63話 決戦2
レイラはまだ俺達を見ていない。これならフィンリーの体重と重力でレイラを仕留められるはず。
だが切先がレイラの胸へ届く直前、レイラはガバッとしゃがみ、クロスボウを天井へ向けて連射した。空振ったフィンリーが一回転しながら受け身を取ると同時に、天井でガラスが割れるけたたましい音が響く。
俺達の動きは、読まれてたんだろう。気付けば照明を破壊され、室内は真っ暗になっていた。光源が全く無い地下室は俺達、夜目が効く吸血鬼でも見え辛い。
マズイ、完全に出遅れた。レイラがゆらりと立ち上がる気配を感じる。人間と同じ暮らしをしていた影響か、俺の目はまだ見えてないのに……。
――ヤバい! 近くには何も見えてないであろうフィンリーがいるはずだ!
「フィンリーさん、レイラが! 逃っ――ッッ!」
ドサリとフィンリーが床に倒れた気配を感じると同時に、腹に捩れるような衝撃を感じた。そこから、燃えるようで焼け爛れるような、耐え難い痛みが広がる。全身から脂汗が吹き出す。体から力が抜け、床に膝をつくしかなかった。
クロスボウで腹を撃たれたんだと自覚するよりも早く、レイラは駆け出した。サァッと血の気が引く。
やっと真っ暗闇に慣れた目で見た物や、レイラのヒールが床を蹴った音、空気の揺らぎを抜きにしても何処へ行ったのかが分かる。ひしゃげたドアが立て掛けてある、部屋の角だ。
「蒼ィ、逃げろぉぉぉーーーッ!!」
俺がどんなに掠れた声で叫んでも、蒼が重たい鉄製のドアを動かして逃げられる訳が無い。立て掛けておいたドアをレイラが易々と放り投げると、蒼もその気配を察知したのか負けじと聖水入りの霧吹きを吹き付けた。
「――ッ!!」
運良く片腕に掛かったらしい。レイラは反射的に後退りし、痛みで身を縮めて震えながら声にならない悲鳴を上げる。
蒼を助けるには今しか無いっ! 深く突き刺さった矢を引き抜き、無我夢中で蒼がいる方へ駆けた。床を蹴る度、裂けるように痛む傷を気にしてる余裕など無い。が――。
蒼が再び霧吹きを構えた瞬間、レイラは素早い反応を見せた。爪先で霧吹きを蹴り飛ばし、牽制するように肩越しに俺を見てニタリと笑う。
向こうの壁まで吹き飛び、まるで水風船のように弾けた霧吹きと一緒に、僅かに感じていた俺の希望も潰えた。それからの出来事はあっという間であり、スローモーションのようでもあった。
レイラが焼け爛れた腕をぶらりと垂らしながら蒼に向き直ると同時に、蒼はポケットから十字架を取り出そうとする。しかしレイラはそれを見る前に払い落とし、蒼の首を掴み片手でギリギリと絞め上げた。
蒼の喉から変な音が漏れ出る。首を絞めるレイラから逃れようともがきながらも、ぎこちなくしか動かない蒼の手を見ると、まるで心臓を鷲掴みにされたような、絶望感に呑まれた。
「やっ、やめろ……やめてくれ! 締めるなら俺の首でも良いだろ?」
冷え切り、震える指先を伸ばしながら一歩踏み出しかけると、レイラがこちらを振り返る事なく制止した。
「近付くでない。小賢しい泥棒猫に相応の罰を与えてやるのだ。アオイよ、苦しみながら我が婚約者殿にせいぜい汚い姿を見せつけてやると良い。ククク何だ? おおそうか、人間とは首を絞められただけで喋ることすら出来なくなるのだったな?」
震える手で喉を掻きむしる蒼を見て、レイラは楽しそうに笑う。その顔を殴り付けたい、声を聞かずに済むように喉を潰したい。ドス黒い衝動に駆られながら一歩を踏み出すと、レイラが勝ち誇った表情で振り返った。
「いい表情をしおって。近付くでないと言っておろう。うっかり力加減を間違いこの娘の首を折ってしまっても良いのか? お主が誠心誠意私に仕えると言うならば、この娘の命を救ってやらん事もない」
力を失い垂れ下がってゆく蒼の手を見て、どうにか立ち止まる。
「……俺に何をしろと?」
レイラは奥歯を噛み締める俺を楽しげな表情で見つめた。
「手始めとして、そこにいる女ヴァンパイアハンターを連れて来い。なかなかに見どころがある、私の手下にしてやろう。それからその言葉遣いはどうにかならんのか? お主の行動にこの娘の命はかかっておる事を、忘れるでないぞ」
「…………承知致しました。ですがあの女を配下にすると言うお話は、考え直した方がよろしいかと」
「何故だ? よもや、まだ反抗心が残っておるのか? この娘――」
「めっ、滅相もございません。そのお力、手腕、偉大さ、懐の深さ全てに感服致しました。私などでは貴女様に到底敵いません」
「ほうほう、愛い奴め。お主の意見とは何だ? 申してみよ」
「はい。あの女ヴァンパイアハンターは、甥っ子を失った原因が貴女様にあると、大層恨んでおります。ですので折角貴女様が血を分けて配下に加えて差し上げても、恩を仇で返すかもしれません」
「それは問題無い。血で縛れば良いだけの事よ。分かったのなら早く女ヴァンパイアハンターを連れて来い」
「はっ、貴女様の仰るままに」
気を失ったフィンリーの襟首を掴み、雑に引き摺りながらレイラの下へ連れて行き、床に放り捨てる。目を覚ましたフィンリーは、呻き声をあげたが、直ぐに周りを見回し何も見えない事を思い出したのか警戒した様子を見せた。レイラは優越感に浸った表情で頷く。
「ジョージよ、お主は跪いて控えておれ。これからその女ヴァンパイアハンターを我等の仲間に加えるぞ。最初の獲物はこの娘――アオイだ。お主の好いた女が無惨にも血を吸われ食い殺されてゆくさまを……む、先ほどから何だ?」
蒼が震える手でレイラの肩を叩いていた。
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次回、第64話で遂にレイラとの戦いに決着が! 6/16、13:05頃投稿予定です。




