第8話 : 涙の近衛騎士団長と、魅惑のクラフト商品
街での大騒動と無一文事件から一夜明けた、爽やかな朝。
ハルトのログハウスの食卓で、焼き立ての丸パンをかじっていたハルトは、ふと思い出したように隣のエリザへ視線を向けた。
「そういえば、エリザさんって近衛騎士団長なんだよね? 確かすごく偉い立場なんだろ? ずっとここにいて、お仕事の方は大丈夫なの?」
「ふぐっ!?」
エリザがパンを喉に詰まらせ、激しく咳き込んだ。
クレアから差し出されたお茶をガブガブと飲み干し、青ざめた顔でハルトを見つめる。
「し、仕事……騎士団……王宮……」
ブツブツと呟いていたエリザの脳裏に、突如として雷が落ちた。
『エリザ団長! 辺境の調査、くれぐれもお気を付けて!』
『報告書は三日後までに王都へ送るという約束ですが、よろしいですね?』
『陛下も団長の朗報を心待ちにしておられます!』
(忘れていたぁぁぁぁぁぁぁーーーーーーっっっ!!!!!)
エリザの顔から血の気が完全に引いた。
ボロボロの状態でハルトに救われ、美味しい料理と温かいベッド、そしてハルトのあまりの尊さに理性を狂わされ、完全に本来の責務を失念していたのだ。
「ど、どうしよう……! もう報告期限を二日も過ぎている……! 王宮では私が討ち死にしたと大騒ぎになっているかもしれない……!!」
ガタガタと震え出すエリザを見て、残りのヒロイン5人(セルマ、カレン、ルチア、クレア、ミリィ)はサッと顔を見合わせた。
((((((勝った……!!))))))
5人の脳内に、勝利のファンファーレが鳴り響く。
一番強力で、ハルトの「第一の女」面をしていた近衛騎士団長が、自爆する形で一時離脱するのだ。ライバルが一人減るこの絶好のチャンスに、5人の口元が思わずニヤリと歪む。
「あ、あらぁ、エリザ団長? 国を守る尊いお仕事ですもの、早く王都へ戻られた方がよろしいのではありませんこと?」
クレアが心にもない上品な微笑みを浮かべる。
「そうだぞエリザ! 職務放棄は騎士の名折れだ! ハルトのことは私たちが『バッチリ』面倒を見ておくから、安心して帰るといいさ!」
セルマが親指を立てて爽やかにニヤリと笑った。
「くっ……おのれ害虫ども、ニヤニヤしおって……っ!!」
エリザは歯噛みしながら涙目になった。ハルトのそばを離れたくない。離れた瞬間に、この肉食女子たちにハルトを骨の髄まで甘やかされ、胃袋も心も完全に落ちてしまうのではないかという絶望感。
「ハ、ハルト殿ぉ……っ! 私、行きたくありません……! ずっとハルト殿の横で、薪を運び、お茶を淹れていたいのです……っ!」
エリザがハルトの服の裾を掴んでポロポロと涙をこぼした。
ハルトは困ったように苦笑いしつつも、エリザの頭に優しく手を置き、ポンポンと撫でた。
「エリザさん。大事なお仕事なんだから、しっかり果たしてこなきゃダメだよ。国や部下のみんなが君を頼りにしてるんだからさ」
「うぐっ……ハルト殿……」
「大丈夫、エリザさんの居場所はここにあるから。仕事が終わったら、気をつけて——いってらっしゃい」
ハルトの、柔らかく包み込むような笑顔と「いってらっしゃい」の一言。
ズキュゥゥゥゥン……!!
エリザの胸に、かつてない強烈な撃墜音が響いた。
(い、いってらっしゃい……!? まるで……まるで、出勤する夫が妻に送り出しの言葉をかけてくれたかのような、圧倒的ホーム感……ッ!!)
エリザの全身から、爆発的な聖なるオーラが吹き出した。
「〜〜〜〜っっっ!! わかりましたハルト殿!! 私、エリザ・フォン・ベルセルク、爆速で王宮の書類を片付け、害虫どもを追い払うために……いいえ、ハルト殿の元へ速攻で戻ってまいります!!」
「あ、うん。無理はしないでね?」
「では、行ってまいりますっ!!」
ドォォォン!! と音を立ててログハウスを飛び出したエリザは、音速を超えるような勢いで森の中を疾走し、王都へと消えて行ったのだった。
「……凄まじい嵐のような人だったな」
ハルトが呆然と見送った後、残された5人は速やかにハルトを取り囲んだ。
「さて! 邪魔者……ゲホン、エリザも行ったことですし、ハルトさん! 例の『お金稼ぎ』の準備を始めましょう!」
カレンがパンと手を叩いた。
「そうだね。あの『大豆もどき』を買うために、まずは売り物になるクラフト商品を作らないと」
ハルトは腕をまくると、庭の作業スペースへと向かった。
ハルトが今回作ろうとしているのは、この世界の職人や冒険者、そして一般家庭に向けた「日常の利便性を劇的に向上させるアイテム」だ。
「まずは、これだね」
ハルトは【日曜大工】スキルを発動させ、手斧とノミを滑らかに動かした。
切り出された木材が、ハルトの手の中でカチリ、カチリと心地よい音を立てて組み合わされていく。わずか三十分ほどで完成したのは——。
「じゃーん。『折りたたみ式万能作業台&持ち運びラック』だよ」
ハルトが脚を広げると、頑丈な作業台が固定され、横のレバーを引けばコンパクトに折りたたんで持ち運べる代物が出来上がった。
「な……なんたぁぁぁぁぁ!!???」
大工のセルマが目玉を飛び出させた。
「折、折りたたみ式だと……!? 木製の関節部分に寸分の狂いもない……! 持ち運びが容易で、開けばどんな悪路でも水平を保つ万能構造……! こ、こんなもの、職人ギルドに見せたら金貨十枚でも飛ぶように売れるよ!?」
「え? いや、ただの折りたたみ作業台だよ? キャンプとかで使うやつ」
ハルトは首を傾げつつ、次に小さなナイフや包丁を取り出した。
【家事全般】スキルと【日曜大工】を組み合わせ、刃物の「柄」の部分を削り出していく。
「あとは、手に吸い付くようにフィットする『人間工学グリップの柄』だね。長時間の作業でも手が疲れないし、滑りにくいように微細な溝を彫ってあるんだ」
ハルトが仕上げた柄を、魔法使いのルチアと戦士のカレンに手渡した。
ふたりがそれを握った瞬間——。
「「〜〜〜〜っっっ!?」」
ふたりの体がビクッと跳ね上がった。
「な、なにこれ……!? 手の一部になったみたい……! 剣を振っても、まったく手に負担がかからないわ……!?」
「握力と魔力の伝導率が跳ね上がっている……! 魔法の杖にこのグリップをつけたら、詠唱速度が二割は縮まるわよ!?」
「ええ……ただ持ちやすく削っただけなんだけど……」
ハルトは無自覚に首をかしげる。
現代日本で日曜大工動画を観まくり、包丁や工具の使いやすさを追求してきたハルトにとって、これは「ごく普通の工夫」に過ぎない。だが、技術の発展していないこの異世界において、ハルトの作るクラフト品は「概念を覆すチートアイテム」そのものだったのだ。
「よし! この作業台と特製グリップ、それからハルト特製の『燻製肉の小分けパック』をいくつか作って、次の日に街の広場で露店を出してみよう!」
ハルトが満面の笑みで宣言すると、5人のヒロインたちは「この商品、街に持ち込んだら一体どうなってしまうの……!?」と戦慄しながらも、ハルトの輝く笑顔に「「「「「全力でサポートします!!」」」」」と誓うのだった。




