第11話:再会と、念願の大豆もどき
「ハルト殿ーーーーーっっっ!!!!」
翌朝、ハルトがログハウスの庭で朝の空気を取り込んでいると、森の奥から激しい風切り音とともに青い影がすっ飛んできた。
ドギャァン! と土煙を上げて着地したのは、全身から青い闘気を漂わせた近衛騎士団長、エリザだった。
その目は少し血走っており、クマこそないものの凄まじい執念を感じさせる。
「えっ……!? エリザさん!? 昨日王都に帰ったばかりじゃ……!?」
ハルトが目を丸くすると、エリザはハルトの手をガシッと両手で包み込んだ。
「全業務、徹夜で終わらせてまいりました! ハルト殿の『いってらっしゃい』のお言葉を糧に、書類の山を粉砕してまいりました……ッ!」
「徹夜!? 無理しすぎだよ!? ちゃんと休まないと……」
「ハルト殿のお顔を拝見できただけで、疲れなど一瞬で吹き飛びます!……それと、その、ハルト殿」
エリザは急に頬を染め、モジモジと手指を絡め合わせた。
「私……今後、王宮の職務をどうすべきか、少々悩んでおりまして……。騎士団長を辞任してこちらに……いいえ、休日を利用してこちらに通うべきか……」
「え? 騎士団長を辞めるのはさすがにもったいないんじゃ……。お仕事がお休みの日に、たまに遊びに来てくれるくらいで俺はすごく嬉しいよ?」
ズキュゥゥゥゥン……!!
ハルトの何気ない「たまに遊びに来てくれたら嬉しい」という言葉が、エリザの胸を撃ち抜いた。
(〜〜〜〜っっっ! 『たまに遊びに来て』だと……!? それはつまり、『休日にはいつでも帰ってきていい』という私への永住許可……ッ!! 決めました、平日は爆速で仕事を終わらせ、休日は全速力でハルト殿の元へ通い詰めます!!)
エリザが勝手に感涙を流して決意を固めていると、ログハウスのドアが開き、残りのヒロインたちがゾロゾロと出てきた。
「ちっ……もう戻ってきたのかよ、あの爆走騎士……」
「エリザ団長、お仕事の処理速度が早すぎますわ……」
セルマやクレアたちがあからさまにチッと舌打ちをする。
「ふふん、害虫どもめ! 私とハルト殿の絆は、王都とこの森の距離など容易に超えるのだ!」
エリザがドヤ顔で胸を張る。
「まあまあ、みんな仲良くしようよ」
ハルトは苦笑いしながら、昨日セルマとミリィが稼いできてくれた金貨の入った袋を腰に下げた。
「それよりみんな! 今日は昨日諦めたあの『大豆もどき』を買いに行くよ! お金もたっぷりあるし、今日は麻袋ごと買い占めてくるからね!」
「「「「「「おーっ!!!!」」」」」」
こうして、エリザも加わった「ハルト絶対死守同盟」の厳重なガードのもと、一行は再び街の農産物エリアへと向かった。
「いらっしゃい……って、お前さんたち、昨日の!?」
農家の露店の店主は、再びやってきたハルトたち(と、それを完璧なV字陣形でガードする美女集団)を見て目を見張った。
「すみません、店主さん! 昨日見せてもらったこの豆、ある分だけ全部買わせてください!」
ハルトがずっしりと重い金貨を差し出すと、店主は「き、金貨!? たかが豆の買い占めで金貨だと!?」とひっくり返りそうになりながら、店の裏に積んであった麻袋三袋分の『大豆もどき』をかき集めてくれた。
「まいどあり……! 一体こんな豆、何に使うんだい? 家畜の餌かかい?」
「ふふ、人間が食べる至高の調味料にするんですよ」
ハルトはご機嫌で微笑んだ。
(よーし! これで原料は確保できた!)
ログハウスへ戻ったハルトは、さっそく「自家製味噌・醤油醸造プロジェクト」を開始した。
まずは大豆もどきを大きな樽にあけ、清流の綺麗な水で丁寧に洗って一晩水に浸す。
【家事全般】スキルの知識と、実家の農家で培った感覚が冴え渡る。
「ハルトさん、その大豆……じゃなかった、豆をどうするの?」
ルチアが興味津々で覗き込んでくる。
「水を含ませて柔らかくしたら、明日はこれをじっくり蒸すんだ。そこに『麹菌』に似た発酵の種を付けて……【生活魔法】で温度を一定に保って、麹を作るんだよ」
「発酵……? 魔法の温度管理で、菌を育てるの……?」
ルチアは魔法使いとして、ハルトの言っていることの凄まじさに気づき始めていた。
「ええ。発酵っていうのはね、生き物(菌)の力を借りて食材を美味しく変化させる技術なんだ。温度が低すぎると菌が育たないし、高すぎると死んじゃう。だから【生活魔法】の『微小火』と『微小風』を使って、麹室にした木箱の温度を28度〜30度に保ち続ける必要があるんだよね」
「……ちょっと待って、ハルトさん」
ルチアの顔からスーッと血の気が引いていった。
「28度から30度の間……? それを……数十時間、ずーーーーっと継続して維持し続けるつもりなの……!?」
「うん、まあ温度調整はこまめに見なきゃいけないけど、楽しいからね!」
ハルトは爽やかに笑った。
(王立魔法学院の筆頭魔導士でも、コンマ一度単位の温度制御を十時間維持したら魔力枯渇で倒れるわよ……!? それを『楽しいから』で数日間やるつもりなの……!!?)
ルチアはハルトの無自覚な規格外魔力制御に戦慄し、膝をガクガクと震わせた。
さらにハルトは、【日曜大工】スキルを駆使して、味噌や醤油を仕込むための「特製杉樽」や、麹菌を育てるための「木枠(麹箱)」をテキパキと作っていく。寸分の隙間もない木工技術に、大工のセルマは「やっぱりこの人の木工技術、頭おかしいよ……(褒め言葉)」と頭を抱えていた。
「よし! 下準備はバッチリだ!」
ハルトは仕込み道具が揃った庭で見渡し、満足そうに頷いた。
「数ヶ月後……早ければ熟成が進んだ頃に、美味しい『味噌汁』と『醤油炒め』が食べられるぞ! みんな、楽しみにしててね!」
「「「「「「はいっ、ハルト(殿)ーーーーーっ!!!!」」」」」」
ハルトの無自覚チートな魔法制御と匠のクラフト技術によって、異世界『アルテニア』初の「和風調味料・自給自足プロジェクト」が、賑やかで温かいログハウスで本格的に幕を開けたのだった。




