7話 ロマンチックじゃないキス
アジア系の女性―― 小柄な可愛い系美女だ。白衣を羽織り、束ねた黒髪をヘアクリップで纏め上げている――と言う事はもしかしてアオイか?
ヤバい、動いてるとこを見られた!? まるで天井から頭に繋がってた糸が切れたかのように、ぱたりと台の上に倒れた。
わ、分かってる! これが無駄な抵抗だと充分理解してるけど、悪あがきせずにはいられない気分だ。俺のチキンな心臓がドキドキ言ってる。水分が足らないせいなのか不整脈みたいになって苦しい。
『“うわぁ!! えっ? ちょっ、ちょっと……”』
あれっ、今聞こえたのって……日本語だ! ちょっと訛ってるみたいだったけど。初めて吸血鬼として目覚めた時、公用語が知らない言語だったから、てっきり異世界に来たと思ったんだ。まあ俺は転生者特典なのか、ネイティブに喋れて読み書きも出来たけど。
考えてみれば今の時代は昔と違ってみんな英語を喋ってる。いやぁ母国語は良いな〜。久々に聞いた母国語に安心したのか、俺の慌ててた心がちょっと落ち着いた。
『“ちょっと――”』
どうやらアオイも俺と同じくらいテンパってたらしく、咳払いして英語で喋った。
「ゴホンッ。だ、誰ですかこんな事をしているのは! 州の文化財にイタズラをして大変な事になりますよ。見なかった事にするので、直ぐにやめましょう?」
おっかなびっくり俺の方に近付いて来た。ああ〜そういう反応か。そりゃそうだ、ここにいる人間達は科学者だもんな。非科学的な事って信じないか。
それならアオイには悪いけど、何口か分だけ血を分けてもらおう。せめて逃げるのに差し支えないくらいにはなってくれよ、俺の体。
よーし、タイミングを見計らって――。
「血イィィィ……血ィヲ……」
ええ……何で声出ちゃうかな……。アオイが目を見開いてこっちを見てるじゃん。ええい、こうなったら――。
ガバッと起き上がり、アオイに催眠術をかけて飛び付いた。狙うは首筋だ! だけど体は思ってた以上に血を欲してたらしい。思いっきり力んで、目算つけてた首筋を通り越し……あろう事かアオイの唇を奪ってしまった。
どっ、どっ、ど、どうしよう、こんな萎びたミイラとキスしたなんて知ったら……。あっ、まだ催眠が効いてるんだから知られるはずないよな。大丈夫、大丈夫。
不慮の事故を無かった事にして、そのままアオイの肩を勝手に借りてモゾモゾと体制を立て直した。改めて首筋に牙を立てようとアオイに顔を近付ける。
でも……アオイの顔も動き、焦茶色の瞳に俺の顔がうっすら映ってる事に気付いた。何故か催眠術が解けてたらしく、アオイは躊躇なく全力で俺を振り払う。
「イ、イヤァッ!!」
「ヴァァァッ……」
栄養失調で動くとプルプルする状態の俺が、至って健康なアオイの力に適うはずが無く、床にトサッと倒れ込んだ。
ん? この匂いは――。アオイが床に置いたバッグのひとつににじり寄る。
「何ですか!? 何なんですか! こんな事して……って」
『“イヤァーーー!! 私ミイラとキスした!? 汚っ!!! 何か変なウイルスを持ってたりしないでしょうね……? あ、ウイルスの研究だっけ。って……ウエットティッシュ、ウエットティッシュ! ――うわっ、何してるいるのっ!!”』
ハッと我に返った。気付けば赤い液体が入ったパックに口を付けて吸ってたらしい。口の中にうっすらと広がるこの匂い。まさか――血?
生き血とは味が違うけど、普通に飲める。これは輸血パックか? そうか現在は人間を襲わないでも血を得られるんだ! しかもちゃんと栄養になってるっぽい!! 感動でプルプル震えながら、空になったパックを置いてもうひとつ開けて飲む。
『“……ちょっと、やめてよ!!”』
って言うか何で? 何で催眠術が解けてたんだ? 研究室から逃げるまでバレないように、かなり強めに掛けたはずなのに。首を傾げながらもうひと口血を飲む。
『“だから、やめてって言ってるの! ……そうか、日夲語だと分からないわね”』
「――やめてください!」
鋭いアオイの怒声にビクッとなる。
「……ヴォ……めんなザィ」
おお、しわがれてるけど、思ったよりちゃんと声が出る。血を飲めたからか? アオイは俺の声を聞いておっかなびっくり質問した。
「しゃ、しゃ、喋った……。あ、あの、貴方は操り人形とかでは無く、本当にケリー伯爵のミイラですか?」
頷きながらもうひと口パックから血を吸った。あ……まずい、ダメだと言われてたのに飢えてる体が勝手に動いちゃう。
「それで……貴方がそれを飲んでいると言う事は……吸血鬼ですか?」
俺が頷くとアオイはため息を吐きながら椅子に座った。
「そうですか……。それなら貴方が持っているそれは差し上げます。一度開けられた物は使えませんから……」
「ヴォ、ごォ……ゴめん」
どうしても化け物チックな発声になるけど……やったぞ! 血を飲むお許しをもらえた。俺もアオイに倣って椅子に座ってゆっくり味わおう。
アオイの隣は……怖がられてるからダメそうだな。ひとつ開けた隣に座ってパックの血液を吸いながら、ちらっとアオイを伺い見ると、目が合った。
その瞳の奥には隠し切れない好奇心の色が見て取れる。そ、そんなに見ないでくれ、女の子と関わったのは人間の時以来で恥ずかしい。
そ、そ、そんな事よりこの血は凄い! この感動はしっかり伝えなくては。血で喉を湿らせ、血液パックを掲げた。
「これ、美味シい、すごイ!」
しばらく喋ってないせいか、舌が上手く動かなくてカタコトになっちゃったけど、声はだいぶ戻って聞き取りやすくなったはず。感謝の気持ちはきっと伝わったよな。どうだ? 視線をアオイに向けると、何とも言えない微妙な表情をしてた。
あれ……もしかして喋り方キモかった?
お読みくださりありがとうございます。
次回、第8話で血を得た吸血鬼──主人公は、催眠術が効かない相手──ヒロインを相手にどのように動くのか……?




