6話 おかしなやつ
朝から恐怖で震えていた。教授は、どうやら俺の皮膚を採取するつもりのようだ。やめてくれと言いかけたけど、喉が引っ付いて声が出ない。
採取した皮膚で検査なんてされたら、吸血鬼だってバレちゃうかもしれないし、何より単純に怖い。メスで切られるのか? それとも歯医者さんとかで聞く、キュイーンって嫌な音がする器具で削り取られるのか?
さっき薄目を開けた時に見えた、モルモットを見るような教授のマジな目は怖かった。どうせ俺はミイラだから麻酔も無しに採取されるんだろう。吸血鬼でも痛みは感じるんだからな!
くそっ、こうなったら……。
「む、またズレるか。余計な傷を付けぬよう、慎重に採取せねばならんのに、何故こうもくたっと腕が落ちる……」
ふっふっふ〜。見たか、この重力に逆らわない自然なくたっとした手の動きを。これぞ動いてるってバレないように、採取を断念させる俺の作戦なのだっ!
「ミイラは通常カリッとしていて、このようにくたっと動かないはずだが……。学生も言っていたが、やはりこのミイラはどこかおかしい」
えっ……言われてみればそんなイメージだな。ど、どうしよう。今度はカリッとしたような動きで避けてみるか?
いや、まずカリッとしてるって何だ? 音的に動かなさそうだよな? でも動かないと皮膚を採取されちゃうし……。
それに俺がおかしいって話題になってんの? 生きてるってバレたらどうしよう……。恐ろしい想像で内心震えてたとき、喉も一緒に震えた。
「や……アァァ………………めエェェ……ェ」
「なっ……? 今喋ったか? いや、聞き間違いだろう」
わあぁぁぁーー! やめろ俺の喉!! 腹話術じゃないんだから、何で声が遅れて出てるんだよ! これじゃあ、ますますおかしいミイラになっちゃうだろ!!!
内心頭を掻きむしってると、電話のベルが鳴った。
「はい、はい。分かりました、直ぐに伺います」
受話器を戻す音、ドアが開いて閉まる音が聞こえた。どうやら教授が部屋を出たらしい。ふう、解放された。
そう言えば今日はアオイが居いみたいだ。朝から声と匂いがしない。同郷のアオイの事が気になって薄目を開けてみた。
だけど匂いって……犬猫とか変態みたいじゃないか。これって吸血鬼特有の感覚だよな? ヤバいヤバい、また人間の感覚を忘れかけてたぞ。しっかりしろよ俺っ!
昨日聞いた話によれば、アオイはこの大学の卒業生らしく、普段は大学の設備を借りて個人で研究をしてるようだ。この研究室へは、呼ばれた時に助手のアルバイトとして来るらしい。
直ぐにドアが開く音がして慌てて目を閉じた。嫌な声が聞こえ、人の事を気にしてる余裕が無くなった。
「不死の王〜元気にしてたかしら? 会いたかったわぁ、貴方がいない博物館はとても寂しいのよ」
「ハハハ……、館長殿は本当にケリー伯爵を気に入っておられるのですな」
ヒイィィィィィ……やっぱフィンリーだ。何で来たんだ!? 筋金入りの変態だな。俺は会いたくありませんでしたっ! 教授だって引いてるじゃん。
「ところで教授さん、今はどんな作業をしていたのかしら?」
「皮膚片の採取を。昨日――」
「皮膚の採取? そんなのダメよ!! 彼を傷付けたらダメだってアタシ言ったわよね? 切ったり削ったりする行為は館長として許可出来ませんっ!」
やっぱり皮膚の採取って痛そうだ……。いいぞフィンリー、もっと言ってやってくれー!
「ですが――」
「ダメったらダメよ!」
フィンリー、お前って奴は。変態だなんて言ってごめんな。
「生きた細胞は無いでしょうが、皮膚から分かる事もあります。ほんの微量を採取出来れば良いのです」
「それでもやっぱり傷付けるのは……」
くっ……教授も食い下がってくるな。ここは吸血鬼としてのプライドは捨てよう……。頼むフィンリー、館長としてビシッと断ってくれ!
「その皮膚片を使い検査出来れば、ケリー伯爵について貴女も知らない事を、発見出来るかもしれないのです!」
「私も知らない不死の王の事を?」
ん? フィンリーさん……? 何だか雲行きが怪しくなって来た。
「ええ、彼のルーツや体質が分かるかもしれませんよ」
「……分かったわ、少しだけよ。あまり傷が目立たないようにしてちょうだいね?」
裏切り者っー! 『少しだけ』だって? 前言撤回だ、このド変態っ!! 自分の欲のために展示物の俺を売ったな! 嫌でも拒否出来ない俺を代わりに守るのが館長の役目だろ?
「そろそろ昼休みになりますから、その前にささっと皮膚片の採取を終わらせてしまいましょう」
「暫く不死の王とは会えなくなりそうだから、もう少し見ててもいいかしら? 研究の邪魔はしないわ」
えっ、これから採取すんの? フィンリーが見てるから腕を動かす訳にもいかない。どうしよう……。
採取されても検査結果で吸血鬼だってバレて退治される。採取を拒否して動いても、すぐそこにいるフィンリーにトドメを刺される。どちらにしろ俺に待ってるのは死しか無いのか……?
半ば諦めモードでされるがままだった俺の皮膚の採取は、あっという間に終わった。
昼休みになり、誰も居なくなった研究室で俺は泣きそうになっていた。ミイラになってから初めて自分の目で見る腕が、黄土色で枯れ枝みたいに細くてビビったのはもちろんだけど、そもそもこの状況が情け無さ過ぎる。
皮膚の採取と言っても、剥がれかけたササクレみたいな部分をハサミで切り取っただけで、全然痛くなかった。もちろん痛くして欲しい訳じゃないけど、あんな馬鹿みたいにビビって恥ずかしい……。
泣きそうな理由はそれだけじゃない。あの皮膚は直ぐに検査されるらしい。そうなったらきっと何らかの結果が出て、フィンリーに俺は退治されちゃう。終わった……。死ぬまでにやっておきたかった事を、ぎこちなく指を折りながら考えてみる。
「…………まァァァ……ずヴゥゥ…………」
と、とりあえず声を出すのは止めよう。研究室に響く声がマジで怖い。だけど何もしてないと退治される瞬間の事を考えてしまう。うぅ、死ぬのが怖いよぉ……。
どうせ退治されるなら、俺の事を無駄にビビらせたフィンリーと教授に一矢報いてやる。俺が受けたこの恐怖と恥を、お前らに小一時間かけてたっぷり聞かせてやろうじゃないか! しかも正座してだ。足が痺れても休ませてなんかやらないからなっ!
そして子鹿のように足腰立たず、プルプル震えてるところを突き回して大笑いしてやる!! 正座し慣れてないだろうヨーロッパ人にはさぞ辛かろうな! お前らは足が痺れた時の苦しみを知らないだろう!!
想像しただけで心のモヤモヤがスゥーっと晴れた気分だ。そっか、退治されるのを大人しく待ってやる必要なんて無いじゃないか。誰も居ない今のうちに思い切って逃げてみよう。そうと決まれば――。
逃げるために力を入れて起き上がる。なにしろ五〇〇ウン年ぶりに起き上がるんだ。体中のありとあらゆる場所が情け無く、プルプルと震える事を気にしてる余裕なんて無い。どうにかこうにか上半身を起こせた。俺、座れたよ! やった〜。
だけど久しぶりに座れた喜びで完全に気を抜いてて、ドアが開いた音に気付いてなかったんだ。若い女性が、俺を見て立ち尽くしていた。
お読みくださりありがとうございます。
次回、第7話では逃げようとした主人公が吸血鬼の能力、催眠術を使います。しかし相手には何故か効かず……?




