第3話:ボロボロの冒険者と、魅惑の燻製肉
エリザとセルマが「誰がハルトの1番になるか」でバチバチと火花を散らしてから、数日が過ぎた。
二人はすっかりハルトの家に居着いてしまい、エリザは庭の草刈りや警護、セルマは作業道具の手入れを手伝いながら、隙あらばハルトにアピールを繰り返す日々を送っている。
そんな賑やか(すぎる)日常が続いていた、ある日の昼下がり。
ガサ、ガサガサッ……!
ログハウスの敷地を囲む森の藪から、足取りも覚束ない四人の人影が這い出してきた。
「はぁ……はぁ……っ! もうダメ……お腹と背中がくっつく……」
「ミリィ、弱音を吐くな……! 街まであと少し……くっ、魔物の群れにしつこく追われるとは思わなかったな……」
現れたのは、全身泥と返り血に塗れた女性冒険者たちだった。
重厚な大剣を肩に担いだ最年長の頼れるリーダー・カレン(26歳/戦士)。
とんがり帽子を深くかぶり、げっそりと頬をこけさせたルチア(24歳/魔法使い)。
聖印を胸に抱きしめ、今にも泣き出しそうなクレア(23歳/僧侶)。
そして、ぴくぴくと力なく耳を伏せている猫耳獣人のミリィ(21歳/シーフ)。
難関ダンジョンの討伐クエストを終えた彼女たちは、想定外の魔物の急襲に遭い、食料も尽き果てて満身創痍の状態で森を彷徨っていたのだ。
「うぅ……良い匂いがする……肉……香ばしい燻製の匂い……」
ミリィの鼻がひくひくと動く。
彼女の視線の先には、ハルトの家の庭でゆらゆらと白い煙を上げる木製の燻製窯と、その傍らで網を洗っているハルトの姿があった。
「肉だぁぁぁーーーっ!!」
「ちょ、ミリィ!? 待ちなさい!!」
野生の勘を剥き出しにしたミリィが、弾丸のような速度でハルトへ向かって突進した。
「ん? わわっ!?」
ハルトが振り返った瞬間、ミリィは燻製窯の横に置かれていた出来立ての「自家製燻製肉」に飛びつき、そのまま豪快にかぶりついた。
「んぐっ、もぐもぐ……っっっ!? な、なにこれぇぇぇーーーっ!? 噛んだ瞬間に濃厚な肉汁と香ばしいスモークの香りが溢れ出して……美味すぎるぅぅぅ!!」
「こらミリィ! 人様の食べ物を勝手に……って、なんなのこの凄まじく食欲をそそる香りは……!?」
ミリィを止めにきたリーダーのカレンも、漂う燻製の香りにゴクリと固唾をのんだ。
ハルトは呆気にとられたものの、ボロボロな彼女たちの姿を見てすぐに察した。
「相当お腹が空いてるみたいだな。あはは、遠慮しないでみんなで食べてくれ。ちょうど昼飯の準備ができたところだしさ」
ハルトは爽やかに笑うと、庭の木製テーブルに大鍋と焼き立てのパンを並べ始めた。
大鍋の中でグツグツと煮立っているのは、たっぷりの根菜と干し肉が入った【家庭料理】スキル特製のポトフ風スープ。さらに、ハルトが【家事全般】と【生活魔法】の微小な火加減でふっくらと焼き上げた丸パンだ。
「えっ……本当にいいの……? 私たち、見知らぬ怪しい冒険者だよ……?」
僧侶のクレアがおそるおそる尋ねる。
「怪しいもなにも、困ってる人を放っておけるわけないだろ。ほら、冷めないうちに召し上がれ」
「いたたたきまーす!!」
ミリィを筆頭に、限界を迎えていた四人はスープとパンに飛びついた。
一口食べた瞬間、四人の動きが完全に止まった。
「〜〜〜〜っっっ!?」
「な、なにこれ……!? スープの旨味が身体の隅々にまで染み渡っていく……!!」
「温かい……! 疲れてボロボロだった魔力が、みるみるうちに湧き上がってくるわ……!?」
クレアとルチアが目を見開く。
ハルト特製のスープには【体力回復UP】の補正がかかっており、極度の疲労状態にあった彼女たちの体を内側から急速に癒やしていくのだ。
「うぅ……うなぁぁん……美味い、美味いよぉ……!」
涙をポロポロとこぼしながらパンをスープに浸して貪り食うミリィ。
リーダーのカレンも、スープカップを握りしめたまま震えていた。
「信じられない……。過酷な冒険から帰ってきた私たちに、こんな温かい手料理と優しい言葉をかけてくれるなんて……。男の人が……自分の手で私たちのために飯を作ってくれたというの……!?」
(男なんだから、お腹を空かせた女の子に飯くらい振る舞うのは当たり前だろ)——ハルトの頭の中にはそんな前世の感覚しかないのだが、彼女たちにとっては天変地異レベルの感動だった。
「ふぅ、ごちそうさまでした……! 本当に助かったわ、ハルトさん!」
一通り食べ終え、生き返ったような顔を見せる四人。
魔法使いのルチアは、食後のハーブティーを飲みながら、ふとハルトのログハウスの内部や庭に目を向けた。
「ところでハルトさん……この整然とした収納棚や、冒険道具が綺麗に分類されているラックは一体……?」
「ああ、あれかい? 【日曜大工】でパパッと作った収納ボックスだよ。ほら、道具や魔法薬って種類ごとに分けて整理しておかないと、いざという時に取り出しにくいだろ?」
「……っ!?」
ルチアの瞳に激震が走った。
実はルチアは極度の整理整頓が苦手で、いつもリュックの中身がぐちゃぐちゃになり、必要なポーションを探すのに苦労していたのだ。
「道具の配置と取り出しやすさを完全に計算し尽くした構造……! 魔法のスクロールや薬草の保管湿度まで考慮されている……!? 凄まじい機能美……! この男、私のずぼらな生活を完璧に支えてくれる天才……!?」
ルチアの目が怪しく光り始める。
さらに、僧侶のクレアはハルトが手際よく食器を洗い、【家事全般】スキルと【生活魔法】の微小な風で一瞬で乾燥させて乾拭きする姿を見て、胸を強く締め付けられていた。
(なんて甲斐甲斐しいの……! 疲れた私たちを温かく包み込んでくれて、家事まで完璧にこなすなんて……。私、この人の前なら……お母さんぶらずに思いっきり甘えられる……!)
そして最年長リーダーのカレンは、ハルトが薪をパパンと軽やかに割る力強い背中を見つめ、真っ赤な顔で拳を握りしめていた。
(26歳になって、そろそろ本気で良い旦那を見つけなきゃと焦っていたけれど……まさかこんな森の奥に、包容力と力強さを兼ね備えた『最高の超絶ワイルドな漢』が隠れていたなんて……! これは絶対に逃せない……!!)
「あの、ハルトさん!!」
カレンが勢いよく立ち上がった。
「ん? どうしたんだい、カレンさん?」
「私たち『銀翼の旅路』は、今日からこの家を拠点にさせてもらう!! 依頼の報酬は全部入れる! だから……私たちを専属(※兼お嫁さん候補)にしてくれ!!」
「はぁぁぁ!?? ちょっと待って、うちは宿屋じゃないよ!?」
「ズルいわカレン! アタシもハルトの作った燻製とふかふかベッドから離れたくない!!」
「私も……ハルトさんの作った棚で生活を整えていただきたいわ……!」
「私を……ハルトさんの手で癒やしてくださいっ……!」
「「「「お願い(結婚して)!!!!」」」」
「えぇぇぇぇ……!?」
突如として始まった冒険者4人組の猛アタック。
そこへ、町から帰ってきたエリザとセルマが薪を抱えて戻ってきた。
「ちょっと待ちなさい貴女たち!! ハルト殿に群がって何を企んでいる!!」
「あぁん!? 新参者の冒険者どもが、私のハルトに気安く迫ってんじゃないよ!!」
「「「「「「ハルト(殿)は私の(俺の)旦那様だーーーっ!!」」」」」」
「だからなんでそうなるんだよーーーっ!?」
広大な森の広場に、ハルトの悲鳴が虚しく響き渡る。
こうして、疲弊した最強の女性陣6名がハルトのログハウスに大集結し、勘違いと過剰評価に満ちた賑やかなスローライフ(?)が本格的に幕を開けるのだった。




