第18話「夢の中の、私のヒーロー」 (美樹の独白)
第18話「夢の中の、私のヒーロー」 (美樹の独白)
夢を、見ちょった。
小学三年の初夏、ウチのクラスに、転校生が来た。
担任の先生に連れられて教室に入ってきた、神戸の隣の町から来たという男の子。
真っ黒に日焼けしちょって。
やたらと元気で。
緊張なんて言葉、まるで知らんみたいに堂々としとった。
第一印象はね、「漫才師みたいなしゃべりをする、うるさいヤツ」やったんよ。
あの頃の私はね、クラスの女子のグループからハブられちょった。毎日が針のむしろで、学校に来るのが本当は怖くて仕方がなかった。
その日の休み時間も、私は一人で机に俯いて本を読んでいた。いつも通り、誰とも目を合わせず、誰とも話さず。早く昼休みなんて終わればええのに、ってそればかり願っとった。
すると不意に、ウチの机の上にぽつんと影が落ちた。
『なあ』
顔を上げると、そこにはさっきの転校生、太田涼太君が立っとった。
『なんで一人でおんの?』
それが、彼が私にくれた最初の言葉。
あの一言で、私は救われたんよ。大げさじゃなくてね。本当に、本当に救われたんじゃ。
誰も私の声なんて聞いてくれんかった。誰も私が一人で泣きそうになっとることに気付いてくれんかった。
だから、たった一言、話しかけてくれたことが、涙が出るほど嬉しかった。
『一緒に遊ぼうや』
翌日も、その次の日も。涼太は当たり前みたいな顔をして私に話しかけてきた。
汗だくになって走った鬼ごっこ。必死に逃げ回ったドッジボール。汗を拭きながら探した虫取り。泥だらけになってボールを追いかけたサッカー。
気づいた時にはね、いつも自然と一緒に笑いよった。
そして不思議なことに。涼太がウチの隣にいてくれるようになってから、周りの空気も少しずつ変わり始めたんよ。涼太の周りには、いつも磁石みたいに自然と人が集まってくる。
男子も、女子も。
だから、私も涼太の服の裾を掴むみたいにして、自然にみんなの輪の中へ入ることができた。
きっと涼太には、私をいじめから助けたっていう自覚なんて、これっぽっちもないと思う。
でもね、私は確かに救われたんよ。
涼太は私にとって、おとぎ話に出てくる勇者様――世界でたった一人の、私のヒーローじゃった。
だからね、五年生の終わりに、涼太がまた急に転校するって聞いた時。
私の『世界』は、全部音を立てて終わってしもうたって本気で思った。
一番の親友で、初めての恋で、将来の婚約者で、私のヒーロー。
私がこの世界で息をしていいんよって言ってくれる居場所……その全てを一度に失うの。十一歳になったばかりの私には、あまりにも残酷で、大きすぎる出来事じゃった。
涼太が防府を引っ越す前日の夕暮れ。私は子供みたいに声を上げて大泣きした。
そして――困った顔をする涼太の唇に、勢い任せに、熱いキスを交わした。
きっと、私のことを忘れてほしくなかったんじゃと思う。そうやって、少しでも涼太を引き留めたかったんじゃろうね。……今になって思い出すと、本当に恥ずかしくて身悶えするような特大の黒歴史じゃね。
本当はね、昨日の夜、この部屋で、あの日の続きをしたかった。
でもね、こうやって布団越しに涼太の大きな背中の体温を感じて。静かな波の音を聞きながら、一緒に横になれている。ただそれだけで、私は今、どうしようもないくらいに幸せなんよ。
防府天満宮の天神様が、ウチの願いをちゃんと叶えてくれたんかね。
毎週毎週、雨の日も風の日も欠かさず神社に通って、ずっと願っとった。
『どうか、もう一回だけ涼太に会わせて下さい』って。
ずっと、ずっと信じて待っていた、長い長い十八年……。
呆れ返るくらいに不器用な、私の片想い。
あの古い『婚約証明書』をいきなり見せたら、涼太はなんて言うかね。「婚約破棄なんて絶対に許さんけえね!」って暴れて、面倒くさい重い女認定されるのは流石にワヤじゃね。
ありがとう、涼太。迷いながらも、私に会いに防府へ来てくれて。
ありがとう。何よりも――無事で、生きていてくれて。
中学一年生まで続いていた文通がパッタリ途絶えて、お返事が来なくなったとき、ウチね、本当に頭がおかしくなりそうなくらい心配したんよ。
どうしても居ても立ってもいられんくなって、親に黙ってお小遣い握りしめて、一人でバスに乗って西宮の涼太の家まで行ったん。心配で、心配で、心臓が潰れそうじゃった。
だけど、西宮に着いたらあんなことになっとって、あの街の片隅で頭が真っ白になって大泣きした。
あれからずっと、怖くて、ネットで名前を検索したり、ただ生きていてと天神様にお願いすることしか出来んかった。
でも、ホンマに良かった。ちゃんと生きててくれた。
信じちょったよ、涼太がいつかウチの前に帰ってくるって……。
時計を見ると……今、朝の五時か。窓の外が薄明るくなって、もう日の出じゃね。
あと三時間くらいかね。こうやって、大好きな涼太の背中の温もりを独り占めして、感じていられるのは……。
「……おやすみ、私のヒーロー」




