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『悪役公爵令息レオンハルト』  作者: 覇王が好き
第二章・王立学園編

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第109話 紫水晶の約束――天才魔導師の小さな勇気

第109話 紫水晶の約束――天才魔導師の小さな勇気


王国暦八二一年、冬月十四日。


王立アストレア学園、魔導研究棟。


朝の研究室には、魔導具の微かな駆動音が響いていた。


窓際の机には、細かな魔法陣が描かれた羊皮紙。


属性別の魔石。


銀糸を編み込んだ小さな装飾品。


その中央で、一人の少女が真剣な表情を浮かべていた。


リゼット・クローディア。


学園でも屈指の魔法理論の才能を持つ少女だ。


「……あと少し」


リゼットは、小さく呟いた。


指先から、紫色の魔力が流れる。


魔法陣が淡く輝き、銀色の腕輪に刻まれた術式が反応した。


しかし。


次の瞬間、光が不安定に揺れた。


「……っ!」


リゼットは、慌てて魔力を抑えた。


小さな火花が散り、術式が停止する。


「……また、失敗」


彼女は、深く息を吐いた。


机の上には、同じ形の腕輪が三つ並んでいた。


どれも、完成には至っていない。


「……こんなに難しいなんて」


普段のリゼットなら、魔導具の開発でここまで苦戦することは少ない。


だが、今回だけは違った。


なぜなら。


それは、彼女にとって特別な贈り物だったからだ。


     ◇


数日前。


ヴァルディス公爵邸での快気祝い。


リゼットは、レオンハルトの姿を見つめていた。


シャルロットとルシウスが、彼に抱きついている。


家族たちが、穏やかに笑っている。


そして、その中心で。


レオンハルトが、心から嬉しそうに微笑んでいた。


その光景を見たとき。


リゼットは、改めて気づいた。


自分が、どれほど彼に救われてきたのか。


かつて、彼女は魔導記録の改ざんを疑われた。


信じていた研究成果を否定され、周囲から距離を置かれた。


そんなとき。


レオンハルトだけは、最初から彼女の話を聞いてくれた。


証拠を調べ、矛盾を見つけ、真実を明らかにしてくれた。


それだけではない。


彼は、リゼットの魔法理論を面白いと言ってくれた。


彼女の才能を、心から認めてくれた。


『リゼットの考え方、俺は好きだよ』


以前、何気なく言われた言葉。


その一言を、彼女は今でも覚えている。


「……私も」


祝宴の帰り道。


リゼットは、馬車の窓から夜空を見上げながら呟いた。


「何か、お返しがしたい」


単なる感謝ではない。


彼に、喜んでほしい。


彼が困ったとき、自分の力で助けたい。


そして。


できることなら。


彼の隣に立つ理由を、もう一つ増やしたかった。


     ◇


「……リゼット?」


研究室の扉が開いた。


振り向くと、エリシアが立っていた。


「エリシア様」


「まだ研究していたんですね」


「……はい」


エリシアは、机の上に並ぶ腕輪を見つめた。


「とても綺麗ですね。どなたかへの贈り物ですか?」


その瞬間。


リゼットの頬が、赤くなった。


「……ええと」


エリシアは、優しく微笑んだ。


「レオン様、ですか?」


「……っ!」


リゼットは、思わず手元の羊皮紙を落としかけた。


「ど、どうして分かったんですか?」


「ふふっ」


エリシアは、楽しそうに笑った。


「リゼットさんが、そんなに一生懸命になっているんですもの」


「……そんなに、分かりやすいでしょうか」


「少しだけ」


リゼットは、恥ずかしそうに俯いた。


エリシアは、椅子へ腰掛けた。


「どんな魔導具なんですか?」


リゼットは、少し迷ってから説明を始めた。


「……魔力循環を補助する腕輪です」


「魔力循環を?」


「はい。レオンハルト様は、七属性の魔法を扱えます」


彼女は、術式の描かれた羊皮紙を広げた。


「通常の魔導具は、一つか二つの属性を前提に設計されています。でも、それではレオンハルト様の魔力に対応できません」


「なるほど……」


「だから、属性に合わせて内部の魔法陣が自動的に切り替わる仕組みを考えました」


エリシアは、感心したように目を見開いた。


「そんなことができるんですか?」


「理論上は、可能です」


リゼットは、少し困ったように笑った。


「ただ、まだ安定しなくて」


エリシアは、机の上の腕輪を見つめた。


そして、静かに言った。


「……素敵ですね」


「……え?」


「レオン様のことを、よく考えて作られているんだと思います」


その言葉に、リゼットの胸が温かくなった。


「……ありがとうございます」


すると、エリシアは少しだけ悪戯っぽく微笑んだ。


「でも、私も負けていられませんね」


「……エリシア様?」


「私も、レオン様に喜んでいただきたいですから」


二人の視線が重なった。


そして。


どちらからともなく、小さく笑った。


恋のライバル。


その言葉を、まだ口にはしない。


けれど、互いの気持ちには気づき始めていた。


     ◇


その日の午後。


リゼットは、ようやく術式の問題を発見した。


「……そういうことだったんですね」


七属性を同時に扱おうとするから、魔力の流れが干渉する。


ならば。


同時に制御する必要はない。


使用者の魔力に反応して、必要な属性の術式だけを開けばいい。


「……これなら」


彼女は、慎重に魔力を流した。


銀色の腕輪が、淡く輝く。


紫。


青。


赤。


緑。


次々と光が切り替わり、やがて安定した。


「……できた」


リゼットは、思わず息を呑んだ。


魔法陣が、静かに回転している。


不安定な揺らぎはない。


魔力の損失も、想定の範囲内だった。


「……完成です」


その瞬間。


胸の奥から、嬉しさが込み上げてきた。


彼に、渡せる。


自分の手で作ったものを。


自分の想いを込めたものを。


「……喜んで、くださるでしょうか」


小さく呟く。


答える者はいなかった。


けれど。


リゼットは、完成した腕輪を大切そうに両手で包み込んだ。


     ◇


放課後。


学園の中庭。


俺――レオンハルト・ヴァルディスは、リゼットから呼び出されていた。


「……リゼット?」


彼女は、噴水の近くに立っていた。


いつも通りの制服姿。


だが、どこか緊張しているように見える。


「レオンハルト様」


「どうした? 何か相談か?」


「……はい。いえ、その」


リゼットは、少し言葉に詰まった。


俺は、首を傾げた。


「何かあったのか?」


「……実は」


彼女は、両手で小さな箱を差し出した。


「これを、受け取っていただきたくて」


「……俺に?」


「はい」


箱を開ける。


中には、銀色の腕輪が入っていた。


中央には、小さな紫水晶。


その周囲には、非常に精密な魔法陣が刻まれている。


「……これ、リゼットが作ったのか?」


「……はい」


俺は、思わず目を見開いた。


魔導具としての完成度が、異常なほど高い。


七属性に対応した可変式の魔力回路。


しかも、使用者の魔力に合わせて術式を調整する仕組みまである。


「……すごいな」


素直に、そう思った。


「これ、かなり難しい技術だろ?」


リゼットは、少し驚いたように顔を上げた。


「……分かりますか?」


「ああ。普通の魔導具とは、構造が全然違う」


俺は、腕輪を手に取った。


「七属性を扱う俺に合わせて、設計してくれたんだな」


リゼットの頬が、赤くなった。


「……はい」


「ありがとう」


俺は、微笑んだ。


「すごく嬉しいよ」


その瞬間。


リゼットの瞳が、大きく揺れた。


「……本当、ですか?」


「もちろん」


俺は、腕輪を装着した。


銀色の装飾が、手首に自然と馴染む。


試しに、微量の火属性魔力を流す。


紫水晶が赤く輝いた。


続いて、水属性。


光が青へ変わる。


「……おお」


思わず感嘆の声が漏れた。


「切り替えも滑らかだ。これなら戦闘中でも邪魔にならない」


リゼットは、ほっとしたように息を吐いた。


「……よかった」


俺は、彼女を見つめた。


「大切に使うよ」


そう告げると、リゼットは嬉しそうに微笑んだ。


     ◇


「……レオンハルト様」


少しして、リゼットが静かに口を開いた。


「……ん?」


「私、ずっと考えていたんです」


彼女は、胸元に手を当てた。


「あなたに助けていただいたこと」


……。


「私の話を、信じてくださったこと」


俺は、黙って聞いていた。


「私の魔法を、認めてくださったこと」


彼女の声が、少し震えた。


「……本当に、嬉しかったんです」


俺は、ゆっくり頷いた。


「リゼットの才能は、本物だからな」


「……ありがとうございます」


彼女は、小さく微笑んだ。


そして。


「……でも」


一歩、俺へ近づいた。


「私は、ただ助けていただくだけの存在ではいたくありません」


……。


「レオンハルト様が困ったとき、私も力になりたい」


その瞳には、確かな決意が宿っていた。


「……あなたの隣に、立てる人になりたいんです」


俺は、少し驚いた。


リゼットは、いつも控えめだ。


自分の気持ちを、ここまではっきり言葉にすることは珍しい。


「……ありがとう」


俺は、静かに答えた。


「でも、リゼットはもう十分、俺の力になってくれてるよ」


「……え?」


「今回の事件だって、魔力の痕跡を調べてくれただろ」


俺は、腕輪へ視線を落とした。


「それに、こんなすごいものまで作ってくれた」


そして、彼女を見つめた。


「俺にとって、リゼットは大切な仲間だ」


その瞬間。


リゼットは、少しだけ目を伏せた。


……仲間。


嬉しい。


けれど。


彼女の胸には、別の願いもあった。


「……レオンハルト様」


「ん?」


「……いつか」


彼女は、少しだけ勇気を振り絞った。


「仲間以上の存在に、なれたら……」


声が、小さくなる。


俺は、思わず聞き返した。


「……え?」


リゼットの顔が、一気に赤くなった。


「な、何でもありません!」


「……リゼット?」


「そ、それでは失礼します!」


彼女は、慌てて一礼した。


そして、足早に立ち去っていった。


……。


俺は、その背中を見送った。


「……仲間以上?」


小さく呟く。


……もしかして。


俺は、ようやく気づき始めていた。


セレスティアの言葉。


リゼットの態度。


そして、エリシアの優しい眼差し。


……いや。


まさかな。


そう思いながらも。


胸の奥が、少しだけ落ち着かなかった。


     ◇


その夜。


クローディア家の屋敷。


リゼットは、自室の寝台に顔を埋めていた。


「……言ってしまいました」


枕へ、顔を押しつける。


「……あんなこと」


思い出すだけで、頬が熱くなる。


仲間以上の存在。


ほとんど、告白のような言葉だった。


「……どうして、あんなことを」


けれど。


後悔は、していなかった。


レオンハルトが、腕輪を見て嬉しそうに笑ってくれた。


自分の技術を理解してくれた。


大切に使うと言ってくれた。


それだけで。


胸が、いっぱいだった。


「……レオンハルト様」


リゼットは、窓の外を見つめた。


冬の星空。


遠くで、鐘の音が響いている。


「……いつか、ちゃんと伝えます」


その声は、小さかった。


けれど。


確かな決意が込められていた。


「あなたのことが、好きですって」


そして。


彼女は、そっと微笑んだ。


天才魔導師と呼ばれる少女。


どんな難しい術式も、理論を組み立てれば解くことができた。


けれど。


恋という感情だけは、まだ思い通りにならない。


それでも。


彼女は、もう逃げないと決めていた。



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