の瞬間。
地面から突き出した岩槍が、まるで意思を持ったかのように軌道を変えた。
岩槍同士がぶつかり合い、砕け散る。
さらに。
「……《水天渦》」
青い魔法陣が、頭上に展開された。
大量の水が、螺旋を描いて回転する。
迫る炎竜。
その進路へ、水の渦が飛び込んだ。
轟音。
炎と水が衝突し、白い蒸気が爆発的に広がった。
観客席から、驚きの声が上がる。
「……見えない!」
「……どうなったんだ!?」
だが。
次の瞬間。
蒸気の中から、七色の光が漏れ始めた。
……。
カインは、目を見開いた。
「……何だ、あれ」
蒸気が、ゆっくりと晴れていく。
そこには。
静かに立つレオンハルトの姿があった。
その周囲に。
七つの魔法陣が、浮かんでいた。
赤。
青。
緑。
茶。
黄。
白。
黒。
火、水、風、土、雷、光、闇。
七属性。
すべての魔法陣が、互いに干渉することなく回転している。
「……《七彩神星陣》」
俺は、静かに呟いた。
その瞬間。
七つの魔法陣が、巨大な星形の陣を形成した。
訓練場全体が、七色の光に包まれる。
……。
リゼットが、思わず立ち上がった。
「……すごい」
その声が、震えていた。
「……七属性の魔力循環が、完全に独立している」
……。
「しかも、すべての属性が、互いを補完している……!」
セレスティアが、息を呑んだ。
「……そんなことが、できるの?」
リゼットは、静かに首を振った。
「……理論上は、可能です」
そして。
「でも、実際にできる人なんて……」
彼女は、言葉を失った。
◇
俺は、残る二体の魔導人形を見つめた。
……さて。
そろそろ、終わらせよう。
七つの魔法陣が、静かに回転する。
そのうち。
雷と風の魔法陣が、前方へ移動した。
「……《雷風連鎖》」
青白い雷光が、風の流れに乗って走る。
それは、巨大な雷撃ではなかった。
細く、鋭く、正確な一撃。
二体の魔導人形の胸部を、ほぼ同時に貫いた。
バチッ!
小さな音。
そして。
二体の魔導人形が、同時に停止した。
……。
静寂。
訓練場には、しばらく誰の声も響かなかった。
やがて。
教官が、ゆっくりと口を開いた。
「……演習、終了」
……。
「……レオンハルト・ヴァルディス、完全勝利」
その瞬間。
観客席から、割れんばかりの拍手が響いた。
「すげえええ!」
「三体同時に相手して、無傷!?」
「しかも、魔導人形を一体も壊してないぞ!」
「七属性って、本当に使えるんだ……!」
俺は、少しだけ照れくさくなった。
「……ありがとうございました」
教官へ頭を下げる。
そして、訓練場を後にしようとした。
だが。
そのとき。
一人の少年が、立ち上がった。
カイン・ヴェルナー。
彼は、拳を握り締めていた。
……。
――何だよ。
――何なんだよ、今の。
カインの頭の中では、必死に言い訳が繰り返されていた。
――魔導人形の出力が低かっただけだ。
――相手が動きを知ってたんだ。
――きっと、何か仕掛けがある。
だが。
心の奥では、理解していた。
あれは、そんな次元の話ではない。
魔法の発動速度。
魔力制御。
攻撃の精度。
そして。
七属性を同時に扱うという、常識外れの技術。
どれを取っても。
自分とは、比較にならない。
「……くそっ」
カインは、歯を食いしばった。
――でも。
――でも、俺は勇者候補だ。
――主人公なんだ。
――悪役なんかに、負けるわけがない!
そのとき。
レオンハルトが、こちらへ視線を向けた。
「……カイン」
……。
カインの肩が、わずかに跳ねた。
「……何だよ」
レオンハルトは、静かに微笑んだ。
「次は、君の番みたいだな」
……。
教官の声が響いた。
「次の演習者!」
そして。
「カイン・ヴェルナー!」
……。
カインは、ゆっくりと立ち上がった。
手の中の木剣が、微かに震えていた。




