第118話 勇者の攻略法――書き換えられた恋愛イベント
第118話 勇者の攻略法――書き換えられた恋愛イベント
王国暦八二二年、新春月十一日。
王立アストレア学園。
朝の陽光が差し込む教室で、カイン・ヴェルナーは窓の外を眺めていた。
昨日の出来事が、どうしても頭から離れない。
レオンハルト・ヴァルディス。
本来なら、勇者の前に立ちはだかる悪役公爵令息。
それなのに、王女セレスティアをはじめ、リゼットやエリシアまでが、あの男を信頼していた。
「……おかしいだろ」
カインは、小さく呟いた。
前世で何度も遊んだゲーム。
『エターナル・レガリア』。
その物語では、勇者こそが少女たちの心を救う存在だった。
セレスティアは、王族としての重圧から解放してくれる勇者に惹かれる。
リゼットは、自分の研究を理解してくれる勇者に心を開く。
エリシアは、聖女としてではなく一人の少女として接してくれる勇者に恋をする。
攻略条件は、すべて覚えている。
選択肢も。
イベントの発生場所も。
好感度が上昇する会話も。
――だったら、やることは決まってる。
カインは、口元を吊り上げた。
――昨日は、少し急ぎすぎただけだ。
――今日は、ゲーム通りに攻略してやる。
彼は、机から立ち上がった。
まず狙うのは、第一王女セレスティア。
ゲーム序盤の重要イベント。
《王女の孤独》。
それを再現するつもりだった。
◇
昼休み。
学園東庭園。
白い噴水の周囲には、冬でも枯れない魔法植物が植えられていた。
セレスティアは、ベンチに座って一冊の本を読んでいた。
その姿を見つけたカインは、内心で笑った。
――いた。
――場所も、ほとんどゲーム通りじゃないか。
ゲームでは、この庭園で王女へ声をかけることで、特別な会話イベントが始まる。
重要なのは、王女の孤独を理解すること。
カインは、記憶にある台詞を思い出した。
そして、ゆっくりと近づいた。
「……王女って、大変だよな」
セレスティアが、顔を上げた。
「……カインさん?」
「皆から期待されて、自由もない」
カインは、少し寂しそうな表情を作った。
「でも、俺は違う」
……。
「俺は、君を王女としてじゃなく、一人の女の子として見てる」
完璧だ。
カインは、内心で確信した。
――この台詞なら、確実に好感度が上がる。
だが。
セレスティアは、少し困ったように微笑んだ。
「……ありがとうございます」
カインの表情が、明るくなる。
しかし。
「ですが、私は今、とても幸せですよ」
「……え?」
「確かに、王女としての責任はあります」
セレスティアは、静かに続けた。
「でも、私には大切な家族も、友人もいます」
そして。
その表情が、柔らかくなった。
「……それに」
「……それに?」
「私が私らしくいられる場所を、作ってくれた人がいますから」
……。
カインの胸に、嫌な予感が走った。
「……それって」
セレスティアは、微笑んだ。
「レオンです」
……。
沈黙。
カインは、しばらく言葉を失った。
――また、あいつかよ。
「……そうか」
ようやく、それだけ答えた。
セレスティアは、本を閉じた。
「お気遣いは嬉しいです」
そして、丁寧に頭を下げた。
「ですが、私のことを知っていただくなら、まずは普通にお話ししましょう」
……。
カインは、作り笑いを浮かべた。
「……ああ、そうだな」
だが、内心では。
――何でだよ。
――何で、レオンハルトなんだよ!
怒りが、少しずつ膨らんでいた。
◇
午後。
魔導研究棟。
カインは、次の目的地へ向かっていた。
――リゼットなら、もっと簡単なはずだ。
ゲームでは、彼女の研究を褒めることで好感度が上昇する。
さらに、魔法理論について少し知識を披露すれば、特別な共同研究イベントが発生する。
カインは、研究室の扉を叩いた。
「……はい」
中から、リゼットの声がした。
「カインだ。少し話せるか?」
「……どうぞ」
扉を開くと、机の上には複雑な魔法陣が広がっていた。
七つの属性を示す記号。
魔力循環の計算式。
そして、紫水晶を組み込んだ小さな魔導具。
カインは、思わず目を細めた。
――何だ、これ。
ゲームで見た研究室とは、随分違う。
だが、すぐに笑みを浮かべた。
「すごいな、リゼット!」
「……ありがとうございます」
「俺、魔法理論には詳しいんだ」
カインは、胸を張った。
「魔力は、強く圧縮すればするほど威力が上がるんだろ?」
……。
リゼットは、静かに瞬きをした。
「……場合によります」
「……え?」
「魔力密度を高めれば、確かに出力は上昇します」
彼女は、机の上の魔法陣を指差した。
「ですが、属性干渉や魔力回路の耐久性を考慮しなければ、暴走の危険があります」
……。
「特に、複数属性を同時に扱う場合は、単純な圧縮だけでは不十分です」
カインは、言葉に詰まった。
「……そ、そうなのか」
「はい」
リゼットは、微笑んだ。
「この研究も、レオンハルト様の七属性魔法を参考にしています」
……。
まただ。
また、あの名前。
「……レオンハルト?」
「はい」
リゼットの表情が、ぱっと明るくなった。
「レオンハルト様は、七属性を同時に扱っても、魔力の干渉をほとんど発生させないんです」
彼女は、嬉しそうに続けた。
「しかも、魔力循環が非常に滑らかで……」
カインは、聞きながら顔を引きつらせた。
――何で、研究の話まであいつになるんだよ。
「……へえ」
ようやく、それだけ答えた。
リゼットは、少し首を傾げた。
「……カイン様?」
「……いや、何でもない」
カインは、無理に笑った。
「また、今度な」
そして、研究室を後にした。
◇
夕方。
学園の聖療棟。
カインは、最後の望みをかけていた。
――エリシアなら、絶対に大丈夫だ。
ゲームでは、聖女としての重責を理解し、彼女自身の幸せを願う言葉をかけることで、特別なイベントが発生する。
カインは、廊下を歩きながら台詞を思い出した。
そして。
聖療室の前で、エリシアを見つけた。
「……エリシア!」
彼女は、振り向いた。
「カイン様?」
「少し、話があるんだ」
「……はい」
カインは、真剣な表情を作った。
「君は、いつも人のために頑張ってるよな」
エリシアが、静かに頷いた。
「……はい」
「でもさ」
カインは、一歩近づいた。
「君自身も、幸せになっていいんだぜ」
……。
その瞬間。
エリシアの表情が、少しだけ変わった。
カインは、内心で笑った。
――来た!
――この反応だ!
だが。
エリシアは、穏やかに微笑んだ。
「……ありがとうございます」
そして。
「実は、以前にも同じようなことを言ってくださった方がいるんです」
……。
カインの笑顔が、固まった。
「……誰だ?」
エリシアは、胸元へ手を当てた。
「レオン様です」
……。
「……は?」
「私が、自分の幸せを願ってもいいと気づけたのは、あの方のおかげなんです」
エリシアは、幸せそうに微笑んだ。
「だから、今は自分の気持ちに正直でいようと思っています」
……。
カインは、しばらく言葉を失った。
――何なんだよ。
――何で、全部あいつなんだよ!
セレスティア。
リゼット。
エリシア。
本来なら、勇者である自分が救うはずだった少女たち。
その心には、すでに別の少年がいた。
カインは、拳を握り締めた。
「……そうかよ」
低い声だった。
エリシアが、少し心配そうに彼を見た。
「……カイン様?」
「……いや、何でもない」
カインは、無理に笑った。
「邪魔したな」
そう言い残し、聖療棟を後にした。
◇
夜。
学園の男子寮。
カインは、自室の机を強く叩いた。
「……ふざけんな!」
机の上の本が、跳ねた。
「何なんだよ、この世界!」
ゲームの知識が、通用しない。
攻略イベントが、発生しない。
ヒロインたちは、自分ではなくレオンハルトを見ている。
「……あいつが」
カインは、歯を食いしばった。
「……あいつが、全部奪ったんだ」
……。
その考えが、頭から離れなかった。
本来なら、自分が主人公だった。
本来なら、自分が彼女たちを救うはずだった。
本来なら、自分が愛されるはずだった。
――なのに。
「……レオンハルト・ヴァルディス」
カインは、低く呟いた。
「……絶対に、許さねえ」
その瞳には、強い嫉妬が宿っていた。
だが。
彼は、まだ気づいていなかった。
少女たちの心は、誰かに与えられる報酬ではない。
ゲームの選択肢をなぞっただけで、手に入るものでもない。
レオンハルトが彼女たちから信頼されているのは。
彼自身が、彼女たちと向き合い、行動してきたからだった。
そして。
翌日。
カインは、ついに目撃することになる。
自分が悪役だと思い込んでいた少年の、真の実力を。




