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瀬戸の約束【11歳の約束、29歳で果たす】  作者: あおきつばさ


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第16話「山口を出発、そして伊予の国へ」

第16話「山口を出発、そして伊予の国へ」


周防大島の港から、松山の三津浜へと向かうフェリーに車ごと乗り込んだ。

客室に入ると、平日ということもあって乗客はまばらだった。窓際のボックス席に並んで腰掛け、遠ざかっていく島を眺める。船が立てる鈍いエンジン音が、足の裏から心地よく伝わってきた。


「なあ、美樹」


ふと思い立って、俺は切り出した。


「ん? 何ね」


「お前、防府に帰ってきてからさ、友達とかおるん? その……小六から離れとったわけやし、寂しくなかったんかな思て」


「ああ、友達? おるよ。そんなに多くはないけどね」


美樹は携帯の画面を操作しながら、懐かしそうに目を細めた。


「やっぱり、小学校の時からの友達が一番落ち着くんよね。高松におる時も連絡くれよったし、防府に戻ってからも、シフトが合う時にご飯食べに行ったりしよるんよ。一番の親友はね、鈴木美津子。涼太も覚えとる? 小六の時に私と同じクラスじゃったんじゃけど」


「……あ。美津子、さん」


その名前に、俺の心臓がどきりと跳ねた。


「そう、美津子! あいかわらずサバサバしとってね、今は市内のホテルでクラークの仕事しよるんよ。涼太の泊まっとったホテルよ。紹介しちょけば良かったね……」

美樹が頭を押さえて、一人で百面相をしながらバタバタしている。


「私が防府で寂しくないようにって、いっつも気にかけてくれて。本当に良い友達を持ったなって思う」


「……そっか。良い親友がおって良かったな」


俺は平静を装って、窓の外の青い海へと視線を戻した。


脳裏に、防府を出発する日の朝の記憶が鮮烈に蘇る。ホテルの喫茶コーナーで、仕事上がりの美津子さんに呼び出され、珈琲を挟んで真っ直ぐに向けられた、あの強い眼差し。


『あの子がこれまで、どれだけ孤独だったか分かる?』

『実在するかも分からん過去の男をいつまで待っとるんって、周りから笑われとったんよ』

『あの子をこれ以上傷つけることだけは、幼馴染みの私が絶対に許さんから』


美樹は助手席で楽しそうに「車じゃないと不便じゃろ」なんて強引に俺を連れ出したが、その裏にある十八年間の空白の重さを、俺は美津子さんから叩きつけられるまで本当には理解していなかったのだ。

隣で「あ、島が見えてきたよ」と無邪気に窓を指差す美樹の横顔を見る。この笑顔の裏にどれだけの寂しさがあったのか。それを思うと、胸の奥が締め付けられるように痛む。


(美津子さん。俺、やっぱり絶対に逃げへんよ。美樹をもう二度と一人にさせへん)


美樹には言えない秘密の約束を、俺は瀬戸内海の波の上で、独り静かに噛み締めていた。



一時間あまりの船旅を終え、フェリーが愛媛県の三津浜港に接岸した時には、空がゆっくりとオレンジ色に染まり始めていた。

四国の道路へと車を進める。今夜は海沿いの小さな温泉旅館に泊まる予定だった。美樹が予約していたらしい。


「準備いいな、お前」


「昔からじゃけえ」


「そうだったな」


旅館は海を見下ろす高台にあった。大きくはないが落ち着いた雰囲気だった。

部屋へ案内される。そして俺は固まった。


「……あれ?」


「何?」


美樹が平然としている。


「部屋」


「うん」


「一部屋しかないで」


「うん」


「予約ミスか?」


「違うよ」


俺は絶句した。和室に布団が二組。それだけだった。


「いや、ちょっと待てや」


「何を?」


「普通二部屋やろ」


「空いてなかったんよ」


「本当に?」


「たぶん」


「たぶん?」


美樹は吹き出した。


「冗談」


「心臓に悪いわ」


「顔真っ赤じゃん」


楽しそうだった。

昔から人をからかうのが好きだった。


男女別々の風呂に入り、浴衣に着替える。

その間に美樹の真意について色々考えてみたが、答えは出ない。


取りあえず、お腹が空いた。夕食を食べよう。


部屋食では無く、一階の大広間での晩ご飯。


(良かったわ。二人きりの空間に長いこといると、どうにかなってしまう……)


海の幸が並ぶ。

刺身、煮魚、そして鯛めし。

どれも美味しかった。


底冷えするような緊張感を孕んだ会話から一転、夜も更けて、一緒に部屋へ戻る。


窓の外には月明かりの海。

波の音だけが聞こえる。


布団を挟んで向かい合う。

昼間はあれだけ話していたのに、こうして二人きりになると妙に静かだった。


「なあ」


美樹が天井を見ながら言う。


「ん?」


「来てよかった?」


俺は少し考えた。

答えは決まっている。


「よかったよ」


「そっか」


「お前は?」


しばらく沈黙。

そして。


「まだ分からん」


その声は弱かった。


「お母さんの前で、感情がコントロールできんかもしれん」


初めてだった。美樹が自分からその話をしたのは。

窓の外では波の音が続いている。


「何があったのか、話せるか?」


「うん」


「無理には聞かんけど……」


「うん、大丈夫じゃけ……」


そう頷くと、美樹は高松に行ってからの顛末を、途切れ途切れ話し始めた。


「高松の短大を卒業した後に、東京に行くことが決まっとったんよ」


「うん」


「でも、卒業の前にお父さんの癌が見つかって、既にステージ4だって言われて」


「ステージ4って、末期ってことやんな?」


「そう、んで、お母さんに東京行くな言われて……」


「……」


「夢、諦めたんよ」


「……そっか」


「で、お父さんの看病したのだけど、それから半年もしないで亡くなってしまったん」


「なんも出来んで……何のために残ったんか! て」


「きっと、お父さんと時間過ごせたのは正解やったと思うよ……」


そう言ってはみたが、気休めにもならない。


「自分を情けなく思ったんやけど、なんかその時自暴自棄になってしまったんよ」


「……」


言葉に詰まった。思った以上に、家族の関係が重たかった。


「そいで、母に強く当たってしまって、なんか気まずくなって一年後に家を出て福岡に行ったんよ」


「それで、福岡か」


「福岡から一年に一回くらいは帰ってたんやけど、五年前に大げんかになって、それきり」


「その後、防府に戻ったってことか」


どうやら、美樹や美樹のお母さんの間の暴走を止める係が必要のようだ。何かあったら、俺が止めに入ろう。


「俺も一緒にその場に行くわ」


「ホンマに?」


美樹は不安げな微笑みを見せた。


明日には高松に着いてしまう。

母と娘が向き合う日が近付いていた。

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