第9話:神商品の衝撃と、老店主の鋭い疑惑
「よし、じゃあこの試作品の作業台とナイフの柄、それから燻製肉のパックの販売はセルマとミリィに頼んでもいいかな?」
ログハウスの庭で、ハルトは丁寧に梱包した木工品と食品を二人に手渡した。
「任せときな! 職人の目利きとして、あんたの品を適正価格(※ハルトの想像より遥かに高値)で売ってきてやるよ!」
「ハルトの手作りアイテム、しっかり高値で買わせるのニャ!」
大工のセルマと猫耳シーフのミリィは、ハルトから「まあ、自作品だし安くても買い取ってもらえたら万々歳だからね」と気楽に送り出され、意気揚々と辺境都市『ガルディア』の商業区へと向かった。
二人がやってきたのは、ガルディアで最も古い歴史を持ち、目利きが厳しいことで有名な『グラン道具店』だ。店主の老女ガラクは、頑固一徹な性格で、並の職人が持ち込んだ商品は鼻で笑って追い返すことで知られている。
「おい、ガラクのババア! 掘り出し物を持ってきたぞ!」
セルマが店に入り、カウンターの上にハルト特製の『折りたたみ式万能作業台』と『人間工学グリップのナイフ』、そして燻製肉をどん、と置いた。
カウンターの奥から現れた老店主ガラクは、白髪を揺らしながら眉をひそめた。
「ふん、腕利きのセルマが持ってきたにしては、なんとも妙な木工品だねぇ。……この妙な板切れと、柄を付け替えただけのナイフが売り物かい?」
ガラクは鼻で笑いながら、まずはナイフを手に取った。
そして——彼女の表情が劇的に凍りついた。
「……なっ!?」
ガラクの手が小さく震える。
吸い付くように手のひらにフィットし、刃先まで寸分の狂いもなく力が伝わる感触。握った瞬間に、手首や指にかかる負担が完全に分散される感覚に、老店主の目が血走った。
「な、なんだいこの柄は……!? 握った瞬間に手に馴染む……! まるで自分の手の一部になったかのような感覚じゃないか! どんな魔法具の付与がしてあるんだい!?」
「魔法なんて使ってないよ。ただの木削りさ」セルマがニヤリと胸を張る。
ガラクは半狂乱になりながら、次に『折りたたみ式作業台』へ手を伸ばした。
レバーを引くと、カチリと心地よい音を立てて脚が広がり、寸分のグラつきもなく固定される。折りたためば、片手で持ち運べるほどコンパクトになる幾何学的な構造。
「ひえぇぇぇぇ……っ!? 寸分の狂いもないジョイント……! 持ち運びが容易で、どんな悪路でも水平を保つ木工カラクリだと……!? い、一体どこの国の伝説の工匠が作ったってんだい!!? 職人ギルドの国宝級技師でもこんなマネはできないよ!!」
ガラクは額から滝のような汗を流し、息を荒げた。
「買う! 全部買い取るよ!! ナイフの柄は銀貨50枚、作業台は……金貨3枚だ!! いや、金貨5枚出す!! 燻製肉も破格で買い取る!!」
「き、金貨5枚……!?」
ミリィが目を丸くした。ハルトが「銅貨数枚になればいいな」と言っていた品が、一瞬で大金に化けたのだ。
ガラクは興奮でセルマの肩を掴み、鼻息荒く詰め寄ってきた。
「頼む、セルマ! この商品を創り出した『作者(製作者)』を紹介しておくれ!! 今すぐ会いたい! うちの店と専属契約を結んでくれれば、どんな望みでも叶えてやる!! どこにいるんだい、その偉大なマスターは!?」
((しまっ……!!))
セルマとミリィの脳裏に、強烈な危機感の警報が鳴り響いた。
(ハルトの存在をこのババアに教えたら、街中にハルトの噂が広まっちゃうニャ! 『至高の品を創る伝説の男』なんてバレたら、王宮の連中や貴族の女どもが押し寄せて、ハルトが奪われちゃうニャ!!)
(絶対ダメだ!! ハルトをこんな欲深な連中に会わせるわけにはいかない!!)
セルマは冷や汗をダラダラと流しながら、ガラクの手をパシッと振り払った。
「む、無駄だよガラク! 製作者(作者)に会うなんて絶対に無理だ!!」
「なんだと!? なぜだい! これほどの技術を持ったお方なんだ、表舞台に出れば富も名声も思いのままだろうに!」
「あ、あのねっ!!」
ミリィが必死に知恵を絞り、耳をピクピクさせながら突拍子もない嘘を叫んだ。
「その作者さんは……超・極度の人嫌いで、超・超・恥ずかしがり屋の隠遁職人さんなのニャ!!」
「……は? 人嫌いの恥ずかしがり屋……?」
「そうだよ!!」セルマも冷や汗を拭いながら必死に乗っかった。「人前に出ると緊張で卒倒しちゃうくらいシャイなんだ! 人里離れた深山幽谷に引きこもってて、自分の作品が人に見られることすら本当は恥ずかしくてたまらないんだよ! だから『絶対に自分を探すな、顔を見ようとするな』って強く言われてるんだ!」
「…………」
ガラクは目を細め、じっと二人を見つめた。
(……怪しいねぇ)
老練な商人の眼光が、セルマの引きつった笑顔と、ミリィの泳ぐ視線を見逃さなかった。
本当に人嫌いの老職人が相手なら、セルマたちはもっと困り顔をするはずだ。だが今の二人の態度は違う。何か『自分たちだけの宝物を必死に隠そうとしている』かのような、焦りと独占欲に満ちあふれている。
(ふん……『超極度の恥ずかしがり屋』ねぇ。嘘を吐くにしても、もうちょっとマシな嘘をお突き。……だが、こんな国宝級の技を持つ者を独占し、表に出そうとしない理由とは一体なんだ……?)
ガラクの脳裏に、先日街の市場で巻き起こった『男の匂い騒動』と、フードをかぶった謎の人物をガチガチに護衛していた女たちの噂がふと過った。
(まさか……いや、まさかねぇ。……まあいい、今は追求しても吐くような顔じゃない)
ガラクは長年の直感でこれ以上踏み込むのをやめ、ニタリと怪しい笑みを浮かべて頷いた。
「……なるほど、天才ゆえの奇癖というやつかい。分かったよ、無理に会おうとしてそのお方が引きこもって作品を作らなくなったら世界の損失だ。作者の捜索は諦めるとしよう」
「ほ、本当か!? 助かったよガラク!」
「話がわかるババアで良かったニャ!」
露骨にホッとした表情を浮かべる二人に、ガラクは心の中で(やっぱり何か隠してやがるね)と確信を深めつつ、金貨と銀貨の袋をカウンターに叩きつけた。
「だが! この商品が入荷したら、必ずうちの店に持ってきておくれ!! 代金はいくらでも弾むからね!」
夕方。ログハウスへ帰還したセルマとミリィは、ホクホク顔でハルトの元へ駆け寄った。
「ハルトー! 全部売れたよ!! はい、これ本日の売り上げ!!」
ジャラァッ! とテーブルにぶちまけられたのは、ハルトが見たこともない輝きを放つ『金貨』と『銀貨』の山だった。
「えぇぇぇぇーーーっ!? な、なんでただの作業台とナイフの柄でこんな大金に……!?」
ハルトが目を丸くして固まっていると、セルマが満足そうに胸を張った。
「ハルトの技術が素晴らしいから当然さ! あ、ちなみに店の店主が『作者に会いたい』ってうるさかったから、『ハルトは超極度の恥ずかしがり屋で人嫌いの隠遁職人だから絶対に会えない』って言っておいたから安心してね!」
「ええっ!? なんでそんな変な嘘つくの!?」
「ハルトを守るためだニャ!」ミリィが胸を張る。
「まあ……いいか。怪しまれるよりは……」ハルトは苦笑しつつも、手に入った大金を見つめた。「よし! これだけお金があれば、あの『大豆もどき』が麻袋ごと買えるぞ!! 明日さっそく買いに行って、自家製味噌と醤油の仕込みを始めよう!」
「「「「「おーっ!!!!」」」」」
ハルトの無自覚なチートクラフトが街の商業者を震撼させ、老店主ガラクに強い不信感と興味を抱かせたとも知らず——ハルトのログハウスは、念願の自家製調味料づくりに向けて歓喜に包まれるのだった。




