第10話 :王都帰還と、騎士団長の大大苦悩
「「「団長ーーーっっっ!!! ご無事だったのですねーーーっっっ!!!」」」
ヴェルタリア王国の王都、近衛騎士団本部の執務室。
ドガァンと勢いよく扉を開けて飛び込んできたエリザ・フォン・ベルセルクに対し、副団長をはじめとする部下の女騎士たちが感涙にむせびながら群がっていた。
連絡が途絶えてから数日。王宮では「あのエリザ団長が討ち死にしたのではないか」「邪教徒の罠にハマり捕らわれたのでは」と大騒動になっていたのだ。
「うむ、心配をかけたな。ご覧の通り傷一つない」
エリザはキリッとした凛々しい表情で腕を組んだ。
しかし、その胸の内は冷や汗と激しい動悸で破裂しそうになっていた。
(危なかった……! 報告期限を二日も過ぎていたなど……! ハルト殿のお手製スープの美味しさと、あのお優しい笑顔に夢中になるあまり、完全に職務を失念していたとは近衛騎士団長として不覚……っ!)
「団長、一体あの辺境の森でどんな過酷な戦いが……? って、あれ……?」
副団長の女騎士が、ひくひくと鼻を動かした。
「……団長、なんだか凄く良い匂いがしませんか? 甘くて、香ばしくて……こう、心が洗われるような……男の人のような素晴らしい香りが……」
ハルトのログハウスで浴びた、ハルト手作りのハーブ石鹸の残り香。そしてハルトが持たせてくれた「携帯用燻製肉」の香りが、エリザの鎧からほのかに漂っていたのだ。
「〜〜〜っ!?」
エリザの顔が瞬時に真っ赤に染まりかけたが、鍛え上げた鉄の意志で即座に無表情を繕った。
(しまっ……! 忘れていた、この副団長は犬並みに鼻が利くのだった……!)
脳裏に、ハルトのあの尊い笑顔が浮かぶ。
もしここで「実は森の中に記憶喪失の至高の男性が一人で暮らしていてな……」などと馬鹿正直に報告してみろ。
間違いなく、この副団長をはじめ、近衛騎士団の女ども、果ては女王陛下や王都の貴族令嬢たちまでがドッとあの森に押し寄せるだろう。ただでさえセルマやカレンたちという強大なライバルがいるのに、国家規模でライバルが増えてしまえば、エリザが「ハルトの第一の女(妻)」になる芽は永遠に摘み取られてしまう!
(絶対に……絶対にハルト殿の存在をこの女どもに知られてはならん……っ!! ハルト殿は私(と、あの害虫ども)だけの秘密だ!!)
エリザはバシッと机を叩き、凄まじい威圧感を放った。
「気のせいだ!! それより報告を聞け! 私はあの森で……古代の強力な『結界』を発見したのだ!」
「け、結界……でありますか!?」
「そうだ! 非常に危険で、かつ繊細な調査を要する特殊な結界だ! 故に、今後の調査は私単独で行う! 他の者が立ち入ることは固く禁じる! いいなっ!?」
「は、はいっ! 了解いたしました!」
必死の決死の虚偽報告(※本人はハルトを守るため大真面目)により、なんとかハルトの存在を秘匿することに成功したエリザ。
しかし、エリザの本当の戦いはここからだった。
執務室のデスクに積まれた、数日分の膨大な決済書類の山。
エリザは羽ペンを握り締めながら、高速で書類にサインを走らせる。
「くっ……! ハルト殿は今頃、何をしておられるだろうか……」
ペンを走らせながら、エリザの脳裏をぐるぐると駆け巡る恐ろしい思考。
(私がこうして書類と格闘している間にも、あの害虫ども——セルマやカレン、ミリィたちが、ハルト殿に甘え、ハルト殿の美味しい料理を食べ、あわよくばハルト殿の隣のベッドを奪おうと画策しているのでは……っ!?)
想像しただけで血吐きそうなほどの焦燥感が襲いかかる。
(だめだ……ハルト殿のそばを離れたくない……! ずっとあのログハウスで、ハルト殿の「いってらっしゃい」を聞いて暮らしたい……ッ!!)
そこで、エリザの頭の中に究極の二択が浮かび上がった。
(いっそのこと……近衛騎士団長を辞任して、ハルト殿の家に押しかけ居居居(居居居)……居候するか!? いや、居候どころか押しかけ妻として、生涯ハルト殿に添い遂げるべきでは……!?)
だが、長年仕えてきた王国への忠誠心と責任感がブレーキをかける。
(しかし、無責任に騎士団を辞めればハルト殿に「だらしない女」だと思われてしまうかもしれない……! かといって、現職のままではハルト殿に会えるのは『休日(または結界調査と称した出張)』の時だけになってしまう……! それではあの害虫どもに差をつけられてしまうではないかーーーっ!!)
「ぬぬぬぬ……っ! 休日だけ通うか……! 辞職してハルト殿の妻になるか……っ! どちらだ、どちらが正解なのだハルト殿ーーーーっ!?」
「だ、団長!? なにを一人で頭を抱えて唸っておられるのですか!?」
書類をめくりながら「辞職……いや休日……しかし愛が……」とボソボソ呟き、急に赤面したり絶望したりを繰り返すエリザの奇行に、部下の女騎士たちは恐怖で引きつっていた。
(いかん! 今は悩んでいる場合ではない! 一分一秒でも早く全業務を終わらせ、ハルト殿の元へ戻らねば……っ!)
エリザは「ぬおおおぉぉぉーーーっ!」と雄叫びをあげると、青い闘気を全身から噴出させ、平時の十倍の速度で書類を処理し始めた。
書類の山が凄まじい勢いで消えていく。
「な、なんという集中力……!」「これがエリザ団長の本気……!」と部下たちが感動の眼差しで見つめる中、エリザの頭の中は100%『ハルトへの重すぎる愛と葛藤』で埋め尽くされていたのだった。
そしてその夜遅く——。
全業務を力技で終わらせたエリザは、辞職か休日通いかの結論が出ぬまま、爆風のような足取りで王都を飛び出し、再びハルトの待つログハウスへと爆走を開始するのだった。




