第5話 : 最強ヒロインたちの甘やかし合戦と、男の家事仕事
俺が『記憶喪失』だと明かしてからというもの、このログハウスの空気は一変してしまった。
「ハルト殿! ああ、重い丸太などお持ちになってはいけません! 私がやります、私に任せてください!!」
今朝も庭に出て薪を整理しようとした瞬間、近衛騎士団長のエリザが全身から青い闘気を吹き出しながら飛んできた。彼女は俺の手から丸太をサッとひったくると、ヒイヒイ言うこともなく軽々と担ぎ上げ、棚へ整然と積み上げていく。
「いや、エリザさん。薪を運ぶくらい俺の日課だし、力仕事は男の仕事なんだけど……」
「滅相もありません! 記憶を失い、一人で苦労されてきたハルト殿に、これ以上苦労などさせられません! 貴方はそこで温かいお茶でも飲んでいてください!」
「ハルト!! 薪割りならこの私に任せなさい!!」
今度は大工のセルマが、腰に下げた大ハンマーと手斧を鳴らしながら割り込んできた。
「丸太の繊維を見極めて一撃で割るなんざ、職人の基本だからね! あんたの綺麗な手を傷つけさせやしないよ! ほら、ハルトは特等席のベンチで休んでな!」
「あ、いや……二人が手伝ってくれるのは助かるけど、俺も暇になっちゃうというか……」
俺が困り顔で頬をかいていると、今度はログハウスのドアが勢いよく開き、冒険者チーム『銀翼の旅路』の面々が押し寄せてきた。
「ハルトさんっ! お洗濯なら私が終わらせておきましたわ!」
僧侶のクレアが、太陽の光を受けて眩しく輝くシーツを抱えて満面の笑みを浮かべている。
「……ん? クレアさん、洗濯って……俺が昨日【家事全般】スキルと【生活魔法】の微小な温水で洗っておいたやつか?」
「ええ! ハルトさんが洗ってくださった衣類を、私が太陽の下で綺麗に乾かして、フカフカに畳んでおきました! ほら見てください、ハルトさんの服、とっても良い香りがします……(すりすり)」
「自分の顔に擦り付けないで!? 照れるから!」
「ズルいぞクレア! ハルトさん、私が肩をお揉みします! 魔法の詠唱で鍛えた繊細な指使いで……あっ、固くなっていますね、ハルトさんのお体……お可哀想に……っ」
魔法使いのルチアが涙目になりながら俺の背後に回り込み、小さな手で一生懸命に肩を揉み始めてくれた。
「ルチア、そこは肩甲骨のあたりだから気持ちいいけど……っていうか、みんな過保護すぎないか!?」
「当たり前だ!!」
最年長リーダーの戦士カレンが、仁王立ちで胸を張った。
「過酷な環境で一人、記憶もないまま生きてきたハルトさんを甘やかすのは、今やこの家にいる者全員の義務なのだ! ほらハルトさん、口を開けてください。ミリィ特製の(※ハルトが作った)燻製肉の小分けです!」
「あーんするのニャ! ハルト、口開けるのニャー!」
猫耳シーフのミリィが、お肉をつまんで俺の口元に突き出してくる。
(なんだこの状況は……!! 朝からヒロイン6人に囲まれて、手厚すぎる介護を受けてるみたいになってるんだが!?)
ハルトは内心で頭を抱えた。
俺としては、前世(現代日本)の30年間で培った「男なんだから家事やDIYくらい自分でやる」という習慣に従って動いているだけだ。実家の農家で仕込まれた作業や、YouTubeで見たログハウス作りの知識、そして【生活魔法】をガスコンロや電子レンジ感覚で使う術を披露しただけなのだが……。
彼女たちにとっては「記憶を失った哀しき孤高の天才が、血の出るような努力で身につけた至高の技」として脳内変換されているらしい。
「あ、あのさ……みんなの気持ちはすごく嬉しいんだけど、俺、じっとしてる方が性に合わないんだよ。朝飯の後の食器洗いと、昼飯の仕込みくらいは俺にやらせてくれ」
俺が申し訳なさそうにそう頼むと、6人は一瞬顔を見合わせ、それから感極まったように溜め息を漏らした。
「〜〜〜〜っ! なんという甲斐甲斐しさ……!」
「どこまで健気で、献身的なお方なの……!!」
「自分のことより、私たちのための食事を優先するなんて……ッ!」
(いや、ただの趣味と日課なんだって!!)
俺の心の叫びも虚しく、彼女たちの熱い眼差しは増すばかりだった。
昼前、俺は約束通りキッチンスペース(手製の木製流し台)に立ち、テキパキと家事をこなしていた。
大鍋に汲んできた清流の水を張り、【生活魔法】の『微小火(微火)』を点火する。
この世界の魔法使いは、火魔法といえば「相手を黒焦げにする爆炎」としてしか使わない。だが、俺にとって火魔法は「コンロの火加減調整」だ。フチから小さな泡がフツフツと立つ程度の絶妙な弱火を維持する。
そこに自家菜園の根菜と、昨日セルマが買ってきてくれた新鮮な魔獣の肉(※この世界では一般的な食材)を投入。
「ふむ……アクを丁寧にすくって、と。ハーブと塩で味を調えたら、あとはじっくりコトコト煮込むだけだな」
俺が包丁をリズミカルにトントンと動かし、鍋の火加減を【生活魔法】でコンマ数秒単位で微調整していると、後ろから熱視線を感じた。
振り返ると、魔法使いのルチアと、大工のセルマが食い入るように俺の手元を見つめていた。
「な、なんだい二人とも……?」
「……恐ろしいわ、ハルトさん」
ルチアがブルッと身震いした。
「魔力をあそこまで極小に削り落とし、なおかつ温度のブレを一切出さずに一定に保ち続けるなんて……。王立魔法学院の最高級教授だって、三分で魔力酔いを起こすレベルの超精密制御よ……? それを……料理の『火加減』のためだけに息をするようにこなすなんて……」
「私の方も言葉が出ないよ……」
セルマが俺の使っている包丁とまな板を指さした。
「まな板の木の向き、刃の入れ方……一ミリの狂いもなく肉の繊維を叩き切っている。道具に一切の負荷をかけず、なおかつ食材の旨味を最大限に引き出す包丁裁き……。男の手でここまでの職人技を見せつけられたら、アタシら専門職の立場がないよ……」
「いや、ただの家庭料理の仕込みなんだけど……」
俺が困惑していると、庭の方からエリザとカレンの威勢の良い声が響いてきた。
「ハルト殿! 庭の物置の増築ですが、資材の切り出しが完了しました! 次の指示を指示をください!」
「薪割りも終わったぞ、ハルトさん! 次は畑の耕しか!?」
二人はすっかりハルトの「優秀な作業助手(※兼押しかけ妻)」として、庭で汗を流してくれていた。
(まあ……賑やかすぎるし過保護すぎるけど、みんないい奴らなんだよな)
俺はクスッと笑い、鍋のふたを閉めた。
「よし、仕込みも終わったし、みんなに冷たいハーブティーでも淹れていくか。【生活魔法】で少し冷やして……」
木彫りのコップに冷やしたハーブティーを注ぎ、庭へと向かう。
この男女比1:9の異世界『アルテニア』で始まった俺のスローライフ。
記憶喪失という体で誤魔化してはいるものの、頼もしく(そして重すぎる愛を持った)ヒロインたちに囲まれ、俺のログハウスは今日も温かい笑い声(と過剰評価)に包まれていくのだった。
「ほらみんな、休憩にしよう! 冷たいお茶を淹れたよ!」
「「「「「「ハルト(殿)の手作りお茶ーーーーーっっっ(猛ダッシュ)!!!!」」」」」」
「うわああっ!? 押し倒さないで、倒れるからーーーっ!?」




