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瀬戸の約束【11歳の約束、29歳で果たす】  作者: あおきつばさ


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第24話「約束の手紙」

第24話「約束の手紙」


その日の夕食は、久しぶりに賑やかなものになった。

昼間のあのリビングでの大粒の涙が嘘のようだった。もちろん、これで全てのわだかまりが元通りになったわけではない。五年間の冷たい空白は、たった一日では綺麗に埋まりはしないだろう。


けれど、樹里さんと美樹は、こうしてようやく同じ食卓に並んで座っていた。それだけで、この親子にとっては十分すぎるほどに大きな一歩だった。


「涼太くん、おかわりいる? まだたくさんあるからね」


「あ、ありがとうございます。いただきます!」


「ふふ、よく食べるねえ、涼太は」


「ふん、ただの無職のくせに」


「おい、お前な……」


美樹が横から楽しそうに茶々を入れてくる。それを見て、樹里さんが心底幸せそうに声を立てて笑う。その光景を見つめていると、昼間までのあの胸が詰まるような重苦しさが、まるで幻だったかのように思えてくる。


「ねぇ美樹、年末に久保田さんが来たんだけど」

樹里さんの何気ない一声で、場の空気が一気に氷点下まで冷えたのが分かった。


「お母さん、その名前は聞きたくないけん!」

この数日の中で、美樹のこの言葉を放った瞬間が、最も緊張しているようだった。


「でも、電話も何回もあって」


「いいから! もう終わった話じゃけ!」

美樹の顔色は、血の気の引いた青白い色に変わっていた。


一気に気まずくなった食卓は、樹里さんが逃げるようにして片付けた。

美樹は、しばらく俯いたままだったが。急に顔を上げると無理に作った笑顔で、俺に外を歩こうと言った。


夜の九時を回った高松の住宅街、近所を少し散歩することになった。

樹里さんが「若い人同士、夜風に当たってゆっくり話しておいで」と、気を遣って優しく、申し訳なさそうに送り出してくれたのだ。


夜の高松は、ひどく静かだった。古い住宅街の街灯が、暗闇の中にぽつぽつと淡い光を繋いでいる。

近くの海から吹き抜けてくる夜風が、初夏の火照った身体に少しだけ涼しくて心地よかった。


「ごめんね、涼太。うちの母さん、無神経なところあるけぇ」

その吐露には、どう答えればいいのか、考えあぐねた。


「……色々あるんやろうけど、二十九年生きてきたんやし、深くは聞かんよ、美樹」

俺はポケットに手を突っ込みながら、隣を歩く彼女に言った。


「うん……」

美樹は小さく頷いた。


「四年前に別れた人なんよ。高松の同じ職場で知り合って、転勤した博多まで追いかけて行ったのに、妻も子供もおった……。それまで完全に騙されちょった。」


「バカじゃろ……何を今さら人の実家まで……」


想定してた『色々』のなかでも、アカン部類のヤツやった……

「でも、終わった話なんやろ?」


「うん……」

美樹は戸惑いながら小さく頷いた。


「なら、もうええやん。」

敢えてそれ以上は聞かないことにした。俺で美樹の傷を上書きできるのであれば、もうそれでいい。


「でも、お母さんと話せて良かったな。それで十分や。一歩ずつ、これからゆっくり話していけばええねん」


「うん、そうじゃね」


しばらくの間、心地良い足音だけを響かせて並んで歩く。やがて、小さな公園の街灯の下に差し掛かったところで、美樹が不意に足を止めた。


「そうじゃ、涼太」

何かを思い出したように、彼女が声を弾ませる。

「ちょっと見せたいものがあるんよ」


「ん? 何や」


美樹はトートバッグから、一通の古い封筒を丁寧に取り出した。

それは、かなりの年月が経っていることが一目で分かるものだった。封筒の四隅はボロボロに擦り切れ、白い紙はすっかり茶色く黄ばんでいる。


「……なんやこれ」

俺は不思議に思いながら、その古びた封筒を受け取った。


「私たちの、タイムカプセル」


「え?」


「うそ、まさか覚えちょらんの?」


俺は記憶の引き出しを探るように、うーんと首を傾げた。すると美樹が、呆れたように、しかしどこか愛おしそうに笑った。

「防府の、あのウチらの家の庭。大きな木の根元のとこ」


「あ……!」

脳裏に、まばゆい記憶の光景がフラッシュバックした。

小学五年生の冬。俺の西宮への引っ越しが決まり、離ればなれになる直前のことだ。二人だけの秘密として、小さな缶に宝物を詰め込んで庭に深く埋めたのだ。「十年後に、大人になったら一緒に開けようね」って約束して。しかしその直後、俺の家は転勤のバタバタでバタついてしまい、間もなくして美樹の家も高松へと引っ越してしまった。


「実はね」

美樹は街灯の下で、静かに言葉を続けた。

「これ、八年前にウチが一人で掘り返しに行ったんよ」


「えっ……!? 一人で防府まで行ったんか?」


「うん。あの防府の古い家が、取り壊されて更地になるって美津子に聞いてさ。どうしてもあの約束が消えちゃうのが嫌じゃったけえ、電車に乗って一人で行ったん」

美樹は少し寂しそうな、でも誇らしげな笑顔を浮かべた。


「よく、埋めた場所なんて覚えとったな」


「忘れんよ、涼太と一緒に埋めた大切な場所じゃもん」

彼女は至極当然のように言って、俺の手の中の封筒を人差し指で突っついた。

「その中に入っとるの、涼太が書いた手紙じゃけえ。読んでみ」


「俺の手紙……?」


俺は壊れ物を扱うように慎重に封筒を破り、中から小さく折り畳まれた一枚の藁半紙を取り出した。

広げると、そこにはあどけない子供の字が並んでいた。

鉛筆の筆圧が強くて、下手くそで、線がガタガタに曲がっていて――だけれど、間違いなく十一歳の俺の筆跡だった。懐かしさのあまり、思わず吹き出してしまう。


「うわ、なんやこれ。恥ずかしすぎるわ」


「ええけえ、声に出して読んでみ」


俺は照れ隠しに苦笑しながら、街灯の白い色の光の下で、二十年前の自分が紡いだ言葉をなぞった。


『大人になったら、美樹と瀬戸内海を旅行する』

『しまなみ海道も、いっしょにいく』

『いっぱい、自転車に乗る』

『おいしいものを、たくさん食べる』


俺はたまらず大声を上げて吹き出した。

「ははは! ほんま絵に描いたような子供の作文やな!」


「子供じゃったんじゃけえ、ええじゃろ」

美樹もうれしそうにクスクスと肩を揺らす。


が、しかし、、その紙に書かれた言葉は、それだけでは終わっていなかった。

紙の一番最後、余白の部分に、周りの文字よりも少しだけ大きな文字で、不器用にこう書き殴られていた。


『三十才になっても、どっちも結っこんしてなかったら、結っこんする』


俺の思考が、完全に停止した。

数秒間、言葉を失って、文字通り街灯の下でガチガチに固まってしまった。


「……おい」


「ん? 何ね」


「……なんやねん、この最後の一行は」


(美樹が言っていた、あの『婚約証明書』って……まさか、この小学生の時のこれのことやったんか!?)


「ウチらの一生の大事な約束」

美樹は平然とした顔で、だけれど瞳の奥をきらきらと輝かせて言った。


「いやいや、覚えてへんって、こんなん!」


「私はね、一秒たりとも忘れちょらんよ」

間髪入れず、即答だった。


「待て待て、これはただの小学生の、責任とか何も分かってないガキの落書きやろ?」


「でも、ちゃんと涼太の字で書いて、名前にサインまでしちょるじゃん! 嘘ついたらワヤじゃけえね。立派な婚約の証明書!」


ぐうの音も出ないほどの正論だった。確かに、文字の横には十一歳の俺の下手くそな署名がしっかりと刻まれている。


「……お前、なんでこんな恥ずかしいもん、ずっと大事に持ってたんや」


俺が静かに訊ねると、美樹は急に少しだけ視線を泳がせ、頬を赤く染めて俯いた。

「……ウチにとって、世界で一番大事な宝物じゃったけえね」


そのあどけない一言に、俺は完全に沈黙するしかなかった。

彼女は冗談なんかで言っているのではない。本当に、この子供じみた紙切れ一枚を、八年前に一人で防府の土から掘り起こし、そこから今日に至るまで、ずっと心の支えとして大切に抱きしめ続けてきたのだ。美津子さんのあの言葉が、再び脳裏に生々しく蘇る。


「……お前、ほんまにバカやな」

愛おしさが限界を超えて、思わず口から言葉が漏れた。


「知っとるよ、大バカじゃろ」


「普通、こんなん途中で恥ずかしくなって捨てるで」


「捨てんよ、絶対に」

美樹は顔を上げ、驚くほど真剣な眼差しを真っ直ぐに俺にぶつけてきた。

「だってね……これを信じて待っとったら、いつか絶対に、また涼太に逢える気がしとったんじゃもん」


俺はもう、何の言葉も返せなかった。

この高松まで一緒に来て、彼女が母親と泣きながら向き合う姿を見て、ようやく心の芯から理解できた気がした。


この一途な幼馴染みは、現実の過酷な日々の影で、本当に俺を待ち続けてくれていたのだ。十八年という、気の遠くなるような長い時間を、たった一人で。


手元の手紙に視線を落とす。

下手くそな子供の字。子供じみた、無邪気な約束。


今、その約束の半分以上は、奇妙な運命の導きによって現実のものとして叶っている。俺たちは今、現に瀬戸内海を旅しているし、美味しいものをたくさん食べて、こうしてすぐ隣に並んでいる。


残された約束は――しまなみ海道と、あと、たった一つだけだった。


「なぁ、涼太」

美樹が隣から袖を小さく引っ張りながら、上目遣いで呟いた。


「ん? 何や」


「ウチらの約束、結構ちゃんと守られちょるね」


俺はたまらず、優しい苦笑を浮かべた。

「……そうやな」


「しまなみ海道は、また今度ってことにして、瀬戸内海も、こうして一緒に旅しよるし」


「おぉ」


「新居浜で美味しいハンバーグも食べた」


「……食べたな。味はあんまり覚えてへんけど」


「自転車だって、いっぱい乗ったじゃろ?」


「おぉ、門司から防府までな」


美樹は満足そうに微笑むと、手紙の最後の一行を、愛おしそうに指先でなぞった。

「じゃけえ、残るはあと一個じゃね」


俺は思わず、心臓が跳ね上がるのを隠すようにして吹き出した。

「はは、お前、気が早すぎるわ!」


「そうかねぇ? もうすぐウチら、三十歳になるんじゃから丁度ええじゃん」

強気な口調で言い返してくるけれど、街灯に照らされた美樹の顔は、耳の裏まで真っ赤に染まっていた。


その彼女の照れた横顔を見つめているうち、俺の脳内で、二十年前の懐かしい光景が一気に鮮烈にフラッシュバックした。


あれは――小学三年生の大晦日の夜やった。

実家の大人たちがコタツでお酒を飲んで大騒ぎしている中、二人きりで逃げ込んだ美樹の部屋の片隅で、俺たちは初めての、本当に幼いチュウをしたのだ。

あの時、顔を真っ赤にして俯いていた彼女の表情が、今の美樹の顔と完全に重なった。


それだけではない。小学五年生の冬、俺の西宮への転居が決まって、いよいよ明日がお別れだという日の夕暮れ。


美樹が泣きながら俺の部屋に飛び込んできて、

「引っ越しなんかせんでよ!」って俺の上に馬乗りになって大号泣した。

二十九年の人生の中で、人があんなにボロボロに涙を流す姿を見たのは、後にも先にもあの時の美樹だけだ。


そして、涙の跡がぐしゃぐしゃになった顔のまま、

「絶対に涼太にウチのことを忘れさせんけえね!」と言って、

背伸びをした大人びたチュウを無理やり俺の唇に押し付けてきた。

あの後も、あいつはこんな顔をして俺を睨みつけていたっけ。


「……あ。今、完全に思い出したわ。小三の大晦日の夜、お前の部屋でのこと」


俺がぽつりと呟くと、美樹の動きがピタッと止まった。

「……ウソ。今の今まで、完全に忘れちょったんかいね!?」


先ほどまでのロマンチックで甘い空気が一瞬で消え去り、彼女の瞳から凄まじい、軽い殺意を孕んだ光が放たれる。


「いや、ごめん! 忘れてたっていうか、相手が美樹やったのはちゃんと覚えてるねんけど、なんかフワフワした抽象的な思い出としてしか脳内に残ってなかってんって!」


「ぶちしばく!!」


「ほんまごめん! でもさ、美樹のチュウといえば、あの引っ越しの前日に、お前が涙目で俺の部屋でやってきた、あの凄いチュウの思い出のインパクトが強烈すぎて……」


「わーーーっ!! それはぁ! 今すぐ脳内から完全消去して忘れられーーい!!」


美樹は耳の先どころか顔全体を林檎のように真っ赤に紅潮させ、大声を上げながら俺の胸元へと猛烈なタックルをかましてきた。


「ごめんって! ほんまにあの後、美樹と連絡が取れんくなってもうたし、俺も中学高校って部活と受験で死ぬほど忙しかったからさ……。いや、全部言い訳やな。ほんまに寂しい思いをさせてごめんなさい」

俺は胸元にしがみつく彼女の華奢な頭を、そっと撫でながら心から謝罪した。


「……どうせ、神戸や大阪の都会の可愛い女の子たちに、たくさんうつつを抜かしちょったんじゃろ」

俺の胸に頭を押し付けたまま、顔を伏せていた美樹が、不満そうに上目遣いでじろりと俺を睨みつけてくる。


「いやいや、ありえへんって。学生時代なんて、ほんまに女子との接点ゼロの暗黒期やったからな。バレンタインのチョコだってさ、小五の引っ越しの前に美樹からもらった、あのハート型のチョコレートが、俺の学生生活最後の記録やし」


「……嘘。そんなわけないじゃん」


「ほんまやて! 嘘ついてどうすんねん!」


(学生時代は本当に、男ばかりでむさ苦しく過ごしてた思い出しかない。本当に何にもなかったんや!)


「でも……そのウチがあげたチョコのこと、ちゃんと今でも覚えててくれたんじゃね。……ちょっとだけ、嬉しい」

美樹は俺の胸に顔を埋めたまま、ようやくいつもの可愛いらしい笑みをこぼした。


「そりゃあ、あのチョコの味だけは一生忘れんくらい印象深かったからな。なんなんやろな、あれは」


「ふふ、私の『餌付け』の効果が出たんじゃろうね」


「あ、それやわ。完全に胃袋掴まれてたんやな、十一歳の時に」


「……何それ。じゃあ涼太にとっては、私が命懸けでしたあのキスの思い出よりも、市販の材料で作ったチョコのほうが上なん?」


「いや、命懸けって、おお……」


俺がそこまで言葉を紡いだ、その瞬間だった。

言葉を遮るようにして、昨日のものとは明らかに違う、驚くほど強烈で、だけれど十一歳の時とも全く違うねっとりとした甘い彼女の唇が、俺の唇を完全に覆い尽くしていた。


息が止まる。頭の中が真っ白に染まっていく。

優しく、でも貪るように俺の存在を確かめる彼女の熱が、ダイレクトに身体の奥底へと注入されていくのが分かった。


「……バカ涼太。今度またウチのこと忘れたら、絶対に承知せんからね」


全ての生気を吸い取るかのように長いキスの後、唇を離した美樹は、再び顔を真っ赤にして俺の胸に抱きついたまま顔を伏せてしまった。


俺は激しく脈打つ心臓を押さえながら、彼女の温かい肩をぎゅっと抱きしめ返した。

「……安心しろ。一生、死ぬまで絶対に忘れません」


夜風が、さぁっと公園の木々を揺らしていく。

俺の右手に握られた、あの二十年前の古い約束の手紙が、風に吹かれて小さくパタパタと音を立てて揺れていた。


十八年前の、あの夕暮れの約束。子供の頃に二人で無邪気に描いた未来の地図。

社会の中で揉まれて、いつの間にか失くしてしまったと思い込んでいた大切な時間が、目に見えない強固な糸となって、今、目の前にいる二人の現在へと確かに繋がっていた。


俺は手紙を丁寧に折り畳み、大事にポケットに仕舞い込んだ。そして、胸の中で小さく呼吸を繰り返す美樹をじっと見つめた。


「……美樹、ありがとうな」


「ん? 何が?」


「あのタイムカプセルを、八年前に一人で掘り起こして、今までずっと残してくれててさ。ほんまに、ありがとう」


美樹は俺の胸からゆっくりと顔を上げ、涙の滲んだ瞳で、最高に優しい笑みを浮かべた。

「……こちらこそ、ウチのこと見つけてくれてありがとう、涼太」


そして、二人は再び並んで、ゆっくりと夜道を歩き出した。

幼い日のあの約束の続きのルートを、一歩ずつ確かめるようにして、夜の高松の静かな街を。


「あのね、涼太」

美樹は少し照れたように、でも、どこか困ったような複雑な声を呟いた。


「ウチさ、別に今すぐその手紙の答えを出しんさいって、脅しよるわけじゃないんよ」


「……おぉ、分かっとるよ」


「ただね……」

美樹は歩みを止め、街灯の光の下でゆっくりと視線を上げた。真っ直ぐに、吸い込まれそうなほど強い瞳で、俺の目をじっと見つめる。


「私ね、あの小三の夏から、ずうっと、涼太のことが大好きじゃったんよ」


一瞬、周囲の夜風の音がピタッと止まったような錯覚を覚えた。世界から全ての雑音が消え去る。


「色んな街へ引っ越した後に、私がわざわざあの防府の街に戻ったのも……。毎週毎週、天神様に通って涼太を待ち続けたのも。……全部、心の奥に、その理由があったからなんじゃけえね」


俺は何も言葉が出なかった。

あまりの想いの強さに圧倒され、激しく心が震えていた。そして、胸の最奥で、確固たる真実をハッキリと理解していた。昨日定食屋で奇跡的に再会したあの瞬間から、いや、再会するずっと前から、俺の心の中でも、この美樹という存在だけが、他の誰とも違う絶対的な『特別』であり続けていたのだということを。


「……なんで、なんや」

喉の奥から、ようやく掠れた声が漏れ出た。


「何が?」


「また、なんでなんで星人になってまうけどさ……」

俺は少し目元を潤ませながら、一生懸命に言葉を紡いだ。


「美樹、お前こんなに綺麗で、明るくて優しいんやから……俺なんかを待たへんくても、他の男が絶対に放っておかへんかったやろ!」

格好悪いほどに声が上ずってしまったけれど、俺は胸の奥の熱い衝動のままに、強く彼女に問いかけていた。


「そうだよ、言い寄ってくる男の人なら、それなりにおったよ」

美樹はそう言うと、一歩、俺との距離を詰めた。


(さっきの男の話か? 絶対掘り下げて聞かない方がえぇよな……)


「でもね、誰がアプローチしてきても、全部、ほとんど全部断ったんよ! 私の心の中には、あの時の格好いい涼太しかおらんかったから! 防府で待っとれば、いつか絶対に逢えるって信じちょったから……っ!」


美樹の声が、ついに感極まったように激しく震え、大粒の涙が彼女の頬を伝って流れる。それを見つめている俺の視界まで、いつの間にか激しく歪んでしまっていた。気づけば、俺の目からも、温かい涙がとめどなくこぼれ落ちていた。


「……俺も、や」

冷静に大人の声を出そうとしたけれど、声がガタガタに震えてしまう。


「俺もさ、昨日お前に再会してから、ずーーっと考えとったんや」


美樹が涙を溜めた瞳で、じっと俺を見上げる。

「うん……」


「十八年も一回も会ってへんかったのに、なんでお前と話してると、こんなに自然体で、無理せんと居られるんやろなって」


「……答え、出たん?」

消え入りそうな、小さな可愛い声。

俺は、涙を拭いながら深く、深く頷いた。


「おぉ。出たわ」

そして、俺はゆっくりと、彼女の細くて白い手を、自分の大きな手でぎゅっと握りしめた。驚くほどに、温かかった。手のひらを介して、美樹の身体が小さく震えるのが伝わってくる。


「美樹、俺と付き合ってくれ。これから十八年間のブランクを、二人で埋めて行こう」


一瞬、美樹の瞳にブワッと新しい涙が浮かんだ。間もなく彼女は、これまでの全ての苦しみが報われたような、息を呑むほどに美しい満面の笑顔を咲かせた。


「うん……っ!」

なんの迷いもなく、力強く頷く。


「もちろんよ! どこまででも一緒についてっちゃるけえね!」


涼しい夜風が、優しく俺たち二人の間を通り抜けていった。


ずいぶんと、長い長い遠回りをしてしまった。俺も、美樹も。

十八年という、あまりにも巨大なブランクの時間を経て。けれど、俺たちは今、ようやく辿り着いたのだ。あの夕暮れの坂道で交わした、幼い日の約束の、本当の続きのスタートラインへと。


そして、今度は俺が、美樹からもらった勇気を胸に、自分の過去と向き合う番だ。

俺の実家で、オトンとの真っ向からの再会だ。


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